ブーツの国の街角で

ブーツの国の街角で

#87

セルモネータ: 中世のまま時を止めた「イタリアの宝石」

文と写真・田島麻美

 

 

 

 

 sermoneta_00


海と山に挟まれたラツィオ州の豊かな自然に抱かれたニンファの庭園の周辺には、「イタリアの最も美しい村」に認定されている村がいくつか点在している。ニンファの庭園を作ったカエターニ一族の居城が残るセルモネータは、中でも一際美しく保存状態の良い中世の村として、EU及びイタリア観光省から「イタリアの宝石」として認定された村である。かつてここを中心にラティーナ一帯を支配したカエターニ公爵家の栄華の名残を今も止める旧市街は、中世時代のまま時が止まってしまったような雰囲気に満ちている。幻想的なニンファの庭園を訪れた後は、その主人であったカエターニ一族の足跡を辿りにセルモネータまで足を伸ばすことにした。
 

 

 

 

丸ごと映画のセットに使われている美しい旧市街

 

レピーニ山脈の麓の小高い丘の上にあるセルモネータには、13世紀の中世の街並みがそっくりそのまま残っていて、旧市街全体が貴重な歴史遺産となっている。セルモネータの名が広く知られるようになった背景には13世紀からこの地を統治してきた貴族カエターニ家の存在があるが、実は街自体の歴史は遥かに古く、紀元前のアルカイック時代にまで遡る。古代ウォルスキ族の都市スルモが現在のセルモネータの領土内にあったと言われ、その後、サラセン人の侵略により領土を追われた古代スルモの住民達は、小高い丘の上にある現在のセルモネータに移住した。以後、カエターニ家の統治下に入るまでの間、街は自由な自治体として独立独歩の道を歩んできた。
道や建物、街角のどこをとってもそっくりそのまま中世の面影を残す旧市街は、イタリアはもちろんハリウッドの映画やドラマのセットとして何度も使用されてきた。1909年から現在に至るまで、86本を超える映画・ドラマがここで撮影されているそうだが、旧市街を歩いていると、「なるほど。わざわざセットなど作らなくても、ここならいくらでも歴史劇ができるな」と納得させられる。こうした独特の環境が影響しているのかどうかは知らないが、セルモネータの住民達は芸術や文化に造詣が深い人が多く、街を挙げての文化活動も盛んに行われている。「芸術の街」というスローガンを掲げているセルモネータでは、この時空を超越した美しい旧市街を舞台に毎年さまざまなアート&文化イベントが開催されているが、中でも毎年6・7月の2ヶ月間に渡って開催される「Campus Internazionale di Musica e Festivdi Musica(音楽の国際キャンパスと音楽フェスティヴァル)」は世界的にも名高い音楽の祭典である。この季節になると、細い石畳が入り組んだ旧市街のあちこちで、世界中から集まった若い音楽家達が即興演奏に興じる姿が見られ、城壁内は音楽と熱気で満たされるという。一方、コロナ禍にもかかわらず今年ローンチとなった「タイム・フェスティヴァル」も興味深いイベントだ。9月19日から10月10日まで開催されているイタリア初の『時間に捧げられた祭典』では、私達の過去、現在、未来を再認識しながら、言葉、イメージ、身体と動きを通して考えを構築し、芸術を生み出し、時間を体験するためのさまざまな試みが繰り広げられる。長い歴史を守り、過去の教訓を重んじるだけでなく、そこから芸術の力で今と未来を築いていこうという画期的なフェスティヴァルがこのコロナ禍の年に始まったことに深い感慨を覚えた。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

中世時代の城壁に囲まれた旧市街。ニンファの庭園とセットで日帰り観光に訪れる観光客がたくさんいる(上)。ロマンティックな窓枠一つをとっても絵になる。こんな家に住んでみたいと思わせる建物があちこちで見られる(中上)。カエターニ城へと続く石畳の坂道には、古い城門も残っている(中下)。中世時代からの建物が今も現役の住居として活用されていることに住民達の誇りを感じる(下)。

 

 

セルモネータの必見スポット

 

