旅とメイハネと音楽と

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#98

イスタンブルの薪火レストラン『ミュルヴェル』〈前編〉

文と写真・サラーム海上

ファインダイニングで焚火調理!

  2019年7月6日のイスタンブル、前夜に食い倒れたマクスットの店『Neolokal』に続き、今度はもう一人の友人シェフ、ユルマズ・オズトゥルクがシェフを務めるレストラン、『Murver(ミュルヴェル)』を訪れた。以前も書いたが、ユルマズとマクスットと知り合ったきっかけについては本連載#67「トルコ人シェフ訪日レポート」に記した。

 

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イスタンブル新市街タクシム広場では、6月下旬に選出されたエクレム・イマムオール新市長を祝うデコレーションが飾られていた

 

 ミュルヴェルはネオローカルと同じカラキョイ地区に位置し、カラキョイの埠頭から東に300mほど進んだ場所にある新築の五つ星ホテルの最上階にあった。このあたりは以前は郵便局や倉庫街や税関、金物屋などが並んだ地味で埃っぽい一角だったが、数年前からそうした建物をリノヴェーションしたホテルやお洒落なレストランなどが開き始め、埠頭地域全体も再開発が進んでいた。数年後にはイスタンブルの新名所になっているかもしれない。
 エレベーターから降りると、目の前が左右に広い野外テラスとなっていて、目の前にはカラキョイの再開発が進むエリアと金角湾が左右180度に広がっていた。ミュルヴェルは最上階のワンフロア全てを使っていて、ホテルの正面側の金角湾に面した1/3が野外テラス、中央1/3が室内席、陸側1/3が厨房という贅沢な造りだ。テラスの入り口脇にはDJブースがあり、スペイン語やフランス語、英語のイケイケのハウス歌謡がガンガン流れている。そして、海風が潮の香りを運び、ウミネコやカモメの鳴き声も聞こえてくる。これは夕日が暮れていくのが楽しみだ。

 

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エレベーターを降りると目の前に広がるミュルヴェルのテラス席。金角湾の向こう側にはトプカプ宮殿やアヤソフィア博物館が見渡せる

 

 受付で名前を告げると、広い厨房から、白い糊の効いたコックコート姿のユルマズがニコニコしながら現れた。
「マクスットの料理は美味しかった? 今夜は僕の料理を楽しむ番だ。まず厨房を案内するよ」
 テラスは群青色の金角湾と空のターコイズブルーの寒色が印象的だが、厨房側は薪火の炎のオレンジ色、壁一面に貼られたレンガの赤茶色などの暖色が空間を占めていた。この店は薪火調理専門のレストランなのだ。
「ここでは全ての調理を薪火で行っているんだ。薪火はガスのように正確なコントロールは出来ないけれど、とてもナチュラルな調理法だし、独特のフレイバーをもたらしてくれる。僕は典型的なトルコ人で、アウトドアが大好きだし、薪火調理は本当に楽しいよ」
 確かに厨房には見慣れたガスコンロやIHコンロや、ステンレスの什器や作業台すらない。レンガが積まれた壁に沿って、畳一枚ほどの広さの巨大な直火焼きグリル台が三台、横に並び、奥にはガラス窓から真っ赤に燃え盛る炭が覗く金属製のオーブンも数台並んでいる。そして中央の一番広いスペースには日本のピザ屋で目にするものの2倍ほどの大きさの巨大な煙突付きレンガ製オーブンが陣取る。さらに奥には屠られたばかりの3頭のラムが吊る下げられたガラス張りの肉貯蔵室があり、お店の一番奥の壁はワインやお酒のセラーになっている。
 現代のレストランの厨房はステンレスのシルバーと清潔感あるお皿やナプキンやコックコートの白から成り立つことが多いが、この店は黒や炭の灰色が基本で、それを真っ赤な炎が照らしている。当然、輻射熱で厨房はサウナのように暑い。そんな中、若いシェフたちが顔を真っ赤にしながら、大きな海老やステーキ肉を焼いていた。
 近年、薪火調理が世界中で見直されているが、トルコでは古くからタンドールやフルンと呼ばれる薪火のオーブンが調理に使われていた。そして、ケバブは現在でも炭火焼きが基本。なので、薪火調理自体はトルコ料理にとっては全く新しいものではない。しかし、トルコのファインダイニングで薪火調理を前面に押し出した店はまだまだ珍しい。それではユルマズの料理を満喫しよう!

