ブーツの国の街角で

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#84

モンテ・ローザ:夏のバカンス with コロナ(前編)

文と写真・田島麻美

 

 

 

 

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イタリア人が一年で最も楽しみにしている夏のバカンス・シーズンがやってきた。例年なら春のうちに夏のバカンス計画を立てるのが当たり前だが、今年は新型コロナウイルスの影響でギリギリまでバカンスの計画を立てられない、という人がほとんどだった。感染の拡大状況を慎重に見つつどこに行くかを熟考している人や、経済的な打撃を被ったために旅行は断念して地元でバカンスする、という人もたくさんいる。一方で、バカンス地選びやバカンスの仕方にも大きな変化があった。大半のイタリア人にとっては「夏のバカンス=美しいビーチ」というのが定番だが、多くの人が密集する海やビーチを回避しようという人が増え、反対に山や自然に囲まれた田舎の小さな村、キャンプや貸し切りコテージなどに人気が集中。人混みを避けて家族や親しい仲間だけで自然の中で過ごすバカンス・スタイルがこの夏の主流となっている。
 毎年夏はアルプスの山に行くのが恒例の私も、今年はバカンスに行けるかどうか最後まで確信が持てなかった。ウイルスの感染者が増える一方だった4月の時点で、「あと2〜3ヶ月すればきっと落ち着くはずだ」と希望を抱きながら一か八かで宿を押さえておいた。幸いなことに目的地のヴァッレ・ダオスタ州は夏に向かうに連れ新規感染者ゼロの日が続き、心配していたホテル、B&Bからも「営業再開しました!お待ちしています!」という確認の知らせが届いた。コロナ禍で冷え込んだ観光業を応援するためにも大好きな山の村を励ましに行こうと決め、ユーロスターに乗り込んだ。コロナ禍におけるイタリアの夏のバカンスの顛末を、二回にわたってご紹介する。
 

 

ユーロスターの感染防止策に驚く

 

 バカンス・シーズンが始まった7月下旬、ローマ発ユーロスターでトリノを目指した。昨年までは列車やバスの切符は直前でも買うことができたのだが、今夏は政府の感染防止対策により全ての交通機関は乗車率50%にすることが決められていたため、移動に必要なチケットの手配は1ヶ月以上前に「事前予約」で済ませていた。実は7月に入ってからこの政策にちょっとした変更があり、それが後に大混乱を来すことになったのだが、そんなことはちっとも知らなかった私と相棒は、マスクと消毒ジェルを大量に詰め込んだリュックを背負っていそいそと駅に向かった。
 テルミニ駅ではホームに入る際、一人ずつ予約チケットの確認と検温が行われた。無事にゲートを通過し、ホームに貼られた対人距離マークの丸いシールの上に立ってユーロスターの到着を待った。列車が入ってくると、客の動きが一方通行になるように「乗車口」と「降車口」が車両ごとに分かれていたことを知った。降車口の前に立っていた我々は慌てて後方車両の乗車口に走ることになったが、これまで押し合いへし合いしながら乗り込んでいたのに比べると、乗客同士の混乱もなくスムーズに乗車できた。いつもは横並びの2人がけの席だが、乗車率50%の列車では二人連れは4人がけのボックス席に斜めに向かい合って座るようになっている。ゆったり足を伸ばせるだけでなく、荷物は「着席不可」となっている隣のシートに置けるので広々としてとても快適だ。発車すると間もなく、マスクに手袋姿のアテンダントが乗客一人ひとりに『Welcome on Board』と書かれた袋を配ってくれた。一等車両では乗車するとお菓子や飲み物のサービスがあるが、さては乗客が少ないので二等車両でもサービスしてくれるようになったのか、と思いながら袋を開けて驚いた。中身はなんとコロナ対策用のマスク、ジェル、使い捨てヘッドシートに水と紙コップだった。「トレニタリアもなかなかやるじゃん」と感心した私だが、その後、さらに驚くような光景を目にすることになった。客との接触を注意深く避けてチケットを確認し、一人一人の乗客のマスク着用を車掌がチェックして過ぎた後、今度は消毒係らしき男性が現れ、ドアの開閉ボタンからシートの取っ手や肘掛けなど、あらゆる場所を徹底的に拭き取って行った。ローマからトリノまで5時間弱の列車の旅の間中、私はこの消毒係の男性を少なくとも5回は見かけた。彼はそれくらい頻繁に、列車の1号車から16号車まで全ての車両のドアやシート、トイレを消毒液で何度も拭いて回っていたのである。車内アナウンスでは感染予防にマスクを必ず着けること、4時間ごとにマスクを換えることなど細かい決まりをひっきりなしに流し、「トレニタリアは乗客の皆様に安全な旅をお約束します」と誇らしげに締め括っていたが、ここまで徹底しているとは予想していなかった。お陰で不安を感じることもなく、快適な列車の旅を楽しむことができた。
 


