韓国の旅と酒場とグルメ横丁

韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#98

ソウルの川辺を歩く 貞陵編

korea00_writer.gif 

 川辺特集の3回目は、ソウルの北部を流れる貞陵川(ジョンルンチョン)を取り上げる。

 

01

北漢山から流れる貞陵川沿いに建つ古びた家屋

 

韓国映画 『建築学概論』と貞陵 

 2012年に上映された映画『建築学概論』で、女性主人公(ソヨン)が住んでいた町がどこだかご存じだろうか?

 都とその周辺を隔てる城壁の北側にある城北区の一部で、北漢山の麓にある貞陵(ジョンルン)である。

 劇中、建築学概論の授業時間、教授は貞陵に住んでいるというソヨンに「貞陵が誰の陵なのか知っているか?」と聞き、ソヨンが「正祖? 正宗? 丁若鏞?」と見当違いな答えをすると、教室内に笑いが起きる場面があった。貞陵は朝鮮を建国した太祖が愛した二番目の妻で、朝鮮最初の王妃である信徳王后の墓である。貞陵の地名はこれに由来する。ソウルで陵の名前が地名になった例としては、他に泰陵(テヌン)、宣陵(ソンルン)などがある

 映画『建築学概論』のヒットで話題になった貞陵は、ソウル中心部からそう遠くないが、山と川が共存する独特の下町風景をもっている。特に貞陵川が流れている貞陵3洞と4洞には情感がある川辺風景が広がっていて、散歩が楽しい。

 今回は都心の清渓川とはまた違った魅力のある貞陵川沿いを歩いてみよう。

 

貞陵の川辺を歩く 

 2017年の牛耳新設軽電鉄の開通によって、ソウル中心部から貞陵へのアクセスがよくなった。貞陵3洞~4洞に近い駅は北漢山輔国門駅だ。2番出口から外に出れば、すぐ貞陵川に架かった橋が見える。ここから川に沿って北漢山のほうに北上していく。

 川のせせらぎ、鳥のさえずり、落ち葉を踏む音……。ソウル中心部から地下鉄で4、5駅行っただけなのに空気が澄んでいる。今年は紅葉も長持ちだ。なかなかの絶景である。

 川沿いには年季の入った民家が並んでいる。70~80年代にはありふれた風景だったが、集合団地を見慣れた目には新鮮に映る。一度は川べりに住んでみたいものだ。

 

02

貞陵川付近の斜面の住宅街を縫う階段。タルトンネの趣だ

 

 川辺の商業施設の看板には、청수(清水)スーパー、청수(清水)湯など「清水」という言葉がよく見られる。これは、昔この辺りが清水洞(チョンスドン)という名前で呼ばれていたことと無縁ではない。昔から北漢山の渓谷の水は清らかだということからこの名が付けられたという。夏には子供たちが水遊びをする姿も見られる。

 

大河小説『土地』の作者が住んだ街 

 まるで避暑地のような貞陵の谷間に越してきたものの、切望していた小川の水、松林を抜ける風、青空をほとんど自覚できず、苦痛に包まれて過ごしていたが、たまに市内に出ると、貞陵のよさがしみじみとわかる

           1962年6月22日号の京郷新聞、朴景利の記事「貞陵水泳場の孤独」より

 

 かつて貞陵の川辺には小説家、詩人、彫刻家らが多く住んだ。有名な大河小説『土地』の作者・朴景利(パク・キョンリ)女史も川辺の住人である。

 北漢山のふもとの慶国寺(キョングクサ)の石垣沿いを歩いて行くと、小高い丘の上にマンションが見えてくる。その向こう側にあるオクス連立住宅の塀に「朴景利の土地」と書かれている。その連立住宅の向こう側の道を100メートルほど行った左側に、彼女が住んでいた瀟洒な家が残っている。彼女は1965年から1980年までここに暮らし、『土地』を書いた。

 

03貞陵川側にある慶国寺の石垣沿いを歩く

 

04日本でも翻訳版が出ている大河小説『土地』の作者、朴景利が住んだ家

 

貞陵の隠れ里 

 朴景利の家からさらに北上すると、貞陵ゴルと呼ばれる村に至る。ゴルというのは谷のことなので、山の谷間の村ということになる。タルトンネ(山の斜面にできた庶民の生活圏)ともいえる。

 トタンや板ぶきの屋根、迷路のような狭い路地と坂道、大きな銀杏の木のある狭い庭、古びた練炭倉庫、階段状に建てられたセメント家屋、家庭菜園……。観光客を呼び込むための壁画もほとんどない静かな山里の姿が残っている。紅葉などの彩がなかったらちょっと寂しい感じである。

 

05

晩秋の貞陵ゴル。遠くに高層マンション群が見える

 

 銀杏の落ち葉のじゅうたんの上を歩くと、ザッザッという音がする。頭上を飛び交う雀の鳴き声にも野性味があるような気がする。ソウル中心部ではなかなか味わえない風情だ。

 この辺りには60~70年代、清渓川(チョンゲチョン)を立ち退きになった人々が移住した歴史がある。まさにタルトンネだったのだ。私のようにのんきに散歩するだけならいいが、住むにはいろいろ不便があったろう。マウルバス(城北06番)が運行していることからもそれがわかる。

 

06

古びた練炭倉庫が散見されるのも貞陵ゴルの風景のひとつ。庶民の生活空間には越冬用の練炭が欠かせない

 

生活感あふれる貞陵市場 

 貞陵市場は北漢山とは逆方向、北漢山輔国門駅の南側の下流にある。貞陵ゴルからマウルバス(城北06)に乗って行ってもいいし、川沿い散歩しながら歩いて下ってもいい。

「ケウルジャン」と書かれたアーチのある橋の付近が貞陵市場。人々の往来が最も多いところだ。車道と車道の間を流れる貞陵川沿いにスーパー、八百屋、花屋、肉屋などが並んでいる。古い韓屋(伝統家屋)の腸詰屋や焼肉屋もあり、ふらっと入りたくなる。

 貞陵川の橋の上でネギを手入れするおばあさんがいる。子供の手を引いて歩く、目もとが涼し気な美しいママとすれちがってハッとする。

 

07

貞陵市場がある橋の上で、おばあさんだちがネギの手入れをしている。こんな風景も貞陵市場の魅力のひとつ

 

08貞陵市場の橋の上で干されているスケソウダラの頭。海風ではなく川風に吹かれている

 

 春や秋の気候がいいときは、市場で食べ物を買って川辺で食べる人も少なくない。市場の近くにはチキン屋、刺身屋、カフェ、飲み屋も並んである。川沿いに簡易テーブルを置く店もある。貞陵市場は町の住人、北漢山の登山客たち、そして若者たちが混じってにぎやかに一杯飲めるところでもある。

 

09

貞陵市場の路地には、絵になる小さな韓屋が残っている

 

 毎月第2と第4土曜日には「ケウルジャン」というフリーマーケットが立つ。ケウルは小川を指す固有語(非漢字語)、ジャンは市場のことだ。2014年から始まったケウルジャンは、常設市場とはちがった楽しみがある。橋を中心にして上下の川沿いの散策路に売主が陣取り、地面に商品を並べる。興がのった私は2000ウォンのマフラーを買った。

 

10

月に2回、11月末まで川辺で開かれるケウルジャン

 

*「韓国 街物語」講座のお知らせ

 2020年4月25日(土)、15:20~16:50、17:10~18:40(90分×2コマ)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者の講座が行われます。テーマは「韓国 街物語」。ソウルや地方都市を散策したり、飲み歩きしたりするときに知っていると楽しい歴史逸話をお話します。お申込み方法など詳細は、2020年の1月末か2月頃、本コラムやtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でお知らせします。

 

 

●文庫『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』好評発売中‼

 本連載を収録した新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』が、双葉文庫より発売中です。韓国各地の街の食文化や人の魅力にふれながら、旅とグルメの魅力を紹介していきます。飲食店ガイド&巻末付録『私が選んだ韓国大衆文化遺産100』も掲載。ぜひご予約ください。

 

カバー03

双葉文庫 定価:本体700円+税

 

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

korea00_writer

korea00_writer.gif

紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

紀行エッセイガイド好評発売中!!

korea00_book01

うまい、安い、あったかい 

韓国の人情食堂

korea00_book02

港町、ほろ酔い散歩

釜山の人情食堂

isbn978-4-575-31182-2

韓国ほろ酔い横丁 

こだわりグルメ旅

 

 

韓国の旅と酒場とグルメ横丁
バックナンバー

その他のアジアの人情グルメ

ページトップアンカー