ブーツの国の街角で

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#86

チステルナ・ディ・ラティーナ:世界一美しいニンファの庭園散策

文と写真・田島麻美

 

 

 

 

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9月もそろそろ終わりというのに、ローマの気温はまだまだ30℃を軽く超え、うだるような暑さが続いている。この蒸し暑さの中、家にこもってパソコンに向かうのもそろそろ限界か、と思っていた時、友達から「一緒に『ジャルディーノ・ディ・ニンファ(ニンファの庭園)』を見学しに行かない?」というお誘いがかかった。ニンファの庭園はかれこれ10年以上前に一度訪れたことがあるが、その幻想的な美しさは今でも脳裏に焼き付いている。願ってもないお誘いにいそいそと乗っかり、晩夏の朝のひとときを美しい庭園散策で過ごすことにした。ローマから車でたった1時間ほどの距離にありながら、世の中の混乱をよそにそこだけひっそりと幻想の世界を作り上げている奇跡のような庭園をご紹介しよう。
 

 

 

 

中世の廃墟の村を再利用した美しい庭園

 

   ローマ近郊の街チステルナ・ディ・ラティーナ領内にある「ニンファの庭園」はラツィオ州の自然記念物に指定されているため、園内の自然環境は厳格に保護されている。見学できる期間は毎年4月〜11月の週末だけ、完全予約制のガイドツアーとというのが恒例だった。それが今年はコロナ対策でソーシャルディスタンスを維持するためグループのガイド付きツアーがなくなり、予約した時間内であればビジターが個々に自由に見学できるようになっていた。かつてNYタイムズが「世界で最も美しくロマンティックな庭園」と絶賛した庭園には、毎年世界中から5万人以上の見学者が訪れる。今年はコロナの影響で海外からの見学者は皆無に等しく、取りにくい予約もすんなり確保できたのは嬉しかった。
 受付を済ませて早速園内へ入る。現実と幻想、二つの世界を結んでいるような橋を渡ると、最初のポイントであるサンタ・マリア・マッジョーレ教会の遺跡の前にガイドさんが立っていた。「グループツアーを廃止しているので、ご質問は要所要所で待機しているガイドに直接どうぞ」と最初に説明があった。この日は暑くて、一日中立っていなければならないガイドさんがお気の毒ではあったが、グループで解説を聞くよりも個人的な興味について詳しく教えてもらえるこのシステムはとても便利でありがたかった。「ニンファの庭園は今年100周年」とサイトで読んだが、それは開園100周年ということですか?という私の質問に、ガイドさんは丁寧に教えてくれた。
「この庭園のプロジェクトが立ち上がり、作り始めた年が1920年。それから100年目ということです。もともと古代ローマ時代からここには村があり、『ニンファ(妖精)』という名はここを流れるニンファ川の源泉に建てられていた古代ローマ神殿に由来しています。中世時代にはこの村はニンファ村と呼ばれるようになり、11世紀以後は様々な貴族によって統治されてきました。13世紀には教皇の孫であるピエトロII世・カエターニがニンファと近隣地域を買収し、統治してきましたが、1381年に起こった紛争で村は破壊されてしまいます。さらにその後、マラリアが蔓延したことによって村は再建されることなくそのまま放置されてしまったのです。今、皆さんが歩いているこの庭園は、中世時代のニンファ村をそっくりそのまま残し、遺跡や道を利用して作り上げたものなんです」。言われてみるまで気づかなかったが、なるほどよく見ると教会や家の遺跡がそこかしこに残っている。中世の村人が行き来した道を歩いていることに不思議な感覚を覚えた。
 


 

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庭園の入り口にある橋。この橋の向こう側には、今の世界の混乱がまるで嘘のような幻想的な庭園が広がっている(上)。中世のニンファ村の中心であったサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は12世紀の建築。内部のフレスコ画の一部も残っている。これらの建物は廃墟となった村に残った少数の住民たちによって遺跡として残ることができた(中上・中下)。庭園内の主要ポイントで待機しているガイドさんが見学者の様々な質問に答えてくれる(下)。
 

 

 

夢を現実化したカエターニ一族

 