 

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座席との境にプラスチックボードが付けられ、隣と前後に一人づつ間隔を空けて座るようになっていたユーロスターの車内(上)。乗客全員に配られた「ヘルス&セーフティ・キット」(中)。トリノの駅構内も「ソーシャル・ディスタンス」が徹底されていた(下)。
 

 

 

ホテルもロープウェイも「接触回避」が常識

 

 トリノから今回最初のベースとなるモンテ・ローザの麓の村シャンポリュックまで、さらに3時間のバスの旅が続く。トリノから乗り継ぎの停留所があるヴェレスまでは中距離バスを利用。この中距離バスも当然乗車率50%が義務付けられていて、座席も全て指定だったので事前にチケットを購入しておいた。車内では運転手による検温とコロナウイルスに感染していないことを証明する自己宣誓書の提出があり、乗客全員のチェックが済んでからの出発となった。ヴェレスから乗り継いだバスはヴァッレ・ダオスタの州内を巡回するバスで、去年までは乗り込む際に運転手から切符を買っていたのが今年は全て無料となっていた。居合わせた地元民のシニョーラは、「コロナの補助金で私達の州ではバスを無料にしたのよ。運転手が乗客と接しなくて済むようになったし、利用者もタダで州内を移動できるようになったのはいいことよね」と教えてくれた。但し、乗車率50%はここでも適用されるため、来たバスが既に定員に達していた場合は乗車できない。幸い私達が待っていたバスは定員未満だったので乗ることができたが、一日数本しか運行しないバスに乗れるかどうか直前までわからないというのは旅行者にとっては厳しい賭けである。
 

 

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全席予約指定の中距離バスでは、マスク着用だけでなく運転手による検温と署名りの「自己宣誓書」の提出も義務付けられていた。 
 

 

 ローマの自宅を出て10時間後、ようやくホテルにチェックインし、部屋に入ってやっとマスクを外すことができた。ホテル内のフロントやエレベーターはもちろんだが、部屋の中を見回すと、ここにも感染防止のための様々な注意書きが置かれていた。室内清掃に関しては、「お客様の私物には一切触れません」という断り書きがあったため、ベッドメイクとタオルの交換が素早く済むよう、衣類や私物はまとめてタンスにしまうようにしようと決めた。ホテルの朝食はブッフェだったがここでも対人接触を避けるため、ずらりと料理が並んだテーブルから2mの距離にテープが張られ、客は欲しい料理を指差してウエイターに取ってもらうシステムになっていた。ホテルの外に出ても、接触回避策は村のあらゆる場所で実施されていた。ロープウェイもその一つで、一つのワゴンに乗れるのは家族か少数の同行者のみ。さらにワゴン内も間隔を空けて座るようになっていた。こんな山奥にある小さなロープウェイの内部までソーシャルディスタンスが徹底されているとは正直予想していなかった。ヴァッレ・ダオスタ州は6月からずっと新規感染者ゼロが続いているが、これは単に州内の人口密度が低いというだけでなく、こうした日常的な対策と細かい配慮をそれぞれの住民が徹底して実践しているからなのではないかと考えさせられた。
 

 

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ホテルの客室内も必要最低限の接触のみで清掃するシステムになっていた(上)。モンテ・ローザのロープウェイ乗り場。消毒ジェルが置かれたゲートで前のグループが乗り込むまで待機(中)。ロープウェイ内のシートも対人距離を取って座るようになっていた(下)
 

 

 

 

モンテ・ローザの雄大な自然に癒される2つのコース

 

 