 

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ミュルヴェルのシェフ、ユルマズ・オズトゥルク。4ヶ月ぶりに再会。ちなみにミュルヴェルとはトルコ語でエルダーフラワーの意味

 

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ミュルヴェルのシグニチャーディッシュ、「灰の中の蛸」。こちらはアラカルトのサイズ。どんな味かは次回をお楽しみに!

 

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厨房のど真ん中には直径2m以上の煙突付きレンガ製オーブンがドーン!

 

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左のダイヤルで高さを調節できる大型の炭火焼きグリル台

 

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ガラス窓の付いた薪火オーブン。見るからに暑そうでしょう!

 

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お店の一番奥の壁にはワインやアルコールのセラーが

 

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地中海イケイケハウス歌謡曲ばかりをつなげていくオッチャンDJ

 

 眺めの良いテラス席に案内され、お店の名前が付いたカクテルで乾杯していると、3人のウェイターが7種類のメゼをテーブルに並べてくれた。薄く削った岩石のお皿が四皿、普通の丸皿が2皿、そして原木のカッティングボードが一皿に載ったメゼは基本的に一口サイズだ。

 

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ジンジャーウォッカ、桑の実、エルダーフラワーのカクテル

 

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ウェイター三人がかりで7種類のメゼが運ばれてきた!

 

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7種類のメゼを俯瞰で撮影。岩石のプレートとか今どきだよねえ!


 丸皿に載った一つ目のメゼはジャジュック。水切りヨーグルトにすりおろしたキュウリとニンニクを混ぜたメイハネの定番メゼだが、ユルマズ版のジャジュックは、瞬間燻製した山羊のヨーグルトを使い、上には生のハーブではなく、乾燥させて粉末にしたパセリ、ミント、ディルが振りかけられている。数日前に訪れたエーゲ海の町アラチャトゥのレストラン『エンギナレ』の厨房(連載#92)では、パセリ、ミント、ディルを大量に刻むことから料理の仕込みがスタートしたことを思い出した。普通のジャジュックと比べて、スモーキーな香りと、乾燥で強調されたハーブの香りが際立ち、とにかく美味い!
 二品目は乾燥ソラマメのペーストのファヴァ。豆の旨味がよく出たペーストにほんの少しのピクルスが酸っぱさを足し、全粒粉入りの薄焼きパンのラヴァッシュに挟んで一口で食べてしまった。

 

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瞬間燻製した山羊のヨーグルト、乾燥粉末のパセリ、ミント、ディルを使ったジャジュック

 

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乾燥ソラマメのペースト、ファヴァも濃厚で、全粒粉の薄焼きラヴァッシュと相性良し

 

 3品目は挽き割り小麦のブルグルを焼き込んだパンの切れ端の上に、赤パプリカのローストと牛肉のスモークハム、コンヤ産の山羊チーズ。炭火オーブンで焼いて、焦げた皮をはいだ赤パプリカはやはりスモーキーで、一味違う。
 4品目のファラフェルに見えるのは、すりおろしたズッキーニを小麦粉と溶き卵と合わせ、油で揚げたトルコ版お焼きことムジュヴェル。ディルの代わりにトルコ料理ではほとんど目にしたことがない香菜が用いられていた。ソースはヨーグルトと胡桃のすり下ろし。胡桃のすり下ろしはFOODEXでもパスタに振りかけるチーズの代わりに使っていたが、マクスットとユルマズの得意技なのだろう。

 

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赤パプリカのローストと牛肉のスモークハム、コンヤ産の山羊チーズ。炭火の香りがたまらない!

 

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惣菜屋の店頭にも並んでいるズッキーニのお焼き、ムジュヴェルも、ここではまるでファラフェルのような見た目で登場


 5品目は珍しいアルメニア料理のトピックの変形。トピックはイスタンブルのメイハネでもなかなか目にしないが、通常は玉ねぎ、カランツ、松の実をシナモンや砂糖、タヒーニを使って甘じょっぱく炒め、茹でたひよこ豆とジャガイモとタヒーニを練った生地に詰めたあん饅にも似た団子を指す。
 要はベジタリアン向けのハイカロリーなメゼなのだが、ユルマズは具材に鴨のコンフィーを加えたノンベジ仕様。さらにカランツの代わりにチェリーを入れて甘辛く仕上げていた。もちろん美味いんだけど、これは重い~。お腹にたまる~!

