風まかせのカヌー旅
27 たまらんおっさんと水浴びのお話
パラオ→ングルー→ウォレアイ→イフルック→エラトー→ラモトレック→サタワル→サイパン→グアム
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文と写真・林和代
サタワル島の我が家で寝転がっていると、大きなお腹のおじさんが、杖をつきながらやってきて、おー、俺の日本の娘! と声をかけて来た。
やたらと長いまつげと大きな目。リティだ!
足が悪くなり、髪もすっかり白くなっていたけれど、そのいたずらっぽい眼差しは変わらない。
彼は、私の島のママ、ネウィーマンの旦那である。だから「島のパパ」であり、実際、何かと世話にはなっているが、どうにも漫画っぽすぎて「たまらんおっさん」という印象の方が強い。
あれは、私が二度目にサタワルに来た時だったと思う。
私が居候していたマウの家には、長女のネウィーマンと夫のリティ、子供たち数人が暮らしていた。
その家の庭の片隅に、なぜか古めかしい二層式の洗濯機があった。電気も通っていないのに。
「あれ、どうしたの?」
私がそうたずねると、リティが嬉々として言った。
「あれはフロム・ジャパンなんだぞ」
サタワルには昔からよく日本の漁船が立ち寄って、島の人々と物々交換をすることは私も聞いていた。島からは飲み水やココナツ、バナナをあげて、船からは魚や薬、包丁なんかももらえたりするそうだ。
「2ヶ月前、大きな日本の漁船が来たんだ。リーフの外に停泊してたから、俺たちは小さなカヌーに乗って漁船の船首に集まって物々交換してたんだ。あの時は、大量の魚をくれたんだよ。
で、ふと漁船の船尾を見たら、この洗濯機がデッキからロープで吊り下げてあるのが見えた。
で、そーっと近づいて見たら、ちょうどロープに手が届いたんだ。だからロープをプチって切って、カヌーに積んで持って来ちゃった。みんな、物々交換で忙しいから誰も気がつきゃしないんだ」
「えー! ドロボー!?」
私がそういうとリティはすごく嬉しそうに、イエスと言ってウッシッシと笑った。
(「ドロボー」は日本からの外来語としてサタワルで定着している)
たまらんおっさん、リティ。
そういえば、こんなこともあった。
私がマウに、ある人物を訪ねたいと言うと、リティに案内してもらえと言うので頼んだが、面倒だったのか、たまたま通りかかった隣家の少女に案内するよう命じた。
そして私が家に戻って見ると、マウが私を叱りつけた。
「なぜあんな娘と一緒に行ったんだ。リティと行けと言っただろう、気に入らん! 」
すると、その場にいたリティは間髪入れずにこう言った。
「そうだよ、なんで俺に頼まないんだ? ここではマウの言うことに従わなきゃダメだろ」
彼はしゃあしゃあとそう言ってのけ、マウに見えないようにちょこっと舌を出し、ウインクをよこした。
そんなリティも、妻のネウィーマンを5年前に亡くし、老け込んではおらぬかと気になっていた。
「俺も年をとったよ。足もこんなだし」
「私もだよ」
「お前はまだカヌーに乗れるじゃないか」
彼も航海が大好きで、若いころ、マウと何度も航海しており、航海術を教えにハワイに渡ったマウにもなんども同行した。でも、もう海には出られない。
しんみりしちゃいそうだったので、彼のためにとっておいたお土産の防水時計を渡すと、嬉しそうに腕につけ、そういえばあれはないのか? と私の土産物入り段ボールを漁りだし、あるものを手に取った。
それは、100円ショップで買ったファンシーシール。ハートや星の形の小さなシールがたくさんついたやつ。彼は嬉々として開封すると、金色の縁取りがあるピンクのハートをほっぺやおでこに3つ貼り付け、やっぱり100円ショップの派手な手ぬぐいを頭にかぶると、ニカッと笑ってナイス! と言った。
そんな彼を見てエリーは涙を流しながら笑いつづけた。
