ブーツの国の街角で

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#81

ルーマニア・トランシルヴァニア地方: 〜ブーツの国を飛び出して〜 トラシルヴァニアへ爆走1800kmの旅(3)

文と写真・田島麻美

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人生初のルーマニア旅行から帰国した直後、新型コロナウイルスの感染爆発によってイタリアが全土封鎖という前代未聞の事態に陥ってしまった。ローマの自宅に戻って二日後、私たちが滞在していた街がロックダウンに入ったという知らせを聞いて冷や汗が出たことを今も鮮明に覚えている。旅の行程がほんのちょっとでもずれていたら、あのままトランシルヴァニアの片隅で数ヶ月間の隔離生活を送る羽目になっていたかもしれない。そう考えると本当にラッキーだったとしか言いようがない。今ではまるで前世の出来事のように感じられるトランシルヴァニア滞在。まだ世界がコロナの脅威に直面する前、気楽なツーリストとして楽しく過ごした冬の1週間の記憶をたどりながら、中断していたトランシルヴァニア紀行の続きをお伝えしていきたい。今回は、不思議な魅力に満ちたトランシルヴァニア屈指の古都・シビウの歴史地区をご紹介しよう。
 

 

 

ドイツ人入植者が設立したギルドの街

 

 トランシルヴァニア地方南部に位置するシビウは、かつてローマ人が住んでいた場所に12世紀に入植してきたザクセン人(=ドイツ人)によって建設された街。ルーマニアの他の街と異なり、中世ドイツの街を思わせる独特の異国情緒に満ちている。おとぎ話に出てくるようなトンガリ屋根の教会や赤煉瓦の屋根が連なる可愛らしい街は、トランシルヴァニアきっての観光地として欧州では広く知られているのだが、アジアやアメリカからの観光客はまだ少ない。鉄道、バスで各地からアクセスできる他、ドイツやオーストリアからの便が発着する空港もある。駅前の広場から旧市街の中心ピアッツァ・マーレまでは歩いて10分ほどで到着。この広場を拠点に歩けば、1日で主要な観光スポットを楽に網羅できる。
 中世時代から街の中心であった歴史地区の大広場「ピアッツァ・マーレ」は、15世紀から19世紀にかけて建てられたドイツ風の建築物に取り囲まれている。広場に立ってぐるりと見回すと、まるで中世ドイツの街に来たような感覚を覚えるはずだ。欧州のほぼ中央に位置するシビウの街は、古くからヨーロッパとバルカン半島を行き来する重要な貿易拠点であった。ドイツ人入植者はこの地の利を活かし、商業都市としてシビウの街を繁栄させてきた。14世紀には19の異なる職人の組合「ギルド」が分担して街の統治を行うようになり、その後16世紀の最盛期にはウィーンにも匹敵する都市として知られるようになったという。ギルドによって繁栄を築いたシビウの街は、中世以降、自国ルーマニアの他の街や欧州各国、オスマン帝国など他国の羨望の的となり、常に侵略の危険にさらされていた。そのため、ギルドは統治だけでなく、街の防衛も分担して請け負った。城壁沿いに今も残る見張り塔には、「大工の塔」、「陶芸職人の塔」、「なめし皮職人の塔」など、それぞれの区画の防衛を担当した職人組合の名前が付けられている。
 

 

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シビウ観光の拠点となるピアッツァ・マーレ(大広場)。聖三位教会や市参議堂など、15〜19世紀の美しい建築群が集まっている(上)。シビウ市街の地図。歴史地区はバスターミナル・鉄道駅から徒歩10分ほど(中)。左手にはルーマニア最古の博物館・ブルケンタール博物館、右手にはシビウ市庁舎の建物が立つ。ツーリストインフォメーションは市庁舎1階にある(下)。

 

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大広場の入り口の通り沿いにスターバックスを発見!ルーマニア限定の可愛いエスプレッソカップを即買いしてしまった(上)。広場の四方に伸びた大通りはブティックやカフェ、レストランが軒を連ねるショッピング・ストリートになっている(下)
 


 

 

