ブーツの国の街角で

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#82

 ルーマニア・トランシルヴァニア地方: 〜ブーツの国を飛び出して〜 (4)

文と写真・田島麻美

 

 

もう一度食べたい! 絶品トランシルヴァニアの味10選

 

 地理的にはイタリアに近い距離にありながら、ルーマニア料理については何も知らなかった私だが、トランシルヴァニア地方に滞在した1週間はとにかく美味しいものを食べまくっていた記憶が残っている。現地の人たちに教えてもらった話によると、ルーマニアでは小麦や大麦、ぶどう、とうもろこし、ひまわりの種などの生産が盛んで、良質な材料から作られるビール、ウォッカ、ワインと言ったアルコール類は世界的に見ても質が高く価格が安い。伝統料理も農業大国ならではの有機栽培の自然食材をふんだんに使用し、オスマン帝国時代から残るトルコ料理、また近隣のハンガリー料理、セルビア料理、オーストリア料理の影響を受けたバラエティ豊かなメニューがずらりと並ぶ。主食は小麦ととうもろこしで、特にとうもろこしの粉を煮て牛乳とバターを混ぜた「ママリガ(Mamaliga)」は食卓には欠かせない。メインとなる肉や魚も新鮮でとても美味しく、しかも驚くほど安い。一例を挙げると、ちょっと高級なレストランでビールとデザートを含めお腹いっぱい食べても1500円前後で済む。
 トランシルヴァニア地方は内陸のため肉料理が中心で、豚や牛、羊、鶏肉などをパプリカやジャガイモなどと一緒に煮込んだり、グリルしたものが伝統料理となっている。野菜も豊富で特にパプリカ、玉ねぎは隠し味としても良く使われている。テーブル習慣で興味深かったのは、ルーマニアではレストランでも「ワンプレート」でサーヴされること。例えば、肉料理を頼むと大きな皿に主食のママリガと肉料理、付け合わせの野菜が一緒に載っているものが出されるので、注文が一度で済むのは嬉しいシステムだ。馴染みがなかったルーマニア料理だが、一度食べたら忘れられない味のオンパレードで、写真を見返すたびに恋しくなっている。今回は肉料理からデザート、屋台の味まで、トランシルヴァニアの忘れられない味を厳選してご紹介しよう。
 

 

 

1・サルマーレ(Sarmale)
 

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 ルーマニア全土で愛されている家庭料理の代表「サルマーレ」。ひき肉と玉ねぎ、米の具を酢漬けキャベツで包んで煮込んだルーマニア風ロールキャベツは、酸味が効いたさっぱりした味わい。ルーマニアでは特別な行事や家族の集まりには決まってサルマーレを作るそうで、材料や味付けは地方や家庭によって様々なバリエーションがあるのだとか。いわばルーマニア人の「お袋の味」がこのサルマーレで、女の子がいる家では“我が家のサルマーレ”が上手に作れるようになるまではお嫁に行けない、と言われるのだとか。お世話になったルーマニア人家族のマンマが作ってくれたサルマーレは、豚挽肉と玉ねぎ、米の具を包んだものをサワークリームで煮込んだシンプルなもの。温かくても冷たくても美味しい。サワークリームが豚肉のしつこさを消し、とてもさっぱりしているので幾つでも食べられる。
 

 

2・ミティティ(Mititei)

 

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 サルマーレと並んでルーマニア料理の代表と言われる「ミティティ」。地元の人たちは省略して「ミチ」と呼んでいる。つくねのルーマニア版のような肉料理で、トルコやバルカン半島でも良く食べられているメニューだ。豚肉が使われることが多いが、これも地方や家庭によっては牛肉、羊肉などを使う場合もあるそうだ。挽肉の中に香辛料をたっぷり入れて棒状にし、香ばしくグリルしたミチはビールとの相性も抜群。ちなみにルーマニアのビールは水と同じくらいの値段でとても安くて美味しい。ミチはスーパーでもこの形状のものが売られているくらいスタンダードな料理で、レストランでも屋台でも家庭でも、ルーマニアならどこでも食べられるはずだ。様々なスパイスが噛めば噛むほど味わいを深めてくれるミチの美味しさは病みつきになるはず。ヨーグルトやサワークリームもついてくるが、そのまま食べても十分深い味わいが楽しめる。
 