ヤシ酒で酔っ払ってご機嫌のリティ。このあとは決まって怪獣のようないびきをかく。英語が堪能なので、あらゆる場面で通訳をお願いしてきたが、話に飽きるとふらりとどこかへ行ってしまい、私が放置されることもたびたび。
「オボ トゥトゥ?(水浴びする?)」
どこかから戻って来たヘンリーナがそう声をかけて来たので、私とエリーは水浴びの準備を始めた。
まずは、下着をとり、ラバラバとTシャツ姿になって海に入る。
家の前の海は遠浅で、水深50センチほど。大の字になってあおむけで浮かんで見たり、ちょこっと泳いでみたり。あとは銭湯のごとくのんびりしゃがんでエリーとおしゃべりしてみたり。
「エリー、あの家に泊まるの、大丈夫そう?」
「もちろん大丈夫。もうリティ、超おもしろい。大のお気に入りよ」
「なら良かった。ヘンリーナもとっつきは悪いけど、いいやつなんだよ。でも、子供達の中には勝手にTシャツとか盗む奴がいるから、物の管理は気をつけてね。うっかりすると小銭やタバコも盗まれるから」
「そうなの?」
「そうなのー、ドロボーがいるのよー。でもおもろいからやめらんないのよねー、あのウチ」
「トーノン!」と叫んでは海に潜る子供たちのおかげで、トーノンが「潜る」とか「入る」、と言う意味だと覚えた。
さて、海から上がると今度はシャンプーセットを手に、ヘンリーナについていく。
家から1分ほどの場所に、巨大バケツがあった。高さは2メートル以上ある。
中には水がたんまり入っているけれど、どうやってこの水を汲めば良いのか。
するとヘンリーナが直径3センチほどもある太いホースを取り出し、先端をバケツの中に放り込んだ。
そして反対側の先端を口にくわえると、ふっくらほっぺをキューっとすぼめて中の空気を吸い込んだ。
水がホースの中を降りてき始めたが、息が続かず。半分まで来ていた水はまたバケツに戻ってしまった
私とエリーがじっと見つめていると、ヘンリーナはちょっと照れたように笑って、再度トライ。顔を真っ赤にして吸い込むと、今度は見事、水がホースから出て来た!
私とエリーは拍手をしてはしゃぎながら、体についた海水を真水で洗い流し、海水ではほとんど泡立たないシャンプーを頭から振りかけ、存分に泡を満喫。
ひやー、気持ちいー!
するとヘンリーナが歌い出した。
「トゥトゥ ネ セット? (海で水浴びすると?)」
これは、かつて私が覚えこまされた、掛け合いになってる歌である。
私は泡まみれで、返歌した。
「エラ ノラ ノ キシム(お尻が黒くなる)」
「トゥトゥ ネ ラン?(真水で水浴びすると?)」
「エ プエ エ プエ エ キシム(お尻が白くなる)」
「トゥトゥネセットラン? (海真水で水浴びすると?)」
「エラ ノ プエ キシム(お尻が白黒になる)」
ヘンリーナもそばにいた子供たちもみな、ゲラゲラ笑った。
私がこれを歌えることはサタワル中に知れ渡っており、私の顔を見ると誰もかれもが唄いかけてくる。
おかげで私は、何度もなんども歌わざるをえなくなる。
でも、まるで飽きないのか、何度やっても大ウケ必須なので、こちらもやめられないのであった。
写真は、別の村にあるバケツ型雨水タンク。上部は解放されているので、木の葉や虫はたくさん入るが、このタンクには下部に蛇口があるので、水汲みがラクチン。
森の中にこんな真水が湧く小さな穴がいくつかあって、水浴び場になっている。
空き缶に紐をつけた「ツルベ」で水を汲んで浴びる。洗濯もする。
雨が降らず、雨水タンクの水位が減ると、みんなこちらに海水をリンスしにやってくる。
森の水浴び場はすごく気持ちがいいけれど、夕方になると蚊の猛攻撃を受ける。
*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!
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林和代(はやし かずよ) 1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。 |