中世にタイムトリップしたような旧市街はただ歩いているだけでも楽しいが、随所に点在している歴史的建造物に立ち寄ってみるとより一層興味深い街歩きができる。セルモネータに立ち寄ったら必ず押さえておきたいのが、13世紀に建てられた要塞でもある「カエターニ城」。ラツィオ州で最も保存状態が良い城の一つであるカエターニ城は、長い歴史の中でも綻びることなく、完全に無傷な状態でありし日の姿を今に伝えている。16世紀にはこの城にボルジア家の法王アレッサンドロ6世と息子のチェーザレ、娘のルクレツィアが滞在したという記録もあり、城内にはボルジア家の人々が使った部屋や家具、調度品などが当時のままに保存されているという。今年は新型コロナの影響で室内は見学できなかったが、跳ね橋を渡って城内に足を踏み入れるだけでもワクワクする。城門前のテラスからはカエターニ一族が統治した領土の平原と、遠くにはニンファの庭園も見渡せ、当時の貴族になったような気分を味わった。
一方、城と並んでセルモネータの旧市街で最も印象的な建物として知られているのがサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂だ。かつての古代ローマ寺院の遺跡の上に12世紀に建てられたロマネスク様式のこの大聖堂は、その後何世紀にも渡って改築され、内部はゴシック時代の芸術作品で装飾されている。広場に面した外部にはレンガと陶器で飾られた高さ24mの華麗な鐘楼がそびえ、セルモネータのシンボルとなっている。この2カ所を筆頭に、15世紀の市議会、商店、工房などがあったロッジャ・デイ・メルカンティ、古代ローマのフレスコ画が残る11世紀のサン・ミケーレ・アルカンジェロ教会、中世のユダヤ人シナゴーク、住民達の憩いの場であるオレンジ庭園など、見逃すのはもったいない小さな宝石のようなスポットが旧市街のあちこちに散りばめられている。

 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

カエターニ城へ続く坂道の三叉路に残る中世時代の塔。現在は住居として利用されている(上)。カエターニ城の堅固な城門。かつてボルジア家の人々もこの門をくぐって城内に入った(中)。城門前にあるテラスからはラティーナ一帯のパノラマと、遠くにニンファの庭園の塔も見渡せる(下)。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

12世紀に建てられたセルモネータの大聖堂サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂。高さ24mのレンガの鐘楼、ロマネスク様式の教会内に残るゴシック様式の装飾など、さまざまな時代の建築・芸術様式が融合したユニークな教会。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

旧市街の中心コムーネ広場に面した15世紀の「ロッジャ・デイ・メルカンティ」は、オノラート・カエターニによって市議会用の建物として建てられた。その後、商店や職人の工房、馬用の厩舎なども併設され、セルモネータの政治、産業の拠点となった(上)。大聖堂の広場の一角にあるアーチ型のトンネルを抜けると、オレンジの木々がしげる展望スポット「オレンジ庭園」に出る(下)。
 

 

 

素朴で美味しいおばあちゃんのお菓子にほっこり

 

趣きのある街並みの中にコンパクトに見所が詰まったセルモネータの旧市街で、そぞろ歩きのお供にぴったりのお菓子を見つけた。カエターニ城に向かう狭い坂道の途中、何やらそこだけ人だかりができている店先を発見し、近寄って見た。『Antico Biscottificio- I dolci di Nonna Maria(昔ながらのビスケット工房・マリアおばあちゃんのお菓子)』と書かれた看板の下に、焼き立てのビスケットを試食できるテーブルが出ている。狭く細長い石畳の坂道に、なんとも言えない甘い焼き菓子の香りが漂っている。「試食はいかが?」というお兄ちゃんの誘いを振り切れず、レモンとアーモンドのビスケットを試食してみた。サクッとしたビスケットは口の中でほろほろと溶け、爽やかなレモンの味と香りがふわっと広がった。余分な材料は一切入っていない素朴な手作りの焼き菓子は口当たりもとても軽く、いくらでも食べられそう。この一枚でマリアおばあちゃんに惚れてしまった私は、店内の壁一面に並べられた種類豊富なお菓子の中から先ほど試食したレモンとアーモンドのビスケットとワインに付けて食べるチャンベッリーネを購入。マリアおばあちゃんの手作り伝統菓子は、口に入れるたびにほっこりと心が温まるような優しい味わいで、歩くのが一層楽しくなった。