 

3・チョルバ・デ・ブルタ(Ciorba de Burta)

 

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 ルーマニア語で煮込みのことを「チョルバ」と言うのだが、レストランなどのメニューでは、チョルバ=スープとなっている。トマトスープや野菜スープ、チキンスープなど、豊富なメニューが揃うスープ類は前菜がわりという位置づけで食されている。ルーマニア人が大好きなこのチョルバ・デ・ブルタは牛のモツをサワークリームで煮込んだもので、私は勝手に「ルーマニア風トリッパ・スープ」と名付けた。モツは柔らかくて臭みがなく、とても美味しい。ローマのトリッパや日本のモツ煮込みを食べ慣れた舌にはほんのり甘くて酸味があるサワークリームとモツの組み合わせが衝撃的だが、口当たりがさっぱりしていると同時に繊細な甘味、酸味、コクとモツの歯応えが楽しめるというバラエティ豊かな一品だ。食事の最初にさっぱりしたモツ煮込みを食べるという習慣も面白かった。
 

 

4・パプリカーシュ(Paprikas)

 

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 東欧、トルコ、西欧、バルカン半島のミックス文化が食卓でも楽しめるのがトランシルヴァニア地方の魅力だが、ミチなどの肉料理にトルコやバルカン半島の影響が見られる一方、隣国ハンガリーの伝統料理「パプリカーシュ」もこの地方の郷土料理として親しまれている。正統派レシピでは鶏肉を粉パプリカ、トマト、玉ねぎなどと一緒に煮込む。トランシルヴァニアで出会った料理は鶏肉と玉ねぎ、パプリカにサワークリームを加えてよりまろやかな味に仕上げ、主食のママリガと一緒にいただくのが定番となっている(写真上)。使う肉や入れる野菜によってバリエーションもある。豚肉のパプリカーシュはベースに胡椒とトマトを加えて煮込んだもので、よりスパイシーな味わいが楽しめる(写真下)。
 

 

5・グラシュ(Gulas)

 

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 ハンガリーの代表的な料理として知られるグラシュ(ハンガリー語ではグヤーシュと発音)は、ドイツやオーストリア、スイスなどでも親しまれている牛肉の煮込み料理。ラードと肉、玉ねぎ、パプリカをメインに香辛料と一緒に長時間煮込んだこの料理は、日本のハヤシライスの原型とも言われている。ハンガリー発祥だがルーマニアでも非常にポピュラーな料理で、特にハンガリー系住民が多いトランシルヴァニア地方では郷土料理の一つとなっている。トロトロに煮込んだ牛肉の旨味が染み込んだスープにママリガやジャガイモ、ピラフなどの主食を絡めて食べる。写真はシギショアラのレストランでいただいた「トランシルヴァニア産ビーフのグラシュ」。新鮮な素材の味が凝縮したボリューム満点のワンプレートは約900円という驚きの安さだった。
 

 

6・トキトゥラ(Tochitura)

 

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 サルマーレ、ミティティと並び、ルーマニアの国民食と言われているのがこのトキトゥラ。グラシュやパプリカーシュ同様、パプリカと玉ねぎと一緒に豚肉を煮込んだもので、ママリガと一緒に食べる。トキトゥラはルーマニア全土のレストランで食べられる定番料理だが、これも地方によってバリエーションがあり、メニューには「〇〇風トキトゥラ」というように地名が付いていることが多い。煮込んだ肉の上に必ず目玉焼きが載っているのが特徴で、更に好みでチーズやサワークリームをトッピングすることもできる。伝統的なレシピでは豚肉を使用するが、ソーセージや牛肉などを使うこともある。グラシュよりもさっぱりした口当たりで、豚肉のジューシーな味わいが引き立つ一皿。
 

 

7・ゴゴシュ(Gogosi)

 

