東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#85

台湾・集集線〈2〉

文・写真  下川裕治

集集線の木造駅舎に見入る 

 台湾の鉄道のなかで未乗車区間だったふたつの路線のうち、集集線に乗ることにした。この路線は西部幹線の二水から東埕までの29.7キロ。そこを50分ほどで結んでいた。

 入線した列車は、内湾線で使われていたものと同じ車両に映った。車内に円形の仕切りがある。どこか観光列車の趣である。

 台湾の支線は観光色が強い。平渓線、内湾線はその典型。集集線もその発想で運行されているようだった。週末はいっぱいになるのだろうが、平日の車内はがらんとしている。

 列車は4両編成で発車した。僕が乗った先頭車両には、6人の客しかいなかった。

 はじめは住宅街を走っていたが、3駅目の龍泉あたりからうっそうとした林が車窓に広がりはじめた。

 その先のトンネルを抜けると、急に視界が開けた。濁水渓という川に沿って街が広がっていた。

 やがて列車は集集に到着した。なかなかの規模の街だった。川に沿って落ち着いた街並みが続いている。こんな街で静かに暮らしてもいいかなぁ……。そんな思いにさせる街だった。

 駅舎は日本風だった。日本の地方の小さな駅とつくりがそっくりだった。

 集集線は日本の統治時代に建設された。奥に門牌潭発電所をつくることになり、その建設用線路として計画された。完成は1921年。6年後には台湾総督府が買いとっている。

 線路も駅舎もまったく日本風に建てられたわけだ。台湾の鉄道の多くは、日本統治時代に建設されている。集集線もそのひとつだった。斜面につくられた線路、トンネル……そして木造の駅舎。どれをとっても日本風である。懐かしさすら覚えてしまう。

 日本の敗戦によって台湾の鉄道になった。しかし1999年、大規模な地震がこの一帯を襲った。921大震災である。別名、集集大震災ともいわれる。当時といまでは観測の数値が違うが、集集あたりは現在の震度7だったと推測されている。20世紀に入ってから、台湾で起きた地震のなかで最も大きなものだったという。

 この地震で集集線は壊滅的な打撃を受けた。その後、復旧が進み、2002年に運行が再開された。しかし2010年から2011年にかけて修復が行われて運休。いまのような運行に落ち着いたのは2011年からだった。

 集集駅も地震で大きな被害を受けた。修復されたのだが、その駅舎は日本時代の面影を色濃く残している。それが台湾人の感性なのだろうか……と思う。地震を機に、地震に強いコンクリート製の駅舎に建て替えることもできた気がする。しかし木造駅舎の修復という道を選んだ。

 台湾の多くの駅が日本風である。たぶん、台湾の人にとって、鉄道の駅は日本風のほうがしっくりくるのかもしれない。地方の支線となると、その感覚はさらに強くなる。台湾の支線に乗ると、日本より日本を感じてしまうのはそのためかもしれなかった。

 集集駅に見入ってしまった。

 

DSCN1740

集集駅。まるで日本の地方の駅。そんな気がしませんか

 

 やがて列車は進み、水里に到着した。ここで僕を除く乗客全員が降りてしまった。街というレベルでいえば、ここが終点の感がある。列車から水力発電の水を流す太い金属製の管が見えた。この上にあるのが、台湾電力の大観発電廠だ。日本統治時代につくられた門牌潭発電所である。

 僕が乗る車両は誰もいなくなった。それからひと駅の終点、東埕に着いたのは、夕方の6時20分。山に囲まれた小さな平地に駅と宿などがあった。すでに日は暮れかけていた。

 ここで15分ほど停車し、列車は二水に戻っていく。その間、東埕駅の周りを歩いてみた。整備された観光地になっていた。駅舎も日本風につくられていたが、いかにも当時をまねてつくった感が漂ってくる。週末にはたくさんの観光客が訪れるのだろうが、平日の夕方はほとんど人がいない。

 駅員もいなかった。カードのリーダーはあったが、僕はカードをもっていなかった。

 しかたなく列車に戻った。列車は発車し、しばらくすると車掌が現れた。東埕から二水までとノートに書いて渡した。なんの疑問もない素振りで、発券機のボタンを押すと、感熱紙の切符がカタカタと出てきた。

 どうも平日は東埕の駅には駅員を置いていないようだった。集集線は、観光路線として生きのびているのだろうが、わずかだが生活路線の役割も担っていた。しかしそれは二水と水里までの区間だった。

 二水に着いた。この街に一泊し、翌日、台北に戻ってもいいかと思った。駅員にそういうと、こんな言葉が返ってきた。

「去年まで駅前にホテルがあったんですが、もう廃業してしまって。ここには一軒のホテルもありません」

 彰化に出て泊まるしかないようだった。

 

DSCN1745無人の東埕駅。日本風だが、どこかつくられた感が漂う

 

東埕駅。改札を抜け、イベント広場らしきところを抜けてホームまで。間もなく発車です

 

 

*バングラデッシュの「小学校校舎修繕プロジェクト支援」について

 本連載の筆者・下川裕治氏は28年ほど、バングラデシュ南部のコックスバザールで学校の運営にかかわっています。校舎の老朽化が進み、修理のためのクラウドファンディングを5月7日から始めました。このプロジェクトに興味を持たれた方は、下記のサイトをご覧いただければ幸いです。

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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