韓国の旅と酒場とグルメ横丁
#111
堤川、丹陽、寧越 1泊2日マッコリの旅
コロナ禍で日韓をまたぐイベントやツアーはほとんど延期になっていたが、韓国では最近少しずつ動き出している。そのひとつが6月中旬、国内のマッコリに深い関心を持つ人を対象に行われた文化体験ツアー『紀行作家・鄭銀淑と行くマッコリ紀行』だ。
今回は韓国ロスを癒すシリーズは1回お休みして、このツアーのレポートをお送りする。
訪れたのは、私が長年大学講師の仕事で通っている忠清北道の堤川(チェチョン)と丹陽(タニャン)、そして江原道の寧越(ヨンウォル)だ。
ツアーのポスター
田舎のマッコリ醸造場で
走ってくる列車の前に主人公(ソル・ギョング)が立ちはだかり、「ナ トラガルレ~!」(帰りたい!)と叫ぶシーンのある映画がある。そう、今から20年前に公開された『ペパーミント・キャンディー』(イ・チャンドン監督)」だ。
あの鉄橋とその下で開かれていた野遊会(ピクニック)の撮影地が堤川市の白雲面である。今回のツアーで最初に訪れた醸造場も同じ白雲面にあった。
看板がなかったら素通りしてしまいそうな建物だが、中に入ると昔ながらの醸造場の風景が広がる。日本植民地時代に建てられたもので、百年もの歴史があるという。
白雲醸造場の前で記念撮影。筆者の右隣がホン・スンギ社長。85歳に見えないのはマッコリのせいかも
ジンテンイ(진땡이)の味
白雲醸造場の仕込室で1963年生まれの甕と出合った。中ではベージュ色の上面が息をするように気泡を浮かび上がらせている。ぶくぶく、ぶくぶく。
醸造場見学のハイライトは搾りたてのマッコリ試飲だ。堂々と昼酒が飲める瞬間。参加者の目の色が変わる。
酒を濾すとき、加水しない状態をジンテンイという。いわゆる原酒である。
「ジンテンイを味わってみてください」
社長がそれを紙コップに注いで参加者に渡す。甘味が強いが、くどくない。女性陣が喜んでいる。
「ヤクルトみたい」
と言う人もいる。口当たりがよいが、アルコールは10度くらいあるので、飲み過ぎ注意だ。
1963年生まれの甕。白雲醸造場では甕を使った伝統方式でマッコリを醸している
自らジンテンイを汲んでくれたホン・スンギ社長。おいしいを連発する参加者の反応に思わず笑顔に
ランチはソクカルビ
ランチは『サンアレ』(山の下)という名の食堂でとった。この店の人気メニュー、ソクカルビとは文字通り、ソク(石)でできた器に盛られた牛カルビのことだ。タレの自然な甘みと、主人が栽培した有機野菜のさわやかな苦みが食欲を増大させ、箸が止まらない。
店名が冠されたマッコリも頼んでみる。濃厚なジンテンイを飲んだ後だからか、オーガニック系のすっきりとした味は一陣の涼風だ。
『サンアレ』のソクカルビ。保温力の強い石の器を使っている
ノ・ムヒョン大統領が愛したマッコリ
国民酒ともいわれるマッコリはパク・チョンヒをはじめする歴代大統領と縁が深く、大統領ごとにマッコリがらみのエピソードがある。
記憶に新しいのはノ・ムヒョン大統領だ。ソン・ガンホが弁護士時代のノ・ムヒョンを演じた映画『弁護人』は日本でも注目されたので、なんとなく親しみを感じてもらえるのではないだろうか。彼が愛したのが、今回のツアーでも訪問した大崗醸造場のマッコリだ。
100年間の歴史がわかる大崗醸造場の展示館。三代目のチョ・ジェクさんが展示物の説明をしてくれた
2005年、丹陽郡の村を視察したノ・ムヒョン大統領は、農民たちと一緒に飲んだここのマッコリを大いに気に入った。大統領が農民とともにマッコリを飲むというのはよくあるバフォーマンスなのだが、6杯も飲んだというから本当に口に合ったのだろう。
彼はその後、青瓦台(大統領府)に取り寄せて晩餐会で供したりしたため、評判となり、丹陽を訪れる観光客はかならずと言っていいほどこの醸造場に寄って、マッコリを買って帰るようになったのだ。
小白山のふもとにある大崗醸造場は、売店や展示室、酒造体験室も備えている。ここのマッコリの旨さの秘密は、小白山の地下400mから湧き出る天然岩盤水だといわれる。
ツアーでは参加者にマッコリ作りも体験してもらった。マッコリ体験は工程の一部だけをなぞったり、既成のキットを使ったりする例が多いのだが、今回は濾過まで体験する本格的なものだった。
今はもうこの世にいないノ・ムヒョン大統領を偲びながら、搾りたてのマッコリを味わった。
大崗醸造場の搾りたてマッコリ
ザ・農村
醸造場巡りの途中に寄った小白山のふもとにある丹陽ハンドゥミ村は、理想的な農村と呼ばれている。牛を育てる農家や名物のニンニクを栽培する農家と都心からやってきた旅行者がふれあうところだ。
ハンドゥミ村の全景
初夏の花が咲く小径を歩いていると、世界中がコロナ禍に悩まされていることをしばし忘れる。この村がまさにノ・ムヒョン大統領が視察に来たところだ。それ以前はこれといって集客できるもののなかったところだけに、随所に大統領との縁を物語るものが残っている。大統領が植樹した木を見つけたので、その前にマッコリを供えたくなった。
寧越の桃源郷
一行はバスで江原道の寧越に移動する。
寧越は日本ではあまり認知度が高くない町かもしれないが、映画好きならアン・ソンギとパク・チュンフンが共演した『ラジオ・スター』の舞台であったことを思い出すだろう。
絶壁から邀僊亭を望む
花崗岩と流れる水が混ざって作られた岩
仙人が遊んだ桃源郷といわれる邀僊亭(ヨソンジョン)を訪れる。絶壁の下には川面と岩と林が絵のような風景を作り出している。仙人が遊んだ地とはよくいったものだ。食堂から持ってきたマッコリを一杯やる。
今夜の宿は邀僊亭の近くにある韓式ペンション『小笑亭』。夕食は庭で肉を焼き、マッコリを酌み交わした。周囲に光を放つ商業施設などかないのがいい。月や星の光はこんなに明るかったのか。
『小笑亭』での夕食風景
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*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。
*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!
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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7 |
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