日常にある「非日常系」考古旅
#02
富士山が遺跡!? (前編)
文と写真・丸山ゴンザレス
「リハビリ考古旅」山梨編 富士山
「日本遺産?」
素っ頓狂で語尾上がりめな声が出た。取材の名目で、考古リハビリのために訪れた甲府にある山梨県立考古博物館でのことだった。
脳の経年劣化とサボり癖のおかげで、すっかり抜け落ちてしまった考古学的知識を取り戻すため、リハビリ考古旅をするべく遺跡の発掘現場にお邪魔した後、調査を担当している山梨県埋蔵文化財センターへ挨拶をするために訪問。その流れで、併設されている博物館に見学に来たのだ。
写真:山梨県立考古博物館外観(左=やまなし観光推進機構ホームページより)と、博物館前のナウマンゾウ像(右)
館内を案内してくれた学芸員の小林健二さんの説明を聞きながら展示を見ていると、
「この縄文土器の出土した酒呑場遺跡は日本遺産になっていて……」
この言葉に反応したのだ。
(何それ? 日本遺産なんて、知らねぇよ……)
かつての私なら、「知らないことは恥」と思っていたので(主に考古学に関して)、素直に「知りません」とは言えなかったが、ここ最近のジャーナリスト生活が染みついているせいだろう、知らないことをそのまま放置できない気質になっていた。その好奇心旺盛さを、「どうだ、偉いだろ、えっへん!」と胸を張りたい気持ちにもなるが、ようは勉強不足である。仮にも國學院大學で研究員のポジションを拝命している人間が「初耳だった」では笑えない。
実際問題、聞いたことあるような……いや、やっぱりない。どんだけ脳内をほじくり返しても詳しい情報が出てこない。遺跡の発掘もできなければ、知識の発掘もできない。一般教養に類する用語が分からないのでは、どうにも終わっている気分になる。
中年の脳みそをいつまでもギューギューに絞っても仕方ないので、「見落としていただけ」と自分を納得させつつ、恥を忍んで聞いてみることにした。できるだけ自然な雰囲気を醸し出しながら(ダメージ、少ないほうがいいし)。
「日本遺産ですか……世界遺産じゃなく、日本遺産」
「そうです」
小林さんの返事に微妙な表情を浮かべている私を見たフカサワ先生こと太郎さんが、すかさずツッコミを入れてくる。
「お前さん、知らんのかい?」
「う……、ええ。まあ……知りませんね」
「マジか!?」
そう言いながら嫌味にならない程度に笑う太郎さんを見て、「悔しい!(自分の知識の無さに対してである。決して太郎さんの発言に対してではない! 多分)」と、思わず口から出そうになった。そう思うものの、反論の余地などあるはずもない。今さら取り繕っても仕方ないので、太郎さんの説明を粛々と聞くことにした。
「文化庁が肝煎りでやってる制度なんだけどな、個々の文化財そのものが指定対象になるわけじゃないんだ。定義としては、『地域の歴史や文化の特色をわかりやすく表現した「ストーリー」を認定する』となっててだな。世界遺産とは違って自然遺産と文化遺産を分けているわけじゃないんだ。むしろ、面的に広がる景観や文化財を一体として、地域の歴史文化や特色がわかるものが望ましいとされている。だから、京都の日本茶800年の歴史散歩とか、今治市と尾道市にまたがった村上海賊、お遍路なんかも四国四県で認定されてるんだよな」
あれこれ説明してくれて分かったのは、「日本遺産=Japan Heritage」とは、文化財を保護するためのシステムではないということ。この制度を積極的に活用して観光資源にすることも視野に入れているのだ。ある意味、地方創生のための制度といってもいいだろう。
誤解を恐れず言えば、観光スポットの掘り起こしのための箔付けが目的と言えなくもない。
日本人に限らず、文化財の価値を素人が独自に見出すことは難しい。専門家のお墨付きがあることで見る価値があると判断させるのは、決して悪いことではない。むしろ、価値ある文化財が風化してしまうことのほうが、よほどの損失である。
酒呑場遺跡の発掘調査の様子(山梨県立埋蔵文化財センターのホームページより)
山梨では、「星降る中部高地の縄文世界―数千年を遡る黒曜石鉱山と縄文人に出会う旅」という文化ストーリーが日本遺産に認定されていた。山梨・長野両県の市区町村が連携して、かなり広範囲にわたるプロジェクトだ。そのため、ここ山梨県立考古博物館でも縄文がプッシュされていて、
「うちの博物館だと縄文土器が多いかな。このあたりの特色が……」
という感じに、小林さんの説明も縄文が多くなる。山梨の大型の深鉢形土器などに関するレクチャーから地元話まで、丁寧に解説を続けてくれた。
そして、富士山にまつわる展示へと進んだ。
「先ほどは日本遺産でしたが、富士山は世界遺産になっているのはご存じの通りかと思います」
「それはもちろん」
さすがに富士山が世界遺産に認定されたぐらいのことは知っていた。
