ブルー・ジャーニー

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#90

アルゼンチン はるかなる国〈9〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

「モグモグとした快味ったら、ないゼ」

「よほど大事な地名、人命、数字などはポケットにありあわせのマッチの箱や紙きれに書きつけるけれど、忘れそうなことはおかまいなしに忘れることにした。そういうことはもともと見なかったことでもあり、存在しなかったことであるのだ。のこったもの、自分のものになった記憶だけが“見た”といえる事物なのだから」

 1964年11月から150日間に渡ってベトナム戦争を取材した開高健は、帰国後、サンケイ新聞で“いい旅”について語った。

「めいめい“旅”についての哲学と抒情詩を持つ。

 それは料理や、恋や、夕焼とおなじように徹底的に個人的で、偏見である。

 無邪気でありながらそれゆえ深刻である。

 他人につたえようがないから貴重であり、無益だったとしても、だから貴重なのである。

 若き日に旅をせずば、老いての日に何をか語る。

 そういうものですよ」

 ホッテスト・ホット・ゾーンと呼ばれるジャングルに浸透する政府軍にオブザーバーとして従軍、ベトコンに完全包囲されたのは2月14日の正午過ぎだった。あらゆる方角から浴びせられる機銃掃射をかいくぐり、夜ふけにようやく安全圏に脱出。生存者は200人中17人。「この日を命日として、毎年、へべれけに酔っぱらい、うだうだと当時の記憶を蒸し返すことにしてきた」

 

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 ――日本人は牛とその肉を知ってから例によって天賦の応用の才を発揮して“霜降り”の美肉をつくり出した。この鹿の子の肉についての信仰は全日本に浸透して今日ますますである。その柔らかさと繊細さは和田金の肉は箸でビフテキがちぎれるという評判で頂点に達した。たしかにこれは“神巧”と呼んでもいいほどみごとなものだった。

 

 14回忌を開高健はアルゼンチンで迎えた。釣り竿を抱え、南北アメリカ大陸を縦断する旅の途中だった(最終的に266日間の旅となった)。ベトナムの記憶をたどりながらいつものようにしたたかに酔っぱらった。「ふとくたびれて窓をあけてみると、標高1200か1300メートルのアンデス大斜面の荒寥とした高原からつめたい夜が波うって浸透してきて、思わず、体を小さくさせられる」

 

 ――しかし、牛肉を常食としているさまざまな国をわたり歩いてその国で美肉とされているものを食べてみると、霜降りはときたま食べる御馳走としてはすばらしいけれど、脂肪が多いので腹にモタれ、常食としてはいささかシンドイということになる。それは肉でつくった、動物性蛋白と脂肪でつくった極上のスフレかマシュマロだといいたくなる。しかし、常食として牛肉を食べるなら、脂肪が少くて腹にもたれず、おつゆたっぷりなのに歯ごたえもあり、淡泊であって消化の早い、といった条件になってくる。それがアルゼンチンのアサードだ。(『もっと広く! 下』開高健)

 

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 平均的なアルゼンチン人の朝食はバターもしくはミルクジャムをたっぷり塗ったトースト、フルーツ、カフェ・オレ。昼はステーキとサラダまたは牛肉のカツレツとフライド・ポテト。夜はさらに多くの牛肉を食べる(夕食のスタートは10時前後。レストランの予約は9時を過ぎた当たりが一般的。7時ではまだ開いていない)。パスタやピザをはじめイタリア料理は食生活の一部。「スペイン料理を食べに行こう」と言うが「イタリア料理を食べに行こう」とは言わない。

 週末やハレの日はアルゼンチン風炭焼き“アサード”を味わう。

 アサードには、網の上で焼くパリージャと直接地面に炭を置くアサドールのふたつのスタイルがある。都市部の多くの家庭の庭にはパリージャ用の器具が設置されていて、火をおこすのは男の役割。朝食を終えるとさっそくとりかかる。

 アサドールの仕込みは前日から始まる。臓物をソーセージにするなどバーベキュー用に加工し、本体の内側を食用油でよく洗う。皮を剥ぐか残すかは自由。カタカナのキの字状に組んだ鉄の串にしばりつけて地面に立て、肉の4倍の重量の炭で、時折向きを変えながら、2時間以上かけてじっくり焼き上げる。

 

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 牛は広大なパンパのどこにでも生えているアルファルファを食べ、水を飲み、寝る。ほとんど運動しないから脂肪が一カ所に集まる。肉と脂の部分がはっきり分かれていて、とりわけあぶられるうちに脂肪が落ちるアサードは健康食。夜10時過ぎにたらふく食べても胃にもたれることがない。

 

 ――金色の汗をしたたらしてボッと炎をたてる肋骨からめいめい好きなところを木皿にとってきて食べ、ぶどう酒を飲みつつ、大木のかげ、日光さんさんと浴びつつ、チステ(小話)の交換会であり、交歓会である。食用羊の生後1カ月か2カ月ぐらいのを丸裸にしてやっぱりキの字型の鉄串で焼くのを“カブリト”と呼ぶが、これは淡泊、柔軟、いうことなしの逸品であって、ぶどう酒がとめどなく飲める。どちらも塩は食塩ではなく岩塩でなければならない。岩塩は不純物が多いけれど火にあぶられるとはんなり柔らかくて甘くさえあり、とてもいいものである。金色に焼けた、はんなり塩気味の肋骨から肋膜と薄肉を食いとる、モグモグとした快味ったら、ないゼ。野生があるのにあくまでも優しいこの肉。こんな女がいたらどうなるだろうかと、空恐ろしくなってくるぜ。

 

〈肉は骨に近いほどうまい〉

 アサードを堪能した開高健はこのアルゼンチンの格言に半句加えた。

〈食事は大地に近いほどうまい〉

 

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 第2次世界大戦のさなか、アメリカの雑誌『ライフ』に“アルゼンチン式浪費”の文字が大きく掲載された。その下にレストランのテーブルに置かれた厚さ8センチ、幅20センチほどのステーキの写真。記事を要約すれば『連合国の一員であるアメリカの国民は不自由に耐えているのに、中立を唱えるアルゼンチンはこんな贅沢、いや、浪費をしている』

 

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 現在、アルゼンチンの牛の数は人口約4500万人を大きく上まわる約5400万頭。これに対して日本は約380万頭。

 ひとりあたりの1年間の消費量は60キロ(加えて鶏肉40キロ、豚肉10キロ)。日本は6キロ(加えて鶏肉11キロ、豚肉12キロ)

 小売りは原則1キロ単位。1キロあたりのおよその価格は、ヒレ肉1300円 サーロイン1200円、鳥胸肉550円、鶏もも肉400円 豚ヒレ肉1100円、豚肩肉700円。

“主食”は“牛肉”であり、“食べる”は“牛肉を食べる”を意味するアルゼンチン。だが、およそ500年前、ヨーロッパから侵略者がやってくるまで、南米大陸に牛という動物はいなかった。

 

(つづく)

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

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時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『ジュビロ磐田、挑戦の血統(サックスブルー)』、共著に『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

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