旅とメイハネと音楽と

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#97

イスタンブルの人気レストラン『ネオローカル』〈後編〉

文と写真・サラーム海上

テイスティングメニューとペアリングワインを満喫!

  2019年7月5日、僕は友人のトルコ人シェフ、マクスットから彼のレストラン『Neolokal(ネオローカル)』に招待され、全15種類+1の料理から成るテイスティングメニューと料理に合わせたペアリングワインを満喫していた。
 前回#96の記事では、サラダ一種、三種の冷たいメゼ(前菜)、三種の魚介のメゼ、そしてそれらに合わせたワインをいただき、紹介した。この後は温かい前菜とパスタ、メイン、デザートが各3種類ずつ、そしてやはりワインが待っている! すでにお腹は6分目くらいに達しているが、果たして全メニューを制覇出来るだろうか?
 話を進める前に、前回省略してしまった2つのワインについても少しだけ触れたい。冷たいメゼに合わせて出てきたのは、現在日本でも大流行の兆しが見えるオレンジワインだった。
 ブルガリアの国境に近い町、クルクラーレリのChamlija(チャムリジャ)という自然派ワイナリーで造られたナリンジェ種という、やはり地元のぶどう種を使ったオレンジワイン。濾過されていないらしく濃いオレンジ色に少し濁りがあり、微発泡。洋梨の香りの後、舌の上でバニラのようなさつま芋のような甘い味がある。これはどんなメゼにも合うはず。日本に買って帰りたい!
 そして魚介のメゼのためのワインは、エーゲ海の大都市イズミル近郊にある人気ワイナリー、Paşaeli(パシャエリ)の「カブーウンダ・チャカル」。これもオレンジワインだった。
 チャカルウズメというぶどう種で、チャカルとはトルコ語でジャッカルのこと。他のぶどうよりも早い時期に熟し、山から下ってきたジャッカルが好んで食べるため、こんな名前が付けられたそうだ。チャムリジャと比べるとタンニンが強く、魚介に合う。ウェイターにどこで買えるのか尋ねると、なんと300本だけの限定生産とのこと。そんなレアなワインをさくっと差し込むなんて本当に贅沢なメニューだ!

 

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Chamlija(チャムリジャ)のワインは女性のイラストが描かれたエチケットがトレードマーク。オレンジワインだけにオレンジ色の民族衣装を着た女性が描かれている

 

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イスタンブルのレストランでしばしば目にするPaşaeli(パシャエリ)。これもオレンジワインだった

 

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トルコの固有種のぶどうには一つ一つ、トルコのワイン評論家Levon Bağış(連載#04参照)による丁寧な解説が添えられていた

 

 そして、この晩のテイスティングメニューの3コース目、三品から成る温かい前菜とパスタに合わせるのは再びチャムリジャ・ワイナリーから、今度はパパスカラス種というぶどうを使った赤ワイン。
 パパスカラスとは「ローマ法王の黒」という意味で、キリスト教徒が多く暮らすバルカン半島の町クルクラーレリらしい名前だ。色は濃いビロード色で香りはストロベリーやラズベリー、そして胡椒や木の皮の味。さてこのフレッシュな赤ワインにはどんな料理が運ばれてくるのかな?

 

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女性のイラストが描かれたこちらもチャムリジャの赤。「ローマ法王の黒」を意味するパパスカラスというぶどう種。ローマ法王までが飲んだくれるほど美味いという意味だろうか?

 

 温かい前菜とパスタの一品目は「ラムの心臓のココレッチ」。ココレッチは「トルコのホルモン焼き」と呼ばれる庶民的なファストフード。羊の小腸を丁寧に洗い、スパイスや塩を漬け込んでから金属の棒にコイル状にグルグルと巻き付け、それを専用の特別な火鉢で水平にぶら下げて回しながら、炭火の遠火でじっくりとあぶる。焦げた所から切り落とし、トマトや青唐辛子とともに小さく刻んで炒め煮にし、プルビベール(赤唐辛子フレーク)やケキッキ(タイムの亜種)を振って、パンに挟んでいただく。
 小腸を焼くため、独特の匂いがあり、町を歩いていると遠くからもココレッチ屋の存在がしれてしまうほどだ。そんな庶民のファストフードのネオローカル版は、小腸の代わりにラムの心臓=ハツを使うことで、内臓臭さを残しつつもマイルドに仕上げていた。羊の血の味に青いトマトのみじん切りが清涼感を与えている。

