風まかせのカヌー旅
#12
ウォレアイ出航 深夜の女子会で愛を語る
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
「コーヒー飲む? 」
ホームステイ先のシルビアがそう声をかけて来た。
「飲む飲む〜! でも眠れなくなっちゃうかな」
「あら、寝る気なの? 最後の夜なんだから、朝までお喋りしようよ」
表のリビングの明かりはすっかり消えていた。
ほかのご家族はもう寝床についている。
ミヤーノは、どこかのお友達の家に行ったきり、まだ戻らない。
エリーはすぐそこで寝息を立てている。
シルビアと私は、薄暗い母屋の入口あたりに座り込んで、甘いインスタントコーヒーをすすり始めた。
「実は私、あなたたちがとっても羨ましいのよ」
「なにが?」
「こんなに長距離のセイリングするなんて。実は私も大好きなのよ」
「ほんとに? 離島の女の人はみんなあんまりカヌーに乗りたがらないでしょ?」
「うん。でも私は大好き。小さい頃はお父さんがカヌーで出かける時、いつもついて行ってたんだ」
「そうなんだー。でも、船酔いは?」
離島の女性は、おおむね船に弱い。連絡船でも、吐いては寝てを繰り返す女性がごろごろしている。
「私は大丈夫」
そう言ったシルビアは、ちょっといたずらっぽくささやいた。
「スペシャルなローカルメディスンがあるのよ」
ローカルメディスン。それは、島で手に入る動植物を使った伝統的な薬、もしくは治療のことである。
私が目をらんらんと輝かせ、なにそれとにじり寄ると、シルビアは真顔で言った。
「1回だけ。それを飲んだら、もう二度と酔わなくなったの。たった1回よっ!」
それはスゴイ。思わずそれはなに? と尋ねたら少し教えてくれたが、残念ながらここでは書けない。
離島では、こうした伝統的な知識の多くが「秘密」になっているのだ。
シルビア家の裏のビーチでは、蚊よけの火が焚かれ、幻想的な気配。[PHOTO by Osamu Kousuge]
“島の秘密”はまたの機会に紹介するとして、とにかく、航海が好きな離島女性なんて初めて会った。
「嵐で揺れたりするのは怖くないの?」
「ぜーんぜん! 楽しいじゃない!」
彼女は、手で大きな揺れのジェスチャーをしながら、ひゅーひゅーと声を上げた。その声が静かな夜に驚くほど響いて、思わず二人で口を押さえた。
「じゃあ明日、一緒にマイスに乗ってけばいいじゃん。シルビアと一緒なんて楽しいだろうなあ」
「今回はムリ。息子の卒業式があるから。でも、次は絶対一緒に行くから」
「卒業式じゃしょうがないか。でも、次は行こうね。約束だよ」
シルビアは瞳をキラキラさせながらうなずいた。
どこかで、コオロギのような虫が鳴いている。
「そういえばさ、息子さんのお父さんはどこにいるの?」
「今はヤップで働いてる。でも結婚はしてないから夫じゃないよ」
離島では、出産と結婚が微妙に分離していて、妊娠したら出産し、家族みんなで育てるが、離婚に厳しいカトリックのせいか、結婚には慎重になるケースが多い。
「なんでその彼と結婚しなかったの?」
私がそう尋ねると、シルビアは夜空を見上げてため息をつき、ふいに力をこめてこう言った。
「だいたいね、離島の男は愛を分かってないのよ」
思わず吹き出しながら、私も力強く同意した。
私は離島男性との恋愛経験はないが、いくつもの恋話を見たり聞いたりして、さすがの私も奴らとはムリ! と常々思っていたのだ。
「あいつら、ただの動物よ」
「ぷぷぷ。いったい何があったのよ?」
私たちはゲラゲラ笑いながら、愛を解さぬ離島男について、月が高くなるまで延々と喋り続けた。
翌朝、眠い目をこすりつつ起き出すと、まぶしいほどの晴天だった。
シルビア一家の女性たちは、あちこちに座り込み、総出で花かんむりを作っていた。
歓迎にも、儀式にも、そして見送りにも、花かんむりは欠かせない。ただ、複雑なものになると、1つ作るのに1時間はかかる。だからみんな、大忙しだ。
お隣の家では、私たちへの差し入れ、マール(パンの実を使ったチマキ風の保存食)が用意されていた。
私とエリーは、忙しく働く女性たちの真ん中で、差し出されたタロイモのココナツミルク煮と焼き魚でのんびり朝ご飯を頂き、コーヒーを飲んだ。
