旅とメイハネと音楽と
#06
こだわりの全粒粉マントゥ
文と写真・サラーム海上
小さな餃子、マントゥへの偏愛
5月のイスタンブルでは、今年結成20周年を迎えたバンド、BaBa ZuLaのパーカッショニスト、レヴェントから、特製の全粒粉を使ったマントゥの作り方を教わった。
BaBa ZuLaはこれまでに三回来日し、日本でも中東音楽好きやベリーダンサーの間で人気が高い。僕は2005年にイスタンブルで彼らにインタビューを行って以来、付き合いが続いている。イスタンブルに行く度に彼らに会い、飲み歩き、逆に彼らが日本に来る時には、僕は臨時ツアーマネージャーや通訳をかって出ている。
BaBa ZuLaのメインメンバーは二人。弦楽器サズの奏者で歌手のムラットと、パーカッショニストのレヴェント。現在52歳のムラットは面倒見の良い性格で、会う度に新しいレストランやメイハネに案内してくれたり、家に招いて、義母が作る特別料理を食べさせてくれる。僕の著書『おいしい中東』、『イスタンブルで朝食を』は彼の協力なしでは出来上がらなかった。
一方、僕と同年齢、現在49歳のレヴェントはいつでもマイペース。一緒に飲みに行っても、気が向かないとさっと帰ってしまう。
外国の料理を積極的に口にするムラットに対して、レヴェントは日本に来てもトルコ料理を恋しがる。それだけに、彼にはトルコの肉団子キョフテと小さな餃子マントゥに対する強いこだわりがある。
「赤ん坊の頃、最初に好きになった食事はキョフテ。美味いキョフテを満腹になるまで食べるのが最高さ」
キョフテはトルコの子供と男性が大好きな料理の一つ。ちょうど日本の子供や男性にとってのハンバーグのようなものだ。
「マントゥも大好き。若い頃は夜中過ぎに無性にマントゥを食べたくなって、粉をこね始めて、夜中3時くらいに出来上がったマントゥを腹いっぱいになるまで食べたんだ。今も自宅でしょっちゅう作っているよ」
そう言うレヴェントは見事な出っ腹。
「出っ腹なんて呼ぶなよ。ターキッシュマッスルと呼んでくれ(笑)」
僕の著書を読んでくれた方はご存知のとおり、僕はマントゥに対する偏愛というか、オブセッションを持っている。レストランでマントゥの文字を見つけると、お腹が空いていなくとも、とりあえず頼んでしまう。僕がレヴェントなみのターキッシュマッスルを身につけるのは時間の問題かもしれない。
BaBa ZuLaのレヴェント
子供と男性が大好きな肉団子のキョフテ
ご存知でない方のために、ここでマントゥがどんな料理か簡単に説明しよう。
マントゥはトルコだけでなく、東はパキスタンやウイグル、ウズベキスタン、西はアルメニアやレバノンにも存在する餃子、ラビオリ、小籠包と似た料理である。場所によってはマンティと呼ばれ、チベットのモモや中国の饅頭ともかかわりがありそうだ。
作り方は、小麦粉の生地を薄く伸ばし、四角く切って、ひき肉を薬味とともに包みこみ、熱湯で茹で上げる。そこにヨーグルトやトマトソースなどをかけていただく。
トルコのマントゥは他の地域のものと異なり、その小ささが特徴となっている。パキスタンでは大きめの餃子状、ウイグルやウズベキスタンでは小さめの肉まん状。それに対して、トルコではマントゥを出来るだけ小さく作るのが良しとされる。
マントゥの名産地として名高い中部トルコ、カッパドキアに近い町カイセリでは、かつては一つのスプーンの上に四十個以上も乗せられるほどマントゥを小さく作っていたと聞く。しかし、作る手間がかかりすぎるため、今では一つのスプーンに7~10個程度の大きさにとどまっている。
今回のトルコ出張ではカッパドキアの町のレストランとカイセリ空港のカフェでマントゥを頼んだ。すると、前者では一つのスプーンに20個以上のマントゥがのった。健闘している! 後者ではやはり一つのスプーンに7~8個程度だった。残念賞!
カッパドキアのレストランのマントゥ
カイセリ空港のカフェのマントゥ
以前、僕が自宅で友人たちと一緒に作成したマントゥはこのくらいの大きさ
小さなマントゥは口の中で生地がプチプチと弾けて、食感がいい。しかし、必ずしも小さいマントゥが美味しいとは限らない。小さければ当然、中に詰められる具材は少量。レヴェントに言わせると「肉の味のしないマントゥなんて意味がない。小ささを競うのは馬鹿げている」とのこと。
以前から、レヴェントが作るマントゥは最高と聞いていた。しかし、タイミングが合わなかったり、彼の自宅のリフォーム工事などが重なり、これまで食べられずにいた。それが今回やっと叶うことになった!
友人レヴェントの自宅マンションでマントゥ作り
アジア側カドゥキョイから、彼の住むヨーロッパ側の町ベシクタシュへはフェリーに乗って20分。午後1時にベシクタシュの埠頭に着くと、モジャモジャ頭のレヴェントが眠そうな顔で待っていてくれた。
「昨日、BaBa ZuLaのツアーでスロバキアから帰ってきたばかりなんだ」
レヴェントの自宅はベシクタシュの繁華街にある魚市場から徒歩数分。BaBa ZuLaの歌にもなっているアッバサア公園の真前に建つ古いマンションの二階にあった。リフォームを終えたばかりで、何もかもが新しい。キッチンも物が少なく広々している。
「スロバキアで買ってきたばかりの紅茶のリカーが2瓶もあるんだ、ウッシシ。それを飲みながらマントゥを作ろう!」
紅茶の味がする強いリカーで乾杯しながら、ゆるゆるとマントゥ作りを始めよう。
アジア側のカドゥキョイから、レヴェントの住むヨーロッパ側のベシクタシュへ
レヴェントの自宅で、まずは乾杯!
リフォームしたばかりのマンション
まず、レヴェントが用意したのは薄褐色の粉、全粒粉だった。通常、マントゥは精製された白い小麦粉で作られる。カイセリでもカッパドキアでも、遠くレバノンでもパキスタンでも、僕は精製された小麦粉で出来たマントゥを食べた。これまで唯一の例外は、イスタンブル旧市街にある、オスマン帝国時代から伝わるレシピを忠実に再現した高級レストラン、ゼイレキハーネで食べたマントゥだった。数世紀前のオスマン帝国では小麦粉は無精製の全粒粉だったはずだから当然か。
「火が通るのに時間はかかるけど、僕は全粒粉の食感が好きなんだ」
生地に全粒粉を使うのがレヴェント流
そして、冷蔵庫の中にあった1kg以上の牛ひき肉の塊から、たっぷり300g以上もひき肉を取り分けた。奥さんはアンカラに長期出張中で、彼は一人暮らしのはずなのに、なぜ1kgもひき肉を買い込んでいるのだろう?
「食べるからに決まってるだろ。マントゥ以外にもキョフテを作るんだよ」
それでも普通、足の早いひき肉を一人で1kg以上買い込まないよ。あんた、どれだけひき肉が好きなんだ!? それにトルコの標準的な大きさのマントゥには一人分で20~30gのひき肉しか使わないはず。300g以上もひき肉を使うなんて一体何人分作るつもりなんだよ!
「言っただろ、僕のマントゥは肉を味わう料理なんだよ」
マントゥの具は取り分けたひき肉に、すりおろした赤玉ねぎ、塩、胡椒を混ぜるだけ。極めてシンプル!
用意した牛ひき肉はたっぷり300g以上、材料はほかに赤玉ねぎと塩、胡椒
ひき肉にすりおろした赤玉ねぎ、塩、胡椒を混ぜる
続いてマントゥの生地だ。ボウルに全粒粉、オリーブオイル、卵、塩を入れ、耳たぶの固さになるまで練り合わせ、ボール状にまとめる。その状態の生地を「ハムル」と呼び、それを薄く伸ばしたものは「ユフカ」と呼ぶ。
ボールに全粒粉、オリーブオイル、卵、塩を入れる
耳たぶくらいの固さになるまで練り合わせる
今度はトマトソースを作る。完熟の大きなトマトの皮をむき、オリーブオイルたっぷりを入れた鍋の上で、まな板を使わずにペティナイフでざく切りにして、鍋の中に落としていく。よく手を切らないなあ。日本で作る場合はもちろんまな板を使おう。トマト、にんにくをざく切りにしたら、トマトペースト、ビベールサルチャス(パプリカを煮詰めたペースト)を加え、混ぜてから火にかける。
日本人がトマトソースを作る場合は、オリーブオイルを熱して、にんにくを炒めてから、トマトを加えるが、彼らは全部をまとめて鍋に入れてから火にかける。そして45分も煮込んでしまう。
トマト、にんにく、トマトペースト、パプリカペーストを鍋に入れて煮込む
続いてはハムルを薄く伸ばしてユフカにし、それを切り分ける作業。普段からマントゥを作っていると豪語するだけに、彼は手早くユフカを伸ばし、約4cm角の正方形にささっと切り分けた。デカイ、そんなに大きく切っていいの?! 僕はこれまで2.5cm角にこだわり続けてきたというのに!
ボール状にまとめた生地を薄く伸ばしていく
伸ばした生地を、約4cm角に手際よく切り分けていく
次は要となる肉詰め作業。見ると、レヴェントはひとつかみの具を指先で丸めて、生地の中央に小指の先、またはお灸を一山ほど、けっこうたっぷり置いていく。そんなに具がデカくては生地を閉じられないんじゃないか?
「何も生地を完璧に閉じる必要はないよ。対角線で斜めに折って、両側を留めるだけでいいんだよ。茹でて生地が崩れても、煮汁に味が付くんだから」
なるほど。僕は日本人なので、マントゥにも水餃子のようなプリプリの歯ごたえを求めてしまい、どうしても茹で時間が短くなる。だが、トロトロの食感になるまで、茹で汁に旨味が溶け出すほど長時間煮込むのが正解らしい。
生地の中央に具を置いていく。具が多いように思えるが……
包み方はいたってシンプル。半分の三角に折って両側を留めるだけ
茹で汁に旨味が出るくらい、トロトロの食感になるまで煮込む
たっぷりのお湯で15分以上も煮込み、トロトロになったマントゥを茹で汁ごとお皿に盛りつけ、半量ほどに煮詰まったトマトソースをたっぷりかける。
「最後にバターとプル・ビベール(赤唐辛子粉)を溶かしたソースをかけるんだけど、プル・ビベールの代わりに浅草で買った七味唐辛子を使うのがいいんだよ」
七味唐辛子を溶かしたバターソースが沸騰したら、お皿の上からジャッとひとかけして完成! ヨーグルトをたっぷりのせていただきまーす!
バターソースには七味唐辛子を使うのがレヴェントのこだわり
マントゥを盛り付け、バターソースをかけて完成
う~ん、全粒粉の生地が一噛みするほどにしっかり主張する。そして肉がたっぷりつまっているので、一つ一つが十分な食べごたえあり! まるで小さなシュウマイを食べているようだ。じっくり煮込んだトマトソースとバターソースの組み合わせも濃厚。そこにヨーグルトが加わると、口の中で味覚がシャキッとリセットされる感じ。これは美味い! レヴェント、さすがに子供の頃から四十年近くマントゥを作り続けてきただけあって、全粒粉も七味唐辛子もしっかり自分の味にしているな。
そして、当たり前のことだが、生地を大きめに切れば、具をたっぷり詰められるし、作業時間も短縮できる。これまで僕は本物のマントゥを追い求めるあまり、一つのスプーンにどれだけ多くのマントゥをのせられるかにこだわりすぎていたようだ。極小マントゥ原理主義の罠!
たかがマントゥ、されどマントゥ、もっと気軽にマントゥを楽しもう。レヴェントの肉盛りマントゥから僕が学んだことだ。
「マントゥはカイセリの料理であって、イスタンブルの料理ではない、と言う人もいるけれど、僕の家では僕が子供の頃からマントゥを作っていたし、父方の家族も母方もマントゥを食べていたよ。マントゥの専門店がイスタンブルに開き始めたのは比較的最近かもしれないけれど、一般家庭ではそれ以前から普通に食べられていたんだ。
マントゥは複数の人たちが一緒になって詰めるから、共同体のための料理であり、人と人の出会いの料理なんだよ。家族や近所の人たちが一箇所に集まって、うわさ話をしたり、人生について語り合いながらマントゥを詰めたんだよ。マントゥは一つの文化だと思うんだ」
「マントゥは一つの文化だ」と語るレヴェント。僕のマントゥ観にも影響を与えた
具がたっぷりのマントゥを作ろう
■レヴェントの肉盛りマントゥ
【材料:4~6人分】
〈具〉
赤玉ねぎ:1個
牛または羊のひき肉:300g
塩:小さじ1
胡椒:大さじ1
〈生地〉
全粒粉:300g
オリーブオイル:大さじ2
卵:2個
塩:小さじ1
水:適宜
打ち粉:適宜
〈トマトソース〉
トマト:大2個
にんにく:3個
トマトペースト:大さじ1
ビベールサルチャス(トルコ産赤パプリカのペースト、なければトマトペーストを増量し、豆板醤少々を加える):大さじ1
オリーブオイル:50cc
〈バターソース〉
バター:120g
日本製七味唐辛子(赤唐辛子粉で代用可):大さじ1
〈食べる時にお好みで〉
ヨーグルト:1パック(450g)
【作り方】
1.赤玉ねぎは皮をむいて、すり金ですりおろし、余計な水分を切ってから、ボウルに入れ、ひき肉、塩、胡椒とともに混ぜあわせる。
2.ボウルに全粒粉、オリーブオイル、卵、塩を入れ、混ぜあわせる。耳たびの固さになるまで少々の水を足しながら、10分ほどかけて、よく練り合わせる。生地をボール状にまとめ、ラップをかけて、30分休ませる。
3.トマトは皮をむいて、ざく切り。にんにくは包丁の背でつぶしてからみじん切り。鍋にオリーブオイル、トマト、にんにく、トマトペースト、ビベールサルチャスを入れ、混ぜあわせてから、火にかける。沸騰したら弱火にして、45分、時々かき混ぜながら煮る。半量ほどに煮詰まったら火を止める。
4.めん台に打ち粉をふり、生地を置き、麺棒で生地を延ばしていく。まめに打ち粉を振りながら、薄さ1mmまで延ばす。伸ばした生地を約4cm角の正方形に切り分ける。
5.①の具を小さじ、軽く丸めてから、正方形の中央に置いていく。
6.具を置いた生地を対角線に沿って三角形に内側に折り、具をつめ、余った生地同士をしっかりくっつけて、閉じる。生地が閉じきれなくとも気にせずに。慣れないうちは、残りの生地が乾かないように濡れ布巾をかけておくと良い。
7.大きな鍋に水を張り、塩ひとつかみを入れて(ともに分量外)火にかける。沸騰したら、⑥を落とし、生地が柔らかくなるまで弱火で10分茹でる。鍋が小さい場合は二度、三度に分けて茹でても良い。
8.マントゥを茹でている間に、小さめのフライパンにバターを入れ、火にかけ、バターが溶けたら、日本製七味唐辛子を加えて、バターが沸騰し、軽く色づいたら火を止める。
9.お玉を使って、お皿にマントゥを茹で汁ごと盛り付ける。3のトマトソース、8の焦がしバターをかけたら出来上がり。お好みでヨーグルトをかけていただく。
*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉
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サラーム海上(サラーム うながみ) 1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com |