韓国の旅と酒場とグルメ横丁

韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#93

新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』写真館〈5〉

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 前回は「ニュートロ(ニュー・レトロ)」最前線といえる乙支路3街と4街の間に建つ巨大雑居ビル『世運商街(セウンサンガ)』そのものについて書いたが、今回はこのビル周辺を陽の高いうちから一杯ひっかけながら歩いてみよう。

 スタート地点は忠武路(チュンムロ)駅の北側、7つのビルから成る世連商街の南端にある進陽商街ビルだ。

 

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働く人たちは美しい。大林商街から東へ5分ほど歩いた路地裏で職人らしき男性2人がコーヒーブレイク中。こんな人たちに会えるから世運商街周辺を歩くのは楽しい

 

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退渓路の向こう側の大韓劇場の上階から撮った進陽商街。この通りをまたいで南山のふもとまで歩いて行ける歩道橋は2020年末までに完成予定

 

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進陽商街に向かって右側のバルコニーでは歩道橋化の工事が始まっている。これまで気がつかなかったが、今あるバルコニーと同じ階には生花店が集まっていて、老朽化したビルとは不釣り合いな清々しい香りに満ちていた

 

都心でしぶとく生き残る生活市場 

 まず、進陽商街ビルの西側に並行する仁峴市場に入る。ここは幅2メートルあるかないかの細い道の両側に、大衆食堂や飲み屋が同じ世運商街のホテルPJ前まで連なっている。

 市場の左側(西側)は印刷工場街だ。大好きな日本映画『男はつらいよ』のタコ社長が「また税務署に呼び出されちゃったよ」と嘆きながら出てきそうな小さな町工場の密集地帯だ。ソウルのど真ん中に残っている町工場に隣接する生活市場という点がニュートロ志向を刺激するのか、最近は若者も集まり始めている。

 1990年代前半、日本の知人男性(当時30代前半)はこの市場で70代夫婦が切り盛りしていた飲み屋に何度か通ったことがあるそうだ。ある雨の番、女将が一人で店番しているとき彼が訪れると、一人酒はさびしかろうと一緒にマッコリを酌み交わし、彼の手を握りながら子守歌を唄って聞かせてくれたという。

 その店の名前は『ハルメチプ』といった。もちろん今はあとかたもないが、近い雰囲気の店は何軒か残っている。通りの両側に店舗がある『ジンミネ』をはじめ、おすすめの店をいくつか新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』の乙支路3街地図に示しているので参考にしてもらいたい。

 

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市場は南北に250メートルほどのびている。通りの両側に店舗がある人気店『ジンミネ』は、全羅南道咸陽出身の女将とその息子がやっている筆者好みの店。午後2時から営業している

 

ホテルPJの脇を抜け、大林商街へ 

 仁峴市場を抜けると、右手にホテルPJが見える。老朽化する他の世運商街の建物をさしおいて、ここだけリニューアルされたのは2007年。それまではプンジョンホテルという中級ホテルだった。当時、日本から格安ソウルツアーに参加すると、このホテルに泊まることが多かった。

 前述の日本の知人が1990年に初めてこのホテルを利用したときのこと。フロントでキーをもらって部屋に入ると、ほどよく温まったオンドル部屋の布団の上でサラリーマン風の男がぐうぐう寝ていたという。

「その男はドアが閉まる音で目を覚ますと、恥ずかしそうにミアナムニダ(ごめんなさい)と言いながら部屋から出て行きました。たぶんこの雑居ビルに勤め先があり、二日酔いか何かで仕事にならず、チェックイン前で鍵のかかっていなかったこの部屋でさぼっていたのでしょう。でも、不思議といやな感じはしませんでした」

 彼が笑いながら言う。今から30年も前のこと。日本人にも韓国人にもおおらかさがあった。

 ホテルPJの西側の脇道を歩く。途中、昼間からにぎわっている店が目に入る。『山水甲山(サンスカプサン)』というスンデ(腸詰)の専門店だ。昨年、『水曜美食会』などの人気グルメ番組で紹介されたため、一時期は行列が絶えなかった。レバーのような独特の香りがあるスンデが苦手な人でも、ここのものなら食べられるといわれる人気店だ。

 

大林商街・清渓商街東側の迷宮を歩く 

 ホテルPJを抜けると、大通りの向こうは大林商街だ。横断歩道を渡って、東側の脇道に入る。角にLEDの店がある最初の路地を右に入ると、そこはTHE町工場といった感じの建物の密集地帯だ。ソウル中心部でも、ここだけは70年代と変わっていない。今や灰色を通り越し、町全体が黒ずんでいる。

 

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大林商街に向かって右の脇道に入ったところ。ハングルと英文字で「ヨンドLEDライティング」と書かれた店の手前を右折すると町工場の密集地帯だ

 

 すでに西側の町工場密集地帯はワンブロックの北側3分の1が昨年末からの再開発工事によって撤去され更地になっている。もちろんここ東側も再開発構想の対象地域だ。別れが来ることがわかっているだけに、よけいにこの風景が愛おしい。

 しかし、この黒ずんだ街にはところどころに働く者たちが英気を養うオアシスがある。黒ずみ加減ではダントツ1位のシュポ(狭小な食料雑貨店)『ヒョン食品』もそのひとつ。夫婦で経営している店だ。筆者は7、8年前からシュポで飲む楽しさを伝え続けているが、この店はその外観から入りにくさは屈指である。

 

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『ヒョン食品』の外観。入ると左手に商品棚。右手に小さな調理台がある

 

