越えて国境、迷ってアジア

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#110

タイ=ミャンマー国境を北上せよ〈6〉ヤンゴン到達!

文と写真・室橋裕和

 ミャンマー最南端からタイ国境沿いに北上してきた旅もいよいよ佳境。バゴーからは列車で、ミャンマー最大の都市ヤンゴンへと向かう。

 

旅とは待つことである 

 列車はかれこれ、20時間ほど遅れているのだという。
「洪水のせいでね。ヤンゴンから南に向かう列車はダウェイまで行かずに折り返し。あちこちで浸水していて、スケジュールがわからない」
 駅員は困った顔で言う。それでも、
「近くまで来ているって連絡は入ってるから、そろそろだと思うよ」
 ここで「それでは、どのくらい待てばいいのでしょうか」と聞いてはならないことを、僕は長年のアジア旅で身に染みて知っている。そんなもん彼らだってわからないのだ。だから適当に「そうねえ。1、2時間?」なんて答えるだろう。すると今度は、その「1、2時間」に振り回されることになる。そろそろ1時間だぞ、いつになったらやってくるのか。あっもう2時間だ、まだ来ないじゃないか……なんてイライラするばかりなのだ。日本人的感覚では、何ごともおおよその時間を把握しておきたいところなのだが、ここは余計な情報を入れず、ただ「待つ」ことのみに徹したほうがいい。

 

01
バゴーの鉄道駅。乗客、物売り、ヒマ人などが行きかう

 

バゴーの駅で見た古き良きアジア 

 そう決めてホームのベンチに座り込むと、バゴーの古びた駅は懐かしいアジアの空気に満ちていた。物売りの子供たちが、とにかくひんぱんに行きかう。ミネラルウォーターや果物をいっぱいに並べたトレイを頭の上に乗せて、呼び声を上げている女の子。籠にたくさんのゆで卵を入れて売り歩いている少年。どの子も民族衣装ロンジーを着て、顔にはタナカという日焼け止めにして化粧の白い粉を塗っている。隣国タイや、シンガポールやマレーシアをはじめ欧米化の進む東南アジアにあって、ミャンマーの地方にはまだまだ民族色が強く残っている。
 腹が減ったので、とうもろこし売りの少年を呼んだ。1本300チャット(約25円)だという。2本分の600チャットを差し出すと、外国人客が珍しいのだろう、はにかんだ笑顔を見せてくれるのだ。
 かと思うと、物乞いのおじさんが外国人の僕にも問答無用で手を差し伸べてくる。地域の問題と思しき酔っぱらいがなにやら喚き散らして、駅員に宥められたりもしている。長椅子で延々と寝ている爺さんもいる。ニワトリをみっしり詰め込んだ籠の傍らに座り込み、ほとんど動くこともなく列車を待ち続けている婆さんは、なんだか僧のようにも見えた。

 

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とうもろこし売りの少年たちが売り物を野良ヤギに食べさせていた

 

遅れに遅れた列車が到着 

 駅を行き来する人々を見ているだけでも、案外退屈はせずに時間が過ぎていく。やがて駅員たちが腰を上げ、動きはじめると、弛緩していた空気が少し引き締まる。やっと列車が来るのだろう。いったいどこから話を聞きつけてきたのか、大人の物売りたちも集まってくる。遠くから汽笛の音が聞こえてくる。
 そしてようやく、老朽化した重々しい車体がホームへと滑り込んできた。すると一瞬でアジアの熱気が戻ってくる。乗降客と物売りが慌ただしく車内とホームとを行き来する。その中をわざわざ駅員がやってきて、僕を席まで案内してくれた。
 少しでも遅れを取り戻そうというのか、意外なほど早く列車は動き出した。錆びついた鎧戸を開けると、駅員ととうもろこし売りの少年が手を振っていた。出発だ。車内に流れ込んでくる風を感じたとき、ようやくほっとした。これで今日中にはヤンゴンにたどり着けるだろう。

 

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3時間以上も待ってバゴーにたどり着いた列車。雨期のダイヤはあって無きがごとしだ

 

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3等ボロ席に僕もお邪魔して、ヤンゴンまでの列車旅

 

列車内を彩る大道芸人のような物売りたち 

 確かに、列車が走っているのが不思議なくらい、車窓から見るとあちこちで村や畑が浸水していた。とはいえ悲壮感はあまり感じない。泳いでいる子供たちも多い。雨期の激しい雨の中を、最南端から北上してきた旅だったと思い出す。
 たいして人のいない車内でも、物売りは活発だ。弁当、菓子、水、果物、パン、雑誌……次から次へと物売りが来ては、大きな声でなにやら口上をまくしたてて商品をアピールする。薬売りもやってきて、まずはこれをご一読、とばかりに効能が書かれていると思しきチラシを乗客に配る。そして薬を自分の腕に塗ったりして、実演してみせるのだ。意外なほど何人もの客が買っていく。レトロな商売だがなかなか儲かるのかもしれない。
 こんな威勢のいい物売りたちは、東側の隣国タイではあまり見られない。まるで大道芸人のような彼らの文化は、むしろ西側のインドの影響のように感じた。インドには滔々と口上を垂れ、鉄道内を生業の場とする物売りたちがたくさんいる。タイを離れて、インドに近づいてきている……ミャンマーを東から西へ旅すると、インドの匂いが濃くなっていくが、列車の中でもそれを感じることができる。

 

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鶏肉とよくわからない謎汁のついた車内販売の弁当で腹ごしらえ

 

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田畑や集落や、ときには浸水した村の向こうにもパヤー(仏塔)が見える。これがミャンマーだ

 

同じ国とは思えない、地方とヤンゴン 

 ヤンゴンは大都会だった。
 冷房キンキンのきらびやかなショッピングモールに圧倒され、観光名所のボージョー・アウンサンマーケットでは、ここまでの旅では決して出会うことのなかったボッタクリ臭漂う自称ガイドがフレンドリーに近寄ってきて、恐れおののく。どこに行っても人ごみと渋滞に巻き込まれるのだが、Grabタクシーが普及しており実に便利でもある。2週間ほどかけてのんびりと南部の田舎町を巡ってきた僕にとっては、もはや別世界だった。
 もちろんバンコクあたりに比べればまだまだ発展度は低いものの、高いビルも雑踏もない南部からやってくると巨大都市に映る。だからついついお上りさんのようにルーフトップバーなんか行ってみたのだが、おしゃれな若い男女の群れになんだか委縮してしまう。
 とはいえ、だ。
 そんな若者たちだって日曜日になれば寺に参るのがミャンマーである。まだまだ伝統が生きている。
 ミャンマー最大の聖地にして観光スポットでもあるシュエダゴン・パヤーに行ってみると、老若男女あらゆる人が民族衣装を身にまとい、境内をそぞろ歩き、なにごとかを祈り、スマホを構え、楽しげに過ごしていた。ミャンマーでは観光地そのものよりも、そこに集う人々の様子に和まされるのだ。
 さて、今回の国境旅もそろそろ終わりだ。最後にベンガル湾のビーチリゾートにでも行ってみよう。

 

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シュエダゴン・パヤーを見晴らすヤンゴンのルーフトップ・バーは富裕層らしき人々でいっぱいだった

 

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シュエダゴン・パヤーでは参拝に来たミャンマー人たちのカラフルさと笑顔が印象的だ

 

(続く)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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