お手伝いしたいのはやまやまだが、花かんむり作りは難しく、教えてと頼むと余計な手間ばかりかけてしまう結果になるのは経験上知っていたので、おとなしく見物しておくことにする。
シルビアと。[Photo by Aylie Baker]
午後2時。ターメリックで黄色く塗られた顔が埋もれるほど、たくさんの花かんむりと首飾りを頂いた私とエリー、ミヤーノは、シルビア宅の裏手の浜に出た。
ここからシルビア・パパが運転するモーターボートで沖合に停泊するマイスまで運んで頂くのだ。
シルビア・ママとはここでお別れ。私とエリーがハグをかわし、ミヤーノの番になった。
若くして母親を亡くしたミヤーノにとって、母親のような存在である彼女は、大きな瞳から涙をぽろぽろこぼしてミヤーノにすがりついた。
ミヤーノも泣きそうになりながらママを優しく抱き寄せ、現地の言葉でなにかささやいている。
やがて寡黙なパパが行くぞと合図し、私たちはシルビアと一緒にボートに乗り込んだ。
ミヤーノが、いつまでも離れようとしないママの腕をそっと下ろしてボートに乗り込むと、すぐに出発。だんだん小さくなって行くママは、浜辺にぺたりと腰をおろし、いつまでも泣いているようだった。
今回、5年ぶりの再会だったミヤーノとママ。次はいつ会えるのか。[Photo by Aylie Baker]
しばし、誰も喋らなかったが、マイスに着くと途端に大忙し。ウォレアイの人々が我々のために用意してくれたたくさんの飲料水やココナツ、バナナ、マール、タロイモのココナツ煮などをどんどん積み込んで、定位置に収めて行く。
荷積みが終わると、私は自分の寝床下のハッチに潜り込み、東京で買ったバラまき土産のちょっと高級バージョン、防水時計をひとつ荷物から取り出し、マイスのすぐ下で停泊しているボート上のシルビアにポイッと投げた。
しっかりキャッチした彼女は、ずっと足首につけていたビーズ細工のアンクレットをはずしてひょいとこちらに投げてよこした。
ウソースと呼ばれるビーズ細工は離島女性の文化で、儀式に使う大きなものもあるが、2センチ幅ほどのバンドに模様や文字を編み込んだブレスレトやアンクレットは日常的に身につけられている。
もらったビーズ細工を足首につけてボートを見やると、時計をつけた腕を高々と揚げたシルビアが、笑顔で親指を立てた。
こうして私たちは4日間お世話になったウォレアイを経ち、次の島イフルックへと出発した。
ミクロネシアの島々は、火山島とサンゴ礁島に大きく分けられる。
火山島は、火山活動で誕生した島。
山があるため標高が高く、面積も広い。水が豊富で土壌も豊か。農耕に適し、動植物の種類も豊富。
サンゴ礁島は、サンゴの死骸などが積み上がった島。
標高2〜3メートルと低く、面積も小さい。
最大の特徴は、真水が乏しいこと。雨水に依存するので、雨が降らないと水の確保が難しくなる。
また、農耕に適する土地が少なく、育つ作物が限定されているなど、人間が住むにはかなり厳しい条件が揃っている。
今回訪れるヤップ州の離島はすべてそのサンゴ礁島である。
ちなみに、サンゴ礁島には隆起サンゴ礁島と、環礁の2種類がある。
環礁とは、中央が水没し、外周に平坦なサンゴ礁島がネックレスのように輪状に連なり、内側にラグーン(礁湖)がある。天然のプールとも称されるラグーンは大変穏やかで、魚が簡単に捕れる。
ングルー、ウォレアイ、イフルック、エラトー、ラモトレックなどがこれにあたる。
隆起珊瑚礁島は、地殻変動によって海底の珊瑚が水面上まで隆起した島。ラグーンがないのが特徴。環礁に比べ、魚を捕るのが難しい。
サタワルがこれにあたる。
小島が連なるウォレアイ環礁。文末のリンクにある衛星写真を見て頂くと、ネックレスのように連なっている様子がよくわかる。
*本連載は月2回(第1週&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
*第12回『Festival of pacific arts』公式HPはこちら→https://festpac.visitguam.com/
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |