東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#87

タイ・BTSスクムビット線

文・写真  下川裕治

サムロンからケーハまで約11キロの延長路線 

 バンコクのBTSスクムビット線の延長区間を乗ることにした。この区間は昨年(2018年)末に開通した。延長されたのはサムロンからケーハまでの約11キロである。

 途中にはパークナム駅もあった。今回、延長されたのは、バンコクの隣県、サムットプラカーン県である。その県庁があるのがサムットプラカーン。本来なら、この街の名前を駅名にしてもいいと思うのだが、BTSはあえてパークナムにした。

 パークは口、ナムは川の意味になる。河口ということになる。前号で訪ねた寺は、ワット・パークナム。川はバンコクにとって重要なのだ。

 実はサムットプラカーン一帯は、昔からパークナムと呼ばれていた。そしてバンコク中央駅のフアラムポーン駅から路面電車が走っていた。最初は線路を敷き、そこを馬車が走っていたというが、やがて電車になった。路線はまずラーマ4世通りを走り、途中から川に向かっていく。貨物を運ぶ需要もあった気がする。しかしこの路線は、ラーマ4世通りの拡張や渋滞、運営を受けもっていたヨーロッパの企業と政府の利権問題などがあり、1960年に廃止されている。

 当時のバンコク市内地図を見ると、何本もの路面電車が走っていたことがわかる。30年ほどのブランクを経て、BTSやMRTといった地下鉄ができていくが、その路線は、かつての路面電車路線をなぞっているところがかなりある。ケーハまでのびたBTSも路面電車路線に沿っていた。

 

パークナム駅のホームからチャオプラヤー川の眺めを

 

 延長区間がはじまるサムロン駅で降りてみた。ホームから眺めると、インペリアル・ワールド・サムロンというショッピングモールが見えた。大きなビッグCの看板もある。ビッグCというのは、タイに多い量販店だ。インペリアルは、いまはすっかり勢いを失ってしまったタイのデパートである。おそらく、傾いたインペリアルデパートのサムロン支店は、ビッグCと一緒になってもち直したのだろう。

 そこで昼食でも食べようかと向かうと、手前に市場があった。昔懐かしいタイ式の市場だ。

 ついなかに入ってしまった。冷房などない市場。野菜や魚、総菜を並べる店がぎっしりと連なっている。南国のにおいがぎっしりを詰まった市場の暑い空気を扇風機の風がかきまわしている。

 暑さのなか、つい冷房が効いた店に目が向いてしまう。そこは金ショップだった。そう、タイの地方都市の市場には、何軒かの金ショップがあった。そこだけ冷房が効いているというも同じだった。

 いちばん近い地方都市……。サムロンはそんな街だった。バンコク市街地からBTSで30分ほど。それだけ乗っただけで、地方都市の空気に包まれる。いまのバンコクでは、こういった市場が次々になくなってきている。ビッグCやロータスといった大型資本の量販店が、かつての市場を凌駕しつつある。

 しかしサムロンの市場は健在だった。十分にいま風の量販店と渡り合っている。

 しかし暑い。隣のインペリアル・ワールド・サムロンに涼みがてら入ってみる。1階にクーポン食堂があった。これは入り口で、クーポンを買い、テーブルを囲む小さな店の料理を頼み、その支払いはクーポンですませるフードコートだった。クーポンが残ったら、現金に戻すことができる。

 そこでバンコク市街地のフードコートでは消えつつあるナムプリックという料理を頼んだ。バンコク市街より10バーツ、約35円安い。すべてがローカル世界だった。30分BTSに乗っただけで、時代は10年以上遡る感覚だった。

 

DSCN1884サムロンの市場。熱気が伝わってきます?

 

 サムロンから先に向かうことにした。サムロン駅の切符売り場で、同行していた知人が首を傾げていた。

「どうもただみたいなんですけど。お金を入れずに目的地を押すと、切符が出てくるみたいなんです」

 発券機の横にある料金表を見てみた。サムロンのひとつ手前のベーリンから終点までの運賃はすべて「0」が並んでいた。ネットで調べると、4月までは無料になっていた。開通記念というこおだろうか。しかしいまは6月である。

 最近、BTSやMRTが無料になる体験をした。ワチラーロンコーン新国王の即位式があった今年の5月、BTSやMRTが無料になったのだ。ただで電車に乗るというのは不思議な感覚だった。発券窓口で訊いてみた。

「あの、いつまで無料なんでしょうか」

「さあー、わかりません」

 タイ人らしい笑顔が返ってきた。

 なんだかうれしくなり、途中で何回も途中下車をした。我ながらセコいと思いつつ。

 

DSCN1906

運賃は無料。乗ってみると、乗客はまばらだった。ただなのに……

 

DSCN1905終点のケーハ駅。さらに先に行くトラック型バスやタクシーが客を待っていた

 

 

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 本連載の筆者・下川裕治氏は28年ほど、バングラデシュ南部のコックスバザールで学校の運営にかかわっています。校舎の老朽化が進み、修理のためのクラウドファンディングを5月7日から始めました。このプロジェクトに興味を持たれた方は、下記のサイトをご覧いただければ幸いです。

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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