越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#99

東京・千葉・埼玉3国国境から、矢切の渡しへ

文と写真・室橋裕和

 収束傾向である! 憎きコロナもだいぶ感染者が減ってきた。僕のメインフィールドであるアジア諸国ではすでにロックダウンが段階的に解かれ、入国制限の解除、国境を越えた往来の再開についても話し合われるようになってきた。
 もう少し、なのだ。
 あと少しでアジアをまた旅できるようになる。それまでの間、せっかくの機会なので、「日本の境い目」を旅して過ごすとしよう。

 

スタート地点は下町・亀有 

 JR常磐線・亀有の駅を降りると、両さんの像が出迎えてくれた。南口にはなじみやすそうな庶民的な商店街が広がり、総菜や薬や靴、たい焼きにメンチカツなど小さな専門店が肩を寄せ合う。チェーン店に浸食されていないところがいい。そんな街のあちこちに漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公・両津勘吉巡査のイラストが踊り、オブジェが立つ。和菓子屋では「両さんどら焼き」が売られていた。街の顔なのだ。
 その亀有から、中川を越えて、両さんが所属しているであろう亀有警察署に向かって歩いて行く。「新宿」と言う地名に目が留まるが、これは「にいじゅく」と読むらしい。新宿とはあの巨大都市特有の地名というわけでもなく、新しくつくられた宿場町に名づけられることが多かったのだという。ほかにも「あらじゅく」「しんしゅく」などの名で、千葉や神奈川、埼玉、群馬など全国に「新宿」は点在している。ここ葛飾の場合、1568年(永禄11年)の文書にすでに登場してくるらしい。副都心・新宿の建設は江戸時代に入ってからだから、それよりだいぶ早いのだ。こんなちょっとしたウンチクを楽しみながら歩くのが、日本の旅かもしれない。

 

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亀有駅前には「派出所」の皆さんが。駅周辺には15の両さん像があるそうだ

 

東京から埼玉に入ったとたん…… 

 その新宿を過ぎ、金町の駅前商店街を通り、一軒家や小さなアパートが密集する界隈を抜けると、第1チェックポイントが見えてくる。水元公園だ。
 都内でも最大級の公園だというが、亀有のすぐそばにこれほどに広い緑の水辺があるとは思いもしなかった。コロナの収束が見られるからか、ピクニックをする家族連れや散歩をする人がけっこういる。サイクリングロードも整備されていて、子供たちが元気に走っていく。
 その傍らの道を北上していく。道路の上に掲げられた看板に、思わず声が上がる。
『埼玉県 三郷市』
 国境なのである。イミグレーションこそないが、ここは東京都と埼玉県を分かつ陸の境界線。その直上をよく見れば、両国の悲しき格差が表れているのであった。東京側の歩道はハイソ感あふれるレンガ風だが、埼玉側は味も素っ気もないアスファルトなのである。国境線を境にきっぱり、くっきりと分かたれた、残酷なまでのこの光景。心なし、歩道の幅まで埼玉側は狭いではないか。やはりこれは、道路整備にかけることのできる予算の差なのであろうか。
 蛮族の地に入るかのような緊張感をいくぶん覚えつつ埼玉に越境してみれば、すぐそばの駐車場ではシャコタン・フルスモークのベンツとヴェルファイアが異様な存在感を放っているのであった。都内とはだいぶ異なる文化様式に戸惑うが、埼玉国にやってきたという実感も湧き、嬉しい。そこへ通りがかった東武バスの行き先表示を見れば、これが埼玉・三郷と東京・金町を結ぶもの。いわば国際バスであろう。
 水元公園がそもそも、両国にまたがって広がっている。小合溜(こあいだめ)という大きな池の南岸が東京、北岸が埼玉だ。どちらにも釣り人が多く、「密」を避けて間隔を取り、ビール片手にのんびり糸を垂らしている。フナやコイ、ブラックバスなどが釣れるらしい。

 

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東京・埼玉の国境線は歩道を見るとその違いがよくわかる。経済力の表れなのか……

 

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水元公園は都内随一のグリーン&ウォータースポット。豊かな生態系を観察できる施設もいろいろ

 

江戸川が分かつ3国国境地点! 

 その水元公園を東に歩いていく。小合溜から伸びる水路に沿って、運動場が続く。やがて緑の壁が立ちふさがった。江戸川の堤なのだ。そのたもとまで行くと、小さな碑があった。「金町関所跡」と刻まれている。これまた感慨深い場所なのである。関所と言えばかつての国境、イミグレーションではないか。旅人は江戸の昔、この関所で手続きをした後に、渡し船に乗って江戸川を越え、対岸の松戸宿へと入ったのである。
 いまでは碑が佇むばかりで近くには大きなポンプ場があるだけだが、江戸川が東京と千葉を分かつ川であることは変わりがない。堤の上に出ると、河川敷の先に江戸川が流れ、その向こうに千葉県・松戸市の街並みが広がっている。いくつもの大きなマンションがそびえ、東京の後背地でありベッドタウンであることを示している。あそこもやはり独特のヤンキー文化栄える異郷である。
 そして河川敷を北に少し歩けば、またもや埼玉との国境が迫る。ここは日本に48か所あるという、「3県境」のひとつなのだ。江戸川を境にして、東京、千葉、埼玉が接している。しかし、そんなことに興味を持って一眼レフを構えばしばし撮りまくっているのは僕くらいで、ジョガーの皆さんは暑かろうにマスク姿で東京と埼玉を行き来し、対岸の千葉には目もくれない。
 だが、ここにも注目すべきポイントがあった。先ほどの水元公園そばの国境と同じく、それは両国の経済力と民度とが、悲しいまでに反映されていた。
 東京側の河川敷はきれいに手入れされ、芝もほどよく刈り取られているのに、埼玉側は荒れ放題の草ボーボー、これまた国境線に沿ってはっきりと色分けされてしまっている。あからさまであった。
 ここまで埼玉をディスっておいてなんだが、僕の実家は埼玉・入間市にある。狭山茶と西武ライオンズを愛して育った埼玉県民としては、この荒れた草地がなんだか恥ずかしい。やはり都民は僕たちに「この草でも食わせておけばいい」とか思っているのであろうか。
 国境のそばには看板が立っていた。国土交通省のものだった。ここを境に、河川の管理者が変わることを示している。県境と同様に、上流が埼玉県、そして下流が東京都、対岸は千葉県の管轄になるのだそうだ。河川区域の使用や開発については、各管理者に問い合わせることになる。ここはまさしく国境なのだ。

 

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金町関所は江戸・慶長年間(1596~1615年)に設けられ、往来の管理を担った。明治2年(1869年)まで存続したそうな

 

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こちらは江戸川河川敷の東京・埼玉国境。草が手入れされている東京側と、放置されている埼玉側。道路も埼玉はなんかショボい……

 

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3国国境を望む。散歩やジョギングにはとってもいいところだ

 

国境を越える船、矢切の渡し 

 3国国境から江戸川に沿って延々と南下していく。常磐線の高架橋と、新葛飾橋を越えてさらに歩けば、柴又に至る。両さんの次は寅さんだ。映画『男はつらいよ』の舞台であり、京成金町線の小さな駅舎には、車寅次郎と、彼を見送るさくらの像が立っている。
 名物の柴又ラムネを飲んでひと息ついた。柴又を散歩し、旅人の大先輩である寅さんを偲ぼうかとも思ったのだが、それより先に巡礼しなくてはならない場所があった。団子屋やうなぎ屋の並ぶ参道から帝釈天を通り、また堤を上がって江戸川に出て、運動場のすぐわきだ。江戸川に突き出た、小さな木の桟橋があった。何人かの人々が並んでいる。僕も後に続いた。
 すぐに、小さな木の船が流れてきた。乗客は4人ばかり、とぼけた感じの船頭が巧みに櫂を操って、桟橋に船を横づけした。矢切の渡しである。大ヒットした演歌でも歌われた江戸川の渡し船は、江戸時代初期に開設されて以来、いまなお現役なのだ。東京と千葉を行き来している。まさに国際航路。
 200円の運賃を払って乗り込んでみる。客はほかに家族連れや夫婦が5人ほど。
「もう来ないかね。そろそろ行きますかね」
 船頭のそんなつぶやきとともに、すいっと船が流れ出ると、僕はいきなり遠いアジアのどこかにワープした。
 照りつける太陽の下、船は静かにたゆたう。川面を渡る風が心地よい。船頭が櫂をこぐ、ギイ、ギイという音だけがただ響く。とにかく静かなのだ。誰もがじっと見つめる対岸には、雑木林が広がっていて、なんだか東南アジアのジャングルを思わせる。その藪の中に、やはり小さな、粗末な木の桟橋が渡されている。まるでラオスじゃないか。ここはタイとラオスの国境線をなすメコン河で、僕はいま船で越境しようとしているところなんじゃないか……そんな錯覚さえしてくる。ほんの10分ほどの小さな航海は、想像以上に「旅」であり「国境越え」であったのだ。

 

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柴又でもゆっくりしたいところではあったが、「密」を避けるため観光地での滞在は自粛

 

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メコン河ですと言われても信じてしまいそうな風景だが東京・千葉を隔てる江戸川。そこを渡し船がゆく

 

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藪の中に千葉側の桟橋を発見! あまりに素朴な姿に、ラオスかよと思って興奮した

 

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もともとは両岸を行き来する農民のための船だったという。都内で現存する渡し船はいまやここだけ

 

千葉に入ると、また世界が少し変わった 

 矢切の渡しを降り、千葉県に降り立つ。桟橋のそばには朽ちて半壊した物置のようなものがあったが、イミグレーションではなく雑貨屋らしい。パスポートを提示する必要はなく、飲み物やおもちゃを売っていた。
 ゴルフの打ちっぱなしなどがある河川敷を通り、堤を上って、千葉側を見渡すと、一面のキャベツ畑が広がっていた。水田やネギ畑もある。住宅街が延々と続く東京や埼玉とは、まったく違った景色に息が漏れる。23区のすぐそばに、これほどのどかな場所があったのかと、しばらく見とれた。
 が、油断してはならない。コロナは収束傾向とはいえ、緊急事態宣言はまだ発令中である。他県への移動は自粛するよう広く呼びかけられているのだ。僕はその禁を破り、千葉へと越境してきている。矢切の渡しを突破してきた人間だとバレたら、自粛警察になにをされるかわからない。
 しかし、田園の水源となっている江戸川の支流の堀のあたりには、デッキチェアーに寝そべっている人々、ストロング缶を片手にのんびり散歩するカップル、車を停めてゴキゲンな音楽をかけつつピクニックをしている人たちなんかがいて、きわめてラスタな空気感なのであった。これまた東京とはずいぶんと違うじゃないか。そう思うとなんだか楽しくなってくる。日本の境い目も、存外に面白い。
 さあ、もう少しだ。ゴールの北総鉄道・矢切駅まで、もうちょっと歩こう。

 

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江戸川の東側、千葉に入ると一面の田畑。時間の流れも変わった気がする

 

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ゴール地点の矢切駅には、1997年まで使われていたという渡し船が展示されている。いまの船より大きくて立派

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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