越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#83

ラオス側シーパンドン デッド島~コーン島

文と写真・室橋裕和

 メコン河の広大な中洲に無数の島が浮かぶシーパンドン。「4000の島々」という意味の地だ。そのカンボジア側から観光ルートを無視してドローカルエリアを突っ切り、僕はラオスへと入国した。今度はラオス側シーパンドンを旅する。

 

大自然の中に俗なる安宿街があった

 四方をメコン河に囲まれた、中州の島なのである。密林が生い茂り、濃密な緑の匂いとむんむんたる湿度に包まれた自然の楽園のはずである。近くにはこのメコン河が岩場にぶつかり崩れ落ちる、東南アジア最大の瀑布もあれば、河イルカの姿を見ることもある。ナショジオの世界なんである。
 が、島の外周部分にはコ汚いゲストハウスとか、トムソーヤの小屋みたいなバーがびっしりと立ち並び、メコンの風情をブチ壊すレゲエなんかが流れているのであった。上半身裸の白人どもがビオラオの瓶をワシつかみにしてイキッて練り歩く。影響を受けた島の小僧も生意気にドレッドなんかにしているが、ちっとも似合わない。土産物屋まであるが、その並んでる雑貨タイのものやんけ。
 そこらの食堂に入ってみれば白人ツーリストメシの定番バナナパンケーキやらピザやらハンバーガーが並ぶが、当然ながらうまいわけはない。ラオス料理も申し訳程度にメニューに載っていたからラープ(ひき肉のサラダ)を頼んでみたが、スパイシーさゼロで味気なかった。ラオス料理に欠かせないカオニャオ(もち米)は置いてないという。
 例えて言うなら「島の中のカオサン」であった。タイ・バンコクの安宿街カオサンロードのミニチュアが、このデッド島の一角に形成されている。おかげでWi-fiはビンビンだしキンキンに冷えたビールにもありつけるのだが、やはり疑問は渦巻く。メコンのど真ん中まで来てカオサンスタイルもないだろう。ついさっきまでカンボジアからラオスへと、外国人観光客皆無なローカル世界を旅してきたから、なおさらそう思えてしまうのだ。

 

01
シーズンともなれば欧米人バックパッカーでデッド島は大混雑する

 

02
デッド島には欧米人の好む旅行インフラはだいたい揃っている

 

 

メコンをぐるり回って目指すはスタートのあの村

 もっと土地の暮らしとか見たらどうかねキミたち……と僕はバイクにうちまたがった。デッド島でハバを効かせているフランス人経営のレンタルショップで借りたバイクであることがやや悔しいが、島の突端からときどき発着しているボートに乗り込む。タタミ8畳くらいのイカダにエンジンをつけたような形状で、バイクを搭載してメコンを渡れるのである。
 ラオス語で「4000の島々」を意味するシーパンドン。ラオス側では観光開発が進み、デッド島のようなところも出てきているが、まだまだ手つかずの自然が残っている。それに、観光とは無縁の小さな村だってたくさんあるのだ。僕はそういうところが見たかった。
 とはいえ、せっかく来たのだ。いちおう定番も押さえておかねばなるまい。まずはコン島にたたずむフランス軍のつくった橋梁であるとか、放置された鉄道車両なんかも見物する。そして島から本土に渡り、東南アジア最大級のコーンパペーンの滝にやってくると、それは横に数百メートル広がる巨大なカーテンだった。あのゆったりとした静かなるメコンが、ここでは別の生物のように轟音を伴い、まさに怒涛のように流れ落ちていく。
 かつてフランス軍は植民地としたラオスからカンボジアに、鉄道を通そうとしたのだ。しかし、この滝に代表されるシーパンドンの起伏と、複雑な地形、あまりの島の多さに工事を中断、放棄した。政治や軍事ではフランスに手も足も出なかったラオスだが、その地勢と自然とで植民地軍にひと泡吹かせたというわけだ。
 その当時からもしかしてあまり変わっていないのではという光景が、シーパンドンには広がる。メコンで水を浴びる水牛の群れ、河岸で遊ぶ子供たち、沖合いでは小さな船がなにやら網を手繰っている。そんな景色を見ながら、メコンに沿ってバイクで本土側を北上していく。
 国土を南北に貫く国道13号線を外れていくと、舗装は切れて赤いダートとなる。目の細かい埃が舞う。スピードを落として慎重に走る。
 目的地は、カマオ島だ。先端に、小さな集落がある。そこからメコンを挟んだ対岸には、この旅でまず訪れた村が見えるはずだ。カンボジアのカンポン・スララウである。カマオ島は国境の島でもある。カンボジアから始まったシーパンドンの旅。メコンをぐるりと回って、今度はスタート地点をラオス側から見る……ぜひ、やってみたかったのだ。

