越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#98

新大久保の多国籍テイクアウトで国境を越える

文と写真・室橋裕和

 コロナウイルスのため、海外に出られない状態はまだ続きそうだ。そんなときは「三密」に注意しつつ、「日本の異国」に行ってみてはどうだろう。とくに東京・新大久保はさまざまな人種が混在する多国籍タウンだ。各国のレストランではテイクアウト対応もしているから、あちこちでお持ち帰りしながら世界旅行気分が楽しめる。

 

人口の3~4割が外国人 

「ステイホーム」である。
 旅人たちはゴールデンウィークも自宅にこもり、せめてものウサ晴らしにツイッターで旅先の写真や動画をアップしあったりして、お互いを慰めてはいるが、ちっとも旅の代替行為にはならない。動画に映し出されているその場に、この身を置きたいのだ。それが旅人というものなのである。
 その点、僕はいくらか恵まれているのかもしれない。住んでいるのは東京・新大久保。世間的は「コリアンタウン」として知られているかもしれないが、実際はだいぶ違う。東南アジア、南アジア系を中心に、雑多な顔触れが行きかう。とくに多いのはベトナム人とネパール人だ。バングラデシュ、パキスタン、ウズベキスタン、ミャンマー、タイ、それに中国も多いし、欧米人や黒人もよく見る。インターナショナルタウンなのである。
 僕の住んでいる大久保2丁目の人口は8395人だが、うち日本人が5395人、外国人がちょうど3000人。実に人口の35.7%が外国人なのである。2丁目から大久保通りを挟んだ南側の大久保1丁目になると、人口4290人中、日本人2461人、外国人1829人。なんと42.6%が外国人だ(2020年1月現在、新宿区による)。つまり、住んでいるだけで軽いトリップ感、ちょっとした海外旅行気分を味わうことができる。日本に居ながらにして国境を越えられる街。それが新大久保なのである。

 

ふだんは行列の店もいまは並ばず味わえる 

 もちろん、この街もコロナの打撃を受けている。最も厳しいのは韓国のレストランやアイドルグッズの店だろう。不要不急の外出が禁じられ、4月に非常事態宣言が出てからは、観光客はパタリと消えた。日本人女子で埋め尽くされていた大久保通りも、行列のハットグ屋もカフェも、いまは静まり返っている。当面の営業を停止している店、すでに廃業した店もちらほらある。開いているところも東京都の自粛要請に従い20時までだから、夜はどこもネオンを落としゴーストタウンのようだ。
 それでも、いいことも少しある。普段は大行列していた人気店に、らくらく入れるのだ。それにかなりの店がテイクアウト対応している。昼時は一人分からお弁当を売っている店も増えてきた。あの店で焼肉とキャプチェを、こっちの店でキムチと海苔巻きを、なんて食べ歩きならぬ「お持ち帰り歩き」が楽しめる。

 

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『ホンスチュクミ』のイイダコ炒め定食(1300円)は手巻き用のエゴマや大根の漬物までついて楽しい

 

おすすめパキスタン煮込み! 

 こうしたテイクアウト・グルメは、ほかのエスニック料理店でもどんどん取り入れている。2月にオープン直後いきなりコロナに見舞われたパキスタン料理店『エンバシ―・ハラルレストラン・ミルファ』では、軒先にビリヤニ弁当、カレー弁当、それにタンドリーチキンを並べて売るようになった。
 しかし、この店の大本命は「ニハリ」という煮込みなんである。骨付きマトンをスパイスでじっくり煮込んだシチューのような料理で、パキスタンを中心にバングラデシュやインドで食べられている。オープン直後から、日本人のエスニックマニアの間でもこの店のニハリは評判なのだ。テイクアウトのメニューにはまったくなかったが、聞いてみる。
「ニハリ? できるよできる。テイクアウトOKね」
 このあたりの適当さがアジアであり、新大久保だ。ほかの店でも同様、持ち帰り用のメニューになくても頼んでみれば対応してくれることが多い。
「ニハリはライスよりも、ロティとかナンに合うよ」
 と教えてもらい、ナンも2枚購入。ついでにタンドリーチキンも買って大満足のランチである。肉とスパイスの濃厚エキスが溶け込んだシチューをナンですくって食べる。でっかいマトンはスプーンを差し込むとほろり崩れる柔らかさ。新大久保にもハラル・レストランがいくつかあるが、僕としてはここがいちばん好きな味だ。

