旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#80

ポーランド・クラクフ観光&グルメツアー〈2〉

文と写真・サラーム海上

クラクフのユダヤ人文化フェスティバルとは?

 2019年9月3日午前5時、クラクフの宿『Hotel Pod Różą(バラの下)』の部屋で眠っていた僕は、窓から聞こえる聖マリア教会の尖塔から流れてくるトランペットの短い不自然な切れ方をする旋律で目が覚めた。窓を開けると外は大雨だった。
 聖マリア教会は14世紀に建立されて以来、尖塔の上にトランペット吹きが昼夜常駐し、24時間定時にトランペットによって時報を演奏してきた。そのメロディーが不自然な形でハタっと中断されるのは、1340年のモンゴル侵攻に由来する。モンゴル軍の襲来をいち早く見つけたトランペット吹きが警笛を吹いている途中で、狙撃兵によって喉を射られた。その歴史が忘れられないよう、トランペット吹きが吹いていた旋律が忠実に再現されている。

 

IMG_0179午前7時、宿の窓から見える聖マリア教会の尖塔

 

 今日は旧市街の南側にあるユダヤ人地区カジミエシュ観光と、クラクフで毎年6月に開催されている国内最大のユダヤ文化フェスティバル「Jewish Culture Festival(ユダヤ文化フェスティバル)」の創始者に話を聞くのが主なミッションだ。
 朝9時前に通訳のアンナさんとともに宿のロビーで折り畳み傘を片手に待っていると、現地ガイドのドミニカさんがタクシーで迎えに来てくれた。
 大雨の中、タクシーでヴァヴェル城からヴィスワ川を抜け、日本美術技術博物館、通称「マンガ館(北斎漫画のコレクションで知られるため)」の脇を通り、再びヴィスワ川を渡り、旧市街の南側にあるユダヤ人地区カジミエシュに入る。
 カジミエシュはカジミエシュ大王によって14世紀にユダヤ人居住区とされた。当時はヴィスワ川の中洲だったが、19世紀のポーランド分割時代にオーストリア政府によって埋め立てられ、旧市街と陸続きとされた。 
 カジミエシュ地区の中心、スタラ・シナゴーグの前の広場でタクシーを降りると、雨が小雨になっていた。これなら歩けそうだ。

 

IMG_0198
秋の雨なので、タクシーに乗ったままヴァヴェル城を眺める

 

IMG_0241
カジミシェのスタラ・シナゴーグの前の広場でタクシーを降りる

 

 前回#79でも書いたが、カジミエシュは1993年のスティーヴン・スピルバーグの映画『シンドラーのリスト』で、ユダヤ人ゲットーのロケ地とされた。今でこそ再開発が進み、お土産屋やお洒落なカフェ、レストランが所狭しと並んでいるが、共産主義政権が消滅したばかりの90年代初頭には戦前のユダヤ人街を思わせる風景が残っていたはずだ。
 スピルバーグは滞在中、毎日同じ食堂に行き、地元のユダヤ料理を食べて過ごした。その店が広場の右手にある『Ariel(アリエル)』。僕たちもそこに入り、「アリエル・カフェ」というお店の名前が付いたリキュールとクリームの乗った熱いコーヒー、更にクリームチーズとレモンの砂糖漬けを使ったチーズケーキと「シャルロッカ」を頼む。
 シャルロッカは前々回#78にはズブロッカの林檎ジュース割りのカクテルと紹介したが、元々の意味はアップルパイ。林檎が名産のポーランドでは、シャルロッカは家庭ごとにレシピが異なり、誰もが「ウチのおばあちゃんが作るシャルロッカが一番!」と自慢するそうだ。「シンドラーのリスト」からそのまま抜け出てきたような暗い店内の壁には、近世のユダヤ人の生活を描いた油絵が無数に飾られていて、店内BGMにはもちろんクレズマー音楽が流れていた。

 

IMG_0244

スティーブンスピルバーグが毎晩通ったカジミシェのカフェ『Ariel(アリエル)』

 

IMG_0250
歴史を感じさせるアリエルの店内。朝食を食べた後だったので、料理は頼まなかったが、ポーランド系のユダヤ料理は何でもあった

 

IMG_0256
こちらが看板メニューのアリエルコーヒー。下にリキュール、上にクリームで身体が温まる

 

IMG_0262
こちらがアリエルのシャルロッカ。林檎の砂糖煮とシナモンたっぷりきかせたクランブルを重ねて、上に温かいクレーム・アングレーズ。これは美味い!でも朝飯食べたばかりで重い!

 

tabilistapoland1
アリエルの入り口に飾られていた、屋根の上のヴァイオリン弾き人形。もちろん売り物です


 大きなケーキとシャルロッカを三人で分け合い、リキュール入りのコーヒーを飲むと身体が温まってきたので、そろそろ散策を開始しよう。まずシェロカ通りのアリエルの並びにユダヤ文化専門の書店が目に入った。広いお店に入ると、書籍はもちろんのこと、ユダヤ音楽のCD棚が大充実していた。これは嬉しい!
 ポーランドで制作されたクレズマー音楽から、ドイツやフランスやイギリス、オランダ、アメリカ盤のCDまで、世界各地で制作されたユダヤ音楽のコレクションだ。若い女性の店員がぜひご試聴下さいと話しかけてきたが、時間がないので、彼女のおすすめCDを20枚ほど買った。中には日本で買ったほうが安いものもあるが、ここで買うのがなにかの縁なのだ。今時CDをまとめて買う客などいないのだろう。彼女から何度も何度も「本当にありがとう」と言われた。CDを買うのはラジオDJでもある僕の仕事の一部なのだから、こちらこそ「ありがとう」である。 

 

IMG_0267 (1)

カジミシェの書店の入り口の壁に描かれていたシャガール風の絵画。シャガールもベラルーシのユダヤ人町シュテットル出身だからね

 

IMG_0269
世界中のどこに行っても絶滅種といわれるCDショップ発見!しかもユダヤ音楽専門!

 

 続いて同じシェロカ通りの左側にあるレムー・シナゴーグとその奥の共同墓地を見学。シナゴーグはユダヤ教の会堂。ユダヤ人の信仰の場であるだけでなく、結婚や文化、教育の場である。このシナゴーグは三十人も入ればいっぱいの小さな建物ながら、祭壇、トーラーを広げる場所、信徒のための椅子、壁には聖書の風景を描いた絵画など、シナゴーグを構成する要素が美しくまとまっていた。
 シナゴーグの裏は共同墓地。多くの墓はナチスによって破壊されたが、有名なラビ(宗教指導者)の墓石は無傷で残されていた。一度はナチスが破壊しようと試みたが、その瞬間、空に暗雲がたちこめ、墓石の後ろの樹木に雷が落ちたため、ナチスの兵士たちも恐れをなして、二度と近づかなかったそうだ。一方、破壊された無数の墓碑は共同墓地を取り囲む壁として再利用されていた。 

 

IMG_0282
小さなレムーシナゴーグ

 

IMG_0291
レムーシナゴーグ裏の共同墓地に残るラビの墓

 

IMG_0294
第二次世界大戦で壊された墓も戦後に共同墓地の壁として再利用されていた

 

 カジミエシュには古い建物や中庭を上手く利用した雰囲気の良いレストランやカフェが無数に並んでいた。ドミニカさんはおすすめの店の前を通るたびに、僕たちを店内に案内してくれた。
 空は晴れてきて町には夏の緑が輝いていたが、どの店もそこはかとない暗さが共通していた。150年以上に及ぶポーランド分割、第二次世界大戦、その後の共産主義時代、21世紀のEU加盟まで、長い時間の流れが一見オシャレな店にさえ刻まれているのだろう。

 

IMG_0301

カジミシェにはこんなオシャレなカフェが無数にある

 

IMG_0327
ドミニカさんのお気に入りのカフェ。名前失念。次回出張時に調べます

 

IMG_0364 (1)
ナチスドイツはユダヤ人を辱めるため、神聖なシナゴーグをあえて馬小屋や物置として転用した。カジミシェにはそのおかげで破壊を免れたシナゴーグもある

 

IMG_0373

シナゴーグを改装したカフェ「Hevre」。壁には戦争の跡が

 

 12時に、カフェ『Cheder(ヘデル)』に到着。ここはユダヤ文化フェスティバルの事務所も兼ねていて、フェスの創始者ヤヌシュ・マクフさんが僕たちを待っていてくれた。

 ユダヤ文化フェスティバルはこれまでイスラエルのBoom Pamやクティマン、トルコのセルダ・バージャンといった僕の友人の音楽家たちが多数出演していた。映像作家でもあるクティマンはフェスで出会った音楽家たちと、この町の風景を元に『Mix Krakow』という映像作品を作りYoutubeに公開している。それを見た僕は、いつかこのフェスを訪れたいと思っていたのだ。

 

