ブーツの国の街角で

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#80

ルーマニア・トランシルヴァニア地方: 〜ブーツの国を飛び出して〜 爆走1800kmの旅(2)

文と写真・田島麻美

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未知の国ルーマニア滞在記。第2回はトランシルヴァニア地方のさまざまな都市の顔をご紹介しよう。
 

 

 

1・トゥルグ・ムレシュ

 

  滞在先があるトゥルナヴェニの街はだだっ広いルーマニアの大地のほぼ中央に位置していた。町には鉄道の駅やバスターミナルもあったが、トゥルナヴェニ自体は観光地ではなく、しかもシーズンオフの時期で便が少ないとあって周辺の街を公共交通機関で移動するのは至難の技だった。幸い招待してくれたルーマニア人一家が車を出してあちこち案内してくれたので、観光とは若干異なる視点からトランシルヴァニア地方の街の素顔を知ることができた。
 ルーマニアに着いて最初に訪れたのは、トゥルグ・ムレシュという街。ムレシュ県の県都がある大きな街は、第二次大戦後のルーマニア共産主義政権時にハンガリー人自治県の中心地だったのだそうだ。その名残があってか、現在でもトゥルグ・ムレシュにはハンガリー色が色濃く残っている。住民も約半数はハンガリー人で、建物や食文化にもその影響が見られる。
 きれいに舗装された大通りに沿って、緑の木々が植えられた広々とした遊歩道が伸びている。日光浴を楽しみながらのんびり歩く老夫婦や小さな子ども連れの家族があふれる広場は平和そのものの光景が広がっている。しかし、広場の中央に置かれた青年の銅像について尋ねた時、第二次世界大戦時とその後の共産主義政権時にこの街が工業・経済の中心的な拠点として住民が苦難を強いられたことを知った。さらに、1990年に共産主義政権を倒したルーマニア革命では、ここトゥルグ・ムレシュの街は対立するハンガリー人とルーマニア人の激しい暴力抗争の舞台だったのだそうだ。案内してくれたルーマニア人夫妻はチャウシェスク政権下で生まれ育った世代で、ほとんど同世代でありながら、平和な時代の日本で生まれ育った私とはまるっきり違う人生を彼らが歩んできたことに思い至った。
 

 

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たくさんの車が行き交うトゥルグ・ムレシュの中心ピアツァ・トランダフィリロル(上)。2つの大通りの中央部は遊歩道と広場になっている。ベンチで日向ぼっこやお喋りを楽しむ人々で賑わっていた(下)

 

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「ルーマニア (Romania) 」の国名は「ローマ人の国」を意味する。ムレシュ県庁舎の正面にもローマのシンボルである狼と双子の像が鎮座していた(上)。1913年に完成したアール・ヌーヴォー様式の「文化宮殿」はこの街の貴重な文化遺産。内部はコンサートホールや劇場として利用されていて、室内装飾も必見!と言われたが、残念ながら2月は公開時間が短く見学できなかった(中)。ピアツァ・トランダフィリロルの両脇には優雅で美しい歴史的建築物が並んでいる(下)
 

 


 

教会だらけの街と中世の集落を歩く

  
 お喋りをしながらゆったりと広場を歩いて行くと、突き当たりにルーマニア国旗がはためくモダンで巨大な建物があった。ドームの上に十字架があるのを見ると、どうやら教会のようだ。ルーマニア人ご一行に「入りましょう!」と促されて中に入ると、ルーマニア正教の教会であることがわかった。内部は一切撮影禁止なのでカメラはバッグにしまい、床から天井まで黄金の装飾に輝く教会の荘厳な美しさを目に焼き付けた。外観はモダンだが、内部の装飾はラヴェンナのビザンチン様式のモザイク画を彷彿とさせる伝統的な正教会の様式で埋め尽くされていた。カトリックの教会を見慣れてきた私の目には、正教会の重厚で古風な芸術がとても新鮮に写る。教会内にはルーマニアの手工芸品としても名高いイコンがたくさん売られていた。
 豪華絢爛な教会芸術を堪能し、再び街歩きに出ると、角を曲がるごとに大きな教会の建物があることに気付いた。歩けば歩くほど、その数は増していく。どうしてこんなにたくさんの、しかもホテルより大きな建物の教会があるのか? と尋ねた私に彼らはこう教えてくれた。「チャウシェスク政権時代はあらゆる信仰が禁止されていたのよ。だから政権が崩壊して新しい時代になった時、住民たちが真っ先に造ったのが教会だったの。ルーマニアには正教会の信者もいればカトリックもプロテンスタントもユダヤ教徒もイスラム教徒もいる。宗教の自由が再び認められてから、みんなこぞって教会や聖堂を建て直したの。どの教会も外観がモダンなのはそのためよ。でも正教会の内部はどこもかつての伝統的なスタイルを維持しているわね」。長い歴史を持つ教えでありながら止むなく中断しなければならなかった時代の空白を埋めようとするかのように、正教会の装飾はかつての伝統スタイルを厳格に守っていた。
 

