東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#90

ミャンマー・マグウェイ~カンバヤ

文・写真  下川裕治

ミャンマー最後の未乗車区間へ 

 モンユワからボディタタウンまでの列車に乗った。これでミャンマーの全鉄道路線のなかの未乗車区間は、マグウェイ~カンバヤ間だけになった。ようやくここまで辿り着いた。

 モンユワからマグウェイまではバスを使った。夕方の出発。午前零時頃にマグウェイに着くという。

 その日は日曜日だった。乗ろうとしているのは大学に向かう路線である。大学が休みになる期間と土曜、日曜は運休になる。それを計算して日程を組んだ。

 モンユワを離れたバスは、やがてチンドウィン川を越え、夜の8時頃にエーヤワディー川に架かる橋にさしかかった。バスといっても乗り合いバンのような中型車で車内は狭かった。しかし速い。快調にマグウェイに向かっていく。もしこの区間を列車で行こうとすると、確実に2日以上はかかる。乗り継ぎがうまくいかないと3日がかりかもしれない。ミャンマーの全鉄道を制覇する旅は、バスやバイクタクシーに支えられているわけだ。

 バスは予定通り、午前零時にマグウェイのバスターミナルに着いた。

 列車には翌朝、乗ることになる。できれば駅に出向いて時刻を確認しておきたかったのだが、そんな時刻ではない。手元の資料では朝の7時45分発になっていた。

 バイクタクシーで市内の宿に向かった。ドライバーは英語をほとんど理解してくれなかったが、僕の容姿から察したのか、1泊2万チャット、約1400円の宿に連れていってくれた。若者がふたりで切り盛りする小さな宿だった。ホテルの若者は片言の英語が通じたので、バイクタクシーの運転手を交えて翌朝の相談をした。

「マグウェイからカンバヤに向かう列車に乗りたいんです」

「カンバヤ? どこですか」

 ホテルの若者もバイクタクシーの運転手もこの路線を知らなかった。少し不安になったが、これまでもミャンマーではよくあることだった。人々の生活のなかでの鉄道の存在感が薄い地域も多い。資料では7時45分発だったが、確認がとれてはいなかった。朝の5時半にバイクタクシーの運転手に来てもらうことにした。

 まだ暗かった。バイクタクシーは5時にきてしまった。車も少ない夜明け前の道を駅に向かう。昼間はかなり暑くなりそうだったが、この時間帯は爽快だった。

 バイクは10分ほど走っただろうか。駅が見えてきた。懐かしい駅だった。1年半近く前になる。早朝にネピドーを発車した列車は、気温が40度を超える炎天下を走ってこの駅に夕方着いた。駅で水を買い、ぐびぐびと飲みながら、カンパヤ行きについて尋ねた。駅長さんは、「大学がはじまらないと走りません」といわれた。

 再びいま、マグウェイ駅にいる。切符売り場は電球で照らされ、なかに駅員が座っていた。

 英語で声をかけてみた。駅員は駅長さんのようだった。配属替えがあったようだ。

「5時に列車は出てしまいましたよ」

 一瞬、これはまずい、と唇を噛んだ。わざわざここまでやってきたのに。スケジュールが変わってしまったのだろうか。

「あの……、カンバヤまでなんですけど」

「カンバヤ?」

 駅長さんは椅子から立ちあがり、ノートレインと口を開いた。

「ノートレイン?」

「そう。ノートトレイン」

「じゃ、明日も列車は走らないってことですか?」

「そう。ノートレインです」

 運休だった。この路線の列車はなくなってしまったのだ。駅長さんはなかから出てきてくれた。いつ運休になったのか知りたかったが、その英語は理解してくれなかった。

 駅舎の前の石段に座り込むしかなかった。隣にはバイクタクシーの運転手が座った。空が少しずつ明るくなりはじめていた。雲がゆっくりと動いているのがわかる。バッグのなかからペットボトルを出して、水を飲む。

 どうしてこうも閉まりのない幕切れになってしまうのだろう。本にまとまるときもそうだった。最後にダウェイからの短い路線を乗りつぶして終わりにしたかった。ヤンゴンから飛行機に乗り、ダウェイに向かい、駅舎に出向いて耳に届いた言葉は、やはり「運休」だった。

 ミャンマーの鉄道らしい話ではあったが、やはりめげる。隣に座るバイクタクシーの運転手は、僕がなぜ、カンバヤまでの路線に乗ろうとしていたのかを知らない。「これからどうするのだろう」といった面もちでぼんやりしている。しかしどうしようもない。

「ヤンゴンに出ようと思う」

 絞り出すように口を開いた。

「朝のバスに間に合うかもしれない」

 バイクタクシーの運転手は、ミャンマー人らしい笑みをつくった。

 

DSCN2148

マグウェイ駅。明るくなってきたのだが……

 

DSCN2149

パイクタクシーの運転手は、最後まで僕の行動を不可解に思っていた気がする

 

 

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 本連載の筆者・下川裕治氏は28年ほど、バングラデシュ南部のコックスバザールで学校の運営にかかわっています。校舎の老朽化が進み、修理のためのクラウドファンディングを5月7日から始めました。このプロジェクトに興味を持たれた方は、下記のサイトをご覧いただければ幸いです。

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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