イスラエルのマルチ楽器奏者/ビジュアルアーティストKutimanがユダヤ文化フェスティバル出演時に制作した『Mix Krakow』

 

IMG_0332ユダヤ文化フェスティバルの事務所兼カフェのChedder

 

 ユダヤ文化に興味を持つ日本からの珍客を前にヤヌシュさんはアメリカ風を気取ったアクセントの英語でとうとうと語り始めた。
「音楽だ、映画だ、アートだ、そんなことは私にはもうどうでも良いんだよ。過去もどうでもいい。未来も考えすぎてはダメだ。多くの人が未来について語りたがるが、今について語れ! 私は今にフォーカスしているんだ。ただ、やりたいことを、心の声に従って、愛と歴史に沿って情熱的にやるだけだ。
 私は1988年、28歳の時に一回限りと思ってユダヤ文化フェスティバルを始めた。当時の私は愚かでクレイジーだったし、それでも勇気があり、ナイーブだった。それでもどこからの支援もなく、一回限りのつもりでフェスを開いた。すると翌年に共産党政府が倒れて、新政府からの支援を受けて二回目を開催出来た。その後、1994年からは毎年行うことにしたんだ。私の好きな本の中の一節に『人は計画して、未来を考える。神はそれを笑っている』というのがある。 
 ユダヤ文化フェスティバルでは音楽だけではなく、映画、小ツアー、ビジュアルアートまで、9日間で350近くのプログラムが行われる。娯楽的な音楽だけでなく、ユダヤ教の宗教歌の歌い手カントールも出演している。カントールがイスラーム教のムアジン(コーランの詠み手)と共演したこともある。二万人の観客がユダヤ教徒とイスラーム教徒が一緒に歌うのを観たんだよ。
 ユダヤ文化は旧約聖書の神殿時代から始まった。そして、西暦2世紀にユダヤ人の離散の歴史が始まった。ヨーロッパでは第二次世界大戦の1939年から45年の間に約600万人のユダヤ人が亡くなった。クラクフではそれまで千年も続いていたユダヤの文化が突然断ち切られたんだ。ここに過去はもう存在しない。このフェスティバルのヴィジョンは『過去は存在しない』、『誰もが死ぬ』、『時間は限られている』。だからこそ『今やれ!』なんだよ。 
 今ではポーランド全体で40近くもユダヤ関係のフェスティバルが存在するが、その多くは過去に向かっている。私は現在にフォーカスしている。未来は今日から始まるんだ。 
 この先、ヨーロッパには大きな戦争が訪れると私は考えている。その時まで、この公共の場所で異なる知識を持つ人々が集う、人生と愛のフェスティバルを続けるのだ。
 このフェスは追憶の場所、愛と憎しみの場所、ユダヤ文化、ユダヤの血流を復興させる場所なんだ。人の身体は焼くことが出来る。しかし、魂やエネルギーは滅びない。ユダヤ文化フェスティバルは呪われた、同時に祝福されたユダヤの1000年を共有する。
 私の話はこれまでだ。良かったら来年6月、フェスで再会しよう!」
 ヤヌシュさんは僕を相手にここまで英語で一気にまくしたてた後、今度はドミニクさん相手にポーランド語でボソボソと話し始めた。英語からポーランド語に切り替えた瞬間、険しかった表情がにこやかなポーランドのオヤジさんの表情に変わったのが印象的だった。僕はヤヌシュさんに翌年、フェスを訪れることを約束した。

 

IMG_0353

ユダヤ文化フェスティバルの主催者ヤヌシュさん


 さて、ヘデルでは取材中にイスラエル系のユダヤ料理が次々と運ばれてきていたが、僕は取材に集中していたので、ほんの一口ずつ口を付けただけだった。 
 まず人参と香菜のスープ、そしてメインはホモスとイスラエリーサラダ、デザートにはクリームチーズのムースとポーランドらしい森のベリー。こうしたイスラエル料理はポーランド料理よりも野菜中心でヘルシーなので、久々に胃を休める機会となった。

 

IMG_0342

『Chedder』でいただいた人参と香菜のスープはエルサレムの友人フランソワーズに習ったのとほぼ同じ味(連載#50ユダヤ教新年の祝日「ローシュ・ハシャーナー
 

IMG_0344

メインはホモスとイスラエルサラダ。これはいつも日本で食べているような……

 

IMG_0347
デザートはクリームチーズに森のベリー。ベリー中毒者は大至急ポーランドに来るべき!

 

ポーランド餃子のピエロギ三種

 さて今回は音楽取材が中心だったので、料理レシピは真面目に書こう。赤、緑、茶色の色違いの具材を詰め込んだポーランド餃子のピエロギ三種だ。

 1つ目の具材はポルチーニ茸とキノコの炒めもの。2つ目は牛肉の赤ワイン煮とビーツ。3つ目は茹でたほうれん草とブルーチーズ。要は自家製の餃子の皮さえ作ってしまえばあとは簡単なので、三種は面倒なら、一種類だけでも作ってみよう!

 

■三種のピエロギ

【材料(生地:30枚分)】
薄力粉:150g
強力粉:150g
卵:1個
バター:20g
水:1/4カップ
塩:小さじ1/4

*具1
舞茸:1/2パック
しめじ:1/2パック
マッシュルーム:1/2パック
乾燥ポルチーニ:10g(なければ省略可)
バター:大さじ1
塩:小さじ1/4
胡椒:少々
生クリーム:大さじ1(お好みで)

*具2
牛肉細切れ:80g
ビーツのすりおろし:50g(1/4個から1/10個)
赤ワイン:1/2カップ
塩:小さじ1/4
胡椒:少々

*具3
ほうれん草:1袋
ブルーチーズ:50g(なければピザ用チーズでも)
塩:小さじ1/4
胡椒:少々

*トッピング
バター:大さじ3
玉ねぎ:1/2個
青ネギまたはチャービルのみじん切り:少々
サワークリーム:1/2カップ

【生地の作り方】
1.ボウルに生地の材料を入れ、力をこめて10分ほどよく練る。丸くまとまったらラップして30分ほど置く。
2.めん台にのせて、打ち粉(分量外)をふって、麺棒で薄く平たく延ばす。
3.直径10cmの茶碗をかぶせて、回転させ、生地を丸くくりぬく。約30枚のピエロギの生地が完成。

【具の作り方】
1.生地を寝かせている間に具を作る。乾燥ポルチーニは事前に薄切りにして、小さなボウルに入れ、熱湯50cc(分量外)をかけ、ラップして30分もどしておく。舞茸、しめじ、マッシュルームは5cmほどの細切りにする。フライパンにバターを熱し、キノコを加え火が通るまで炒める。塩胡椒、お好みで生クリームで調味する。
2.別のフライパンに牛肉細切りとビーツのすりおろしを入れ、火にかける。よく混ぜながら炒めて、火が通ったら、赤ワインを足し、弱火にして、煮詰まるまで10分煮る。塩胡椒で調味する。
3.鍋に湯をわかし、塩ひとつかみ(分量外)を入れ、沸騰したらほうれん草を加え、3分茹でてから取り出し、冷水を入れたボウルにさらす。冷水から取り出し、良く絞ってから、更にキッチンペーパーで水気を拭き取り、3cm幅に切る。ブルーチーズは小さくほぐしておく。
4.トッピングの玉ねぎは1cm角の角切り。フライパンにバターを熱し、バターが溶けたら、玉ねぎを足し、玉ねぎが透明になったら、火を止めておく。

【ピエロギの作り方】
1.皮の中央に、具1を小さじ山盛り1置き、生地の端を持ち、半月状に閉じ、皮の内側に水(分量外)を付け、具がもれないようにしっかり留める。具2、3ともに閉じていく。
2.大きな鍋に塩ひとつかみいれた湯(分量外)を沸かし、沸騰したら、1を落としていく。3分ほどでお湯の表面にピエロギが浮かんできたら、お皿にすくいあげる。冷めたり、くっついたりしないように少々茹で汁をかけておくと良い。
3.トッピングの玉ねぎを入れたフライパンを再び火にかけ、玉ねぎが若干茶色く色づくまで炒めたら、ピエロギの上にジャっと振りかける。青ネギまたはチャービルのみじん切り、サワークリームをふりかけて召し上がれ!

 

IMG_1139

三種のピエロギ完成

 

IMG_1149
中央の赤いのが牛肉の赤ワイン煮とすりおろしビーツ、手前の茶色いのがポルチーニ茸とキノコ炒めもの、左が茹でたほうれん草とブルーチーズ

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

orient00_writer01

サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

紀行エッセイガイド好評発売中!!

orient00_book01

イスタンブルで朝食を
オリエントグルメ旅

orient00_book02

おいしい中東
オリエントグルメ旅

   

 

旅とメイハネと音楽と
バックナンバー

その他のWORLD CULTURE

ページトップアンカー