 

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コーンパペーンの滝をぼけっと見つめていたのはみんな地元のおっさんだった。奔流と大音響は人を哲学者にするのか

 

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フランス軍の残した鉄道車両はマニアにとってはたまらないものなのかもしれない

 

 

果たしてカンポン・スララウは見えるのか?

 足がかりとなるのはコーン島だろう。コン島とは発音がやや違う。滝から30キロほど走り、メコンにかかる橋を渡るとコーン島なのだが、ここはもう川中島とは思えないほど広大だ。なにせ地平線が見えるのだ。霞む彼方まで刈り取りの終わった田が続く。赤土の道の左右にささやかな村がたたずむ。高床式の木造家屋と、背の高いアブラヤシ、駆けずり回っている子供たちが僕を外国人だと認めると手を振ってくる。そこらを我が物顔でうろついている牛どもや、道路の真ん中で寝そべっている犬どもを蹴散らして、島を横断していく。
 だが、どれだけ走っても船着場が見あたらない。すでに島の西岸を延々と行ったり来たりしている。しかし南に位置する島々に向かう船着場は見つかったが、西のカマオ島へのものがどこにあるのかわからない。どこかにあるはずなのだ。
 迷いながら走っていると、いつの間にやらコーン島の北部まで来てしまっていたようで、しかもガソリンが尽きかけていた。慌てて雑貨屋を探す。軒先に置いてある赤い液体の入ったビンやペットボトルが目印だ。インドシナの僻地ではこうしてガソリンが吹きさらしで店頭販売されているのである。器用に漏斗を使ってドボドボとガソリンを注ぐおばちゃんにカマオ島への行き方を聞いてみるが、どうにも僕のタイ語がうまく通じない。タイ語とラオス語はかなり近い言語なのだが、要領を得ない。
 もうしばらく走ってみたが、どうにもこれはタイムアップのようだった。宿のあるデッド島に渡る船は、夕方6時頃で店じまいだ。戻る時間を考えたら、そろそろ引き返さないとまずい。
 だけどカマオ島には行けずとも、せめて遠くからでもカンポン・スララウが見えないものか。
 グーグルマップを確認しながらバイクを低速で進めていく。どこかにカマオ島の向こう、カンボジアのカンポン・スララウを眺められるポイントはないか……。
 ちょうど民家が立て込んでいるあたりだった。さすがに庭先にお邪魔するわけにもいくまい。しかしすぐ先に寺院があった。誰でもぶらりと立ち寄ってぼんやりとくつろぐことができるのがインドシナの宗教施設、入ってみると太った若い坊さんが笑顔を投げかけてくれた。ちょうどメコンに面しているようで、カマオ島が手に取るように見える。さらに奥、また水面を挟んだ先に、村があった。あれだろうか。
「あの、あっちはカンボジアですよね」
 今度はヘタなタイ語でも通じたようで、頷く。
「すぐ目の前の島まではラオス領なんだよ。でもその向こうの対岸、あそこはカンボジアだよ」
「カンポン・スララウですか?」
「名前までは知らないけど……」
 恐らくそうだ。グーグルマップの輝点は、僕が立っている場所からメコンを挟んでほんの数百メートル先にカンポン・スララウがあることを示している。目を凝らしてもなんとも判然としないが、僕は数日前、たぶんあそこにいたのだ。
 嬉しくなった。ちょっとした達成感だった。
 観光ポイントからはあまりに離れすぎ、あまりにニッチすぎて、誰もが反応に困る紀行であるのはわかっているが、僕はこんな旅が大好きなのだ。やはり旅は、できるだけ人が行かないところを攻めてナンボなのではあるまいか。

 

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コーン島の中心地。これが島最大の繁華街だった。観光客はもちろん誰もいない

 

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これはコーン島のまた別の船着場。カンボジアとラオス、それぞれの島の間をフネが縦横に行き交う

 

07
たぶんあの対岸が、カンポン・スララウ。シーパンドン一周の旅は終わった

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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