越えて国境、迷ってアジア

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#96

コロナ後の世界、再び僕たちは国境を越えられるか

文と写真・室橋裕和

「アフターコロナ」。そんなことが少しずつ語られるようにもなってきた。パンデミック終息後、この世界はどう変わるのか。いままで通りの生活に戻るのだろうか。感染防止のために封鎖された国境が、そのまま固定されやしないだろうか。海外を自由に旅することそのものが、できなくなるのではないか……そんな不安を感じながら、グローバリゼーションとやらの今後を考えてみた。

 

コロナ直撃ライターとして 

 どこにも行けない。
 旅そのものを人生とするようになって四半世紀、まさか日本に幽閉される事態になるとは、想像もしなかった。
 コロナが憎い。
 このウイルスは僕たちから、幼少の頃の神・志村けんを奪ったばかりでなく、外国とのつながりまで断ってしまった。どの国も国境を閉ざし、国際線をストップし、鎖国することでウイルスを封じ込めようとしているのだ。
 我がメインフィールドであるアジアでは、いち早くマレーシアが国境を封鎖したが、周辺国も次々と続いた。タイもシンガポールもベトナムもフィリピンも入国できなくなった。インドネシアも同様だ。爆心地の中国をスポンサーに抱えるカンボジアあたりはのろのろしていたが、やはりビザの発給を停止し国境閉門。ミャンマーもラオスも同じような措置を取った。旅人の聖地インドでさえもいまやビザは下りない。ネパールなんてかわいそうに、今年は「Visit Nepal 2020」で、とくに力を入れて観光客を呼び込もうと取り組んできたのに鎖国となり、すべてはパーである。中国、韓国、台湾、モンゴルはパンデミック直後から厳しい入国制限を敷いていたし、東ティモールまでもが外国人の入国を禁じ、これでアジアほぼ全域のロックダウンが完成したのである。
 困った。
 僕は海外との結びつきの中でメシを食っている書き手である。ふだん書いているテーマはほとんどが外国のネタだ。海外旅行モノ、アジア各地のニュース、現地日本人社会について、そしていまは日本に住むアジア人のコミュニティのことをよく書いているだろうか。
 これらすべては、グローバル社会とやらの産物であることに、いまさらながら気がついた。航空網が緊密になり、ビザなど出入国手続きが簡略化されたから、誰でも僕でも海外旅行に行けるようになった。情報化が進んだから外国のニュースが即時に届き、現地と協力して記事をつくりあげていくことができる。関税や外国資本の規制といった貿易障壁が下がったことで、日本企業も海外に打って出るようになり、いまや130万人の日本人が国外に暮らす。逆に外国人も日本に入国しやすく、就労しやすくなり、300万人の外国人が日本社会を支えている。
 そのすべてが、コロナショックをかぶっている。パンデミックはさまざまな業界を直撃し、全世界でたくさんの失業者を生んでしまっているが、僕のような零細ライターにもどうやら大きな影響がありそうだ。
 とはいえ、こっそりアジア各地のコロナネタ、ロックダウン状況なんかをいろんな媒体に売り飛ばし、「お前は人の不幸をメシの種にするのか」「悪徳コロナ長者」などと指弾されつつも、いまのところどうにか糊口をしのいでいる。

 

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国境を越えたこうした往来もいまはストップしている。こちらはタイ=ミャンマー国境メーサイ

 

閉ざされ、互いに孤立化していく世界 

 コロナよりも恐ろしいのは、ウイルス収束後の世界である。すでにウェブ上では「アフターコロナ」なる言葉も飛び交い、不況下をいかに生き延びるか、テレワークに特化した働き方の模索といったことが話し合われている。
 僕にとっての「アフターコロナ」の関心事はただひとつ。全世界の閉じた国境は、果たしてまた開くのか? ということだ。
 もしかしたらコロナウイルスは人間社会に溶け込み蔓延を通り越して常在してしまうのではないか。「アフター」とは「コロナ定着後」を指すのではないか。となれば、どの国もこのまま、鎖国を続けるのではないか……。
 そんな心配が渦巻く。
 国を越えてさかんに行き来するようになったのは、人、モノ、マネー、情報だけではない。ウイルスもまたグローバル化したのだ。開け放たれた扉から、恩恵とともに疫病もやってくる。そのことを、どの国も思い知った。なら極力、国境を閉ざしていたほうがいいのではないか。そう考える人々、国が出てくるのもまた自然だと思うのだ。
 とりわけ食料とエネルギー自給率が高く、国力の大きなアメリカや中国のような国は、孤立化を選ぶかもしれない。コロナでズタズタになったEUは、イギリスの離脱もあり分解するかもしれない。世界中でインバウンドは縮小し、海外旅行や留学という行為そのものが消え、国を越えて就労することもなくなっていく……なんて妄想が止まらない。グローバリゼーションの終焉、反転してのブロック化である。実際、1930年代は世界恐慌を乗り切るために、各国は植民地を含めて通貨圏ごとにブロック化し、閉じこもった。
 その再来はつまり、僕たちのような海外志向の人間がすべて、生き方そのものを変えなくてはならないということだ。広い世界を旅することは、もうできない。日本にやってきたさまざまな国の人々と触れ合うこともなくなる。世界が遠く未知だった数百年前に逆戻りじゃないか、ああ絶望……とか、負のスパイラル思考に煩悶する今日この頃なのである。ふだんグチをこぼしあう記者仲間や出版社の人々も、飲み会禁止、集団で会うこと禁止、果てはしばらく対面での取材自粛なんてところも出てきており、ウサを晴らす相手がおらず、ストレスがたまり気味なのである。

 

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さまざまな人種が行きかう、まさにインターナショナルだったドバイの空港も閉鎖中

 

「知の巨人」が語る未来 

 そんな折りであった。かの『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、TIME誌やFINANCIAL TIMES誌にぶっちぎりのエッセイを寄稿したのである。
 いわく、感染症とその後の経済危機を乗り越えるのは、国際的な信頼と団結しかない、と。もはや「世界の一体化」は疫病に止められないレベルにまで深化しているのだと。仮にコロナ後の世界が国境を閉ざし続けるなら、それはウイルスの勝利であり、人類は敗北しないためにはより一層のグローバル化が必要だと論じたのである。
 いくらか勇気づけられた。
 いまは各国が鎖国してコロナの「別個撃破」に挑んでいるが、本来は足並みをそろえて国際協調のもとに対策を行うべきだという。情報だけでなく、医療リソースも共有し、国境を越える旅行者については国際的な検疫ルールを定めて運用する。コロナウイルスがグローバルな存在であるなら、処方箋もまたグローバルでなければならない……。
 もちろん、反論もあろう。グローバル化を否定はせずとも、いくらか針を戻して、パンデミックが収まった後でも、少なくとも人の流れは規制しようという動きはどうしたって出てくる。僕のような越境マニアにとってはしばらく、冬の時代であることは間違いない。
 それでも「知の巨人」が言う通り、グローバル化は疫病でも止まらない大きな流れであるならば、良い時期が来るまでもう少し、個人的にロックダウンしていようと思う。

 

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三国が交差するゴールデン・トライアングルなどをgoogle mapで見ては「行きてえなあ……」とため息をつく日々

 

※文中の情報はすべて4月1日現在

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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