韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#95

ソウルの川辺を歩く 清渓川編〈1〉

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 朝鮮王朝時代、東西南北の四大門で結ばれていたソウルの城郭の内外には、あちこちに小川が流れていたという。

 時代が変わり、日本植民地時代と朝鮮戦争を経た1960年代以降、都市化の名のもとに多くの川がコンクリートで覆われた。私たちはそれを覆蓋川(ポッケチョン)と呼んだ。

 覆蓋されたところには舗装路ができ、商店街が造られ、クルマと人が往来した。コンクリートで蓋をされた闇の中で川の水は静かに漢江に向かって流れていった。

 2000年代に入ってから復元事業が始まり、清渓川、城北川、弘済川、貞陵川などが再び陽の目を見るようになった。そして今、ソウルでは都会にいながらにして中小河川の散策が楽しめる。

 今回から数回に渡って、江北(漢江の北側)を流れる川を歩いてみよう。まずは旧市街を東西に流れる清渓川から。

 

01

2005年に復元された清渓川との現在の姿(清渓広場から世宗大路方向を望む。正面が毛廛橋)

 

02流域面積は韓国でもっとも広く、部分的には1㎞以上の幅がある漢江をいだくソウル中心部は、街全体が川辺といえなくもない

 

川の街、ソウル 

 かつてソウル市内には北岳山と仁王山などから清らかな水を運んでくる支流が多かった。これらがひとつになって清渓川を成したのだ。なかでももっとも大きい支流が中學川(チュンハクチョン)である。三清洞の北側から景福宮東側の建春門を通り、清渓川に合流する。1957年に覆蓋され、今その上にはアメリカ大使館が建っている。かつてはパルレト(洗濯場)として多くの女性が集まって姦しく洗濯をした場所である。川が洗濯場だったのはそんなに昔のことではない。

 北村や西村と呼ばれる町にも支流があった。今は覆蓋され、その姿は見られなくなったが、1956年のモノクロ映画『自由夫人』では、支流のひとつである小川を確認できる。景福宮の西側、迎秋門近く積善洞の自宅の前を流れる小川に架けられた小さな橋を渡って主人公が外出する様子が描かれていて、なかなか風情がある。かつてのソウルではけっして珍しい風景ではなかったという。ソウルは川が身近な街だったのだ。

 

031956年公開の韓国映画『自由夫人』(ハン・ヒョンモ監督)では、韓屋の前の小川にかけられた橋を渡って主人公が外出する様子が見られる(8分41秒~9分25秒)。同作品は、下記URLの韓国映像資料院の韓国古典映画劇場(youtube)で無料で視聴できる

https://www.youtube.com/watch?v=FkAbVQhfpmw&app=desktop

 

朝鮮王朝時代の清渓川 

 朝鮮王朝時代、漢陽(後のソウル)の中心を東西に横切る清渓川は開川(ケチョン)と呼ばれていた。今の鍾路やその南側に並行する乙支路の大通りは清渓川沿いに作られたともいえる。

 当時から清渓川は単なる川ではなく、商業地であり、生活空間でもあった。さまざまな階層が川辺に集まっていた。

 光化門前から南にのびる世宗大路に面した清渓広場から清渓川を西方向に歩くと、朝鮮王朝時代から現代までのソウルの歴史を辿ることができる。当時、清渓川には毛廛橋、廣通橋、廣橋、長通橋、三一橋、水標橋、觀水橋など、多くの石の橋が架けられた。その石橋も新たに復元されている。清渓川に架かる橋は全部で22。それぞれに物語がある。

 

04朝鮮王朝時代の漢陽の地図。開川(清渓川)に合流する支流がいくつか描かれている

 

清渓川は南村と北村、日本人村と朝鮮人村、鍾路区と中区の境界線 

 開川が清渓川と呼ばれるようになったのは日本植民地時代初期の1914年頃からだ。その当時から清渓川の南側(南村)は日本人村、北側(北村)は朝鮮人村という線引きが行われた。今の住所でいうと北村は鍾路区、南村は中区である。

 清渓川沿いで生まれた小説家パク・テウォンは1936年、『川辺風景』という小説で清渓川辺りで暮らす人々の姿を生き生きと描いている。洗濯のために清渓川に集まったおばさんたち、川遊びではしゃぐ子供たち、川沿いの床屋の主人、労働者、女給など、多様な人々の暮らしと川沿い酒場の風情を伝えている。

 小説は洗濯場の描写から始まる。

 

 旧正月や二月には大きな甕が割れるくらいの寒波がやって来る。

 時おり吹く川風はかなり冷たい。

 それでも昼間のパルレト(洗濯場)には陽の光が降り注ぎ、水仕事をする女たちの手もかじかんでいるようには見えない。

 

051890年代の清渓川のパルレト(洗濯場)の風景。朝鮮王朝時代末期、今の乙支路街ノガリ横丁近くの水標橋辺りと思われる。東大門市場北側の茶山橋と永渡橋の間の川辺には、かつてのパルレトの址がある

 

 川の水で洗濯をする場面は、昔の映画にもよく登場する。比較的新しい例では、イム・グォンテク監督の『桑の葉』(1986年)が挙げられる。DVDの39分27秒~42分26秒には日本植民地時代の田舎の村で、女たちが洗濯したり、食器を洗ったりする様子が描かれている。

 

*取材協力

ソウル特別市(市民疎通企画館、都市ブランド担当館)

デジタル朝鮮日報

 

(つづく)

 

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*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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