 

   OLYMPUS DIGITAL CAMERA        

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

ラツィオ州の伝統菓子コンクールでも優勝しているマリアおばあちゃんのお菓子工房。小さな店の前にはいつも行列ができている(上)。店内の壁一面に並んだ焼き菓子の数々。どれもシンプルで素朴な味わいなので、いくつでも食べられる(中上)。ティータイムにぴったりなクロスタータは中のジャムももちろん手作り(中下)。店のドアに貼られたセルモネータの伝統菓子「セルペッタ」は、蛇の形をしたユニークな焼き菓子(下)
 

 

 

「神父の喉を詰まらせる」物騒な郷土料理

 

おばあちゃんの焼き菓子をサクサクかじりながら旧市街散策を続けていたら、急にお腹が空きだした。時計を見ると早くもランチの時間だ。セルモネータの旧市街にあるレストランの数はそれほど多くない。晴天の休日とあって、観光客の数はどんどん増えてきている。慌てて手近なレストランに駆け込んだが、案の定「もう予約で満席です」と言われてしまった。のんびりしているとランチを食べ損なってしまうと焦ったが、幸い二軒目のトラットリアにテーブルを確保できた。ウェイターのお兄ちゃんに、「セルモネータの伝統料理は?」と聞くと、「この時期ならポルチーニ茸のフェットゥチーネだね。それからストロッツァプレーティもおすすめだよ。パスタは全部手打ちの自家製だから美味しいよ」と言われた。ポルチーニ茸は大好物なので迷ったが、今回はセルモネータの郷土料理の代表とも言われるストロッツァプレーティを食べてみることにした。  
ストロッツァプレーティは小麦粉と水だけを使ったシンプルな手打ちパスタで、名前を直訳すると「神父の喉を詰まらせる」という物騒なパスタだ。中世以降、貧しい暮らしをしている庶民に対し、司祭や神父などの聖職者が贅沢な暮らしをしてることを皮肉って溜飲を下げる風潮があったが、このパスタもそうした庶民の皮肉から生まれた。ツルツルした短いパスタはその形状から必ずしも食べやすいとは言えず、大食いの司祭がわざと食べにくいようにこの形にした、という説がある。他方、「このパスタで喉を詰まらせてしまえ!」という庶民の悪意から生まれた、という説もあるのだが、いずれにしろ当時の神父はあまり庶民に愛されていなかったようだ。
さて、運ばれてきたストロッツァプレーティは、もちもちした食感が猪のラグーソースによく合い、噛み締めるほどに味が増す美味しさだった。確かにつるつるした短いパスタは一つ一つフォークで突いて食べるのが面倒だったが、根気よく口に運んでしっかり味をかみしめた。この他、セルモネータではポレンタも有名で、毎年ポレンタ祭りも開催されている。ポレンタに合わせる猪やウサギなどのジビエ肉の煮込み、ポルチーニやトリュフなど森の恵みもこの地の味覚として名高い。秋が深まるこれから、一年で一番美味しい季節がセルモネータにやってくる。
 

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

うっかりしていると本当に喉を詰まらせてしまいそうなつるつるの手打ちパスタ・ストロッツァプレーティ(上)。同行した友人が頼んだポルチーニ茸のフェットゥチーネも味見させてもらった。生のポルチーニ茸はとろっとした舌触りがなんとも美味(下)

 

 

<アクセス>

ローマ・テルミニ駅から各駅電車で約40分、急行インターシティで約30分でラティーナLatina下車。ラティーナ駅前からローカルバスも出ているが、本数が非常に少なく、特に現在はコロナ禍の影響で不定期となっている。ラティーナ駅前からタクシーを利用すれば約15分でセルモネータ旧市街の入り口に着く。車を利用する場合はローマからSS148利用ラティーナ経由で約1時間50分。
 

<参考サイト>

セルモネータ観光情報サイト(言語選択可)

http://www.prolocosermoneta.it/

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年10月22日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

Exif_JPEG_PICTURE

田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

ブーツの国の街角で
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー