越えて国境、迷ってアジア

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#87

台湾海峡一周〈3〉厦門

文と写真・室橋裕和

 福建省・厦門。かつて国際共同租界が置かれた地は、いまや中国でも屈指のおしゃれな街並みで知られる。しかしなんだか、あまりにも「つくりこまれた観光地」という印象も強く……。

 

 

右も左も新婚カップルばかりなり 

 島はどこもかしこも、新婚カップルで埋め尽くされているのであった。純白のウェディングドレスをまとった新婦の姿が、コロニアルな石造の建物によく映える。タキシードに身を包んだ新郎が寄り添い、若いふたりをカメラマンがバッシバシ撮影しまくっている。右も左もそんな光景ばかりで、おじさんとしてはちょっと居場所がない。
 確かに写真を撮るにはいいところなのだろう。オレンジ色のレンガ造りの建物と、亜熱帯の木々とが溶け込み、どこを撮ってもインスタ映えしそうだ。歴史的な建造物の合間には、おしゃれなカフェや雑貨屋があり、カップルや女子がはしゃいでいる。ますます僕は行き場を失い、島をさまよう。
 厦門(アモイ)市の西に浮かぶこのコロンス島は、かつての租界のひとつだ。
 コトのはじまりは、1840年に起きたアヘン戦争であった。ひどい話だと思う。イギリスは当時の清に麻薬であるアヘンを大量に輸出、当然ながら清の国内には中毒者があふれて大問題になったのだ。これでは国がもたないとアヘンの禁輸を決めた清に対して、イギリスは一方的に開戦。圧倒的な軍事力で清を屈服させた。
 その停戦に際しての取り決めが、1842年に結ばれた南京条約だ。この結果、香港の割譲が決まったわけだが、同時に上海などいくつかの港湾都市が外国人の居留地、つまり租界とさせられた。そのひとつが厦門のコロンス島なのだ。
 条約に基づき、イギリスをはじめ、フランス、ドイツ、アメリカ、日本など15の国がなだれ込み、コロンス島を清進出、植民地化の橋頭保、貿易の拠点とした。中国語では鼓浪嶼と書く島だが、国際化が進むにつれてその発音からコロンス島と呼ばれるようにもなっていく。
 中国にとっては屈辱の歴史であろう。
 しかし現在、それぞれの立場はずいぶん変わった。中国はいまや経済大国なのだ。植民地支配の歴史を笑い飛ばして、租界が人気の観光地になるだけの余裕がある。コロンス島には中国人からすれば忌まわしいはずの日本の領事館跡も残されているけれど、その前でも新婚さんは撮影に夢中だ。
 こうした「バエる」場所で撮った写真を、大きく広げて結婚式場に飾り、また思い出のアルバムをつくる。やや恥ずかしい気もするが、それが人気になっているのだという。料金はカメラマンや助手の人件費、貸衣装など合わせて最低でも4万円。数十万円、数百万円かける新婚さんもザラなのだとか。

 

01
いたるところで撮影中。カメラの射線に入らないように気を遣う

 

02
コロンス島は確かに写真を撮りたくなるところばかりなのだが……

 

街並みも人柄も、ずいぶんと様変わりした中国 

 こうした観光地もずいぶんと整備され、きれいになっているのが最近の中国なのだ。いや、整備されすぎてやしないかと感じてしまう。コロンス島の建造物は19世紀から20世紀初頭、つまり100年くらい前に建てられたものなのだ。当時のヨーロッパ各国や福建の建築様式が絡み合って独自のスタイルをつくりあげたところから、世界遺産に認定されたのではなかったか。
 それが、どの建物も新築かよってほどピカピカなのである。そりゃあ撮影にはいいだろうけれど、手を入れすぎて歴史の重みがあまり感じられない、なんだかテーマパークのようになってしまっているのである。きれいだけど、ありがたみがない。
 コロンス島から厦門市内に戻ると、「これでいいのか」感はさらに強くなる。繁華街の中山路はもはやナニ様式なのかもよくわからないがとにかくコロニアルっぽい建物が両サイドにダーッと並び、賑やかな歩行者天国となっていた。下層部分はレストランや土産物屋になっていて、夜間になればライトアップされ、それはそれは幻想的なのだけど、コレ本当に歴史的建造物なんだろうか。つい最近つくられたようにも見えてしまう。
 ハデさとギラギラさに圧倒されてふらふら歩いていると、レストランの軒先からはばんばん声がかかる。誘われて入ってみれば、
「歓迎光臨(ファンイン・グァンリン、いらっしゃいませ)!」
 と明るい笑顔。こちらが外国人だとわかると、すかさず英語のメニューを持ってきて、カタコトの英語でけんめいに説明してくれるのだ。
 なんという変貌ぶりなのだろうか。
 中国でメシを食うのは、ちょっとした戦いであったはずなのだ。店に入っても店員は声ひとつもかけてはくれず、恐る恐る「菜単(ツァイタン)」と話しかければ「没有(メイヨー、ない)!」なんて吐き捨てられ、外国人だろうと容赦なく早口の中国語でまくしたてられる。なにかモノひとつ買うだけでも、つっけんどんで荒くれた人民と対決しなくてはならない修羅の国。それが中国だった。
 しかし豊かさは、経済力とは人をこうまで変えるのか。厦門のどこに行っても柔和な笑顔で出迎えられるのだ。言葉が通じないと見るや、さっと翻訳アプリを取り出す屋台のおばちゃん。QRコードのセルフレジしかないスーパーマーケットでおたおたしていると、すかさず手助けてしてくれたカスタマーサービスのギャル。みんな親切で態度も丸く、かつての中国の印象がトラウマのごとく焼きついている身からすると逆に不安になってしまうのだが、これが現代中国なのだ。

 

03
中山路はもう完全にテーマパーク。おおぜいの中国人観光客で賑わう

 

04
こんな街並みがえんえんと続く厦門の中山路。これでいいのか

 

懐かしい市場でもQRコードが踊る 

 発展についていけない旅人が追い求めるのは、いつだってノスタルジーである。昔のようなコ汚い路地裏はないかと歩き回っていると、オフィスビルの谷間に懐かしい光景があったのだ。
 地べたに広げたゴザの上に野菜や果物を並べている。バケツやタライにサカナを入れ、発泡スチロールの水槽にエビやシャコが泳ぐ。市場だ。清潔で洗練されたスーパーマーケットではなく、昔ながらのごちゃついた活気ある市場だ。まだまだこうした場所で買い物をする庶民がおおぜいいるのだろう。
 店が密集し、売り子の声が響き、あれこれ値段交渉する人々が混み合う中を、縫うように歩く。売り物を満載したリヤカーに後ろから怒鳴られたりすると、なんだか落ち着く。
 しかしどの店でも、生きたカエルを売っている店でも、貝の生簀を並べた店でも、QRコードの札がある。見ていても現金が飛び交っている様子はなく、みんなスマホで決済しているのだ。
 電子決済を使うには、中国国内の銀行に口座を作る必要がある。だから外国人観光客にとってはハードルが高い。これが昔とは違う、現代中国の旅しにくさにつながっている。
 その中国・福建省を、厦門から旅していく。
 

05
最先端のオフィスビルや高級ホテルの隙間のような場所に市場があった

 

06
市場でもQRコードの札がぶら下がる。もはや中国人の暮らしに欠かせない存在となっている

 

(次回に続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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