 冬はスキー、夏は登山客で賑わうシャンポリュックは、モンテ・ローザの麓に広がるアヤス渓谷の中心地として世界中の山愛好家に知られている村。コロナで外国人客は減ったが、反対に海を避けて山でバカンスをしようというイタリア人客が増えたらしい。人が来なくては成り立たない小さな村のホテルやレストラン、パブや商店の人々は、感染が拡大しないよう細心の注意を払いつつ、バカンス客のもてなしに心を砕いていた。村や施設など人がいる場所でコロナ対策の様々な取り組みに触れるたび、去年とは一変した山の様子に心が傷んだが、そこから一歩踏み出して登山道に入れば、変わらぬ雄大なアルプスの大自然が迎えてくれる。広大な登山道では人とすれ違うこともほとんどなく、マスクを外して冷たく清々しい森の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 モンテ・ローザはイタリアとスイスとの国境にあり、アルプス山脈ではモンブランに次いで2番目に高い山である。モンテ・ローザとは複数の峰からなる広大な山々の総称で、最高峰はイタリアの標高4634mのプンタ・デュフール。朝陽が当たるとピンク色(イタリア語でローザ)に峰が染まることからこの名がついた。モンテ・ローザ山塊はとにかく広大で、登山道も無数にある。これから数年かけてじっくり歩いてみたいと思っている山だが、いかんせん春からの隔離生活があまりにも長く続いたため事前のトレーニングがままならず、思うように足が動いてくれなかった。毎年一度は山小屋を泊り歩くロングコースにも挑戦しているのだが、今年は山小屋も全て事前予約必須だったため、それもできなかった。とはいえ、半日程度の短いトレッキング・コースの中にも魅力的な場所がたくさんあることを発見できたことはとても嬉しい収穫だった。
 今回のモンテ・ローザのトレッキングで特に気に入ったコースは、「ラーゴ・ブルー(ブルー湖)」と「リフージョ(山小屋)・ベルヴェデーレ」。ラーゴ・ブルーは標高1689mのサンジャック村から始まる片道2〜3時間のトレッキング・コースで、標高差550mの山を緩やかに登っていく。深い緑の森を歩いていると清水が流れ落ちる大きな滝に出会ったり、急な登り坂の頂上に壮大な雪山のパノラマが開けたりと、多彩な風景が次々と現れるとても楽しいコースだ。最終地点のブルー湖は標高2220m地点にあり、息を飲むほど美しいターコイズブルーの湖の上には雪を頂くモンテ・ローザの巨大山塊がそびえている。湖水は氷のように冷たいが、あまりの美しさに思わず飛び込んでしまいたくなった。もう一度歩きたいモンテ・ローザのコースの筆頭である。
 

   

 

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サンジャック村から続く「ラーゴ・ブルー」へのトレッキングコース。深く広大な森を突き抜けると、正面にモンテ・ローザの雪山のパノラマが広がるピアン・ディ・ヴェッラ・インフェリオーレの平原が現れる。

 

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平原を横切りさらに森の中を登っていくと、標高2220m地点に透明なターコイズブルーの湖水をたたえたラーゴ・ブルーに着く。思わず飛び込みたくなる美しさだが、湖水は氷のように冷たく、さすがに泳いでいる人はいなかった。神秘的な湖と周囲の雪山のパノラマは、見ているだけで心が癒される自然美に満ちている。
 

 

 もう一つ、山小屋「リフージョ・ベルヴェデーレ」を目指すルートもたどり着いた時に最高のお楽しみを約束してくれるコースだ。シャンポリュックから始まるトレッキングコースを歩くこと約3時間、標高2400mに位置する山小屋「ベルヴェデーレ」でのお楽しみは、名シェフによる絶品のアルプス料理の数々。ジビエ肉のシチューとポレンタやチーズをたっぷり使ったヴァッレ・ダオスタの郷土料理はもちろんのこと、気鋭のシェフが手がける「天然サーモンの天ぷら」といった珍しい料理も堪能できるのだ。小高い丘の上にポツンと立つ山小屋の断崖のテラスの向こうには、モンテ・ローザの山塊とアルペ・ディ・サレルの壮大な大パノラマも見渡せる。しかもこのテラスにはジャグジーまでついていて、宿泊したら満点の星空を眺めながら優雅なジャグジータイムも楽しめるという。今年はコロナの影響で飛び入り宿泊は叶わなかったが、次回はぜひここに泊まりたいと熱望している場所である。(*後編へ続く)
 

 

 

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リフージョ・ベルヴェデーレのすぐ下、標高2320m地点にあるサレル・スペリオーレ湖。
 

 

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景観だけでなく料理も見逃せない山の名店「Ristorante Rifugio Baita Balvedere / リストランテ・リフージョ・バイタ・ベルヴェデーレ」(上)。渓谷を見下ろす高台にあるジャグジー付きのテラス(中)。アルプスの定番絶品料理「ポレンタと鹿肉のシチュー」(下)
 

 

 

  

 

<アクセス>

ローマ・テルミニ駅からユーロスター・フレッチャロッソでトリノ・ポルタ・スーザまで直通約4時間半。トリノからarriva-SAVDA社の直通バスでヴェレスまで1時間15分、ヴェレスからヴァル・ダヤス行き州内バスでシャンポリュックまで約1時間。
 

 

<参考サイト>

モンテ・ローザ観光情報(日本語) 

http://valledaosta.jp/areaguide/monterosa.html

 

リフージョ・ベルヴェデーレ(伊語) 

https://www.rifugiobelvedere.it/

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年9月10日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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