   廃墟となってしまったニンファの村を世界で唯一のロマンティックな庭園として蘇らせたのは、この領地の所有者であったカエターニ一族だった。19世紀の終わり、カエターニ家の二人の息子ジェラシオとロッフレードは、イギリス人の母アーダと3人でこの打ち捨てられた村を再利用し、自由な感性と感情に導かれるままに庭を作ろうという計画に乗り出す。20世紀に入り、その計画は少しずつ実行に移されていった。遺跡を覆っていた雑草を抜き、ヒノキやブナ、オークの木やバラを植え、残された遺跡も段階的に修復する。1920年はこの庭園に最初の木が新たに植樹された記念すべき年なのだそうだ。その後、ロッフレードの妻となったマルゲリータがこの計画を引継ぎ、彼女の発案によって18世紀の英国式庭園をモデルとするニンファの庭園が徐々に整備されていった。ところで、このマルゲリータという女性は当時の文学者や芸術家に多大な影響を与えた人物で、トルーマン・カポーティやディラン・トーマスといった作家や詩人は彼女の手によって世界的に名を知られるようになったのだそうだ。パリやローマに出版社を創設した彼女は、このニンファの庭園を作家や芸術家たちに開放し、多大なインスピレーションを与えたという。
 この庭園の最後の主人となったのはロッフレードとマルゲリータの娘であるプリンセス・レリア。画家でもあった彼女の繊細な感性によりさらに磨き上げられたニンファの庭園は、その一角を切り取って見るとまるで一枚の絵画のようなバランスの取れた完璧な美しさを実現させるに至った。カエターニ家の最後の主人となった彼女は、この奇跡のような庭園と一族の文化的遺産を後世に残すため、1972年にカエターニ財団を設立。この財団のお陰で、私たちも素晴らしい庭園を目にすることができるようになった。打ち捨てられた中世の村を幻想的な庭園に蘇らせるという夢を何世代にも渡って受け継ぎ、実現していったカエターニ一族。自然を愛し、このニンファの土地を愛した彼らの情熱は、今も庭園の隅々に息づいている。
 

 

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緑の水草が宝石のように輝く『Giochi d’acqua / 水の遊び』と名付けられた一角。ニンファ川の源泉から湧き出て庭園内を巡回する透明な水はニンファの庭園を特徴づける最も重要な要素となっている。中世の遺跡と四季折々の植物、そしてこの透明な水が世界一美しい庭園を作り出した。
 

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世界中を旅したカエターニ家の人々によって集められた植物が見られる庭園内には日本の桜や紅葉、熱帯地域のバナナ、中国の竹など、イタリアでは珍しい植物も生息している。庭園内の自然環境を調査し、それぞれの植物の成長に最も適した場所を探して植樹されたため、どの植物も枯れることなく生き生きと成長を続けている(上・中)。中世時代には7つの教会と250の家々が軒を連ねていたニンファの村。今では遺跡と希少植物が完璧に共存する世界でも無二の庭園となった(下)。
 

 

 

 

絶滅危機種の生物・植物の保護区として

 

  バラの品種だけでも200種を超え、合計では1000を超える種類の植物が生息している8ヘクタールの庭園内では、それぞれのエリアの自然環境を調査し、その場所に最も適した植物が植えられている。ガイドさんの話では、「この庭園内には100歳を超える木はありません。なぜなら、園内の植物は全て100年前の計画に従って、自然環境を熟考した上で植えられたからです」ということだった。カエターニ家の人々は世界各地を旅し、旅先で見つけた珍しい植物を持ち帰ってここに植えたそうだが、日本の紅葉やカエデ、桜、椿、中国の竹、熱帯地方のバナナやアボガド、南米のオニブキやアメリカ大陸のエアープラント、エジプトのパピルスなどがイタリアの糸杉や松と一緒に生息している光景は、なんとも不思議な気分にさせられる。
 園内ではこうした植物だけでなく、ここに自然と集まってきた鳥類や昆虫類、魚類もまた貴重な自然遺産として保護されている。鳥類はカモやアオサギをはじめとする100種類以上が確認されていて、この庭園はアフリカから欧州に飛来する渡り鳥たちのルートの重要な拠点となっていることがわかったため、WWFは1976年にニンファの庭園を含む一帯を整備し、このエリアを保護することにした。庭園内では生態系のバランスを崩さないよう入場者や公開日数を限定するなどして常に細心の注意を払っているが、てんとう虫や蝶、トンボなどの昆虫類もこうした生態系のバランスを保つ重要な要素として大切に保護されている。
 一方、このニンファの庭園の最も重要な要素である水に関しては、透明な水が湧き出しているニンファ川の源泉そのものがこの庭園内にあり、外からは一切この源泉に触れることができないよう厳重に管理することによって高い水質を保っているのだそうだ。こうした努力の甲斐あって、今では絶滅の危機に瀕している貴重な魚類がこの川で命を繋いでいる。特に「ニンファのマス」とも呼ばれるマクロスティグマ・トラウトは、イタリアのみならずEUにおいても非常に重要な絶滅危機種の魚であり、その種を維持するためにもニンファ川の唯一無二の水質は絶対に守っていかなければならない最重要課題である、とガイドのお兄ちゃんが熱く語ってくれた。
 

 

 

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ニンファの庭園のシンボルともなっている「Il ponte a due luci(二つの光の橋)」。差し込む光線によって透明な水の色が様々に変化し、周囲の植物とともに幻想的なシーンを作り出す。世界中の作家や芸術家たちにインスピレーションを与えた場所でもある。
 

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中国をはじめアジア各地から集められた竹も種類が豊富な植物の一つ。鏡のような池に反射する竹林の緑が見事(上)。透明なニンファ川の水は庭園内の随所に流れるよう設計されている。この水のお陰で園内の生態系のバランスが取れ、動植物の楽園が生まれた(下)
 

 

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大木と共生するエアープランツなど珍しい植物があちこちに生息している(上)。ガゼボやバラの小道など、ロマンティックな英国式庭園のエッセンスも見られる(下)
 

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コースの終点、中世の村の拠点であった市庁舎広場。修復された要塞の遺跡には高さ32mのレンガの塔が残る(上)。かつての市庁舎は20世紀初頭にカエターニ家が修復・改装し、一家の別荘として多くの著名人や文化人が招かれた。イギリスのエリザベス女王もかつてここに宿泊したという(下)。
 

 


  1時間ちょっとの短い庭園散策、晩夏の季節だったので花が少なかったのが唯一の心残りではあったが、日常を忘れ、束の間の夢心地気分を満喫できた。振り返って考えてみると、マラリアで消滅した村を甦らそうとこの庭に最初の木が植えられた年は、スペイン風邪が世界中で猛威を振るっていた。そして100年後の今、世界はCovid-19の猛威に晒されている。傷つき疲れた人の心を癒してくれる自然の優しさ、美しさの価値を、今更ながら再認識したひとときだった。ニンファの庭園が最も混雑するのは春から初夏にかけてで、この季節には桜や藤、バラ、クレマチス、菖蒲、マグノリアなど色とりどりの花が咲き乱れ、歩くたびに豊潤な花の香りが胸を満たしてくれるのだそうだ。当然ながらこの時期の予約を取るのは至難の技だが、来年は一つ頑張ってトライしてみよう、という気持ちになった。
 

 

 

 

<アクセス>

ローマ・テルミニ駅から各駅電車で約40分、急行インターシティで約30分でラティーナLatina下車。ラティーナ駅前からタクシー利用約10分でジャルディーノ・ディ・ニンファGiardino di Ninfaへ。車を利用する場合はローマからSS148経由で約1時間20分。
 

 

<参考サイト>

Giardino di Ninfa/ニンファの庭園公式サイト(英語)

https://giardinodininfa.eu/en/

 

※Giardino di Ninfaの開園期間は毎年異なる。毎年3月初旬には公式サイトに見学可能な日のカレンダーが提示される。予約希望日をクリックすると、入場可能な時間帯が表示されるので希望の時間帯を選んで予約を入れる。入場料は一人15ユーロ。
 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年10月8日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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