小広場から中世のロウアータウンへ

  
 大広場のいくつかの建物には通りぬけができるアーチ型の通路ができていた。興味を惹かれてくぐってみると、カラフルな可愛らしい建物が並んでいる小広場に出た。建物の背後に一際高くそびえるトンガリ屋根が目につき早速足を向けると、数分後、壮大なゴシック様式の教会が姿を現した。フエト広場にあるルター派の福音教会はシビウ大聖堂の名で知られ、街のランドマークにもなっている。ドイツ人ギルドによってシビウの街が繁栄し始めた1320年に建設されたゴシック様式の教会は、その後17〜18世紀のバロック時代に増改築され現在の姿になった。残念ながらシーズンオフの改修工事中で内部を見ることができなかったが、解説によると6002本もの管を持つ南東ヨーロッパ最大のバロック様式のパイプオルガンがあるらしい。トランシルヴァニアの他の街でもそうだったが、冬期に訪れると主要な観光スポットはどこもメンテナンス工事に入っていて見学できないのがとても残念だった。知らずに来たので仕方がないが、この地方を訪れる際には季節をしっかり選んで旅程を組むことを強くお勧めする。
 気分を取り直し街歩きに戻ると、教会の脇道に再びアーチ型の通路が見えた。通路の下は階段になっていて、その先には古いレンガの家並みが続いている。シビウの歴史地区は大広場があるアッパータウンと城壁の下にあるロウアータウンに分かれているのだが、どうやらこのアーチがロウアータウンへの入り口らしい。降りて行くとまるで歴史映画のセットのような趣のある風景が目に飛び込んできた。ロウアータウンからアッパータウンを見上げると、城壁の上に突き出した大聖堂のトンガリ屋根が一段と高く見える。レンガの城壁は中世時代から続く街の防御システムの結晶で、アッパータウンは何重にもなったリング状の城壁で守られていた。最も高い防壁は10mにも及び、レンガの壁と数カ所に設置された見張り塔は一体となっている。しかも城壁内部は迷路のように入り組んだ通路で繋がり、不意の侵略者から街を守るためのさまざまな要塞システムが組み込まれていたという。防衛のために当時の職人たちが持てる才能と技術の全てをつぎ込んで作り上げたこのレンガの城壁は、シビウのドイツ人職人たちの生きた証として、数世紀を経た今も誇らしげにアッパータウンを支えている。
 

 

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大広場の建物の中は通り抜けができる通路になっている。アーチをくぐると可愛らしい小広場に出た(上)。荘厳なゴシック様式の鐘楼が印象的なルター派の福音教会・シビウ大聖堂(下)
 

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大聖堂脇の小広場の一角に、ロウアータウンへ続く階段がある。アーチを降りて、階段から眺めるロウアータウンの風景はとても印象的で美しい(上)。左手にアッパータウンを囲む高いレンガの城壁、右手に庶民が暮らした中世の面影が残るロウアータウンが広がっている(中上)。ロウアータウンの歴史を感じさせる趣のあるショップ(中下)。16世紀にオスマン帝国からの侵略を防ぐため、より強固に作られた城壁の一部が今も残っている(下)。

 

 

 

嘘つき橋と時計塔、不思議な屋根の目
 

 シビウ市民の生活エリアでもあるロウアータウンを散策した後、再びレンガの階段を登ってアッパータウンへ戻る。城壁と階段の間に、何やらとても美しい鉄橋が見えた。シビウの歴史地区には主要スポットごとにQRコードで読み取れる観光ガイドの看板があるので、ガイドブックを持ち歩かなくても解説が読めるのはとても便利だ。早速見てみると、この橋は「嘘つき橋」と呼ばれているルーマニア最古の鉄橋であることがわかった。1859年に建設され、「この橋の上で嘘をつくと橋が崩れ落ちる」という言い伝えがあるのだそうだ。由来となった嘘つきの伝説は諸説あり、どれが本当なのかはルーマニアの人たちも知らないらしいが、実際には元となったドイツ語の「Liegebrücke(横たえる橋)」という名前が「Lügebrücke(嘘の橋)」に転じた、というのが真相らしい。

 

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ロウアータウンからレンガの階段を登ってアッパータウンへ。城壁の間に装飾が美しい鉄橋が見える(上)。この上で嘘をつくと橋が崩れ落ちるという言い伝えがある「嘘つき橋」(中)。橋の真ん中からアッパータウンの小広場を望む。反対側にはロウアータウンの景色が広がり、橋の上は絶好の展望ポイントになっている(下)。
 

 

 嘘つき橋から小広場に向かって歩き、街のシンボルとして親しまれているシビウ市参議堂の時計塔の入り口に着いた。ラッキーなことに、ここはシーズンオフでも開いていたので早速登ってみることにした。13世紀〜14世紀の創建と言われる時計塔だが、入り口の看板には12世紀と書かれていて、観光ガイドには1588年に建てられた、とある。なんだか随分と時代差があるが、恐らく原型となった12世紀の塔をその後改築したのではないかと想像する。塔の内部は中世時代らしき重厚な木製の狭い螺旋階段がどこまでも続いている。途中階に、「注意!! 刺激の強いイメージがあります」という真っ赤な看板があったのだが、ルーマニア語がわからないのでそのまま無視して部屋に足を踏み入れ、思わず叫んでしまった。中世の拷問部屋だったらしい室内には、斬首用の斧を振り上げた真っ黒な頭巾を被ったマネキン男が無言で立っていたのだ。心臓の弱い方にはお勧めできないリアルな情景なので、塔に入る際は気をつけた方がいい。バクバクしている心臓を落ち着かせ、階段を登りきって塔の天辺に到着。四方の窓からは、シビウ歴史地区の見事なパノラマが360度見渡せるようになっていた。さっきの拷問部屋のショックも忘れ、晴々した気分で赤煉瓦の街並みに魅入った。
 

