東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#91

タイ・バーンクロンルック国境駅~バンコク

文・下川裕治

タイとカンボジアの国境近くにできた新駅

 今年の7月1日、バンコクとアランヤプラテートを結ぶ路線が、少しだけ先にのびた。タイとカンボジアの国境ぎりぎりのところに、バーンクロンルック国境駅ができたのだ。アランヤプラテートからの距離は5.73キロと駅に表示されていた。バンコクに向かう列車は、この駅が始発駅になった。

 しかしこの路線は、新しいわけではない。かつてタイから線路はカンボジアまで続いていた。アランヤプラテートの次は、カンボジアのポイペトだったのだ。しかし第2次大戦後、カンボジアでは長い内戦が続いた。列車の運行も止まり、線路は長く放置されることになった。バンコクからの列車は、アランヤプラテートで折り返す状態が長く続いていたのだ。

 バーンクロンルック国境駅の駅舎は小さかった。ホームにプレハブづくりのような建物が5~6個連なっている。そのひとつで切符が売られていた。おそらく、ほかの建物は、やがてイミグレーションになるような気がする。

 現在の運行は各駅停車が1日2往復。それだけだ。運賃は49バーツ、約185円。この区間を走るロットゥーという乗り合いバンが230バーツ、約851円だから、ずいぶん安い。バンコクまで約6時間かかる。

 

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バーンクロンルック国境駅。向かいのできたばかりのコーヒーショップから

 

バーンクロンルック国境駅発車風景を。市場の裏側も少しのぞくことができる

 

 発車は午後1時55分だった。車内は7割ほどの混み具合だった。交わされる言葉を聞くと、ほとんどがタイ人だった。新しい駅の周辺には、大きな中古品マーケットが広がっている。カンボジアから流れ込んでくる中古ブランドの靴、ジーンズ、Tシャツなどが山のように積まれている。ここに仕入れに向かい、バンコクで販売するタイ人が多いと聞いたことがある。なかには日本人のバイヤーもいるという。ビンテージ物の掘り出し物があるらしい。乗客の多くは、そんなバイヤーのようだった。

 バンコクからアランヤプラテートまでは何回か乗っていた。途中駅から、大きな荷物をもったカンボジア人たちが次々に乗り込んできた記憶がある。タイで働き、カンボジアに里帰りする人たちだった。運賃の安さも手伝い、カンボジア人ご用達かと思っていたが、状況は変わってきたらしい。市場に隣接するような駅の立地は、バイヤーには好都合ということだろうか。

 しかしタイ国鉄の意図は違う気がする。タイ国鉄はプノンペンとバンコクの間を走る列車を計画し、国境に入国審査機能を備えた駅をつくったはずだった。カンボジアのポイペトで出国し、そこから1キロほどのこの駅で、タイに入国する。マレーシア国境のバタンベサール駅を想定していたように思うのだ。

 この連載では何回か登場している路線がある。カンボジアのプノンペンとポイペトを結ぶ列車だった。すでに線路の修復も終わり、何回か運行していた。しかし、はじめのうちは試運転ということで、週末だけの運行だったようだが、そのスケジュールもすぐに消えてしまった。

 東南アジアの全鉄道を制覇する目的で、僕は何回となく東南アジアに渡っている。そのなかで、最後に残っているのがこの路線なのだ。カンボジアからの情報を、ただ待っている状態だが、列車が走りはじめたという話は一向に届かない。

 なにが障壁になっているのか、カンボジアにいる知人に何回となく訊いているのだが、これがまったくわからない。

 中国の横やり? そんなことを考えてもみる。いまのカンボジアは、中国の属国ではないかと思うほどの関係が続いている。膨大な中国からの援助がカンボジアに流れ込んでいる。しかしカンボジアの鉄道の修復は、アメリカ寄りの世界銀行の融資で行われた。そして線路は、中国とは距離を保っているタイやマレーシアへとつながっている。中国にしたら面白くない話だろう。

 それを見越し、タイは国境駅をつくってカンボジアに圧力をかけたとも考えられなくもない。

 いったいいつ、バーンクロンルック国境駅は、目的の国境駅として機能しはじめるのだろうか。

 そんな思いをよそに、列車はゆっくりと発車した。途中駅から乗り込んでくるのは、バンコクに向かうタイ人ばかりだった。日曜日だった。週末、田舎に帰ったタイ人たちのようだった。列車は立つ客が出るほど混みあっていく。

 日も落ちた19時20分、バンコクのフアラムポーン駅に着いた。定刻だった。

 

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古い木製の3等車両。これでバンコクまでは少しきつい

 

(次回から台湾の秘湯をめぐる旅がはじまります)

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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