 

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『エンバシ―・ハラルレストラン・ミルファ』の名物ニハリ(1000円)は器もかっこいい。テイクアウトの場合はプラ容器に入れてくれる

 

タイ料理マニアの愛する名店 

 タイ料理では新大久保駅すぐ西の通り一番街にある『クンメー1』『クンメー本店』『ソムオー』などがテイクアウトに対応している。
 中でも『クンメー1』は100種類以上あるメニューのすべてが持ち帰りできるそうだ。ランチどきのガパオ弁当や、カオマンガイ弁当なんかもおいしいけれど、タイ料理フリークの店主が熱弁するのは自家製のガピ。タイ風の蝦醤、蝦味噌なんて呼ばれる塩辛い調味料で、ゲーン(タイカレー)や炒め物にも使うし、そのまま茹で野菜やトートマンプラー(タイ風さつまあげ)などにつけてもおいしい。
 それと僕が好きな「ネーム」という豚肉の発酵ソーセージも置いてあって嬉しい。チャーハンやオムレツに混ぜるメニューもある。定番だけでなく、ディープなタイ飯の世界が堪能できるのである。
 ちょっと嬉しいのはテイクアウトのスタイル。スープものまで持ち帰れるのだが、現地のようにビニールに入れて、輪ゴムでぐるぐる縛って包んでくれる。タイの屋台の同じ感覚なのだ。それにヤムウンセンは、春雨と海鮮ホットソースを分けてくれる。食べるときに混ぜれば、春雨が伸びないという心遣い。

 

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『クンメー1』のガパオ弁当(750円)。タイ人のソウルフードにして日本人にもいまや有名

 

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スープ類やデザートはこうしてビニールに入れてくれる本場タイ屋台スタイル

 

あれこれ頼んで楽しい台湾点心 

「火鍋でも北京ダックでも持ち帰りできるよ!」
 と話すのは、大久保駅そばの台湾&福建の隠れた名店『興福樓』。店主の陳増武さんは来日25年、店を開いて12年だ。
「お客さんは8、9割は減りました。閉めることも考えたけど、そういう店ばかりだと街が暗くなっちゃうから」
 と、20時までの営業自粛を守りつつ店を開け、テイクアウトに対応している。陳さんは3.11もこの街で経験している。大久保通りが真っ暗に静まり返ったそうだ。ほとんどの店が仕事どころではない状況だったが、翌日から営業を再開した。新大久保に住む外国人たちは福島第一原発の事故を見て次々と日本を離れたが、陳さんはふんばり続けた。
「日本人からは、陳さんどうして帰らないの、帰れる場所があるじゃないって言われたけど、毎日のように来てくれるお客さんがいるからね。街の人たちと一緒にがんばろうって。いまは、あのときと同じ気持ち」
 今回も心配した近所の日本人が、緊急事態宣言の翌日から顔を出して、テイクアウトしていってくれるという。
 定番のチンジャオロース弁当なども人気だが、台湾の点心をいくつも持ち帰ると夜市気分でおもしろい。自家製の豆板醤が添えられた大根餅、刀削麺の生地を使った水餃子、ほの甘い餡とごまの香りがたまらないごま団子と、どれもていねいな仕事ぶり。なお火鍋など大モノを持ち帰るときは事前に連絡を。

 

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『興福樓』の手作り水餃子(300円)。こちらの点心は本当にいけます

 

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こうした定番定食もすべてテイクアウトOK


 ほかにも新大久保では、トルコのケバブや、ベトナム風のサンドイッチ・バインミー、ネパールカレーなどなど、和食以上にエスニック・テイクアウトグルメが元気だ。どうしても家で食事をとる機会が多いけれど、ときにはこうした店でお持ち帰りしてみると、目先も変わるし、コロナで沈んだ気分も少しは変わる。

 

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新大久保に数あるバインミー屋でもベトナム人留学生たちがイチ押しだというのがここ『バミ・オイシ』

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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