越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#95

〈番外編〉コロナウイルスに奪われた国境越えの旅

文と写真・室橋裕和

 いよいよパンデミックとなった。コロナウイルスはグローバル化した社会システムに乗って広がり、世界中で無数の感染者と死者を出し、なお収まる気配がない。そこで各国は、被害を少しでも食い止めるために国境を閉じ、ビザの発給を停止しはじめた。グロ-バル化の針を一時的に逆行させることで、ウイルスの拡大を防ごうとしている。旅人にとって極めて厳しいこの状況、いったいいつまで続くのだろうか。
 

 

日本人の行けない国が増えていく 

 世界中で、国境が閉ざされていく。
 コロナウイルスの感染拡大を食い止めるためだ。どの国も、他国からの入国を制限、あるいは全面的に禁止しはじめた。とりわけ感染者の多い中国、韓国、イラン、イタリアやスペイン、そして日本などは、世界的汚染国と見なされてしまっている。こうした国々から自国を守るため、入国を規制するようになったのだ。
 バックパッカーになじみの国でいえば、まずインドがいちはやく日本を含む汚染国に対してビザの発給を停止。現在発行中のビザも無効にすると宣言し、インド旅行中の人々は一時期、だいぶ混乱した(すでに現地滞在中のビザは対象外とすぐにわかったが)。
 モンゴルは日本人(過去2週間以内に日本に滞在していたすべての人)の入国が禁ぜられ、韓国と中国は日本人に対するビザ免除措置が停止。日々刻刻と、日本人が渡航できる国が消えていった。
 さらにマレーシアはすべての外国人の入国を禁止すると発表。ネパールもアライバルビザの発給を停止、フランスやカナダも自国民と一部の国以外の外国人の入国を禁止した。
 世界地図が毎日、黒く塗りつぶされていくような感覚だった。あれほどに近かった世界が、いまこんなにも遠い。

 

01
タイ=マレーシア国境スンガイコーロク。ここも3月末まで閉鎖、外国人は入国できない

 

国境マニアの腕の見せどころか? 

「入国した外国人はホテルなどで14日間の隔離を義務づける」という国も多い。つまり短期の旅行は事実上不可能だ。バックパッカーたちの拠点国タイは、日本人に対して「14日間の自主的な隔離」を要請しており義務ではないとしているけれど、こう言われたらやはり堂々と旅するのは憚られる。ふだんは明るく、細かいことはマイペンライ(気にしない)のタイ人が、マスク姿で沈み込みナーバスになっているのだ。もう旅をしようという雰囲気ではない。
 ほんの少し前まで、2月末か3月上旬頃までは、僕と同類の越境マニアたちは、コロナから挑戦状を叩きつけられたかのように気炎を吐いていた。
「利用者がいなくなって航空券が叩き売りされている。99円の西安便があるぞ」
「いま日本人が行ける国をルーティングして、いかに陸路だけで旅するか」
「空港は厳しい検疫や過去滞在国のチェックがあるけど、陸路国境はどうなんだ」
 なんて、コロナ禍エクストリーム旅行を目論むチャレンジャーたちが、この緊急時にあれあこれやとアイデアを練っていたのである。
「ふだんはビザ免除されていて入国スタンプしかもらえない中国や韓国も、いまはビザを取らないと入れない。でもパンデミックが収まれば、いずれ制限は解除されて元通りになるはず。つまりいまなら、コロナ期間限定の超レアビザがゲットできる!」というツイートには、僕もソソされた。なるほど、そりゃ確かにお宝だ……と思ったのだが、ふだんの仕事に加えてアジア各国のコロナ情勢の記事を書いて書いて書きまくる日々がいまも続いており、残念ながらマニアの不謹慎な野望は果たせないでいる。

 

02
LCCライオンエアも日本~バンコク路線を運休。航空会社の運営は厳しい

 

