韓国の旅と酒場とグルメ横丁

韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#94

新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』写真館〈6〉

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 前回はソウル中心部にある古くて新しい巨大雑居ビル『世運商街(セウンサンガ)』周辺の歩き方について書いたが、今回は来年末までに世運商街から空中歩道で結ばれる南山の斜面にある注目エリア、解放村(ヘバンチョン)を歩いてみよう。

 

01傾斜地にある新興市場(シヌンシジャン)から解放村のメインストリートであるソウォル路20キルを仰ぎ見る

 

 この町はすべてが傾いている

 学校の長い塀も その脇に駐まっている車も 電信柱も マウルバスも

 道端の石も すべてが傾いている

 収集されるのを待つゴミ袋も そこに落ちる雨も

 町工場も そこから流れるラジオの音も

 そして、なによりも道自体が傾いている

 

                   ファン・インスクの詩『解放村 私の坂道』より

 

 はるか遠くの地からソウル南山の斜面に移り住んで来た人たちの町、解放村。 龍山2街(ヨンサンイーガ)や厚岩洞(フアムドン)というれっきとした地名があるが、70年前も、今も解放村と呼ばれている。上の詩のように、目に見えるものすべてが傾いているといっても過言ではない。歩くというより、登るとか降りるという言葉がぴったりくる。

 

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解放村はこの10月、庭園博覧会(都市の庭園化プロジェクト)の対象地域となり、路地裏にまで多くの草花が植えられた

 

マウルバスに乗って 

 解放村に行く方法はさまざまだ。スタート地点は、地下鉄6号線の緑莎坪(ノクサピョン)駅、1号線の南営(ナミョン)駅、4号線の淑大入口(スクデイプク)駅などから選べるが、今回は厚岩洞に近い淑大入口駅5番出入口近くの停留場から龍山02番マウルバスに乗ってみよう。

 

03地下鉄4号線淑大入口駅5番出入口近くの停留場に接近中の龍山02番マウルバス

 

 4番目の停留所で降りると厚岩市場(フアムシジャン)だ。この市場にもニュートロ(ニュー・レトロ)の波は来ていて、若者向けの店がぽつぽつでき始めているが、庶民の市場であることには変わりない。惣菜の店(パンチャンカゲ)の前で白菜に薬味を塗りつけているハルモニに釘付けになっている私に、「味見してごらん」と言いながら、手でキムチを口に入れてくれる情も健在だ。

 

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厚岩市場のお総菜屋さんでキムチをいただく筆者

 

小説と映画『誤発弾』に描かれた解放村 

 ときおりソウルタワーで自分の位置を確認しながら解放村に向かって歩く。平地はほとんどない。緩急はあるが、ひたすら坂道が続く。

 

 解放村の峠を登るには、あまりにもひもじかった。山の斜面をえぐって無秩序に配された掘っ立て小屋の群れ。チョルホは路地に入った。そこは米軍の野戦食を入れた木箱をバラして造った屋根が肩をかすめるくらい狭かった。

 

                     イ・ボムソンの小説『誤発弾』(1959年)より

 

 小説『誤発弾』は、主人公チョルホの家族が住んでいた50年代の解放村の姿をリアルに描いている。1961年に公開された映画でもタルトンネ(山の斜面の貧民街)と呼ばれた解放村の姿が生々しく切り取られている。

 心を病み「カジャ(行こう)、カジャ(行こう)」と叫ぶ母、栄養失調の妻、朝鮮戦争で心身に傷を負って酒びたりになった弟、米兵相手に春をひさぐ妹……。チョルホ一家は半島の北側から逃げてきた朝鮮戦争避難民だ。

 日本植民地支配からの解放後、帰国した在外韓国人や、朝鮮戦争時に北側から南側へ一時避難したものの南北分断が固定化されて故郷に戻ることができなくなった人たちが定住した場所、それが解放村だ。当時は清渓川沿いをはじめソウルのあちこちにパンジャチョン(掘っ立て小屋の集落)があったが、解放村はそのなかでももっとも空に近い場所だった。

 60~70年代、北側の咸鏡道や平安道の方言が飛び交う解放村に、別の方言が混じり始めた。ソウルドリームを胸に上京してきた全羅道や慶尚道など半島南部の人々だ。韓国の工業化が進み、掘っ立て小屋はレンガの家になった。風が吹けば土ぼこりが舞い、雨が降ればぬかるんだ通りはセメントで固められた。

 

解放村の中心部、オゴリ(五叉路) 

 解放村のいたるところにある坂道や階段を登り、南山循環道路に出る。ソウルタワーがだいぶ近くに見える。この通りからは南山の西側の街が一望できる。写真映えしそうなルーフトップカフェも視界に入る。

 

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南山循環道路の近くには人気のあるルーフトップカフェやバーが点在している

 

 既視感があるなと思ったら、この通りは大好きな映画『チルスとマンス』(1988年)で、作業着姿のアン・ソンギとパク・チュンフンがキム・スチョルの歌をバックに自転車で風のように下って行ったところだった。この映画は韓国映像資料院がyoutube(https://youtu.be/6cmtZ4XYz7E)で公開しているので確認してみてほしい。該当場面は46分頃からだ。

 

06南山循環道路から眼下に解放村を望む。左上に解放教会が見える

 

 南山循環道路から龍山2街洞住民センターの手前を右に降りると、解放村の中心部であるオゴリ(五叉路)にぶつかる。ここではおしゃれなカフェ目当てにドライブに来たカップルを乗せた高級車やオレンジ色のタクシー、緑色のマウルバスなどさまざまな車両が交差する。

 

07南山循環道路からソウォル路20キルに入ると、オゴリ(五叉路)が見えてくる

 

 オゴリから解放教会に向かう通り、ソウォル路20キルは、解放村で最も高いところにある傾斜のない商店街だ。この辺りは南山のふもとの町より変化が遅く、古い看板をそのまま掲げた餅屋、洋服屋、食堂、洗濯屋など80年代的風景が残っている。

 しかし、今や解放村は鍾路3街の益善洞に次ぐソウルのホットスポットである。ところどころに洗練されたアクセサリー工房やベーカリー、ホンパプ(ひとりメシ)やホンスル(ひとり酒)対応の焼肉店などが見られるようになった。

 

08オゴリ(五叉路)から南方向にのびるソウォル路20キルは、下町商店街の趣

 

09ソウォル路20キルから一歩路地に入ったところにホンコ(ホンジャコギ=一人焼肉)の店を発見 

 

 陽が落ち始めると、この辺りでは赤いネオンの十字架が目立ってくる。解放村はキリスト教信仰が強い町だ。1947年、平安南道宣川郡のキリスト教信者たちが共産主義の弾圧から逃れ、38度線を越えてここに定着した歴史があるのだ。

 

 キリスト教を心の支えにした彼らは、粘り強く勤勉で、ソウルのトスニ(働きアリ)と呼ばれた。

 

                       『韓国の発見 ソウル』(根深い樹)より

 

 長年トスニとして生きたと思われるハルモニ5人が、バス待ちなのか、日なたぼっこなのか、オゴリの脇に腰かけていた。

 

10オゴリ(五叉路)の脇の不動産屋さんの前でおしゃべりを楽しむハルモニたち

 

庶民のオアシス 

 解放村で私が探すべきは、おしゃれなカフェやルーフトップバーではない。苦労人が集う大衆酒場である。入り組んだ路地を歩くまでもなく、ソウォル路20キルですぐ見つかった。その名も『コチャンチプ』。50年近い歴史がある。女将は70年代に全羅北道の高敞郡から上京し、ここに定着した。全羅道らしさはホンオフェ、チョギ・メウンタン、ファンセギ・チョリムなど、メニューにも如実に表れている。

 

11煤けたテントが手招きしていた『コチャンチプ』。コチャンは女将の故郷、全羅北道の高敞(コチャン)郡のこと。店は新正月と秋夕以外は無休(臨時休業あり)

 

12『コチャンチプ』で食べたチョギメウンタン

 

 日も暮れぬうちから60代くらいの男性が3、4人、2つのテーブルで飲んでいる。タバコを吸う者はたびたび席を立ち、店の前に腰かけている。この店の門番のようだ。

「常連さんですか?」

 大衆酒場の常連たちと親しくなりたいときの私の常套句だ。

 彼らはいずれもこの店に30年以上通っている常連中の常連だった。解放村らしく、故郷はさまざまだ。

 リーダー格らしきタバコ飲みの門番(60代後半)は北朝鮮と中国の国境線近くの新義州出身で、若い頃はヤクザ家業に手を染めたこともあるという。

 快活で話好きな短髪の男性(60代前半)は、20代だった70年代に慶尚道の陜川(ハブチョン)から無一文で解放村へやってきて、今はちょっとしたビルのオーナーだそうだ。私に「妻を紹介したい」と、わざわざ店に呼び出した奥さんを帰したあと、今度はガールフレンドに電話して店に来させようとする豪傑だ。

 

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『コチャンチプ』の常連と談笑。筆者のパーソナルツアー「ソウル大衆酒場めぐり」のコースに加えたい店がまたひとつ増えた

 

 60~70年代は韓国全体が貧困から抜け出そうともがいていた時代だが、解放村の人々は苦労人中の苦労人にちがいない。マッコリを4、5本空けながら話を聞いたが、一人ひとりが映画の主人公になると確信した。

 彼らには現役の模範タクシー運転手という共通項があった。

「今でこそ若い子たちが遊びに来るようになったけど、70年代は舗装路なんかほとんどなかったから、雨が降ったら泥水が家まで流れ込んできて大変だったよ」

「88年のオリンピックの前は、ソウルのシンボルだった南山タワーのすぐ下にある町とは思えないほどみすぼらしかったよ。その頃からようやく朽ち果てそうな家が撤去され始め、多世帯住宅なんかが少しずつ増えて行ったんだ」

 多世帯住宅と聞いて、ある映画を思い出した。日本でも来年1月から公開される『パラサイト 半地下の家族』(ソン・ガンホ主演、ポン・ジュノ監督)だ。貧困の象徴として描かれていた半地下の部屋も多世帯住宅の一部だったはずだ。

「今の時代に生まれてきたらどんなにラクだったか」

「解放村は若い子たちが遊びに来るような町じゃなかったんだ」

 話は尽きない。

 店の外はいつのまにか暗くなり、カフェやルーフトップバー目当ての若者たちも姿を消した。この町が本来の姿を取り戻す時間になったのだ。店の外を行きかう生活者たちの影は、酒とともにこの町を味わうときのかっこうのつまみだ。

 

新興市場の変貌 

『コチャンチプ』を出てソウォル路20キルを右方向に行くと、80年代までにぎわっていた新興市場の東側の入口がある。解放市場の別名をもつこの市場は90年代に入って目に見えて衰退し始めた。

 

14新興市場の東側の入口。ここから階段を降りると市場へ。ゲートの新興の興(フン)の字に当たるハングルが欠落しているのはご愛敬

 

15新興市場の中庭。レトロな飲み屋やエスニック料理店ができている

 

 傾斜地に広がる新興市場は日本で言うシャッター商店街と化し、20年以上陽の目を見なかったが、2014年頃から若い血が入り、ニュートロのかっこうの舞台として生まれ変わりつつある。

 

16新興市場も庭園博覧会(都市の庭園化プロジェクト)の対象地域。天井や道端が草花で彩られている

 

17新興市場の中庭の近くにある電子娯楽室(ゲームセンター)は人気の撮影スポット

 

 市場を抜け出してタクシーを拾おうと、街灯に照らされる坂道をゆっくり下ってゆく。自分の影も、街灯も、依然として傾いている。

 

18足腰の強さが試される解放村の路地裏散歩 

 

*取材協力

ソウル特別市(市民疎通企画館、都市ブランド担当館)

デジタル朝鮮日報

 

(つづく)

 

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*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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