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  トランシルヴァニアのストリートフードの王様「ゴゴシュ」。街歩きに出た時のランチはほとんどこのゴゴシュ(地元の人は〝ゴゴーシ〟と発音していた)で済ませていた。ハムやチーズ、トマトソースなどを入れたパン生地を揚げたいわゆる「揚げパン」で、お値段は1個100円以下(写真上)。ジャムやチョコレートクリーム、砂糖をまぶした甘いゴゴシュもあり、こちらはデザートやおやつに最適。旅の間、揚げたての熱々を広場のベンチに座って食べるのが日課だったが、これがとにかく美味しく、街歩き時間をレストランで減らしたくないツーリストにとっては最高のランチだと思う。トランシルヴァニア地方の街ならどこにでも「ゴゴセリエ/ Gogoserie」と呼ばれる売店が通りや広場沿いに見つかる(写真下)。ゴゴセリエでは他にも焼き立てのパンが揃っていて、ピザ風のパンやドイツ風のプレッツェル、甘い菓子パンなどもたくさんある。どれも1個100円以下で買え、売店によってはコーヒーなどドリンク類をそろえている店もあるのでお手軽なランチやおやつタイムにゴゴセリエはとても重宝する。

 

 

8・パパナシ(Papanasi)

 

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 ゴゴセリエの菓子パンをはじめ、オーストリア風のチョコレートケーキやシュトゥルーデルなど様々なスイーツが集まっているルーマニア。中でも「ルーマニアのお菓子といえばコレ!」と言われているのがパパナシという揚げドーナツ。カッテージチーズが中に入ったドーナツの上に、サワークリームやジャムなどを、これでもか!とかけて食べる。見た目だけでも激甘なのが理解できたので甘い物が苦手な私は手を出す勇気がなく、売店の看板だけ写真に撮らせてもらった(上)。同行のルーマニア人の話では、「ドーナツはふわふわでそんなに重くないわよ」とのことだったが、チーズ入り揚げドーナツ&クリームとジャムの組み合わせが軽いとはどうしても思えずにパス。売店のおっちゃん(下)のこの太鼓腹を見ればどれくらいのカロリーがあるかは容易に想像がつく。パパナシはレストランのデザートメニューには必ずあるが、普通のカフェテリアなどでは置いていない店も多い。
 

 

9・コゾナクル・セクイェスク(Cozonacul secuiesc)
 

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 トランシルヴァニア地方で「コゾナクル・セクイェス=セーケイ人のケーキ」と呼ばれている焼き菓子は、ハンガリーの伝統菓子キュルテーシュカラーチのこと。セーケイ人とはトランシルヴァニア地方のハンガリー系少数民族を意味し、ハンガリー系の住民が多いこの地方ならではの伝統菓子である。「クルトシュ・カラーチ」とも言う。長い円筒状の鉄棒にパン生地を巻き付けて回転させながら焼き上げ、シナモンや砂糖、ナッツ類などをまぶした焼き菓子は朝ごはんやおやつによく食べられている。よくバウムクーヘンと比較されるそうだが、作り方も味も全く異なる。長い筒状の形から「煙突菓子」とも呼ばれ、街の広場や路上などに焼き立てを売る売店も出ている。長さは30cmほどあり、棒状の菓子をくるくると解いてちぎりながら食べる。ほんのり甘い生地にシナモンがよく合い、食べ始めると止まらなくなる。ハンガリーやルーマニアでは結婚式やお祭りなどの行事の時に欠かせないお菓子として愛されている。
 

 

10・ルーマニアビール・ウルス(Ursus)

 

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 忘れられないルーマニアの味、最後はルーマニア人が誇るビール「Ursus/ウルス」。農業大国で小麦や大麦の生産が盛んなルーマニアでは、ビールが非常に良く飲まれている。スーパーで売られているビールは水と同じくらいの値段でとても安い。ルーマニアでよく飲まれているビールの銘柄としては、TUBORUG、Beck’s、Ursusなどがある。ビール好きのルーマニア人が胸を張ってお勧めしてくれたのはもちろんルーマニアのビール「Ursus(熊の意味)」。1878年にクルージ・ナポカの醸造所で誕生したこのビールのキャッチフレーズは、「ルーマニアのビール王、ウルス!」。 同行したルーマニア人御一行もこのビールを飲む時はこのキャッチフレーズを叫びながら乾杯していた。どっしりと深い味わい、麦の香りとほのかな苦味が特徴。ライトビールが好みの人はクセが強いように感じるかもしれないが、ミチなど香辛料が強い肉料理にはこの重厚なビールの風味がぴったりと合う。ルーマニアで一度は試して欲しいビールだ。


 

 

<参考サイト>

ルーマニア観光・商務局公式サイト(日本語)

https://www.romaniatabi.jp/

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年8月13日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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