越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#88

台湾海峡一周〈4〉厦門~湄洲島

文と写真・室橋裕和

 台湾海峡に浮かぶ小さな島・湄洲島は、アジア各地に渡った華僑たちの「聖地」である。国を越えて、国境をまたいで信仰される女神が祀られているのだ。アジアを旅する者ならば、一度はここに巡礼し、旅と人生の安寧を祈るべきだろう。

 

テロ容疑でまさかの拘束? 

 おおぜいの人々が慌ただしく行きかう、厦門の高速鉄道駅である。荷物検査のおばちゃんが青ざめ、固まっていた。こわばった顔で、なにごとか短く言うと、制服姿の同僚たちが早足で集まってくる。空気が緊迫した。

 僕のバッグから、刃渡り30センチはあろうかというゴツい包丁が発見されたのである。ときあたかも中国は、ウイグル人に対する弾圧が国際社会から指弾され、香港のデモは激化するばかりで、国内の引き締め、テロ対策に躍起となっている真っ最中。警備員ばかりか巡回していた警官までが、無線を受けて鋭い目つきで駆けつける。パスポートを奪われた。怖い顔で誰何してくる。

「日本人吗(リーベンレン・マ、日本人か)?」

 自称ライターの日本人、中国にてテロ容疑で拘束……ニュースの見出しが思い浮かぶ。最悪の事態は避けなくてはならない。とにかく説明しよう。それお土産なんです。おろおろしながら翻訳アプリを探っていると、警備のおばちゃんが声を上げた。

「あれまあ、金門島かね」

 でかい包丁を手にしている姿はまるでヤマンバだが、とにかくわかってくれたようだ。厦門の対岸、台湾・金門島では、包丁が名産なのである。国共内戦の折、大陸中国から撃ち込まれた大量の砲弾を、金門島の職人たちが加工して、包丁やナイフや鎌などの日用品に変えたのだ。おばちゃんはそんなことを警官たちに説明しているのだろう。厦門の前に立ち寄った金門島で買ったものなのだ(本連載#85参照)。警戒の輪は解かれた。

 ほっとするが、やはり高速鉄道への包丁の持ち込みは禁止のようだった。空港並みのX線検査を行い、IDを照合し、チケットがないと構内にも入れない。日本の新幹線よりもはるかに厳重なチェックが行われているのだ。

 しかし、おばちゃんはやけに同情的なのであった。翻訳アプリを立ち上げて、「誰か預けられる友達はいないの?」「いったんホテルとかに置いてきてもいいよ」なんて言ってくれるのだ。「下に郵便局があるから、宅配で送ったらいいよ。日本にも送れるよ」とも教えてくれるが、あまり時間もない。残念ながら金門包丁はここでお別れである。あわれ没収箱に投棄されてしまう姿を見送り、僕は厦門駅から高速鉄道に乗り込んだ。

 

01

中国全土、とくに沿岸部は緊密な高速鉄道網で結ばれ、旅は格段に便利になった

 

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没収直前、記念撮影することが許された金門包丁。これで料理したかった

 

 

地方の小都市でも大規模な開発が続く中国 

 乗り込む前の騒動がうそのような、きわめて快適な乗り心地だった。高速鉄道は厦門の市街を抜け、福建省の東岸を滑るように走っていく。確かに新幹線のようだった。時間ぴったりに到着して発車し、全席指定で車内はぴかぴかだ。静かに胡弓かなにかの音楽が流れる。

 中国の鉄道といえば、床一面にタバコとピーナッツの殻が散乱し、ふたりがけの席に3人も4人も押し込まれ、通路や荷棚にまで人があふれ、糞尿の臭いと轟く怒声に満ち満ちた、マナーなき空間であったはずだ。運行は何時間も、何十時間も遅れた。駅の係員だって鬼のような冷酷さで、あのおばちゃんのような優しさは微塵もなかった。

 それがいまや、チケット売り場でもパスポートを示せば柔和な笑顔で応対してくれる。車内で騒ぐ人もいない。なんという変わりようなんだろうか。聞けば罰則つきの条例によってマナーを守るよう徹底させている独裁国家ならではの一面もあるようだけど、それ以上に、人民の経済的余裕から生まれた心のゆとりを感じるのだ。

 高速鉄道はあっという間に莆田(プーティエン)の駅に到着した。降りる人はまばらだ。駅を出ると、僕は言葉を失った。駅前広場は巨大な空き地のようだった。大きなスタジアムでも建てられそうな広さだけど、がらんと寂しく、荒涼としていた。しかしその向こうにも、天を突くタワマン群がそびえている。福建省の地方都市でもどこでも、いまやタワマンは中国の大地を覆う木々のように繁殖しているのであった。

 そんな駅頭から乗り込んだバスに、少しほっとした。おんぼろで、窓枠もエアコンもなく、現金しか使えない昔ながらのポンコツだったのだ。昔の中国はどこも、こんなバスしか走っていなかった。

 懐かしさを感じて莆田から南へ走っていく。だけどその道のりではどこもかしこも、スクラップ&ビルドの真っ最中だった。古い閩南様式の建物を片っ端からつぶし、新しくタワマンを立てていく。呆れるほどの規模とスピードで、中華の大地が整備され、塗り替えられていく。

 その激しい時代の流れの中にあって、意外にも大切にされているのは信仰だった。バスの終着点は文甲碼頭、フェリーターミナルだ。ここから台湾海峡を渡った先の湄洲島には、女神さまが祀られているのだ。

 

03でかい、広い、高い。莆田駅の周辺もやはり中国だった

 

国境を越える女神 

 10世紀の昔、黙娘という女の子がいたという。彼女は小さい頃から人の運命を当て、病を治癒するなど不思議な力を持っていたが、あるとき父親が海で遭難してしまうのだ。悲しんだ黙娘はそれから神になって、海の安全と航海の無事を守るようになった……。

 そんな伝説がある。黙娘はやがて媽祖と呼ばれるようになり、福建や台湾など中国沿岸部の人々に広く信仰されるようになる。黙娘が生まれた場所こそが、ここ湄洲島なのだ。

 埠頭からすぐに、小高い山を巡って、広大な媽祖廟が広がる。なんでも50以上もの寺院やら廟やら塔が立ち並んでいるらしい。ひとつひとつに、お参りしている人々がいる。線香の香りが漂う。いちばん高いところには媽祖の女神像が立ち、台湾海峡を見つめていた。

 一度、来てみたかったのだ。

 媽祖が愛されているのはこの地域だけではない。アジア全域で親しまれているのだ。広めたのは、福建を飛び出していった華僑たちだ。僕が長年暮らしたタイや、シンガポール、マレーシア、ベトナムなど、南洋の国々に根づいた華僑たちは、各地で媽祖廟をつくり、大切にした。僕はそんな媽祖廟をアジアのあちこちで見かけ、祈る人々を見てきた。きっと人生の航路が安全であるよう、異国という大海でも平穏に暮らせるよう、願ったと思うのだ。

 媽祖は海を越え、国や国境を越えて旅する人々の心のよりどころだ。日本にだって、横浜や新大久保に媽祖廟がある。長崎名物のランタンフェスティバルでは、媽祖のパレードが行われる。華僑のネットワークとともに、媽祖も広がっていった。

 僕もアジアを旅する者である。信仰心はないけれど、いつもアジアのあちこちで見ていた媽祖さまには、ちゃんと挨拶をしなくてはと思っていたのだ。

 僕と同じような気持ちの人はけっこう多いようだった。中国語だけでなく、タイ語や英語も聞こえる。アジアの各地からやってきた人たちと一緒に手を合わせ、おみくじを引き、お守りなんか買っちゃって、たっぷりと聖地巡礼を堪能した。これできっと、またアジアの国境を元気に旅できるはずだ。

 

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湄洲島は媽祖信仰の中心地。アジアを旅する者なら一度はお参りして安全祈願したい

 

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媽祖さまもいまや撮影スポット。きっと寛大な心で許してくださる

 

(次回に続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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