越えて国境、迷ってアジア

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#86

台湾海峡一周〈2〉金門島~厦門

文と写真・室橋裕和

 台湾から中国へ。フェリーで海峡を越えて、大陸に渡ってみると、だいぶ世界が変わる。台湾を圧倒するかのように摩天楼が林立する厦門は、まるで未来都市のようだった。

 

 

マニア注目のレアハンコのはずが…… 

 早朝の水頭碼頭、フェリーターミナルはえらい混雑であった。中国人観光客でごった返しているのである。誰もが台湾みやげを山のように抱え、カートに段ボールを積み重ねている。ほとんど行商だ。大陸・中国に渡るフェリーの窓口も、両替のカウンターにも人民が押し寄せる。ここはまだ中国ではないのに、すでに穏やかな台湾とは違うけたたましさに満ちていた。国境を越える前から台湾は中国に浸食されているかのようであった。
 フェリー会社はいくつかあったが、新東方、ニューオリエンタル号というブースに並び、どうにかチケットを買い求める。ロビーの混乱の中にいるのは敵わぬと、逃げるように出国審査の列に並ぶ。いよいよ台湾出国だ。
 台湾本島から遠く離れたこの金門島は、先端都市・台北の賑やかさも届かない、さびれた雰囲気すら漂う静かな離島だった。古びた商店街でも、かつて大陸中国を射程に収めていた砲台跡地でも、元気いっぱいなのは中国人観光客ばかり。こんなところでも爆買いに走り、一家でホテルに泊まり飲食する中国人に、島の経済は支えられているのかもしれない……とか思いを馳せていたところに、パスポートが返された。
 速攻でページを繰り、押し戴いたハンコを確認し愛でるのは、もはや僕の習性となっているのだが、台湾出境スタンプを見て僕は愕然とした。無様にかすれているのである。それも肝心な部分が欠けていた。憤った。
 台湾の出入国スタンプは交通手段によって異なるのをご存じだろうか。空港から出入りしたときは、左下にいまにも飛び立たんばかりの飛行機の絵が刻印されているのである。台湾は島国であるから、ほぼすべての台湾旅行者はこの飛行機バージョンしか持っていないだろう。しかし、台湾もいまでは大陸・中国と便数は少ないが海路で結ばれている。そのひとつがここ金門島なのだ。
 そんな船便で出入国を果たしたマニアには、ご褒美として左下に船の雄姿が描かれたスタンプがいただけるのだと聞き、僕は楽しみにしていたのだ。わざわざ金門島まで来た目的の15%くらいはこれにある。それをあろうことか肝心の船の部分だけ思いっきりかすれて確認できないような押し方をしやがって……。
 よっぽど抗議をしてやろうかと思ったが、美人係官はすでにシレッとした顔で次なる出国者の処理に当たっている。悔しいが引き下がざるを得ない。そもそも、文句を言ったところで僕のあふれる情熱は理解されまい。趣味とは突き詰めるほどに孤高なものなのである。

 

01
中国人観光客でごった返す金門島のフェリーターミナル。皆さんおみやげたっぷりだ

 

02
乗船したニューオリエンタル号。この海路が開かれたのは2001年のこと

 

わずか30分の船旅で、台湾から中国へ 

 腹の奥底に納得いかない思いを抱えつつも、小さな免税店をめぐり、ささやかなボーディングゲートを見やればテンションは上がる。船で国境を超える体験はやはり、空路よりも陸路よりもスペシャル感がある。
 しかもかつての国共内戦の最前線なのである。60年前には激しく砲弾が飛び交ったこの海峡に、いまはマネーを抱えた中国人観光客が行き来する。国境の姿はどんどん変わっていくものなのだと実感する。
 そして大量の戦利品を抱えた中国人観光客を満載して、ニューオリエンタル号は離岸した。金門島と小金門島の間を通り、10分もしないうちに、もう大陸が見えてくる。水平線の彼方に、蜃気楼のようにビル群が浮かぶ。なんという近さなのだろうか。
 グーグルマップを見てみれば、金門島はもはや不自然なほど中国に近い。大陸のフチ、辺縁にちらばる小島のひとつであるのに、ぽつんと台湾領が浮かんでいるのである。中国からしてみれば、ノドもとに突き付けられたナイフのような存在だったのかもしれない。内戦を勝ち抜き国民党軍を大陸から駆逐して、とうとう台湾海峡の向こう側に追い払ったと思ったら、沿岸にひとつ、赤く染まっていない島が残っていたのだ。国民党がなんとか残したツメ跡だった。それから台湾本島に拠点を移した国民党の橋頭保として、金門島は要塞化した。1958年には大規模な砲撃戦となり、多数の死傷者が出た。大陸からは実に47万発の砲弾が撃ち込まれたという。
 そんな遠かった両岸も、いまではこうして船で30分程度なのである。あっという間の船旅だ。屏風のように立ち並び、南シナ海を圧する高層ビル群がよく見える。中国はもう砲弾を撃ち込む必要はない。この経済力で海峡を制したのだといわんばかりの摩天楼。ここは北京でも上海でもない、福建省・厦門(アモイ)だ。経済特区に指定されてはいるが中国では一地方都市にすぎない。しかし金門島とは比較にもならない巨大な街路を形成しているのであった。

 

03
中国側のイミグレーションでは、海峡の両岸で使えるSIMカードが売られていた

 

厦門上陸! タワマンの森に圧倒される 

 かつての戦乱の海を越えた実感があまりないまま、船を降りて中国大陸に足を踏み入れる。
 出迎えてくれたのはまったく意味がわからないほどに巨大すぎるイミグレーションであった。なんという天井の高さとムダな広さなのであろうか。「デカイほどいい」という中国にやってきたのだと実感する。
 入国スタンプはきわめて麗美に押してくれたので満足するが、イミグレを出てまた圧倒される。周囲を取り囲むバベルの塔のごときオフィスビル、タワマン、ホテル……僕はもう小さな島国からやってきたカッペだ。ぽかんと見上げてしまう。なにもかもが巨大できらびやかで、さびれてくすんだ建物が肩寄せあう金門島とは別世界なのだ。あるいはこうやって台湾から来た旅人をビビらせ、大中華の偉大さを知らしめるための演出としてイミグレ周辺に摩天楼を配しているのだろうか。
 国共内戦からしばらくの間は、台湾のほうが経済的にも勝っていたはずなのだが、いまや立場は逆転した。摩天楼から南シナ海にこぼれあふれるエネルギーが台湾を圧し、まず経済面・観光面から赤く染めようとしている。国境のグラデーションは時代によって変わっていくのだ。
 警戒していたタクシーだが、運転手はボッタくってくることもなくメーターを倒し、ファーウェイのスマホにホテルの住所を呟くと、すかさずナビがはじまった。ビルの谷間を走り、複雑な立体交差をくぐり、厦門市街を東から西へと横断していく。走っても走っても見上げればタワマンなんである。なんだか未来都市みたいな街を、タクシーはすいすいと走っていく。

 

04
中国に入ったとたんに、すべての建物の造作がデカくなる

 

05厦門の中心部も下品なまでにハデハデしくライトアップされているのであった

 

(次回に続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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