旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#82

ワルシャワの人気ベーカリー『シャルロット』〈1〉

文と写真・サラーム海上

人気カフェ&ベーカリーグループのパン工房見学

 2019年9月4日、怒涛のポーランド7泊8日取材もついに最終日となったが、僕は当然早朝から忙しい。正午の出発の前に人気カフェ&ベーカリー『Charlotte(シャルロット)』グループのパン工房の見学と同社の女性オーナーとの朝食ミーティングが待っていた。
 早朝6時半、通訳の小見アンナさんとホテルのロビーで待ち合わせ、二人でタクシーに乗りこんだ。ワルシャワの中心地はなんとなく地の利がわかってきたが、そう思える頃には旅は終わってしまう。残念だが、気に入った場所はまた来ればいいだけのことだ。
 早朝なので道は空いていて、15分もしないうちに郊外の住宅地に入り込んだ。高層マンションの周りに広い公園の緑が目立つのが、いかにもヨーロッパらしい風景だ。
 住宅地に接した路面型のスーパーマーケットの角でタクシーを降りた。パン工房はそのスーパーマーケットの裏の搬入口横に入っていた。
 呼び鈴を鳴らすと、Tシャツに半ズボン姿のガタイの良い二人のアニキが迎えてくれた。パン職人のヤツェクさんとヤコブさん。毎日、午前一時から出勤して、午前9時や10時までかけて1日分のパンを焼いているという。愛するパンのために完全に夜と昼が逆転した生活をしているのだ。


tabilistapoland6シャルロット・グループのユダヤのパンにフォーカスした店『Charlotte Menora』」。ジンガー・フェスティバルの会場にも使われていた
 

IMG_0484

ワルシャワ北部にあるシャルロット・グループのパン工房

 

 そんなパンを焼く香ばしい香りをたっぷり肺に吸込みながら中に入ると、前日に訪ねたクラクフの歴史的パン屋『私の父のベーカリー』と比べて、こちらは窓が大きく、室内がとにかく明るい。そして、工房の主役と言えるガスオーブンも最新鋭だ。
 オーブンは高さ2.2m、横幅2.5m、奥行き2mほどのステンレス製で、正面に横幅1.5mほどの窯口が縦に四段重なっていて、一段ごとに左右3つの強化ガラス製の扉が付けられている。扉を開けなくとも中が見えるように庫内灯も明るい。正面の上方には大型の天パンを直接窯口に出し入れするためのハンドリフトが取り付けられている。これなら力仕事も最小限に抑えられる。作業場に何気なく並ぶニーダーもモルダーも新しい機械だった。
「材料を入れたら、あとは機械が作ってくれるからそれほど難しくはないよ」とヤコブさん。いやいや、そんなはずないでしょう!
 オーブンから漂ってくる芳しいパンの香りに我を忘れてしばし佇んでいると、シャルロットの広報担当の女性ドロタさんが現れた。
「おはようございます。良い香りでしょう! この工房は今年の夏にオープンしたばかりで、私達の長年の夢がかなう場所なんです。これまではお店のキッチンの限られたスペースだけでパンを作ってきたんです。
 シャルロットは市内に2店舗あります。その他、ユダヤのパンにフォーカスしたシャルロット・メノラー、そして今年の7月には温かい料理も出す新店シャルロット・ブイヨンを開きました。
 この工房では看板メニューであるシャルロットという名前の大型のパン、フランス式のバゲット、そしてユダヤのパンであるハッラーとベーグル、さらに甘いペストリーを幾つか作っています。その中から今日はハッラーとベーグルの作り方を見学できますよ」

 

IMG_0483

パン工房中央に鎮座する最新のガスオーブン。上方右側に伸びているのがパン生地を効率よく出し入れするためのハンドリフト

 

IMG_0480
オーブン正面。全部で12箇所の窯口が確認できる

 

IMG_0505
看板メニューであるシャルロット。一本が約1kgで18zl.=540円

 

IMG_0501
フランス式のバゲット。表面カリカリで美味そう!

 

 ヤコブさんがニーダーからパン生地の大きな塊を取り出す。ちょうど餅臼から取り出した餅のようだ。その塊をドーンと作業台に乗せ、ひとつかみずつちぎって、秤で計量し始めた。その左でヤツェクさんが小さな生地を両手のひらで丸めてから、木のめん台の上で紐状に伸ばしていく。

 直径2cm、長さ30cmほどの紐を6つ、川状に並べたら、奥側の端を一つにくっつける。そして、手前側の紐を一旦扇子状に広げ、そこから三編みならぬ、六編みに織り込んでいく。全ての紐を編み上げたら、最後に形に整える。

 サッ、サッ、サッと、その速さったら、数日前に訪れたユダヤ文化プログラム『シャバット・シャローム』(連載#78ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル取材記)で目にしたのと同じハッラーがたったの20秒ほどで出来上がるのだ。数分のうちに目の前に4つのハッラーが編み上がった。
「編む順番が決まってるから、身体が覚えているんだよ」とヤツェクさん。二人からは職人らしい謙遜する言葉が出る。
 ハッラーについてドロタさんがさらに詳しく説明してくれた。「ハッラーはシャバットをはじめユダヤの祭りの際に食べるパンです。六編みのものだけでなく、三編みのものなど幾つかの形があり、祭によって形を変えて焼きます。甘いものや塩っぱいものもあり、水だけのもの、牛乳を使うものもあります」

 

IMG_0546ユダヤのお祭りのパン、ハッラーはこうやって作る。まず紐状の生地を六本並べる
 

IMG_0548

奥側の生地をくっつけ、手前側を扇子状に広げる

 

IMG_0550
ここからは三編みならぬ、秘技六編み!

 

IMG_0553
編みあげて両端を調整した状態。こんな時こそ動画撮影するべきだった……

 

IMG_0559
「編む順番が決まってるからね」とヤツェクさん。

 

IMG_0566
ほんの数分で四本のハッラー成形完了。焼く前のハッラーは「風の谷のナウシカ」に出てくる王蟲みたいww

 

IMG_0561
焼き上がったハッラー。先日のシャバット・シャロームではもっともっと巨大なハラーが配られていた

 

 続いてはベーグルだ。
「ベーグルは一旦お湯を通してから焼くのが最大の特徴です。お湯を通すことで酵母の成長を止めて、モチモチの食感になります。歴史上の最初の記録ではベーグルはクラクフで生まれたとされます。そして、ニューヨークに渡りました。ドーナツ状の形は「命の輪」を意味していて、子供を産んだ直後の女性に与えられたお祝いの意味があります。真ん中の穴は紐や棒に通せば、輸送にも適しています。トルコのスィミットに似ているのは、オスマン帝国と戦った王様が持ち帰ったためとも言われています」とドロタさん。
 生地は僕たちが到着した時にヤコブさんが肉まんのサイズに丸めていて、既に15分ほど寝かせてあった。その生地の真ん中にヤツェクさんが日本酒のおちょこのような形の道具を押し当て、パチン!と穴あけパンチのようにくり抜いた。なるほど! トルコのスィミットは紐状に伸ばした生地の両端を丸めてくっつけるのだが、ベーグルはアメリカのドーナツと同じようにくり抜くのか! 勉強になります!
 真ん中をくり抜いた後、穴に両手の指を通して、くるくると回しながら一回り大きく伸ばし、大きな寸胴鍋に沸かせた熱湯を軽くくぐらせる。この熱湯には蜂蜜が溶かしてある。その後、クッキングシートを敷いた天パンの上に移し、最後に芥子の実、または白ごまを振りかけてからオーブンで20分焼いて完成だ。

 

IMG_0492

手際よくベーグルの生地を丸めるヤコブさん

 

IMG_0571
ベーグル生地に専用の器具を使ってパチンと穴を開けていく

 

IMG_0572
なるほど、穴の大きさが揃ってる!

 

IMG_0585
生地を両手で大きく広げてから熱湯をくぐらせる

 

IMG_0593
ベーグル生地を沸騰直前の熱湯で軽く茹でる。これがモチモチの食感の秘密だ!

