越えて国境、迷ってアジア

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#91

台湾海峡一周〈7〉福州~台湾・媽祖諸島

文と写真・室橋裕和

 僕は台湾から、船で海峡を西に越えて、中国大陸に渡ってきた。着岸したのは「在日中国人のふるさと」福建省。日本留学の経験者チャンさんとリンさんに案内され、省内を旅し、連夜の酒宴に明け暮れてきたが、大陸を後にするときが来た。もう一度、今度は海峡を東に越えて、台湾に向かうのだ。

 

省都・福州から、台湾へ 

 出発の朝である。およそ1週間ほどを過ごした福建省をあとにして、僕は再び海峡を渡るのだ。目的地は台湾・媽祖諸島。福州東部、閩江(ミンチャン)沿いの港から、台湾海峡を横断する船が出ているのである。

「私たちも港は行ったことないからね。見てみたくて」

 なんて言いながら、リンさんとチャンさんが車で送ってくれることになった。ふたりとも成功を収めたお金持ちなのに、朝の6時からこうして同道してくれる。いや、あるいはもはや、あまり働く必要もなくヒマだからかもしれないが、ともかく本当に世話になった。

 日本に留学して苦労しながら就職をし、財を成し、経済成長真っ只中の中国に凱旋して商売をはじめ、さらに大当たりした人々である。昇竜のごとき中国経済を象徴するような存在かもしれない。連日の宴席で彼らからさんざん山海の珍味をいただき、僕は福建滞在中にベルトの穴ひとつぶん肥えたのであった。さらに昨夜は妖しい女性が3人も円卓に侍り、

「さあムロハシさん。どなたでも選んで。今夜の奥さんね。3人まとめてでもいいよ」

 なんて突然言うものだから僕はアセった。その座には別のカタギの女性も同席しているのに、みんなでニコニコして「さあ、遠慮しないで」と食後のスイーツの如く、夜の匂いを振りまくお姉さんを勧めてくるのである。やや好みの女性がいたことはいたのだが、さすがに皆さんの前でご指名する照れと恥ずかしさに耐えられなくなってしまうのは日本男児の奥ゆかしさ、丁重にお断りさせていただいたのだが、あるいは中華世界では失礼だったかもしれない。

 

01

福州はけっこうでかい近代都市。蒸し暑く、歩くのはなかなか疲れる

 

02

福州には明、清の時代を再現した「三坊七港」という場所がある。ストリートミュージシャンがいた

 

 

港が閉鎖された!? 

 しかしそんなことをすっかり忘れたかのように、ふたりはなにやら楽しそうに話している。

「港、馬尾にあるんだよね。そこ日中戦争のときに日本軍が上陸したとこだよ」

 と、日本人としては返答しようのないことを笑いながら言ったりもしてくるが、他意はないのであろう。やがてリンさんの運転する車は、雨の福州を走り、コンテナの積まれた倉庫街にやってきた。

「このあたりだと思うけど……」

 いつしか土砂降りとなった雨の中、暗い港の中を行き来するが、どうにもひと気がない。本当に客船が出ているのだろうか。迷路のような港湾をさまよい、あちこちで聞きまわってくれて、ようやく「福州港马尾客运站」と書かれた看板の建物を見つけたのだが、大きな扉には鉄の鎖がかけられ、中は真っ暗で、完全に閉鎖しているのであった。車を出て、僕は茫然と見つめた。どうなっているんだ。

「こりゃあ、やってないねえ。台湾への船ってなくなっちゃったのかな」

 もともと、この航路の情報はわずかであった。日本語では「船で海外に行ってみよう」というテーマの個人サイトに載っているのみで、そこから飛べる馬尾港やフェリー運営会社の中国語サイトでもはっきりした記述はない。台湾側には媽祖観光局の公式サイトがあるけれど、「福州に船が出ている」という一文だけで細かな情報が見当たらない。だから日本語サイトにある数年前のわずかな記録だけを頼りにやってきたのだ。そんな細い糸をたどって、はるばる旅する感じがたまらない……とか思っていたら、まさかの港封鎖なのであった。台湾海峡を越えることはできないのだろうか。空路を使うしかないのだろうか。

 

03

機能を停止していた馬尾港客船ターミナル。無人であった

 

移転したばかりの新ターミナルに向かえ! 

「こっちこっち。なんか書いてある」

 リンさんがなにやら案内の電光表示が灯る看板を見つけた。

「5月16日を持って、台湾媽祖行きの船は新しいターミナルに移動します……だって」

 このとき2019年6月1日。2週間前に発着する港が変わったのだ。

「どこ?」

「琅岐島って書いてあるね」

「ここから20キロくらいある」

 再び車に乗り込んで、馬尾港から閩江沿いに北上していく。向かう先から本当に船が出ているのかいないのか、手探りのまま進むこの感覚。前の見えない不安の中だからこそ、旅のアドレナリンが湧いてくる。

 長大な橋を通過して閩江を渡る。琅岐島とは閩江の中州に浮かぶ島らしい。これから開発されるのか、あちこちで区画整理が進み、基礎部分の工事が行われている。

「あれみたいだね」

 チャンさんが指さした巨大構造物が、琅岐島のフェリーターミナルだった。車を降りて中に入ってみると、怖ろしく天井が高く、無駄に広大で、いかにも中国だ。それに真新しい。がらんとしているが、大きな荷物やスーツケースを持った人もちらほらいて、どうやら港として機能しているらしいことに安堵する。

「大丈夫だいじょぶ。台湾行きあるって。9時発」

 係員から話を聞いてきたリンさんが言う。

「本当にできたばかりの港で、レストランもまだオープン前だし、福州からのバスも運行はこれからなんだって」

 もしかしたら僕は、この航路をたどる初の日本人なのかもしれない。そう思うと、またしてもアドレナリンが脳内に弾けるのを感じた。

 

04

できたてほやほやの新フェリーターミナル。ここから台湾への船が出る

 

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琅岐島の新ターミナル。広さと高さは中華のあらゆる建造物の基本であろう

 

いざ台湾海峡の復路へ 

 チケットを買うと、ようやくほっとする。一緒に手渡された台湾の入国カードに思わずにんまりとする。本当に海峡を越えられるんだ。

 リンさんとチャンさんと握手を交わし、僕は入港チェックのはじまったイミグレーションに入った。船の発着する時間だけ、出入国管理が行われるようだ。

 乗客はまばらだったが、出国審査や、荷物検査もいくらか手間取っている。オープンしたてでオペレーションに不慣れなのだろう。免税店などもまだ看板だけだ。

 なにもかも真新しいターミナルビルを巡り、フェリーに乗り込む。船体には「安麒6号」と書かれていた。定員は200人ほどらしいが、広い船内に客は20人か、30人か。すかさず賭けトランプをはじめて、もう盛り上がっている。

 やがて、定刻。相変わらずざあざあ降りの中、重い曇天の下、「安麒6号」は大陸を離岸した。いよいよ台湾に帰るんだ。

 船窓からは閩江の流れと、切り立った山とがよく見えた。暗い天気と相まって、なんだか山水画の世界のようだ。そして閩江は大海原に溶け込んでいった。やや揺れが大きくなる。「安麒6号」は台湾海峡へと走りだしていった。

 

06

台湾・媽祖諸島行きのチケット。170中国元(約2700円)なり。

 

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頼もしき「安麒6号」の雄姿。立派な国際船なのである

 

(次回に続く!)

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

 

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