越えて国境、迷ってアジア

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#85

台湾海峡一周〈1〉金門島

文と写真・室橋裕和

 目の前はもう中国。大陸からほんの数キロの沖に浮かぶ台湾・金門島。日本人にはおなじみの台湾だけど、この島までやってくる人は少ない。かつての国共内戦の最前線でもあり、台湾本島とは少し異なる文化の金門島を旅する。​

 

かつての最前線が、いまでは観光地に

「タマ込め、よーい!」

 険しい顔をした迷彩服の青年によって、ひとかかえもある砲弾が巨大な榴弾砲に装填されていく。その砲身は5メートルほどもあるだろうか。重々しく、キリキリと音を立てて方角と角度を調整し、ぴたりと止まった。照準は海峡の向こう側、憎き共産軍のうごめく大陸中国である。

 これは、誇り高き国民党の牙城たる台湾を守るためなのだ。共産軍が海峡を渡ることを許してはならない。榴弾砲の射手は狙いを定めた。

「てえっ!」

 ばごおん、と重々しい音が響き渡る。

 一瞬の静寂のあとに拍手が沸き起こり、榴弾砲はわーっと歓声に包まれた。緊張がほどけ、パフォーマンスを行っていた軍人たちは観客と笑顔で握手したり、一緒に写真に納まったりしている。これは観光客向けのデモンストレーションなのだ。あくまで空砲である。

 ここは台湾の離島、金門島だ。およそ70年前に起こった国共内戦の激戦地として知られる。台湾の支配下にあるけれど、地図を見てみれば金門島の位置はもう大陸中国のほんの2、3キロ沖合い。台湾からはむしろ遠く離れており、中国の目の前なのである。そんな島に国民党軍が籠城して、大陸の共産軍と激しい砲戦が交わされたという。

 しかし時代は変わる。

 台湾と中国の関係は、敵対から交流へと移りつつある。もちろんお互いに不信感がわだかまる中で握手しているような状態だろう。激しい反中デモが巻き起こる香港の情勢にも、台湾人はナーバスになっている。

 それでも、こうして中国を砲撃する様子をショー化できるくらいには緊張は和らいだのだ。第一、僕以外の観客はすべて、大陸側から遊びに来た中国人観光客なんである。自分たちの大陸に砲弾が撃ち込まれるデモンストレーションを見て、手を叩いて楽しんでいる。台湾の軍人となにやら語らい、肩を組んでスマホを構える。金門島は大陸との交流が始まってから、中国人に人気の観光地として発展してきたのだ。

 そしていまでは、台湾と大陸中国の間はいくつかの海路で結ばれている。船でもって、かつての戦乱の海・台湾海峡を越え、旅ができるのだ。

 今回はそのルートをたどり、台湾海峡の両岸を見て回ろうと思う。

 

01獅山砲陣地の砲撃パフォーマンスは中国人観光客に大人気

02

金門島の沿岸。上陸部隊を足止めするバリケードが続く。こうした軍事的遺構は島の各所に残る

 

 

福建の古い文化が残る島

 金門島北部の獅山砲陣地をたっぷり楽しんだ僕は、駐車場に戻って電動バイクにまたがった。エンジンをかけるが、電動のためまったく音がない。あまりスピードは出ないが、島をのんびり回るにはちょうどいい。

 台湾海峡を見晴らす高台から、森をめぐって走る。ところどころに放置されたトーチカやら観測所のような建物の残骸もあり、戦史マニアならたまらないだろう。海の向こうにはちらちらと陸地が見える。高層ビルや、工場のような建物さえ確認できるほど近い。あれが中国だ。まさしくここは国境の島なのである。

 そして島の大半は思いのほか静かだった。小さな集落や畑が広がり、ときどき軍事基地として掘られた坑道の跡があり、そして伝統的な建築様式の村が残る。面白そうなところを見つけると、バイクを降りてうろついてみる。

 オレンジ色のレンガの壁と、瓦屋根が印象的だった。それに屋根の左右が反り返ってカーブしていて、なんだか牛の角のようだ。これは閩南(ビンナン)様式といって、大陸中国の福建省独特のもの。台湾も福建人の地ではあるが、金門島はより古く、大陸寄りの文化が残っているようだ。それに金門島は、実は日本の支配を受けていない。それもあって、大陸色が台湾本島よりもずっと濃いのだという。

 こうした閩南スタイルの家々が集まってテーマパークのような観光名所となっているところもあるが、中国人ツアーが大挙する場になっていてけっこう騒々しい。だからまたバイクで島をさまよい、小さな村に迷い込んでみる。

 海から吹きつける風の中で魚を干している民家や、昭和の匂いが立ち込める古びた商店街の様子は、台北と同じ国だとは思えない。曇天ということもあってレンガの家並みもくすんだ商店街も、なんだか水墨画のようで、ますます大陸っぽい。ひと気のない食堂で、島のどこでも見るレバーや肉団子のたっぷり入った名物の粥を食べていると、なんだか切ない感じのしっとりした旅情にも包まれる。

 

03

閩南様式の建物は福建や台湾の各地に残るが、金門島ではとくに目立つ

 

04

金門島東部、静まり返った沙美の町。こうした寂しい集落がけっこう多かった

 

 

戦争遺物を利用した特産工芸品

 そろそろバイクの充電が切れそうだ。いったん停車して、レンタルショップでもらった地図を見てみる。

「島内には提携している店が4つあるの。バッテリーはそこで無料で交換してくれるから」

 店のおじいちゃんは堪能な英語でそう言った。大陸からの若い観光客はだいたいこの電動バイクで島を回っているようだ。外国人も借りられる。24時間300台湾元(約1000円)で、日をまたいでつかえるので宿に停めておくこともできる。

 僕はいちおう、JAFで取得した「日本の運転免許証の中国語翻訳文」なるものを持っていた。3600円ナリ。台湾は中国とのセンシティブな関係上さまざまな国際的枠組みから外されてしまっていて、国際運転免許証も使えないのだ。だから現地で運転するにはこうした書類が必要なのだが、レンタルショップのおじいちゃんはあまりチェックもせずバイクを貸し出してくれたのだった。

「なにか問題が起きたらLINEしてね」

 と言われて出発したのだが、島南部の小さな空港前オフィスで2度目のバッテリー交換。これで夜まで持つだろう。朝からのんびり時間をかけて島を一周し、いくつかの戦跡や町を見て、中心地である金城鎮に戻ってきた。

 ここだけは島でも繁華街らしく賑わっている。とはいえ台北のようなきらびやかさはどこにもなく、やはり古く渋いたたずまいで、野菜や果物を売る市場が広がり、特産の貢糖というピーナッツのお菓子を売る土産物屋が軒を連ねる。あちこちにあるのは小ぶりな牡蠣を量り売りしている屋台や、その牡蠣を使った麺やオムレツを出す食堂だ。牡蠣はこの先の台湾海峡の旅ではずっと見るものとなるが、そんな店がみっしりと並び、夜になると街頭代わりの提灯に灯りがともる金城鎮は、なかなかに風情があった。

 その並びに、気になる店があった。金物屋のようだけど、ばかでかい砲弾が軒先に飾ってあるのだ。

 店内に入って中国語と英語で書かれたパンフレットを見るに、どうも国共内戦のときに中国側から撃ち込まれた砲弾を加工して、刃物として再利用しているらしい。それが島の伝統産業のようになっているのだ。

 いろいろな商品があるけれど、どれもなかなかカッコいい。そういえば自宅の包丁がだいぶ切れなくなってきていたなと思いだす。翻訳アプリで店員に聞いてみれば、

「梱包して預け荷物に入れれば飛行機も大丈夫だよ」

 とのことで、ホテル代よりずっと高い2500台湾元(約8600円)を張り込んで切れ味のよさそうなものを買ってみた。これで料理をつくったらきっとうまいに違いない……と思ったが、飛行機はともかくこれから海峡を越えて中国に向かうのである。国境での税関で引っかかったりテロリスト扱いされたりしないだろうか。いきなり面倒なお土産を買いこんで、台湾海峡の旅がはじまった。

 

05

島の中心部、金城鎮。ここに宿をとってバイクで島を回るのがおすすめ

 

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金城鎮の朝市もなかなか風情がある。土地の暮らしが見えてくる

 

07

金門特産、砲弾包丁。サイズ、デザイン、値段はいろいろだ

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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