 昼間は周辺の工場勤めのおじさんたちがジュースやタバコを買いにやってくる。ときには「ヒマだ~」と言いながら、マッコリをあおる人もいる。夕方になると、卵焼きやスナック菓子をつまみにビールや焼酎を飲む人が目立ってくる。奥の5人がけのテーブルでは、女将も加わって花札大会が開かれたりする。

 主人夫婦の虫の居どころがよくなかったり、客が多くて2人用のテーブルに1人客を座らせるのがためらわれるときなどは、NGサインが出ることがあるかもしれないが、懲りずに次の機会にチャレンジしてほしい。

 

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『ヒョン食品』の奥には飲み食いできるテーブルが3卓ある。この日、筆者(手前左)の後ろでは花札大会が行われていた

 

 この店の1本西側の路地には、『ペンマンブル食品』というシュポがある。こちらは外観が大衆食堂風なので、ずっと入りやすい。店内左手の棚に申しわけ程度に並んでいる袋菓子やインスタントラーメンがなければ、ありふれた食堂にしか見えない。

 

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右手が『ペンマンブル食品』。ペンマンブルとは「百万ドル」のこと。この先の右手に、新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』掲載の『デウォン食堂』がある

 

 店の奥にはそこそこ広い厨房があるので、テジカルビやサムギョプサル、サンマのチゲや焼き餃子なども食べられる。消えゆく町工場の雰囲気は味わいたいが、ディープ過ぎるところで飲み食いするのはちょっと……という人でも、ここなら利用しやすいだろう。

 

09広くてこぎれいな『ペンマンブル食品』の店内。トイレも店の中にあるので女性でも安心

 

10この日はクンマンドゥ(焼き餃子)をつまみに瓶ビールを飲んだ

 

乙支路4街駅4番出入口の東側でシュポめぐり 

 町工場の密集地帯を東に進むと、乙支路4街駅のある大通りとぶつかる。通りの向こうに4番出入口を見つけたら、その向こう側(東側)には冷麺とプルコギの名店『又来屋』があり、そのさらに東側には魅力的なシュポが点在している。

 

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『トンイル食品』の外観。女将の話によれば、もともとは日本家屋だそうだ

 

 90歳になった名物ハルメ(おばあちゃん)に会いたくなり、『トンイル食品』というシュポに向かう。ここはあまりにもシュポ然としていて、『ヒョン食品』とはちがった意味で入りにくいかもしれないが、日本から来た40代以上の旅行者の多くが、「子供の頃通った駄菓子屋そのものだ」と喜ぶ外観だ。店先の冷蔵庫から飲み物を出してお金を払い、「ここで飲んでもいいでしょ?」と言って、空いている席に座ってしまえばOK。おしゃべりではないが意外と人なつっこい女将(ハルメのお嫁さん)や常連客が異邦人の相手をしてくれるだろう。

 

12ケランマリ(卵焼き)と瓶ビールを注文。銘柄は最近人気のTERRA(テラ)

 

1390歳になった名物おばあちゃんと筆者。運がよければ、おばあちゃん、お嫁さん、その娘さん3代の接客を受けられる

 

 最近、この一帯で魅力的な店を新たに3軒発見した。それぞれ日本からの旅行者にはメリット、デメリットがありそうだが、それも含めて一興である。いずれ、本コラムで取り上げるつもりだ。

 

14読者さんとのパーソナルツアー『ソウル大衆酒場めぐり』の途中で偶然見つけた『ホンタクチプ』。エイを肴にマッコリを飲ませる店だ

 

世運商街の北端へ 

『トンイル食品』辺りから北上すると、清渓川にぶつかる。そこの歩道を左手(西方向)に歩けば、清渓川をまたぐ空中歩道橋が目の前を横切っている。

 

15歩道橋で結ばれている清渓商街ビル(撮影地)と世運商街ビル。世運商街と総称される7つのビルは、2020年末までに歩道橋で結ばれる予定だ

 

 歩道橋の左側が清渓商街、右手が世運商街だ。ビルの中の電気街を歩いて北方向に進む。何年か前と比べ、通路が明るくなっているような気がするのはLEDのせいばかりではないだろう。

 

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世運商街ビル内の電機店街。ビル脇のバルコニーがペデストリアンデッキ化され、カフェやレストラン、博物館などができ、雰囲気が明るくなった

 

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世運商街ビルの屋上庭園からの眺め(北側)。周辺の工場街(手前左)、世界遺産の宗廟(右奥)、その後ろの北漢山や北岳山などが見渡せる貴重な撮影スポットだ

 

 周囲の町工場の撤去と引き換えに延命が許されたと言えなくもない世運商街。前回も書いたが筆者と同い年(1967年竣工)であると知って以来、旧友のような気がしてならない。

 친구하자!(友だちづきあいしよう!)

 今まさに、この言葉を世運商街に贈りたい。

 

 

*取材協力

ソウル特別市(市民疎通企画館、都市ブランド担当館)

デジタル朝鮮日報

 

 

(つづく)

 

●新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』発売のお知らせ

 本連載を収録した新刊『美味しい韓国 ほろ酔い紀行』が、9月14日に双葉文庫より発売になります。韓国各地の街の食文化や人の魅力にふれながら、旅とグルメの魅力を紹介していきます。飲食店ガイド&巻末付録『私が選んだ韓国大衆文化遺産100』も掲載。ぜひご予約ください。

 

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双葉文庫 定価:本体700円+税

 

*筆者の近況はtwitter(https://twitter.com/Manchuria7)でご覧いただけます。

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属www.k-word.co.jp/ 著者の近況はこちら→https://twitter.com/Manchuria7

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