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」。つまり文化遺産としての登録である。自然遺産ではないところがポイントになると思う。その辺りのことを山梨の人はどう考えているのだろうか。聞いてみたくなった。
「富士山って山梨の人にとってどういうものなんですか?」
質問に含むところはない。よくある静岡と山梨の富士山どっちのもの論争をふっかけるつもりはなかった(静岡出身でもないし)。展示にひっかけただけの単なる質問に過ぎない。回答にも期待はしていなかった。
「あれも我々から見れば“遺跡”ですから」
衝撃が走った! 小さめではあるが。
ともかく、自分の発想が偏っていたことに気がついた。予想外の答えだったのだ。富士山といえば、日本一の山である。余暇に登山したり、山頂で御来光を見たりする観光スポットのような扱いをされることもある。
もちろんその一面はある。そこを含めて、さきほどの日本遺産が目指すところが、まさに富士山なのかもしれない。日本遺産ならではの『地域の歴史や文化の特色をわかりやすく表現した「ストーリー」』があるはずだ。その象徴となるものこそが、遺跡としての富士山なのかもしれないと思った。
そのようなことを考え込む私を見た太郎さんが声を掛ける。
「分かるかい?」
「山岳信仰とその遺跡群ですよね。山頂部の参拝施設も古いと聞いたことがあります」
「山頂には12世紀に大日寺が建立されたといわれてるけど、山頂だけじゃない。富士山を祀る山麓の浅間神社については9世紀の噴火や祭祀の記録が残ってるし、周辺の地域を見れば縄文時代にさかのぼる祭祀遺跡なんかも見つかってる」
たしかに牛石遺跡(都留市)のような縄文中期の遺跡からは環状列石(石を並べたやつ、ストーン・サークルともいう。秋田にある大湯の環状列石が有名。イギリスのストーン・ヘンジとは別物なので、そこのところ注意!)が見つかっている。他にも多数あるわけで、古くから日本最大の霊山として信仰の対象になってきたのは間違いない。山頂や裾野にはもちろんのこと、全国各地に富士山信仰は息づいている。
小林さんも、こちらの考えを拾うように言った。
「富士山とそこにまつわる信仰や、災害の歴史とかも含めてですよね」
富士山が日本人にとって特別な意味を持つ。そのことは分かる。それだけに自分の考古学を見つめ直すリハビリ旅の序盤にこの山を向き合うのは、必要なことなのかもしれないとも思えた。少々飛躍があるかもしれないが、学生時代に祭祀考古学を専攻してた身としては、避けて通れないような気がしていたのだ。だからといって富士山に登るのはひと苦労。自重によって膝がやられかねない危険のある巨漢中年の私には、リスクが大きすぎる。
思い立ったのは、「足元を疎かにするな」という小学生の担任の口癖だった。別に好きな先生じゃなかったが、なんとなく、そんなことを言われたのを憶えていたのだ。あくまで、なんとなくだが。
山全体が遺跡の富士山。調べて回るのは別に山頂である必要もない。むしろ、アニミズムの観点からすれば、自然への「畏れ」こそが信仰の原点である。特に噴火を繰り返して日本最高峰になった霊山である。そうなると、畏れの対象の頂上よりも足元に行くほうが、太古の人々の祈りの記憶に触れられるかもしれない。
それに、もしかしたら直感的に「富士山だ!」と思った自分の感覚を肯定する材料や、リハビリ考古旅にふさわしいなにかに出会えるような気がした。
そんなことを思い巡らせていたちょうどその時、絶妙なタイミングで、別件の仕事で富士の裾野を取材するという機会が訪れたのだった――。
*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。お楽しみに!
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丸山ゴンザレス(丸山祐介) 1977年生まれ、宮城県出身。國學院大學大学院修了。考古学者崩れのジャーナリスト。フリー編集者。出版社勤務を経て独立。國學院大學学術資料センター共同研究員。TV番組「クレイジージャーニー」(TBS系列)では、世界中のスラム街や犯罪多発地帯を渡り歩く“危険地帯ジャーナリスト”として人気。2005年『アジア『罰当たり』旅行』(彩図社)で作家デビュー。以後、著書多数。【丸山ゴンザレス】名義:『海外あるある』(双葉社)、『闇社会犯罪 日本人vs.外国人 ―悪い奴ほどグローバル』(さくら舎)、『アジア親日の履歴書』(辰巳出版)等。【丸山祐介名義】:『図解裏社会のカラクリ』『裏社会の歩き方』(ともに彩図社)、『そこまでやるか! 裏社会ビジネス』(さくら舎)等。近著『GONZALES IN NEW YORK』(講談社)が好評発売中。旅行情報などを配信するネットラジオ「海外ブラックロードpodcast」では、ラジオパーソナリティーとしても活動中。 |
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