 

tabilistaneolokal温かい前菜とパスタの一品目は「ラムの心臓のココレッチ」。内臓料理だけに付け合せの葉野菜がうれしい

 

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イスタンブルの街角で目にした典型的なココレッチ。長い小腸をゴムバンドのように束ねて炭火で焼く。遠くからも匂ってくるソウルフード系

 

 続いては「タコのエリシテ」。エリシテとはスパゲッティーとマカロニの中間のようなトルコの手打ちパスタで、じっくり煮込んだタコのラグー、要はタコのミートソースを絡めてある。お皿を覆う白い、すりおろしチーズのように見えるのは、すりおろした胡桃。
 この年の3月に幕張メッセのFOODEX(日本最大の食品見本市)のトルコのブースで行われたトルコ食材デモンストレーションでも、マクスットは魚介のミートソースのエリシテにその場で胡桃をすり下ろして、振りかけていた。これは彼のお気に入りのテクニックなのだろう。タコ、胡桃、そして、エリシテのための小麦粉は、3つとも海と山と平原の国、トルコらしい食材である。

 

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「タコのエリシテ」。白いのはすりおろした胡桃。その下にタコのミートソースマカロニが隠れている。タコを嫌うトルコ人も多いが、タコの旨味は中毒性あるでしょう!

 

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FOODEXのトルコブースで魚介のエリシテに、胡桃をすりおろして振りかけるマクスット(右)とユルマズ(左)。次回連載はユルマズのレストラン「Mürver」を紹介しよう!

 

 三品目は「イチリキョフテの餃子」。イチリキョフテはアラビア語ではクッベと呼ばれる、肉団子、またはメンチカツのこと。中東全域、そして中東系住民の多いブラジルでも食べられるファストフードだが、マクスットの故郷、トルコ東南部の町、イスケンデルンの名物料理なのだそうだ。
 松の実やパプリカのペーストとともに炒めたひき肉をセモリナ粉の生地で包み、餃子用の包み器を使って同サイズに仕上げ、油で揚げ、見た目まで日本の餃子風に仕上げてある。どうやら彼らを新宿の高級な居酒屋から西荻窪の庶民的なお好み焼き屋まで案内した成果があったらしい。
 ソースはミントとレモンを混ぜ込んだ水切りヨーグルトだが、単なるペーストではなくエスプーマ、泡状にしてあった。モチモチした厚い生地を食いちぎると中にスパイシーなひき肉炒め。僕はこれまでイチリキョフテが嫌いという人に会ったことがないのだが、この特別版のイチリキョフテもキョフテ好きだけでなく、餃子好きの心までつかむ出来だった。しかし、このあたりでお腹がだいぶキツくなり始めた。いよいよメインディッシュ三種が待ち構えているのだが……。

 

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「イチリキョフテの餃子」。餃子の包み器で形を揃え、ミントとレモンを混ぜ込んだ水切りヨーグルトのエスプーマがソース

 

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トルコ東南部料理店でいただいた伝統的なイチリキョフテ。セモリナ粉とトマトペースト、パプリカペーストをこねて油で揚げたカリカリ、モッソリの皮の中にひき肉たっぷり

 

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西荻窪の広島風お好み焼き屋でくつろぐマクスットとユルマズ

 

 さて、メインに合わせるワインはイスケンデルンから10kmほど南にあるシリアとの国境の大都市アンタキヤのワイナリー、Antioche(アンティオシェ)で造られたバルブリというぶどう種の赤。バルブリはかつては家庭用のワインやペクメズ(ぶどうの糖蜜)を作るのに用いられていたが、近年は栽培する人もおらず、ほぼ絶滅状態だった。それをこのアンティオシェ・ワイナリーのオーナーが復活させ、2016年からバルブリ100%の赤ワインの生産を始めたとのこと。ブラックベリーやチェリーの香りが肉料理に合いそうだ。

 

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メインにペアリングするワインはアンタキヤのワイナリー、Antioche(アンティオシェ)にだけ伝わるバルブリというぶどうを使った赤

 

