旅とメイハネと音楽と

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#87

西アフリカ・コートジボワール取材記〈3〉

文と写真・サラーム海上

「ここはアフリカだから」

 3月8日から15日まで8日間にわたり開催されたアビジャン舞台芸術見本市 『Marche des Arts du Spectacle d'Abidjan』、通称『MASA』。取材を3日続けた時点で、何もかも時間や予定通りに進まないことを理解した。プログラムの開始時間が遅れるのは当たり前で、さらに内容が変わったり、順番まで前後したりするのだ。予定時間に会場に着いても、2時間経ってからやっとリハーサルが始まったり、会場が変わっていたりもするのだ。
「ここはアフリカだから」と言われてしまえばそれまでだが、今やトルコでもイスラエルでも、モロッコでもポーランドでも、音楽フェスティバルは予定時間どおりにスタートし、終了する。あ、もちろんインドでは今も時間なんて気にしてないようだけど。それでも偶然をふくめて、興味深いプログラムに出くわすから、毎日、朝から深夜過ぎまで取材を止めるわけにいかないのだけど……。

 

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MASAの野外会場の脇ではその場でグラフィティーも描かれていた

 

 9日の午後3時、気温は摂氏34度と一日で最も暑い時間。僕は文化宮殿の野外の小ステージにコンゴ人女性のスラム歌手、Mariuscaを観にでかけた。スラムとは地域の伝統的な語り芸が現代のラップを通過し、ヒップホップ的なトラックに乗った21世紀型の語り~ポエトリーリーディングのこと。ラップのように早口ではなく、ラップとは異なるスタイルのライムやフロウを追求している。ヒップホップ化した浪曲や狂言と言えば想像が付きやすいだろうか。
 会場には時間どおり到着したが、音響スタッフのほか誰も現れない。30分待っても何も始まらないのでスタッフに尋ねると、彼女が昼の野外会場を嫌がり、他の場所に移動したそうだ。しかし、代わりの場所を尋ねても、その場にいた誰も知る人はいなかった。

 Mariuscaは後日、市内のゲーテ・インスティトゥート(ドイツ文化センター)の冷房が効いた小ホールで観ることが出来たが、待ってみたもののあまりの暑さや時差ボケからくる眠さに負けて、見損ねてしまったプログラムもいくつもあった。

 

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コンゴのスラム歌手、Mariusca。二度目にしてやっと観れた

 

 暑さから逃れるには、冷房の効いた室内ホールに逃げ込めることも学んだ。室内ホールでは主にダンスや演劇、スタンダップコメディーが行われていた。ダンスは宗教的な祭礼を舞台化したものから、アフリカの要素を取り入れたコンテンポラリーダンスもあって、ダンスの素人の僕にも十分に楽しめた。

 西アフリカにはヴードゥーの元となったヴォドゥンという民間宗教が今も広く信仰されている。ベナンの舞踊団Cie Oshalaは太鼓などの演奏家が8名ほど、ダンサーも10人以上の大所帯でヴォドゥンの儀式をステージ上に再現していた。儀式の途中で死んだ女性を、凝った衣装を着た神様が次々と現れ、蘇らせるというまさにゾンビ劇。火を噴く神様がいたり、カラフルなスカートを履いた若いアニキたちの神様がいたり、クライマックスには全てを飲み込んでしまう無定型の神様までが登場する。大所帯なので海外公演は難しそうだが、アフリカらしいエネルギーとカラーに満ちたグループだった。
 一方、ブルキナファソのダンスデュオ、Cie Hakili Sigiは、鍛え上げた上半身裸の男性二人が動きをシンクロしながら踊る、まさにアフリカのコンテンポラリーなバレエだ。

 

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ベナンの舞踊団Cie Oshala。ヴォドゥンはリオのカーニバルなどにも影響を与えていることがわかる

 

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こちらもベナンの舞踊団Cie Oshalaから。死者を蘇らせるために火を吹く

 

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ブルキナファソのダンスデュオ、Cie Hakili Sigi。シンクロした動きと肉体美!
 

 室内ホールから出ると、ドミニクさんに肩を叩かれ、前夜と同じ野外食堂マキへ行くことになった。文化宮殿にいる限り、食事は5~6軒のマキで食べるしかない。どの屋台もメニューは鶏、魚、焼く、煮る、だけで面倒なので、前夜と同じ店にした。身が固くて食べにくい鶏は止めて、今度は魚の炭火焼きを選んだ。付け合せはご飯ではなく、ドミニクさんおすすめのフライドバナナの盛り合わせとキャッサバの粉を発酵させたクスクス状のアチュケを選び、さらに焼き魚の上には玉ねぎとピーマンを軽く煮たソースをたっぷりかけてもらった。これで全部で2500CFA=約450円と安い。飲み物はフランス製のビールがが500CFA=90円と安い。
 どのマキも魚は冷凍ものの青ティラピアのみ。淡水魚だが臭みは一切なく、日本人にはスーパーで売っている白身魚フライでおなじみの味だ。酢と生姜、玉ねぎ、にんにくなどを使ったマリネ液をたっぷり付けてから揚げてあるので、味がしっかりと付いていて悪くない。