 

IMG_0597
熱湯をくぐらせた生地を天パンに並べる

 

IMG_0599
芥子の実や白ごまでデコレーション。熱湯に蜂蜜を溶かしてあるので、糊代わりになる

 

IMG_0618
オーブンで20分焼いて出来上がったベーグル

 

「シャルロットというお店は典型的なフランス人女性の名前から付けられています。ポーランドの中の小さなフランスのイメージなんです。9年前の開店当初からお店の雰囲気だけでなく、フランス式のパン作りにもこだわってきました。ポーランドのパンとは異なり、フランスのパンは気泡が多く、皮がパリパリです。そのためフランスからパンの講師を招いて、指導してもらい、フランスのパンに適したオーブンも選びました。
 この工房は最新の設備なので、パンを作るのは簡単だと思われますが、実際には熟練の技が必要です。パンの生地は多感で、周囲の気温、小麦粉の温度、種類、寝かせた時間、焼く温度によって出来上がりが違ってしまいます。毎日、変わらぬ品質のパンを作ること、そして、オーブンからパンを取り出す瞬間をつかむのはまさに職人の技なんです。
 シャルロットの人気が高まるにつれ、ポーランドでは長い間失われてしまっていた、職人が作るパンに再び光が当たるようになりました。今、工場で大量生産するのではなく、職人がパンを作るシステムがポーランドにも戻り始めています。職人による小さなパン屋、これは世界共通のトレンドです」
 さてこれから地下鉄で聖十字架通り駅に戻りましょう。シャルロット・メノラーで弊社オーナーのユスティナがあなた方を待っていますよ」

 

IMG_0622

 案内してくれた広報のドロタさん。以前は大手食品会社で働いていたが、シャルロットに転職した。「ここで働くみんなが私の家族なの」

 

チェルケス料理のホックル

 さて今回のレシピはまだまだ底冷えのする2月を乗り切るため、身体の芯から温まる料理、連載第39回チェルケス料理のホックル編に掲載したホックルの改訂版だ。仔羊の骨付き肉の代わりに、手に入れやすいオックステールと仔羊の塊肉に代えて、作りやすい量でレシピも書き直した。
 オックステールはとにかく脂が多いので、最初に10分以上煮こぼしてしまおう。そして、煮ている最中も表面に浮いてくるアクと脂を丁寧にすくい取ると澄んだスープと味に仕上げる。

 

■ホックル(チェルケス人の羊スープすいとん)
【材料:5人分】
オックステール:400g
仔羊肉の塊またはシチュー用:400g(なければオックステールの量を増やして)
水:2リットル
塩:小さじ2
黒胡椒:小さじ2
にんにく:5かけ(すりおろす)

*ホックル(パスタ)
強力粉:250g
薄力粉:120g
卵:1個(溶いておく)
塩:小さじ1
水:150cc

*仕上げ
黒胡椒:お好みで

【作り方】
1.大きな鍋にたっぷりの湯を沸かし(分量外)、沸騰したらオックステールを入れ、10分煮てから、ザルにあげ、流水で脂や血を洗い流す。仔羊肉の臭みが苦手な人はオックステールと一緒に鍋に入れ、一分ほど湯通しすると臭みが落ちる。
2.圧力鍋に1のオックステールと仔羊肉、水1リットル、塩、黒胡椒を入れ、火にかける。圧力鍋の説明書に従って、25~40分加圧し、火を止める。
2.ボウルに強力粉、薄力粉、溶き卵、塩、水を入れ、両手で体重をかけて、耳たぶの硬さにまとまるまで、よく捏ねる。
3.生地をひとつかみちぎり、直径1.5cmほどの紐状に延ばす。延ばした生地をまな板に横に並べ、ナイフで長さ2cmに切り分ける。
4.左手の掌に3をのせ、右手に持ったテーブルナイフで手前から指先に向かってニュッと押さえつける。生地がクルッと子安貝のような形になったら出来上がり。
5.1の圧力鍋が減圧したら、蓋を開け、肉を取り出す。残りの水1リットルを足し、再び火にかけ、塩胡椒で調味し、すりおろしたにんにくを加える。
6.沸騰したら4を鍋に入れ、弱火にして10~15分、好みの固さまで茹でる。
7.スープ皿にとりわけ、真ん中に取り出しておいた肉を置き、黒胡椒をたっぷりふっていただく。
*パスタをスープの鍋で一緒に茹でるため、打ち粉はできるだけ最小限にすると良い。

 

IMG_6370
オックステールで作ったホックル。

 

*ポーランド編、次回も続きます!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

orient00_writer01

サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

紀行エッセイガイド好評発売中!!

orient00_book01

イスタンブルで朝食を
オリエントグルメ旅

orient00_book02

おいしい中東
オリエントグルメ旅

   

 

旅とメイハネと音楽と
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー