越えて国境、迷ってアジア

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#108

タイ=ミャンマー国境を北上せよ〈4〉国境を越えて働くモン族の人々

文と写真・室橋裕和

 ミャンマー最南端からひたすらに北上すること、およそ700キロ。僕はモン州に入った。そこに生きるのは、ビルマ族とは文化の異なる、少数民族・モン族だ。

 

州境を越えてモンの大地へ 

 これを「滝のような雨」というのか、と思った。バスの外は猛烈な土砂降りだった。かろうじて舗装されている山道はところどころに生々しい地滑りの跡があった。水に浸かっている村をいくつも通り過ぎる。暗く重い空の下、深い緑と雨の中、バスはひたすらに北上していく。
 本連載#07#23で訪れた国境には、このあたりから東に進めばぶつかるだろう。タイ=ミャンマー国境もだいぶ僕の制圧下に入ってきた……と感慨を深くしていると、バスが停まった。
 運転手に促され、乗客の中でただひとりの外国人である僕だけが降ろされる。道を通せんぼしているバーのたもとに小さな詰め所。「Mon State」の標識を見るに、旅してきたタニンダーリ地方域はここで北限となり、バーの向こうはモン州であるらしい。外国人はパスポートチェックがあるのだ。国境越えのようでテンションが上がる。
 勇んで窓口にパスポートを差し出すと、ミンガラーバ(こんにちは)と挨拶してくれた関所の門番は、なにを調べるでもなくぺらぺらと物珍しそうに僕のパスポートをめくり、イランやウズベキスタンといったややマニアックなビザに目を止めてなにやらぶつぶつ呟いたりして、ほいと返してくれるのであった。せっかくなんだからモン州のハンコでも押してくださいよ。

 

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タニンダーリ地方域とモン州を隔てるゲート。こういうのにいちいち興奮して写真を撮る癖がある

 

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モーラミャイン中心部の市場の前でヒマしていたサイカーのおじさんたち

 

世界最大の「リクライニング・ブッダ」 

 10時間近い悪路のバス旅を終えてたどり着いたモーラミャインは、モン州の州都だ。人口30万人と、この旅で通過してきたどの街よりも大きく、なんだか浮き立ってしまう。それにこの街を拠点にしていくつか見どころがあり、観光を楽しめるのもいい。国境や市場ばかり巡っている僕でも、正統派の観光地はけっこう好きなのだ。
「じゃ、まずウィンセントーヤに行くか」
 3万チャット(約2400円)で丸一日雇ったバイクタクシーのアニキは、モンの大地を走りはじめた。雨は上がり、雨期の合間の太陽がまぶしい。左右に広がる天然ゴムのプランテーションや小さな村をバイクで走っていくのは最高に気持ちがいい。人々の営みや表情を眺め、ときどき止まってもらって写真を撮りながら、ゆったりと進む。やはり東南アジアの旅はバイクが楽しい。
 1時間ほど走ると、なんだか映画のセットのような、あるいはCGじみた奇妙な景色が見えてくる。小高い山に横たわり、肘をついて寝ている巨人であった。横になった顔面は高層ビルのように巨大で、目玉だけでも数メートルはありそうだ。そこから山にのしかかるように、赤い袈裟をまとった身体が伸びる。全長183メートル、世界最大の寝釈迦仏なのであった。
 なんだがダイダラボッチかガンダムのようで大迫力ではあるのだが、見物客はまばらだ。ナゼか仏の御前にはウォータースライダーが設置され、近所の子供たちが飽きもせず滑っている。そして寝釈迦の体内には潜入することができるのだ。内部には釈迦の一生を描いたパノラマコーナーだとか、仏教の世界観から構築された地獄なんかが広がっており、鬼たちが亡者を拷問しているなかなかホラーなジオラマがあるのだが、予算が途中で尽きたのか展示は中途半端に終わりゴミだらけで半ば放置されている。ミャンマーにはこの手の「仏教テーマパーク」があちこちにあるが、維持していくのはけっこうたいへんなようだ。

 

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巨大寝釈迦仏はアニメのように動きだしそうな気配がちょっとある

 

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雨のバスターミナルで出会ったランブータン売りのお姉さん

 

「モン料理のほうがうまいぞ」 

 それからバイクタクシーは、かの悪名高き泰緬鉄道のミャンマー側基点になったタンビュッザヤ、それに海に突き出た岩礁の上に建つチャイッカミの寺院などを巡るのが定番だ。
 その合間、「なるべくローカルなものを」という僕のリクエストに力強く頷いたアニキは、小さな食堂の前でバイクを停めた。
「ここはモン族の店なんだ」
 やはりモン州に来たからには、人口の過半を占めるモンの人々の料理を食わねばなるまい。ミャンマーの複雑な民族事情はさておき、まずは地元飯を味わいたいと思うのが旅人だ。
 おすすめを頼んで出てきたのは、豚肉のカレーと、魚のスープだった。カレーのほうはハーブたっぷりで、さわやかに辛い。
「ミャンマー料理みたいに油っこくないだろう。自然の素材を使って酸味と辛さを出すのがモン料理なんだ。こっちのほうが断然うまい」
 と店主は言う。中央を仕切るビルマ族に対する反発も込められているのか、
「ミャンマー料理はオイリーでアジノモトも多いし、身体に悪い」
 なんて顔をしかめる。

 

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チャイッカミ寺院は猫屋敷だった。本当に猫まみれで僧侶とじゃれている。猫好きな人はぜひ

 

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モン風のカレーとスープは、確かに油が少なくすっきりとした味わいだった

 

日本を目指すモン族もいる 

「ヤンゴンに比べるとモンはずっと貧しい。だから出稼ぎに行く人ばかり。このあたりはタイとのつながりが強いから、国境を越えたあっち側で働くんだ。俺もそうだったし」
 店主の言葉はタイ語だった。僕がタイに住んでいたことがあってタイ語が少しわかると告げると、ちょっと懐かしそうに切り替えてくれたのだ。
「サナームルアン(バンコクの王宮前広場)のそばで食堂を開いててね。けっこう儲かったよ」
 バンコクやその近郊ではモン族は「一大勢力」ともなっている。土着のモン族もいれば、出稼ぎの人々がたくさん住むエリアもある。彼らの故郷が、このモーラミャインを中心としたモン州なのだ。かなりの数の人がタイへの出稼ぎ経験者だとかで、確かにタイ語がよく通じる。僕としてはとっても助かるのだが、
「逆にこっちが人手不足になってるところもある」
 のだとか。
「モーラミャインの川を挟んだ対岸にはビルー島があるだろ。竹やゴム製品とか織物とか、タバコを吸うパイプなんかの工芸品を生産する小さい村がたくさん並んでるんだけど、そこもタイへの出稼ぎがどんどん増えてる。とくに若い男はタイの建設現場で働くことが多くて、伝統産業の後継者がいないんだ」
 中央政府は頼りにならず、タイに人を吸い取られるばかりだと嘆くのだ。今回の旅はタイ国境に沿って北上してきたが、その間ずっと二国間のなかなかに重い関係性がどうしても目に入る。それもまた、この国境の姿なのだ。
 そしていまモン州では、日本を目指す若者も増えているのだという。確かにモーラミャインの街を歩いていると、いくつか日本語の学校や、日本への就職をあっせんする会社を見た。その看板には老人の乗った車いすを押す人のイラストが添えられている。介護だ。技能実習や特定技能という枠組みで、日本はミャンマー人の介護スタッフをどんどん受け入れていく方針だ。その動きが、モン州にまで広がってきている。日本の少子高齢化は、国境を越えてはるかモーラミャインまで影響を及ぼしつつあるのだ。

 

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以前タイで食堂を出していたというモン族のおじさん。タイ語が堪能だった

 

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モーラミャインの街でもこんな看板がちらほら

 

(続く)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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