 アチュケは南インドの朝食に出てくる発酵したセモリナ粉を炊いたウプマーに似ていて、酸っぱいクスクスだ。フライドバナナはインドネシアなどでおなじみの味だが、揚げ油がキツくてたくさんは食べられない。屋台でしか食べていないので決めつけたくはないけれど、西アフリカ料理は特別に美味いというわけではないなあ……。まあ、あまり料理が美味すぎないくらいがフェス取材に集中出来てちょうど良いのだ。


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夜の屋台マキ

 

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屋台マキの前に掲げられたメニュー。基本は鶏か魚の炭火焼きか蒸し煮。付け合せはアチュケやフライドバナナやフートゥー(蒸したキャッサバの餅)、白飯、サフランライスなどが選べる。珍しいものではエスカルゴやホロホロ鳥もある

 

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青ティラピアの炭火焼き定食。右のフライドポテト状のものはフライドバナナ。玉ねぎやピーマンのソースがたっぷりかかっていて魚が見えない。

 

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キャッサバの粉を発酵させたクスクス状のアチュケ

 

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夜の写真は暗いので、翌日に同じ店で頼んだ青ティラピアのフライ定食。今度は白飯と玉ねぎのソース、野菜のソースをのせてもらった

 

 10日は午前中からサシャに呼び出され、一緒に文化宮殿の南側に広がる庶民街トレーシュヴィルを散策した。僕が滞在していたプラトー地区はホテルや銀行やオフィスのビルディングが中心だが、トレーシュヴィルはモロッコ・ラバトの旧市街メディナかインドのラージャスターン州の地方都市のようなゴミゴミした低層造りの建物が立ち並び、一階には食材屋や材木屋、自動車修理店、理髪店や雑貨店などの個人商店が入っている。文化宮殿の近くにはモスクや小学校も建ち、大人や子供が集まっていた。
「これが本物のアフリカだよ。プラトー地区はフランス人が造った人工的な場所だから。ここはセネガルやギニアやマリ、ブルキナファソなど、西アフリカ中から仕事を求めて移住してきた人々がそれぞれ分かれてコミュニティを作っているんだ。大都会の中に村があるようなもんさ。アビジャンの公用語はフランス語だけど、この地区の公用語は西アフリカで広く話されているジュラ語なんだよ」

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午前中のトレーシュヴィル地区を歩く。アフリカらしい活気ある地域

 

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トレーシュヴィル地区のモスク


 文化宮殿のすぐ近くにマキが並ぶ、通称「セネガル食堂小路」があったので、ちょっと回り道して通り過ぎた。お店の前に座り込んで魚の鱗を落としたり、キャッサバを杵で突いているお姉さんたちがいて、東洋人が珍しいのか声をかけてきた。角の屋台には見たことのない動物の肉の部位や内臓の炭火焼きが売られていた。
「この通りは100CFA~1500CFA、180円から270円で食事が出来る。あまり生的でないけれど、どの店もすぐに売り切れてしまうほど人気で、店じまいしてしまうから早い時間を狙わないと。僕は今から朝飯兼昼飯を食べていくから、また後ほど、会場で会おう」

 

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文化宮殿の斜め前にあるセネガル食堂小路

 

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セネガル食堂小路の路上で、キャッサバを杵で突くお姉さん

 

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セネガル食堂小路の角の路上でジビエ肉と内臓のグリルを売るオヤジさん

 

 文化宮殿では、この日の午後3時半から若手アーティストたちによるショーケースライブが行われた。会場はレストラン屋台マキが並ぶ手前の野原。そこにぽつねんと置かれた古いプロペラ式の飛行機の前にステージが組まれていた。時間通りに着いたのだが、当然サウンドチェックも始まっていないし、観客はまだ僕一人だけだ。どうせ時間通りに来てしまう僕が悪いのだ……。
 結局、若手ショーケースライブは予定の一時間半後に始まった。まだまだ個性を出せていない新人も多かったが、今まであまり聞いたことのなかったタイプのアフリカ音楽を演奏するアーティストたちも目立った。中でも「クンデの女王」を自称するマリ人女性Kalamは衝撃的だった。
 網笠と覆面を被り、顔を隠したまま、三味線のような弦楽器クンデを弾き、左足で瓢箪製のパーカッション、カラバシュをバスドラムのように蹴りながら歌うのだ。バンドメンバーが弾くクンデと彼女のクンデ、ドラムスと彼女のカラバシュがポリリズミックに重なりあい、モロッコの伝統音楽グナワとマリの狩人の歌が混じったようなトランシーな音楽だ。これはいい。後ろを振り向くと、野原の観客席はいつのまにか埋まり、立ち上がって踊り出す若者たちもいて、深夜の大会場以上に盛り上がっていた。

 

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真夜中のメイン会場で見たベナンの大物歌手ジョスピント。ヴォドゥン的な曲とサルサを歌い分ける

 

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飛行機の前に組まれた若手アーティストたちによるショーケースのステージ

 

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ショーケースに登場した地元のR&B女性歌手Elodie。最初は暑苦しいフレンチR&Bだったが、次の曲からはルンバ調。今時のアフリカンディーヴァだ

 

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顔を隠したマリのダイナマイト歌手Kalam。顔を隠すのはイスラーム教徒の既婚女性に伝わる習慣だが、彼女は音楽と結婚し、更に女性が演奏することが禁じられていた楽器クンデと結婚したことを示すために顔を隠しているそう

 

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演奏終了後、ファンと記念撮影するKalam


 夜9時すぎ、突如土砂降りのスコールが降り、15分ほどでパタっと止んだ。すると湿度がぐっと上がった。今度はトーゴのアフロ・デスメタル・バンドArka'nを観るためトレーシュヴィル地区のど真ん中にあるライブハウスへ向かった。
 到着した途端、Arka'nの演奏がちょうど始まった。エレキギター、ヴォーカル、ドラムス、エレキベース、パーカッションの5人編成で、アメリカのリンキン・パークのようなオルタナティヴヘビーメタルに、ヴォドゥンの儀式音楽に用いられるポリリズムをミックスしたアフリカ色が強いサウンドだ。

 メンバーは白いボディペインティングを施し、見た目もヴォドゥン=ヴードゥー的。ファンキーなリズムと複雑なポリリズムを使い分け、ギターが金切り声をあげ、デスボイスが喚き立てる。こんなアフリカ音楽があるとは想定外だった! 僕は昔からヘビーメタルだけは基本的に聞かず嫌いをしてしまっているのだが、オリジナルな世界観を持つ彼らのことは一発で好きになってしまった。実は彼らは日本のTV番組『タモリ倶楽部』のアフリカのデスメタルバンド特集で紹介され、番組内で第二位に選ばれてもいたのだった。

 

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Arka'n バンド名は「見えない世界」を意味し、この世とは違う世界の音楽を目指しているそう

 

旬の山椒若葉と筍で日本食

 アフリカ料理は作れないのだけど、レシピなしの記事が続くのは寂しいので、この連載で初めての日本料理を紹介しよう。ちょうど今が旬の食材、山椒若葉、筍に、和牛と日光の揚巻湯波を使った醤油煮。ご存じのとおり、僕は普段は日本食をあまり食べないのだが、この料理だけは特別。山椒若葉、特に山間部産のものを手に入れた時は繰り返し何度でもこの料理を作ってしまう。筍も今が旬。茹でてあるものを買うよりも圧力鍋を使って一から茹でるのが大好きなのだ。
 揚巻湯波は日光名産で、入手は簡単ではないが、独特のミルフイユのような食感と、豆腐を濃くしたような味がたまらない。なんとか手に入れて作って欲しい!

 

■山椒若葉、筍、和牛、山椒若葉、揚巻湯波の醤油煮


【材料:作りやすい分量】
和牛切り落とし:300g
筍(下ごしらえしたもの):300g
山椒若葉:80~100g
揚巻湯波:100g
ごま油:大さじ1
鷹の爪:1~2本
醤油:大さじ4
みりん:大さじ4
砂糖:大さじ2
だし汁:300cc

【作り方】
1.筍は穂先は縦に5mm幅に切る。根元の太い部分は横方向に5mm幅に切り、更に食べやすい大きさにいちょう切り。
2.大きな鍋にごま油を熱し、種とへたを取った鷹の爪、和牛切り落としを入れ、和牛が焦げ付かないようにかき混ぜてから、筍と揚巻湯波を加え、炒める。
3.全体に油が回ったら、醤油、みりん、砂糖、だし汁を加え、混ぜ合わせ、弱火で10分、味が馴染むまで煮る。
4.山椒若葉の4/3を加え、よく混ぜ合わせ、更に5分煮る。
5.お皿に盛り付け、残りの山椒若葉で飾る。

 

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山椒若葉、筍、和牛、山椒若葉、揚巻湯波の醤油煮。日本の春の山の恵みをいただきます!

 

(コートジボワール編、次回に続きます)

 

*この連載の一部をまとめた単行本を、今夏7月に刊行予定です。お楽しみに!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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