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トゥルグ・ムレシュの目抜き通りに面した広場の最奥にあるルーマニア正教会のウナルツァレア・ドムヌルイ大聖堂。外観はシンプル&モダンだが、内観は中世風のフレスコ画や金色のイコンなど、荘厳な装飾があふれている(上)。大聖堂の扉に施された伝統的な木の工芸装飾(下)
 

 

  美しく厳かな正教会の芸術を堪能した後は、地元のカフェで一休み。広々としたサロンに重厚な木の天井、美味しそうなケーキがずらっと並んだカウンター。ルーマニアのカフェ事情は全くわからなかったが、内部を一見しただけでレベルの高さが予測できる。これは期待できそう。ドリンクメニューにはドリップ式のコーヒーもあったので、大きなマグカップにいっぱいのコーヒーとダークチョコレートのケーキを注文。どちらも期待以上の美味しさ、しかも5ユーロにも満たない安さで感動した。
 カフェタイムを満喫した後は、街外れにある中世時代の要塞が残る公園を散歩。レンガの城壁に囲まれた公園内には、修復中の教会を中心に、古代遺跡や中世の回廊などが点在している。園内にはカフェなどもあり、市民の憩いの場となっているようだ。建造物の修復は最近なされたもの、あるいは現在進行形で修復が進んでいる建物ばかりで、この公園も、恐らく共産主義政権崩壊後に街の歴史遺産を保護する目的で造られたのではないかと想像できた。強烈な夕陽を受けて真っ赤に染まったレンガの城壁を見ながら、一度は奪われた自分たちのルーツとアイデンティティを、この街の人々が懸命に取り戻そうとしているような気がしてならなかった。
 

 

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街歩きの途中で立ち寄ったレストラン兼カフェテリア。朝から晩まで営業している。コーヒーはドリップ式もエスプレッソもあり、ドリンクメニューも豊富。ゆったり時間をかけて休憩できるのが嬉しい(上)。絶品オーストリア風ザッハトルテ。驚くほど安くて美味しかった(下)
 

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街の東端にある中世時代の要塞公園。園内には教会や中世の住居、職人の工房跡なども残っている(上)。城壁に沿って造られた見張り窓がある回廊。一部は登ることができる(下)
 

 

 

2・シギショアラ


 トランシルヴァニア地方で最も有名な観光地であるシギショアラは、今回の旅のメインスポットでもあった。世界遺産にも登録されている「ルーマニアの宝石」と呼ばれるこの中世の要塞都市は、12世紀にドイツから移住したトランシルヴァニア・ザクセン人によって建設された。ドラキュラのモデルと言われているヴラド3世生誕の地でもあり、トランシルヴァニアの歴史と自然と伝説が共存している街だ。
 歴史地区へ足を踏み入れると、前日訪れたトゥルグ・ムレシュとは全く異なる風景が広がっていた。石畳の細い坂道を登って行くと、真っ先に目に入るのがカラフルなタイルの屋根が光る高い時計塔だ。いかにも中世時代の建築らしいこの塔は街のランドマークにもなっている。塔が建造されたのは14世紀、シギショアラが自治都市となったことを記念して建てられたのだそうだ。この塔に登れば一帯のパノラマが見渡せるよ、と言われて楽しみにしていたのだが、生憎シーズンオフとあって閉まっていた。なんでもルーマニアの観光地はどこもツーリストが少ない1〜2月の冬期に建物の修復工事を集中して行うらしく、後日訪れた街でも観光スポットはどこも見学できなかった。時計塔には古めかしいカラクリ人形もあり、シーズンであれば人形たちのダンスも見られただろうなと思うとちょっとがっかりした。
 一方で、シギショアラの歴史地区を彩るカラフルで可愛らしい家並みには心が躍った。街の中心にある城塞都市広場を取り囲むように、赤茶色のレンガの屋根が軒を連ねている。ちょうど広場に観光汽車が乗り込んできて、まるでテーマパークにいるかのような錯覚に陥った。ヴラド3世の生家も修復中だったが、美しい民家が立ち並ぶ通りを歩いているだけでウキウキ気分をたっぷり味わうことができた。
 

 

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ランドマークの時計塔を目指し、歴史地区へ続く坂道を登る(上)。この古いトンネルの先から歴史地区になっている。ツーリスト・インフォメーションもこのトンネル内右手にある(中上)。中世時代の雰囲気がそっくり残っている時計塔と城壁(中下)。かつての城塞の一部は屋根付きの通路になっている(下)
 

