越えて国境、迷ってアジア

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#84

【番外編】国境を越えるミャンマー人労働者たち

文と写真・室橋裕和

 国境を越えていくのは旅行者だけではない。グローバル化が進んだいま、大量の労働者が国境を越えて職場を求めていく時代となっている。日本人にもなじみの深いタイ各地のビーチリゾートでも、実はたくさんの外国人が働いているのだ。
 

タイの観光業を支えているのは

 そろそろ東南アジア各地で雨季が明ける。からりとした乾季となり、旅行にはうってつけのシーズンがやってくる。
 とくにタイのビーチリゾートはこの時期、真っ青な空と輝くような雲、そして透明度の高い海が楽しめる。プーケットやクラビー、ピピ島などアンダマン海側はたくさんの旅行者で賑わい、これぞ南国といった雰囲気だ。
 日本人も含めた外国人観光客は、安いゲストハウスでも高級リゾートでも、にこやかなスタッフに出迎えられ、親しげに笑顔を投げかけられて、「さすが微笑みの国」と感心するかもしれない。やはりタイ人はホスピタリティあふれる人たちだなあ、と。
 だけど、実は違うのだ。
 リゾート地のホテルやレストランで働く彼ら彼女らが、タイ人ではないと気がつく日本人はどれだけいるだろうか。
 タイ語のやや異なる発音。どこか押しの弱い、遠慮がちな様子。妙にエキゾチックな彫りの深い顔立ちの人も混じる。
 ミャンマー人なのだ。
 国境を越えて、タイで働くためにやってきた労働者なのである。

 

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タイの観光地や大都市は、もう外国人なしでは回らない

 

タイ南部のリゾートに根づくミャンマー人社会

 タイでは、不法就労も含めると、およそ300万人のミャンマー人労働者がいるといわれる。彼らは首都バンコクでも、いたるところで働いている。建設現場、レストランやショップやコンビニの店員、さらには風俗業など夜の世界……現地在住の日本人が通う居酒屋でも、ミャンマー人スタッフをよく見る。
 郊外や地方では、工場や水産加工、漁業、農業……タイはあらゆる現場でミャンマー人の労働力に頼っているのだ。
 とりわけ南部のリゾート地では、ミャンマー人の存在感が大きい。地理的に密接だからだ。
 いつもはマニアック国境をサーチするグーグルマップで、インドシナ半島南部の地図を見てみる。
 そこでは幅の狭いマレー半島の東西を、タイとミャンマーが分かち合い、長大な国境線を接している。そしてこの地域のミャンマー側では、経済的に立ち遅れた少数民族がたくさん暮らしているのだ。モン族や、カレン族といった人々だ。
 彼らが国境を越えて、タイ南部に流入してくる。おもに漁業関連が多いのだが、観光業でも目立つ。イギリス支配の時代の影響もあり基礎的な英語力が高い人が多いからだ。世界中から観光客がやってくるリゾート地ではうってつけの人材というわけだ。逆を言えば、それだけの教育を受けていながら、ミャンマー側では待遇のいい仕事がなく、タイで働かざるを得ない、ということでもある。
 国境を越えて移動するのは旅人ばかりではなく、モノやマネーや、そしていまでは労働力も、西に東に動いていく。
 そんなミャンマー人の存在を知らずに、観光客はタイ南部のリゾートを楽しむのだ。
 タイ料理をつくっているのも、サーブするのも、あるいはエレファントライドやシュノーケリングツアーのガイドも、ミャンマー人かもしれないのだ。ゲストハウスのスタッフ、ホテルのハウスキーピングのおばちゃん、バーのお姉さん……旅をしていて出会うさまざまな現地の人に、かなりミャンマー人が混じっている。
 頬やオデコに、おしろいのようなものを塗っていれば間違いなくミャンマー人だ。これは「タナカ」といって、ミャンマー人の好む伝統的な化粧品にして日焼け止め。タナカという木を細かく切り分けてすりつぶし、粉末にして顔に塗る。文様を描いたり、子供は顔一面に塗っていたりして可愛らしく、ミャンマーの代名詞ともいえる。
 このタナカのクリームが、タイ南部のコンビニではよく売られている。島のコンビニでは棚ひとつ占拠するほど「タナカコーナー」があったりもする。それだけ売れるのだ。いかにタイ南部にミャンマー人が多いかを実感する。
 各地にある寺院にしたって、実はミャンマー人が多く参拝する寺というのもある。ミャンマー僧が常駐する寺もある。タイもミャンマーも同じ上座部仏教だけど、やはりスタイルには違いがあり、自国流がいちばん落ち着くのだ。

 

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観光客を乗せた船を見送るホテルのスタッフ。この中にもミャンマー人がいる

 

日本人バックパッカーに人気の島でも

 こうしたミャンマー人が、もしかしたらタイ人住民より多いのでは、とも言われているのがタオ島だ。小さな島だがダイビングで知られ、最近はインスタ映えスポットでもある。島の北部に小さな3つの島があって、橋のような砂州でつながっているのだ。エメラルドのビーチと、輝くような真っ白な砂州で結ばれた島々は、なるほどバエる。この風景を見渡せる丘から写真を撮る旅行者で賑わうが、そんなタオ島で出会ったモン族の男性は、
「最近まわりの仲間がどんどんミャンマーに帰っちゃってんの」
 と浮かない顔だ。聞けば、稼ぎがずいぶん減っているのだという。通りすがりの外国人の僕に、グチってくるのだ。
「ミャンマー人はやっぱりタイ人よりもずいぶん給料が低いの。だから、みんなダブルワーク、トリプルワークするのが当たり前だった。本当は労働許可証に記された、ひとつの勤め先限定なんだけど、ほかのところでも働かないと生活できないしミャンマーの家族に送金できない。それがまあ、なんとなく認められてたわけ」
 こうして職場を掛け持ちすることで、タオ島のゲストハウスやレストランも助かっていたわけなんだけど、タイ政府がこの黙認状態にメスを入れはじめたというのだ。現在のタイ軍事政権は、このあたり厳しい。いままでタイ的ナアナアで済ませていたものをキッチリ取り締まるようになっている。タイ名物の屋台の営業制限もその一環で、衛生面や景観の問題を徹底させるという名目でどんどん撤去が進んでいる。
 働いていいのは労働許可証に記載された職場のみで、掛け持ちはいっさい認めない……この方策により、ダブルワークと知りながらミャンマー人を雇用していたタイ人が逮捕されたり、満足な収入が得られず帰国するミャンマー人も出てきているのだとか。そのため島では人手不足の状態だ。
「本当は店を開けたいんだけど、ミャンマー人がなかなか見つからない。タイ人は飲食なんかで働かない時代だし……」
 と、シーズンを前に悩むレストランの店長とも出会った。スタッフが見つからず店は閉めたきりなのだそうだ。
 また、島では道路工事もストップしていた。やはりミャンマー人労働者への締めつけを厳しくした結果、働き手がいなくなってしまったのだ。
「時給の低いイサーン(タイ東北部)から人を呼ぶことも考えてるけど、みんなバンコクに流れていっちゃうし……」
 なんて声も聞かれる。誰もが少しでも安い労働力を求めているのだ。

 

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タオ島北部にあるナーンユアン島は人気の撮影スポット

 

タイで起きていることは日本でも起きる

 どうしてまた、タイにミャンマーが雪崩れ込んでいるのか。それはタイが東南アジアでは突出して少子高齢化が進んでいるからだ。加えてタイは経済発展を遂げたこともあり、建設や飲食などの現場で働こうという若者がどんどん減っている。そこを外国人で穴埋めしているのだ。
 ミャンマー人300万人に加えて、カンボジア人とラオス人が合わせて200万人ほど。計500万人前後の外国人がタイで働いていると推測されている。
 この構図は、いまの日本の状況にそっくりなのだ。
 少子高齢化で足りない人手を、外国人でまかなう。外国人がいなければ回らない社会。しかし、当の外国人労働者への待遇や締めつけは厳しい……。
 日本では146万人の外国人労働者がいるが(2018年10月末、厚生労働省調べ)、その3倍以上の外国人を受け入れているタイではすでにさまざまな問題が起きている。差別の横行、スラムの形成、外国人たちによるストライキ……外国人受け入れの「先輩」であるタイで多発するこうした出来事は、やがて日本でも起きるだろう。国境を越えて「人の生活」そのものが移動するようになった時代、さまざまなミックスカルチャーが生まれる面白さもあるけれど、やはり負の側面もあるのだ。
 タイの楽園ビーチもそんな視点で見てしまうと、ちょっとリゾート気分ではなくなってしまうかもしれない。

 

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観光産業は多岐に渡る。島にもたくさんの労働者が必要なのだが…

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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