 そしてお待たせしましたメインディッシュの一品目は「ママの肉団子」、要はキョフテである。トルコ人男性誰もが大好きなラムの肉団子キョフテを鉄串に刺して焼いてある。マクスット自身、シリア系(=アラブ系)トルコ人だけに、この料理はトルコ料理と言うよりもアラブ料理、東エルサレムの旧市街にあるケバブ屋でアラブ系の職人爺さんが炭火で焼いているケバブにそっくりだ。
 ただファインダイニングらしいひねりもそこに加えてある。串焼きの肉の下のお皿にはルッコラとレタスの千切り。さらにその下に敷かれているタヒーニソースのように見えるのは白インゲン豆、玉ねぎ、タヒーニのサラダ、ピヤズをあえてピュレにしたものだ。ピヤズはトルコではキョフテの付け合せに欠かせないものだが、アラブではあまり目にしない。アラブではキョフテ(アラビア語ではケフタ、またはケバブ)の下にタヒーニのソースを敷くと、シニヤという料理に変わる。
 トルコとアラブの良いとこ取りをしたようなこの料理は、その両方の文化の狭間で育ったマクスットにとってまさに「ママの肉団子」なのだろう。肝心の味だが、とにかく肉の美味しさを知り尽くしたトルコ人ならではだ。トルコで食べるケバブ~キョフテが不味いわけがないのだ!

 

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「ママの肉団子」。長い鉄串に刺して焼かれているので、トルコのキョフテよりもアラブのケフタ=ケバブのような見た目

 

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東エルサレム旧市街にあるアラブ人が経営する炭火焼きケバブ屋

 

 メインは残り2種類残っていたのだが、この日、同席していた2人の女性たちがギブアップした。そこで涙を飲んで魚のメインはパスさせてもらい、僕一人でメインの3品目、「ラムとフリーケ」にいざ挑んだ。ラム肉のサーロインをケバブ用のスパイスでマリネし、オーブンで長時間かけて柔らかくローストしたもの。そこにフリーケのおかゆが付け合せとなっていた。
 フリーケは収穫前の未成熟な青い小麦をローストして挽き割りにしたもので、キヌアに次ぐスーパー穀物として近頃は日本でも売られている。通常は野菜とともに炊き、リゾットやお粥のような状態でいただく。ここでは日本の福岡正信式自然農法で栽培されたフリーケを玉ねぎやリンゴとともに7時間も炊いているそうだ。そんなに長時間炊いているのに、自然農法のフリーケは食感がアルデンテなのがすごい! 手前には黒海のチーズフォンデュことムハラマをやはりフリーケとトゥルムペイニリ(羊の胃袋に入れ、土に埋めて一年も発酵させたチーズ)、ラムのブロード(肉汁)、さらにトリュフを使って作っている。
 これは本当にキラーディッシュ! 肉と穀物、そしてチーズやキノコなどのトルコ食材の美味さが複雑に組み合わされ、すでにお腹ははちきれそうなのに、あと一口、あと一口と手を出してしまうのを止められない。なんという罪深い料理だ!

 

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「ラムとフリーケ」。柔らかくローストしたラムに、野性的なフリーケの付け合せ二種類。肉と穀物とトルコ食材の組み合わせが最高すぎる!

 

 地元の食材をふんだんに使い、伝統料理をリスペクトしながらも、世界の料理や未来を見据えたマクスットの料理、「ネオローカル=新しい地元」の料理は本当に美味かった。そして、僕はイスタンブルを訪れる度にネオローカルに通い続けることを心に決めた。
 さあ、長い道のりは峠を超え、残されたのはデザート三品だけとなった。しかし、僕はここでギブアップだ。この晩、僕は真っ白な灰になり、もう燃えかすすら残っていない。ここから先は、普段から「デザートは別腹」とのたまう女性たちになんとか平らげてもらうとしよう。

 

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デザートにはSuvla(スヴラ)というワイナリーのデザートワイン。これも「法王の黒~パパスカラス種」だ!しかし、このあたりで飲みすぎ&食べすぎで前後不覚に……

 

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デザート三種はもはや何を食べたのか覚えていません……こちらはトルコらしいバクラヴァ

 

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アイスクリームはチョコレートと、あと一つはどんな味だったっけ……

 

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「夜はまだ始まったばかりだよ!」と仕事明けのマクスットに連れられ、もう一人の友人シェフ、ユルマズの店『Mürver』に案内された。しかし、もう飲めない……

 

 次回はもう一人の友人シェフ、ユルマズがシェフを務めるオール焚き火料理のレストラン『Mürver』のテイスティングメニューに挑む!

 

(次回もお楽しみに!)

 

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*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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