 

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アルメニア料理、トピックのユルマズ流フュージョン。鴨のコンフィーとサクランボを閉じ込めた甘じょっぱい団子

 

 6品目はパンに載せた片口鰯のセビッチェ。片口鰯を生のまま、またはスモークしてから酢でしっかり締めたチロズはメイハネの定番メゼだ。すると生の片口鰯にライムを絞って軽く締めたセビッチェはチロズの簡略版と言えそうだ。茹でたアーティチョーク、セミドライトマト、アッケシソウが片口鰯の生臭さを受け止めてくれる。

 

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やはり一口サイズのパンにのせた片口鰯のセビッチェ。上にのせたアッケシソウはエーゲ海名物

 

 ここまでは全て一口サイズだったが、7品目のクリスピーピデ(ピザ)だけは日本の惣菜パンほどの大きさがあった。炭水化物でお腹いっぱいにしている場合ではないのだが、炭火焼きの薄焼きピデは表面カリカリ、中がモチモチで、やはり食べるのを止められない! 
 しかも具材は、羊の小腸をスパイスに漬け込んで焼いたココレッチと、羊の毛皮に詰めてから長期間、土の中に埋めて発酵させたトゥルムチーズ、さらにルッコラとミニトマトだ。普通のひき肉やチーズを具にしても美味いピデに、猛烈に臭いココレッチとトゥルムチーズを組み合わせるとは!?

 

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ピザの原型と言われるピデに、羊の小腸のスパイシー焼きココレッチと臭い羊のトゥルムチーズをのせて。これだけは量が結構あり、食べ残してしまった!

 

 ここまでで7品のメゼの紹介が終わった。しかし、この後には薪火調理の真打ちといえる魚介や肉が控えているのだ。店内を一周ジョギングしてでも腹を空かせておかねば!

 

tabilista98murver金角湾の向こうにはトプカプ宮殿、そして左奥はアジア大陸、なんというシチュエーション!

 

トルコの串焼き、タウック・シシ・ケバブ

 今回のレシピは鶏手羽中を使ったトルコの串焼き料理、タウック・シシ・ケバブ。手羽中を赤唐辛子粉とタイムを効かせたヨーグルトでマリネしておけば、後は串に刺して炭火で焼くだけ。トルコの味が簡単に自宅で楽しめるのだ! 

 

■タウック・シシ・ケバブ
【材料:2串分】
鶏手羽中:400g(約18~20本)
※30cm強の金串:4本

*マリネ液
 プレーンヨーグルト:100g
 トマトペースト:大さじ1
 ターメリックパウダー:小さじ1
 パプリカパウダー:小さじ1
 プルビベール(または韓国の赤唐辛子フレーク):小さじ2
 タイムまたはケキッキ:小さじ1
 オリーブオイル:小さじ2
 胡椒:小さじ1
 塩:小さじ1

ピタパン:2枚
レモンの串切り:適量

【作り方】
1.鶏手羽中は味が沁みやすいように皮の表面に2~3箇所切れ目を入れる。
2.マリネ液の材料をボウルに全て入れ、よく混ぜ合わせてから、①の鶏手羽中を加え、肉の表面によく塗り、ラップして冷蔵庫で2~3時間保存する。
3.鶏手羽中に30cm強の金串を横に2本刺し、いかだ状に仕上げる。
4.七輪やBBQピットに炭火を起こし、炎が収まってから、焼く。片面にこんがり焼き色が付いたら裏返し、中までしっかり火を通す。寒い季節にはピタパンを風呂敷のように上にかぶせて焼くと良い。ガスコンロの魚焼きグリルや230度のオーブンで15分以上焼いても良い。
5.レモンをしぼっていただく。

 

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金串を2本一組用意し、手羽中をイカダ状(焼き鳥屋で頼むシシトウの串焼き状態)に刺すと、きれいに仕上がるぞ!

 

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一緒に焼いたアダナケバブや野菜、ブルグルピラフとともに一つのお皿に並べるとごちそう!
 

(次回もお楽しみに!)

 

 

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*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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