越えて国境、迷ってアジア

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#111

タイ=ミャンマー国境を北上せよ〈7〉インド洋の密林ビーチを走れ

文と写真・室橋裕和

西に進むほど、インドの匂いが濃くなっていく 

 この旅に出てはじめて、気持ちよく晴れたように思った。インド洋を見渡すチャウンター・ビーチは、さんさんとした陽光に照らされていた。ずっと暗い空の下、雨に降られて歩いてきたから、重しが取れたような開放感がある。
 ビーチでは子供たちが駆けずりまわり、はしゃいでいるが、敬虔な仏教国らしく水着姿の人はいない。浜辺にちらほらと並ぶパラソルの下では大人たちがビールを手に楽しげだ。パラソルの合間を行きかうのは、焼き鳥や干物といったつまみを売り歩くおばちゃんたち。誰もが日焼け防止に、伝統化粧品のタナカで顔を真っ白にしている。のどかだった。
 ミャンマー最南端からタイ国境に沿って北上してきた旅は、とうとうインド洋までたどり着いた。この海を越えた先は、もうインドなのだ。だからチャウンターの市場でも、ヤンゴンからの中継地だったパテインの街でも、インド系の人を見かけることが増えた気がする。ヒンドゥー教の寺院も目にする。
 こうして西に進むにつれて、少しずつモンゴロイド・仏教の勢力圏内にコーカソイド・ヒンドゥー教が入り込んでくる。グラデーションのように人種と宗教がだんだん色合いを変えてくる。陸路で広大な大陸を旅していくと、そこを体感できるからおもしろい。

 

01
旅行雑誌の表紙チックなホテルもあるチャウンター

 

道なき道をゆくバイクツアー 

 このチャウンターは、ミャンマーでは数少ないビーチリゾートのひとつだ。とはいえまだまだ未開発で、2キロほど続くビーチに沿って宿が20軒ほどだろうか。雨期のため休業しているところもある。高級リゾートもあるのだが、街全体が電力不足のため、計画停電が行われていた。僕もせっかくだからと海に面したちょっと良いホテルに泊まったのに、昼間はエアコンもつかなければwifiだって切れてしまう。
「だったら、ングエサウンでも行くかい?」
 そう声をかけてきたのはホテルのスタッフ、ターさんだった。
「どうせお客も少ないし」
 とバイクを引っ張り出してきて、チャウンターの南15キロほどのところにある、こちらも小規模なリゾートタウン・ングエサウンに行こうと持ちかけてきた。ただしその間、まともな道路はわずかばかりで、船で川を渡り、ビーチを走り、ジャングルの中の小道をたどるのだという。面白そうだ。
「安くしとくぜ」
 ターさんと値段交渉の結果、1日バイクツアーは2万チャット(約1500円)でまとまった。雨期の晴れ間のアルバイトということらしい。

 

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物売りのおばちゃんはアジアのどこに行っても器用だ

 

先が見えないから旅は楽しい 

 チャウンターから南に走ると、すぐに小さな漁村に行き当たった。古びた木造の小屋が並び、あちこちでなにやらサカナを干している。
「ここから対岸に渡るんだ」
 と言うのだが、一向に渡し船は現れないのであった。川っぺりに張り出した港ともいえない場所で、数名の乗客とともにひたすらに待ち続ける。ターさんはすでにバイクの傍らで寝ている。
 漁村につきもののネコと遊ぶこと1時間、ようやく見えてきたのはほとんどイカダと変わらないような木のボート。この頼りない小舟に、何台ものバイクや自転車を積み込み、人と荷物も満載して川へと漕ぎ出していくのだ。
 対岸に着いたら着いたで、ここから先はほとんど道らしき道がなくなった。ジャングルを切り開いたようなケモノ道が方々に伸びてはいるのだが、雨期とあってほとんど味噌床のようにぬかるみ、バイクはまともに走れない。ふたり乗りの僕たちはなおさらで、走っては泥に沈み、タイヤを掘り出してまた走り、なんてやっているうちに、とうとうエンジンが動かなくなってしまった。ターさんは苦笑いしているが、僕もなんだか、だんだん楽しくなってきた。この先どうなるのか、目の前がぜんぜん見えない感じがたまらない。
 そしてだいたいにおいて、こういう場合だってどうにかなるもんなのだ。案の定、漁民らしきおじさんが通りがかる。ターさんがなにやら話しかけると、おじさんはすぐに取って返して工具を持ってきてくれたのだ。
 そしてふたりがかりで、バイクのエンジン部分をあっという間にバラしてしまうからすごい。こういう場所で暮らしている男は、メカニックとしてのスキルを持ち合わせているのである。そしてこれもたいてい、道行く人が当たり前のように手を貸してくれる。その自然さにいつも感心する。やがてバイクは再び、快調にエンジンをぶん回しはじめるのであった。

 

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こんな船で川を渡っていく。ローカルな交通機関に乗るのは楽しい

 

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味噌床ロードに負けじとエンジンをかけるターさん

 

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この中に外国人は僕ひとり。できるだけ旅行者の来ないところを旅したい

 

ビーチをバイクでかっ飛ばす! 

「ここから先は海を走るんだ」
 泥の道すら途切れてしまうので、ジャングルを抜けてビーチを突っ走るのである。まだまったく開発の手もつけられていない広大なビーチは、近隣に点在する小さな村にアクセスするための道路代わりとなっていた。僕たちのほかにも、何台かのバイクが疾走している。
 ターさんもスピードを上げる。なにも遮るものがない大自然の中をかっ飛ばす。なんと爽快なのかと思った。雨に降られ続けてきた旅の苦労がすべて吹き飛んでいく。
 そのままビーチの突端まで走ると、再び川にぶつかる。今度はターさんがスマホでどこぞに電話をかけはじめた。すると、すぐに対岸から小舟がやってくるのだ。日に焼けた爺さんが、小さなエンジンと櫂を巧みに操り、200メートルほどありそうな川を横断して、こちら側に着岸した。まるでタクシーだ。きっとこのあたりの誰もが、爺さんの電話番号を知っているのだろう。不便な場所だからこそ、こういうネットワークが発達しているのだ。なんだか痛快な感じもする。

 

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まるで鏡面のような遠浅のビーチをバイクで走る。最高の気分

 

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大自然と人間の営みが溶け合っているようだ

 

インド洋の夕陽に誓う 

 こうしていくつかの川を越え、密林の中を走り、南へ南へ。途中にいくつかもの、ささやかな漁村を通り過ぎる。藁ぶきの小屋が肩寄せ合う様子はたぶん、大昔からさほど変わっていないのではないだろうか。こうして人の営みを見ながら進んでいく。それが旅なのだと改めて思う。
 そして今回の旅のゴール、ングエサウンに到着した。チャウンターよりもさらに小さな村と、数軒のリゾートが点在している。遠浅のビーチに陽が沈んでいく。旅先でなぜ、人は夕陽を見たくなるのだろうか。インド洋を染め上げる黄金の輝きの中、次はどこに行こうかと思った。

 

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道中はこんな感じの家々をいくつも通り過ぎた

 

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ングエサウンのビーチが旅の終着点。次の国境はどこだ

 

(続く)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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