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小広場に面した時計塔の入り口。塔の下は大広場へ抜けるトンネル通路になっている(上)。木製の螺旋階段を上り詰めると展望フロアーに出る。窓越しにシビウ市街の展望が望める(中)。塔の上から見た大広場の風景。反対側のロウアータウンのパノラマとの比較も面白い(下)
 

 

 ところで、街歩きをしながらとても気になったのが、どの家の屋根にも付いている「人の目」のような形の窓。最初に大広場の建物の屋根を見た時に目を奪われたのだが、それ以来どこへ行っても、街の風景の中にある建物の屋根という屋根に付いている「目」が気になって仕方ない。見れば見るほど、なんだか建物そのものが生きていて、まるで街から見張られているような錯覚に陥ってくる。シビウの街並みを一際個性的なものにしているこの小さな窓は、部屋の換気と明かりとりのために付けられたもので、旧市街のどの家の屋根にも付いている。塔に登ってパノラマを見渡すと、街の家々から一斉に見つめられているような気分になり思わずドキッとしたが、恐らく他国の侵略者たちもこの光景には度肝を抜かれたに違いない。明かりとり用でつけられた窓だが、きっと防衛にも一役買っていたはずだ。
 

 

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一度見たら忘れられない強烈な印象を残すユニークな屋根の目の窓。シビウの街を歩いていると、ずっと誰かに見られているような不思議な気分になってくる。
 

 

 

圧巻のルーマニア正教大聖堂

 

 シビウ1日観光の最後に訪れたのは、ルーマニア正教会の大聖堂。歴史的にはドイツ色が強いシビウの街だが、時代の移り変わりとともにルーマニア人、ハンガリー人の進出が目立つようになり、それに伴って宗教の拠点も増えていった。ルター派の福音教会はかつてのドイツ人入植者たちの魂の拠り所だったが、19世紀にオーストリア帝国がルーマニア正教を認可したことから、この街にルーマニア正教会の大聖堂も置かれることになった。現在、このルーマニア正教大聖堂はトランシルヴァニア地方の正教会の拠点となっている。20世紀の初めに建設されたこの大聖堂の内部は黄金と極彩色のフレスコ画で装飾され、訪れた者を圧倒する。聖堂内に一歩足を踏み入れれば、信者でなくとも自然と厳粛な気持ちになるはずだ。シビウの歴史地区には、このルーマニア正教会の大聖堂・ドイツのルター派福音教会の大聖堂と並び、大広場北側に位置するバロック様式のカトリック教会もある。福音教会はザクセン人、カトリック教会はハンガリー人、ルーマニア正教会はルーマニア人というように、3つの教会を見るだけでもその複雑な歴史を感じることができるだろう。東欧と西欧の交差点であるシビウの街には、長い歳月をかけて様々な人と文化が混在して作り上げた独特の文化が息づいている。
 


 

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トランシルヴァニア地方ルーマニア正教会の重要な拠点となっている大聖堂。20世紀の建設とあり、外観はシンプルだが内部は伝統的な東方教会の装飾が施されている。敬虔な祈りの場なので、礼儀を払って訪問したい。
 

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ルーマニア正教大聖堂の内部。カトリック教会と異なり、ひざまづいて祈る東方教会では椅子が置かれていない。黄金とブルーを基調とした極彩色の装飾は圧巻。

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

トランシルヴァニア観光の拠点となるブラショフBrasovからシビウまでは鉄道で約3時間。世界遺産の街シギショアラからシビウまでは鉄道で2時間半。その他の街からはバスなどでもアクセスできるが鉄道よりも時間がかかる上、時間が不定期なので注意が必要。一方、シビウにはウィーンやミュンヘンからの便が発着する空港もある。オーストリア、ドイツから空の便を利用すれば、ルーマニア国内から鉄道で移動するよりも簡単にアクセスできる。
 

 

<参考サイト>

ルーマニア観光・商務局公式サイト(日本語)

https://www.romaniatabi.jp/

 

 

シビウ観光サイト(日本語)

https://www.romaniatabi.jp/regions_cities/sibiu.php
 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年7月23日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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