越えて国境、迷ってアジア

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#93

台湾海峡一周〈9〉馬祖諸島・南竿島、北竿島

文と写真・室橋裕和

 台湾本島から遠く遠く離れた馬祖諸島。中国大陸を間近にする、かつての国共内戦の激戦地は、いまでは静かに古い文化が息づく。「台湾の秘境」と呼ばれる島々を、電動バイクで巡る。

 

入り組んだ山道に、かつての軍の拠点が点在する 

 スピードのあまり出ない電動バイクが、馬祖諸島のアシである。起伏の激しい山道をとろとろ運転していくと、不意に古代遺跡のようなトーチカや坑道が現れたりする。現役の軍事施設もあるけれど、一部では観光地として開放されていたり、あるいは酒蔵として転用されていたりもする。日が当たらず、常に一定の低温・高湿に保たれた坑道は、酒を醸すのに適しているらしい。老酒や高粱酒の有名な産地でもあるそうだ。

 なかなかに険しく、緑深い道を上っていくと、不意に視界が開けて台湾海峡が見晴らせた。眼下にはリアス式海岸というのだろうか、海岸線が入り組み、湾の奥には石造りの家が立て込んでささやかな集落をなしている。あそこまで降りてみよう。

 

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軍が掘った坑道はいまや観光地や酒蔵になっている

 

馬祖グルメがいける! 

 ぱらぱらと小雨の混じる、低い曇天である。その暗さの下ということもあってか、この集落にも沈んだような静けさと寂しさが漂う。海風に耐えるための伝統的なものなのだろう、堅牢そうな石造りの家が密集しているけれど、ひと気はない。なんだかゴーストタウンのようだ。ときどきすれ違うのは、僕のようなわずかな観光客だ。

 それでもかろうじて店を開けている雑貨屋もあって、軒先では小ぶりな牡蠣を溶いた小麦粉に包んで焼いていた。大陸・福建省でよく見た海蛎饼(ハイリーピン)にも似ている。いまでこそ異なる政府によって統治されて、「国境」が定められている中国と台湾だけど、もともと文化は同じなのだ。

 諸島の中心となっている南竿島には、こんな小さな集落が湾ごとにあった。いちばん大きな「街」は島の東側に広がる馬港だろうか。市場やバスターミナルやゲストハウスなどもあるけれど、どの建物も長年の疲れが染みついたように色あせていて、シャッター街となっているところも目立つ。なんだか日本の過疎地域のようだ。

 それでも意外に「ご当地グルメ」がいろいろあるのは楽しい。あるいは町おこしの一環なのかもしれないが、特産品がけっこうあるのだ。

 僕がよく食べていたのは紅糟炒飯だ。島の名物でもある老酒を醸造するときには大量の赤い酒粕が出るというが、この「紅糟」を馬祖では料理に使う。チャーハンに混ぜ込むと、なかなかいけるのだ。ほんのりと酒の匂いが鼻先に漂い、食欲をそそる。亀の手やシャコなども、この紅糟と一緒に炒めたりして、島のおじさんたちのいい酒の肴だ。

 海産物といえば、魚のすり身を練りこんで乾燥させた麺もよく見る。そのまま魚麺というらしい。軒先で麺を干しているところは風情がある。これを戻して、魚介の出汁たっぷりに茹で、魚のつみれも入ったスープ麺はまさしく海峡の海を代表する味かもしれない。

 それに軍事要塞ならではのメニューもある。立哨の兵士が、銃を持って周囲を警戒しつつ、空いているほうの片手でも食べられるもの……ハンバーガーだ。バンズはパンに似ているが継光餅(チーコンピン)というもので、小麦の生地を窯で焼いたベーグル状のもの。これにやはり海峡特産の牡蠣をたっぷり使ったオムレツや野菜を挟み込む。馬祖バーガーなんて呼ばれていて、これまたいける。その原型は明の時代の将軍、戚継光が兵士に持たせた行軍食、携行食だったなんてエピソードも残る。

 

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麹の風味と、真っ赤な見た目が特徴的な紅糟炒飯、うまい!

 

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こちらは紅糟で揚げたチャーシュー。ビールにもご飯にも

 

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魚麺を天日干ししている光景は、とくに北竿島でよく見た

 

05小腹が空いたら馬祖バーガー。南竿島の馬港にいくつか店がある

 

さらに辺境感の漂う北竿島 

 諸島の中心地である南竿島からは、周辺の海域に船が出ている。せっかく「台湾の秘境」まで来たのだ。島ひとつでは、馬祖を満喫したとは胸を張れまい。

 福州からの船がついたターミナルまで戻り、乗り込んだのは北竿(ベイガン)島行きの小さなフェリー。ほんの20分足らずの航海だが、島々の複雑な地形や集落を遠目に見ながら海を行くのはけっこう面白い。バイクは乗せられなかったのだが、到着した港ではまず、レンタルバイク屋のおじさんが出迎えてくれたのだ。免許証どころか、言葉もわからない外国人なのに、パスポートチェックすらしないおおらかさ。

 バイクで走り回ってみれば、北竿島はさらに静かで、より伝統的な石の家が残っているように思った。集落にはたいてい馬祖の廟があって、きれいに手が入れられていた。

 島の北部には短い滑走路があった。おもちゃのような空港だ。そのすぐ前に小さな街が広がっていて、空港がなんだか鉄道駅のようだった。山がちな地形では、狭い平野を有効に使わなくてはならないのだろう。

 その滑走路の真下を地下道でくぐって地上にまた出ると、今度は一気に坂道になって、山への登りになる。カーブを巻いて標高を上げて行けば、あっという間に空港を見下ろせる場所までやってくる。

 このあたりの山地が、かつて共産軍を警戒するのに適していたらしい。軍の拠点が築かれ、戦車や対空砲が海峡の空をにらんでいたという。

 いまではすっかり自然公園として整備された。ハイキング感覚の観光客が歩く。軍事車両も単なるインスタ映えのモニュメントだ。そもそも、その観光客は台湾人ではなく、大陸から遊びに来た中国人なのだ。かつて激しい戦闘が交わされた国境の島は、時代とともに姿を変えていく。国境とはきわめて政治的な存在であることを改めて実感した旅でもあった。

 さあて、台湾海峡の旅もいよいよ佳境だ。この馬祖諸島からは、船で海峡を横断して、台湾本島へと帰るのだ。

 

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北竿島の港がある白沙村。歩く人もあまりいない

 

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北竿空港のそばに広がる塘岐村。これが島いちばんの繁華街

 

(次回に続く!)

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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