韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#96

ソウルの川辺を歩く 清渓川編〈2〉

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  ソウルの川辺特集の2回目。前回に続いて、清渓川(チョンゲチョン)の川辺を西から東へ歩いて行こう。

 

01世宗大路を背に清渓広場を望む。この川辺を歩いて行けば乙支路3街→4街→東大門市場→黄鶴洞→馬場洞へ至る。この写真の中央奥に見えるのが、かつてソウルで一番高かった三一ビル

 

1960年代は清渓川沿いにバラックが密集 

 朝鮮戦争(1950~1953)以降、清渓川の風景は変わっていった。

 北側からの戦争避難民や地方の貧困層がソウルに集まり、彼らが住む水上家屋のようなパンジャチプ(バラック、掘っ立て小屋)が清渓川沿いにでき始めた。鍾路3街エリアの端にある觀水橋(クァンスギョ)から西方向には、マッコリや金物、犬肉料理などを商うパンジャチプが連なり、鍾路4街辺りからは2階建ての住居用パンジャチプが並んでいたという。

 

02清渓川沿いに並んでいたパンジャチプ(バラック)。1960年代前半の様子

 

 東大門市場のエリアを抜け、ホルモン焼でき有名な黄鶴洞(ファナクドン)を右手に見ながらさらに進むと、川が二股に分かれる手前に1960年代のパンジャチプ密集地を再現したものがある。当時の様子がわかるよう、喫茶店、文房具店、写真館なども再現されているので見学するといい。その上の道路脇には清渓川博物館があり、川の歴史をたどることができる。

 今の清渓川の両側には高級タワーマンションが林立していて、再現されたパンジャチプがなければ、往時を想像するのはなかなか難しい。

 

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清渓川の岸辺から、再現されたパンジャチプを見上げる。その後ろの建物が清渓川博物館

 

04清渓川博物館の東側にあるタワーマンション群。清渓川の岸辺には昔から柳が多かった

 

今はなき高架路を思い出しながら清渓川を歩く 

 

 川を覆う? いったいどういうことだ? この広い川をどうやって覆うというのか? とんでもない話だ。

            清渓川沿いで生まれたパク・テウォンの小説『川辺風景』(1936年)より

 

 小説中のある人物は、清渓川の覆蓋(ポッケ)に関する噂を聞き、拒絶反応を示している。しかし、それから30年以上が過ぎた60年代、パンジャチプが並んでいた清渓川をコンクリートで覆う工事が始まった。

 覆蓋が進むと、パンジャチプも徐々に撤去されていった。追い出された住人たちはソウル郊外の奉天洞や新林洞などに移るしかなかった。彼らの寄る辺が、川辺のパンジャチプから山の斜面のタルドンネ(月の町と呼ばれる貧民街)に変わっていったのだ。

 覆蓋工事で清渓川はソウルの風景から消え、その上には車道と高架路ができた。覆蓋された清渓川の両岸には、パンジャチプの代わりに平和市場、世運商街、工具街、広蔵市場、古物市場、マンションなどが登場した。今も当時の姿をとどめている建物は少なくない。

 清渓川の高架路は復元工事が行われた2003年から2005年まで存在していたので、そんなに昔のことではないのだが、今では幻のような気さえする。もう会えないと思うと、よけい恋しくなるもので、子供の頃見た高架路の記憶が蘇ってくる。

 私が小学校3年くらいだった70年代後半、日本に輸出する剣道の防具を商っていた父は当時、景気がよかったこともあって、しばしば私を連れて市内に遊びに出かけた。そのときよく見たのが、今の清渓広場から川沿いを東方向に歩くと、5つ目の橋に当たる三一橋(サミルギョ)の左手にそびえる三一ビルだ。

「これが韓国で一番高いビルだよ」

 父の言葉に頭を上げると、その威容はソウルの東のはずれの下町に住んでいた小娘を圧倒するのに十分だった。80年代半ば以降は31階建ての建物など珍しくなくなったが、当時はちがった。三一ビルとの遭遇はしばらく私の自慢話になった。このビルは今も健在なので、清渓川散歩の際はぜひ目を向けてあげてほしい。

 同じ時期、タクシーに乗って清渓高架路を走ったのも特別な思い出だ。空中を走るような高架路体験はまるで未来都市にいるように私を興奮させた。すでに江南地区の開発が進んだ90年代以降は、高架路から見える江北の灰色のビル群は誇らしいどころか、日本人とタクシーに同乗していると少々気恥ずかしい気さえした。しかし、70年代は本当に輝いて見えたのだ。

 

清渓高架路、晩年の姿 

 在りし日の清渓高架路の姿を愛でる方法としては、やはり映画をおすすめしたい。すぐに思いつくのは、イ・チャンドン監督の『オアシス』だ。2002年の作品だから、まさに晩年と言える。渋滞する夜の高架路で、前科者のジョンドゥ(ソル・ギョング)が脳性麻痺のコンジュ(ムン・ソリ)を抱いて踊るシーンは悲しくも美しかった。あの場所はジョンドゥが高架路を西から東に向かい、今の東大門市場のドゥータが右手に見える五間水橋(オガンスギョ)辺りで撮影されている。

 

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東平和市場を左手に見ながら清渓川を西方向(ソウル中心部)へ歩く。奥に見えるアーチのようなものがマルグンネ橋で、その左が新平和市場。かつては高架道路がこの上を通っていた。映画『オアシス』でソル・ギョングとムン・ソリが踊ったのは、もう少し先に見えるドゥータの脇辺り。50~60年代は、この辺りで客引きする娼婦が多かったという

 

 東大門市場辺りから東へ、馬場(マジャン)駅方向に向かって清渓川を歩く。庇雨堂橋(ピウダンギョ)と舞鶴橋(ムハンギョ)の間には橋脚があり、ここに高架路があったことを雄弁に物語っている。

 

06庇雨堂橋と舞鶴橋の間に残る清渓高架路の橋脚。ソウルの都市化のシンボルといえる

 

 清溪川散歩は世宗大路寄りの清渓広場から東大門市場エリアの五間水橋辺りまで歩くのが一般的だが、私は馬場洞辺りから東大門市場エリア方向に歩くのが好きだ。自然が豊かで往時を想像しやすいからだ。

 みなさんにも、かつての姿を想像しながら清渓川散歩を楽しんでもらいたい。

 

*取材協力

ソウル特別市(市民疎通企画館、都市ブランド担当館)

デジタル朝鮮日報

 

(つづく)

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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