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時計塔脇の展望テラスから眺めるシギショアラの新市街(上)。カラクリ人形がある時計塔の内部は博物館になっている。ドラゴンの紋章を掲げた手前の黄色い家はヴラド3世の生家(中)。カラフルな壁と赤煉瓦の屋根が可愛らしい歴史地区の城塞都市広場(下)
 

 

 

英雄か悪者か? ヴラド3世の謎に満ちた生涯

 

  おとぎの国のような街の中をはしゃぎながら歩いていた時、石畳の道に置かれた『Hero or Villain?』という看板が目に止まった。興味をそそられて入り口をのぞくと、どうやらヴラド3世に関するアトラクションらしい。なんだか禍々しい雰囲気で入ろうかどうかためらう私に対し、「面白そう! 入りましょうよ!!」とルーマニア人一家は大はしゃぎ。多数決で入ることに決まり、入場料を払って『The Dracula Investigation』を体験することになった。
 民家を改造して造られたアトラクションは、真っ暗な部屋の中を一つ一つ見学して歩いて行く仕組みになっている。遊園地のお化け屋敷を彷彿とさせる部屋の入り口前でちょっとビビったが、まぁ、相棒もいるし、ガタイのいい男子が他に2人もいるから大丈夫だろうと心を決め足を踏み出した。
 アトラクションでは部屋ごとに、ヴラド3世の誕生からトルコの奴隷となった幼少期、そして彼がルーマニアに戻ってトルコの大軍と壮絶な戦いを繰り広げ死に至るまで、その生涯を映像と模型などでわかりやすく解説していた。有名な串刺しの場面ももちろん再現されている。苦痛と悲劇に満ちた生涯の中で大国トルコからルーマニアの自由を守ろうと全身全霊で取り組んだヴラド3世は、果たして英雄だったのか、それとも残虐な悪者だったのか。最後の部屋を出ると、小石が積まれた小さな2つの鉢が通路に置かれていた。一つには『英雄』、他方には『悪者』とあり、『英雄』の鉢には小石がぎっしり詰まっていた。同行したルーマニア人一家は脇に置かれた小石を手に取ると、迷わず『英雄』の鉢に小石を積んだ。恐ろしい残虐者として世界中の人々に知られているヴラド3世だが、ルーマニアの人々にとっては紛れもない英雄なのだ。アトラクション体験で、そのことがとてもよく理解できた。
 血生臭く重苦しいアトラクションを出ると、新鮮な空気をたくさん吸いたくなった。シギショアラの歴史地区は上下の二重構造になっているというので、一番高台のエリアまで珍しい屋根付き階段を登って行くことにした。高台にはトランシルヴァニア地方を代表するゴシック建築の山上教会があるのだが、ここもやはり閉まっていて見学はできなかった。けれど、高台の城壁越しに見下ろすシギショアラの街は、夕日に映えてとても美しかった。ヴラド3世が命がけで守り、大勢の人々の血が染み込んだ大地を見渡しながら、残酷な歴史に翻弄された人々の生涯に想いを馳せた。


 

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シギショアラの街中には様々なドラキュラグッズが溢れている。Tシャツだけでも数えきれないほどのヴァージョンがある(上)。城塞都市広場から屋根付き階段へ向かう道の途中にあるドラキュラのアトラクション(下)
 

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寒さが厳しい冬場に礼拝や学校へ行く人達のために木造の屋根を付けたという珍しい屋根付き階段(上)。最初に階段が建設されたのは17世紀半ば。以後修復改造され、現在の姿になったのは19世紀。階段は全部で175段ある(下)
 

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標高425mの小高い丘の上に築かれた要塞都市の一番高台にある山上学校。現在はドイツ人学校となっている(上)。トランシルヴァニア地方のゴシック建築の代表とも言われる山上教会の正式名称は聖ニクラウス教会。内部には中世時代の壁画などが残されている(中)。高台から見下ろすシギショアラの美しい街並み(下)
 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

トランシルヴァニア地方は首都ブカレストからはかなりの距離がある上、公共交通は発達していない。また、シーズンオフにはバスや鉄道の本数も少なくなるので移動には注意が必要だ。この地方を回る拠点となるのは恐らくブラショフBrasovだろう。ブラショフからトゥルグ・ムレシュまでは車で2時間半。世界遺産の街シギショアラにはブラショフから電車やバスでもアクセスできる。ブラショフからシギショアラまで電車で約2時間半、バスは約2時間。車なら1時間半で着く。
 

 

<参考サイト>

ルーマニア観光・商務局公式サイト(日本語)

https://www.romaniatabi.jp/

 


 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年3月26日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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