国境やビザが立ちふさがっていたあの時代に戻った 

 今回のパンデミックで改めて実感したのは、国境というのは極めて政治的な存在だということだ。ひとたびなにかあれば、活発だった往来を止め、外国人をシャットアウトする。自国を守るためには当然のことなのだろうと思う。国境は国際情勢によっては閉鎖されることもあるのだと、僕たち旅人は今さらながら思い知ったのである。
 思えばこの20年あまり、世界各地の国境はずいぶん変わった。20世紀末、アジアから中近東にかけてはまだ不穏な地域も多く、政治体制の不安定な国もたくさんあった。戦闘状況によって開け閉めする国境があるだとか、情勢次第でビザがもらえたりもらえなかったりするとか、そういう場所がいくつもあったと思いだす。
 例えばカンボジアは90年代中期、外国人が通過できる国境はベトナムとの間に開かれた一か所だけだった。タイやラオスには抜けられないから、またベトナムに戻るルートを取る必要がある。そのベトナムは当時ビザが必要で、これがまた50ドルだか70ドルだかして、バックパッカー的にはけっこうきつかった。しかし、どこそこの街の領事館では30ドルで取れるなんて話を安宿の情報ノートの片隅に見つけて、その書き込みだけを頼りに出かけてみたりしたものだ。
 陸路入国のできないミャンマーをいかに迂回してアジアを横断するか。観光ビザの下りないトルクメニスタンやサウジアラビアを旅すには、トランジットビザを使うという裏技がある……。
「国境」と「ビザ」。ふたつの壁をどう越えていくかが僕たちのテーマだった。ネットの情報共有がいまほど進んでいないあの時代、現地で知りあう旅人たちと話し合い、試行錯誤しながら、国境に挑んでいく旅はなかなかに歯ごたえがあったのだ。

 

03
香港とマカオを結ぶフェリーも止まったままだ。この状態はいつまで続くのか

 

国境は生き物のように動く 

 それが世界各国がいくらか安定するようになり、またグローバル化が進んだことによって、次々と壁は突き崩されていった。アジアでは、日本人の入国にビザが必要な国はほとんどなくなった。カンボジアはいまや外国人も通過できる国境は10か所以上あるのではないか。ミャンマーは陸路を解放し、固く閉ざされていた中央アジアも行きやすくなり、ロシアもビザが簡単に取れるようになった。
 人とマネーと情報が国境を越えてぐるぐる行き来することで世界は経済成長するようになり、旅人をときに悩ませ、ときに楽しませていたビザや国境という関門は消えていったのだ。
 とうとうアジアでも、香港や韓国などで出入国スタンプが廃止となり、まっさらのパスポートのまま海外と行き来することが珍しくなくなってきた。そうなると今度は、ちょっとした寂しさ、物足りなさを感じてしまう。国境越えも少し味気なくなってきなよな……と思うようになったこの時代に、降って沸いたコロナショックだったのである。
 各国はあっという間に、驚くほど迅速に国境を閉じ、ロックアウトした。20年かけて少しずつ崩されていった壁は、ひとつのウイルスでもとの厳然さを取り戻したのだ。

 

04
インドネシアの入国にはコロナに感染していない健康証明が必要。ただし日本国内では海外渡航のための検査はしてくれない。つまり行けない

 

年内に収束してくれれば…… 

 問題はこの状態がいつまで続くのか、ということだろう。あまり長引くと、ひとつの生き物のようになったグローバル経済が崩壊しかねない。その前に、国境を越えて行き来し、外国とつながることで仕事をしている僕が干上がってしまうではないか。
 パンデミックの震源地・中国を見ると、収束までおよそ3~4か月というところなのだろうか。感染源とされる武漢はだいぶ落ち着きを取り戻してきたといわれる。それでも入国制限を解いたり、交通が普段通りに戻るまでにはまだ時間がかかりそうだ。夏あたりだろうか。世界各国はその中国の後に、感染が広がっていった順に収束していくと思われる。
 それを考えると、今年は少なくとも秋か冬くらいまでは、自由な旅ができないのではと思っている。コロナによって分断された世界は、どうなっていくのだろう。

 

※情報は3月18日現在
※参考「新型コロナウイルス 各国の入国制限に関する一覧」
https://www.tokutenryoko.com/news/passage/6755

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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