東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#81

ミャンマー・東大学線〈2〉

文・写真  下川裕治

田園地帯の支線から支線へ 

 ミャンマー近郊線。そこには環状線からのびる4本の支線があった。ダゴン大学線、コンピュータ大学線、東大学線、そしてティラワ線だった。このうち東大学線が未乗車区間だった。なぜ、これだけ大学に向かう支線が多いのかというと、かつての民主化運動に起因していた。

 ミャンマーの民主化運動の拠点になったのは、ヤンゴン市内の大学だった。軍事政権は民主化運動の再燃を防ぐために、大学や学部を郊外に移転させた。学生間の連携を難しくするのが目的だった。軍事政権は、大学や学部を移転した以上、そのアクセスを確保しなくてはならなかった。そのなかでいくつかの支線がつくられたのだ。

 しかしその後、軍事政権から民政に移り、学生運動も下火に。大学はヤンゴン市内に戻りつつある。郊外大学のなかには通信制に移行させたところもある。

 つまり大学支線はあまり意味がなくなってきていた。しかしミャンマー国鉄は、律儀に路線を存続させていた。

 近郊路線を乗りつぶすとき、トーチャンカレー駅が重要な位置にあった。ダゴン大学線、東大学線、ティラワ線の3線が通っていた。

 東大学行き列車は、トーチャンカレー駅に到着した。そこで進行方向を変え、ティラワ路線に入っていく。しばらく進み、オクボス駅に着いた。

 その途中で寝入ってしまった。トーチャンカレー駅から先は、急に風景がのんびりしてくる。家が消え、水田地帯が広がるようになる。乗客も少ない。青色のペンキで塗られたベンチのような椅子に靴を脱いであがり、窓から吹き込む風を頬に受けていると、つい目頭が重くなってしまった。

 目覚めると、オクボス駅の手前だった。田園地帯のなかにぽつんと駅が見えてきた。

 東大学線は、考えようによっては、面倒な路線だった。トーチャンカレー駅からティラワ線という支線に入り、さらにそこの途中にあるオクボス駅から支線に入っていく。支線の支線である。東京近郊でいうと、五日市線のような存在だった。新宿から中央線で立川まで行く。そこから青梅線がひとつめの支線。その途中にある拝島から武蔵五日市へ向かう線が五日市線だった。

 考えようによっては難しい……というのは、日本式の発想をするからだ。五日市線を見ても、立川か拝島と終点の武蔵五日市の間をピストン輸送する便が圧倒的に多い。つまり、都心から武蔵五日市に行こうとすると、立川と拝島の接続を考えることになる。難しいというのは、そのためだった。

 しかしミャンマー人は、そういうことは一切考えない。ヤンゴン駅発の時刻表を調べると、東大学行きとティラワ行きが、ぽつん、ぽつんとあるだけだった。

 ミャンマー人はなにも悩まず、ただその列車に乗る。しかし東京の電車が頭に刷り込まれている僕はそこであがくことになる。ティラワ行きに乗って、途中のトーチャンカレーかオクボスで、東大学行きに乗ることはできないだろうか……と。

 ヤンゴン駅には、その乗り継ぎが簡単にわかる時刻表はなかった。誰もそんなことを考えないのだから必要ないのだ。方法はヤンゴン駅の発券窓口で、運行スケジュールをしつこく訊き、自分で組み合わせるしかなかった。日本人のなかにも同類がいて、ネットにトーチャンカレー駅の発着時刻表を掲載している人もいた。

 しかしヤンゴン近郊線は、直前にスケジュールが変わったりする。事前に調べることはあまり意味がなかった。

 で、あれや、これや、と調べた結論をいうと、無駄骨だった。接続はうまくいかない……。考えるだけ無駄だった。

 列車のなかで寝入ってしまう心境がわかるだろうか。なにも考えなくてもいいのだ。ただ乗っていれば、東大学に着く。

 ところがオクボス駅で列車は30分も停車していた。訊くとティラワから戻る列車が遅れているのだという。一応、待ち合わせを考えているのかと思ったが、駅員がいうことは違った。オクボスから先で線路は枝分かれするが、そこまではティラワ線と同じ線路を使う。それが単線だから、ティラワから来る列車を待たなくてはいけないのだという。

「……」

 ティラワからの列車の運行状況を見て、先に発車するという発想もなかった。

 ようやく列車はティラワを離れた。まもなく分岐。そのとたん、列車は左右にゆれはじまた。椅子から放り出されそうになった。ここまでは線路のメンテナンスも届いていないらしい。

 

DSCN1624オクボス駅と東大学駅間の車窓風景。この先に大学があるとはとても思えない。


 終点の東大学との間には、無人駅がひとつあるだけだった。東大学は森のなかにその建物が少し見えた。コンクリートづくりだが、2階建ての小さなものだった。乗客は僕以外に6人ほど。そのうちふたりは20脚以上の椅子を積み込んでいた。貨物列車のように使っていた。これだけ客が少ないのに、列車は6両編成だった。


DSCN1613東大学駅。乗降客は少ない。学生の姿は見なかった

 

東大学駅で、機関車の付け替え作業。1日に4~5回行われる。なんだか虚しく映る

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』『東南アジア全鉄道制覇の旅 インドネシア・マレーシア・ベトナム・カンボジア編』『週末ちょっとディープなタイ旅』『週末ちょっとディープなベトナム旅』『鉄路2万7千キロ 世界の「超」長距離列車を乗りつぶす』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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