ブーツの国の街角で

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#79

ルーマニア・トランシルヴァニア地方: 〜ブーツの国を飛び出して〜爆走1800kmの旅(1)

文と写真・田島麻美

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旅に出るきっかけは実にさまざまである。日頃から旅をする機会が多い私も、その土地へ行く動機・目的は毎回少しずつ違っている。しかしながら、どんな旅にも共通していることが一つだけある。仕事でもプライベートでも、旅に出る時はいつでも「その土地に呼ばれている」と私は感じる。呼ばれたのならどこへでも、とりあえず行ってみるというのが私のモットーで、今こうしてローマで暮しているのもそのモットーがあったお陰である。
「2月のセッティマーナ・ビアンカ(ウインター・バカンス)に一緒にトランシルヴァニアに来ない?」とルーマニア人の知人夫妻に誘われた時も、「あ、呼ばれているな」と思ったので、そこがどんな土地なのか知りもしないのに二つ返事で「行きます!」と答えた。ちなみに私がトランシルヴァニアについて知っていたのは「ドラキュラ」だけである。いきなり降って湧いたように実現したトランシルヴァニアへの旅は、未知の体験に満ちたものとなった。ローマから車で1800km、4つの国を駆け抜けた旅の顛末をご紹介しよう。
 

 

 

3つの国境を跨いで19時間のドライブ旅

 

  朝7時半、ローマの北郊外にある鉄道駅でルーマニア人の知人夫妻と待ち合わせをしていた。土曜の早朝、ガラ空きのバールでゆっくりカフェを飲みながら、道中に想いを馳せる。これからイタリアを北上し、トリエステからスロヴェニア、ハンガリーの国境を越えてルーマニアの中心部にあるトランシルヴァニアまで、19時間のドライブ旅が始まる。
 そもそもどうして私がトランシルヴァニアに行くことになったのかというと、相棒の元同僚であるルーマニア人夫妻の愛息が日本語を勉強したい、と私にコンタクトを取ってきたのが始まりだった。高校生になったばかりの彼にスカイプで日本語を教えるうち、私達は仲良くなった。大事な一人息子をルーマニアの祖父母に預け、家族への仕送りを稼ぐためにイタリアに出稼ぎに来ている夫妻はとても努力家で誠実な人柄で、「私達の故郷を見せたいから、ぜひとも一緒にトランシルヴァニアに来て欲しい」と誘われて、私と相棒は喜んで同行することにしたのだった。
 トランシルヴァニアと一言で言っても、地図を見るととてつもなく広い。果たしてどの街が彼らの故郷なのか? 彼らの話では、実家は農家で街ではなく郊外に家があるとのことだった。最寄りの街の名前は「トゥルナヴェニ」。聞いたこともない町の名前で、ネットで検索しても情報はほとんど出てこない。観光地でないことだけは確かだった。あれこれ考えるのも無意味なので、とにかく行って見てみようと頭を空っぽにして出かけることにした。
「さぁ、出発だ! これから19時間、ひたすら走るぞ!」。元気いっぱいに宣言したご主人は、その言葉通り豪快にアクセルを踏んだ。ローマからトリエステまで7時間半、1度カフェ休憩をした以外はぶっ通しで高速を走り続け、いよいよスロヴェニアとの国境が迫ってきた。この辺りでガソリンを補給した方が良いのでは?と私が言うと、「いや、ガソリンはいつもスロヴェニア国内で補給するんだ。国境を越えるとすぐ、ガソリンスタンドがある。たった15分の違いだけど、ガソリンの値段は大違いなのさ」とのことだった。スロヴェニアのガソリンスタンドに着くと、リッターあたりの値段がイタリアよりも30セント程安い。往復で3600kmも走るとなるとガソリンの料金は少しでも安い方が確かに良いだろう。スロヴェニアのガソリンスタンドではスロヴェニア国内の高速料金も払い、支払証明書のシールをフロントガラスに貼った。スタンド脇のショップを覗くと、コルネットやパニーノなどお馴染みのイタリアの軽食と一緒に、スロヴェニア料理のスープなども売られていた。品物の値段はイタリアと大差なく、まだ「外国に来た」という印象は薄い。
 

 

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イタリア・スロヴェニア国境。特に検問などはなくそのまま通過(上)。スロヴェニアに入るといきなり標識が見慣れないものになる(中)。スロヴェニア国内の高速料金の支払い証明書。1週間有効、どこでも走れて15€。これを貼っていないと高額な罰金を取られる(下)

 

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スロヴェニアのドライブイン・メニュー。まだイタリア語の表示があり、軽食メニュー・料金もイタリア国内とほとんど変わらない(上)。スロヴェニア料理のスタンドもある。グラシュのスープはとても美味しかった(下)

 

 

 
 

ハンガリーから先は「外国」

  

 首都リュブリャナを通過し、スロヴェニア国内を軽快に横断してきた我々だったが、ハンガリー国境が近づいてきたところでルーマニア人夫妻がちょっと緊張した様子を見せた。同じEU加盟国ではあるが、ハンガリー、ルーマニアはまだユーロではなく独自の通貨を使っていて、国境でも検問・税関・パスポートコントロールがあるという。毎日膨大な数の大型トラックが行き来するハンガリー国境では、不法移民や密輸品などに対し厳格に目を光らせているのだそうだ。
 ハンガリー国境の検問所には、長い列ができていた。両脇には大型のトラックが並び、車体に書かれた文字を見るだけではどの国のものなのか私には判別できない。我々の前後にもドイツ、スイス、オーストリアなど様々な国のナンバープレートをつけた乗用車が並び、ここが東ヨーロッパの大交差点であることを実感させられる。しばらくして我々の番がやってきた。ルーマニア人夫妻はIDカードを提示、イタリア人の相棒と日本人の私はそれぞれパスポートを提示した。私以外の3人はEU諸国の出身なのであっさり確認が済んだが、日本人の私のパスポートはじっくりチェックされた。それもそうだろう。日が暮れて暗くなってきたこの時間帯に、ルーマニア人とイタリア人3人と一緒に車でハンガリー国境を越えようとする日本人が一体何人いるだろうか? 不審に思われても仕方がない。新型コロナの影響もあるかと思ったが、東欧のど真ん中ではまだ騒ぎは起こっておらず、入国スタンプを押すと特に質問もされないまま通してくれた。
 ハンガリーでも給油&カフェ休憩でドライブインに立ち寄ることを楽しみにしていた私だが、この意見は却下された。夫妻に理由を尋ねると、「通貨が違うからいちいち換金するのが面倒くさい。それにハンガリーの通貨基準がわからないから、カフェ一杯がいくらで、それが高いのか安いのかもわからない。万が一ぼったくられたとしても気がつかないから避けている」と言われた。なるほど。隣り合った国、しかも同じEU加盟国でありながら、スロヴェニアとハンガリーでは確かに大きな違いがある。道路標識の言葉も読めないし、カーラジオから流れてくる言葉も全く理解できない。ハンガリー国内に入ってから徐々に「ああ、ここは見知らぬ外国なんだ」という感覚が強くなってきている。ルーマニア国境まで約4時間で通過できるのだから、その間はカフェも我慢して一気に走り抜けることにした。
 

 

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スロヴェニアの高速道路からオーストリアのアルプスの雪山を望む(上)。東欧の大交差点であるハンガリー国境の検問所(中上)。帰路にトイレ休憩で立ち寄ったハンガリーのガソリンスタンド。KFCが併設されていて驚いた(中下)。ハンガリーのドライブインの軽食メニューはドイツ風のものが多い。通貨はFt(フォリント)で1フォリントは0.0030ユーロ(2020年2月現在)。
 

 

 

 

素朴なルーマニア農家の日曜日


 ローマから1800kmを完走し、ルーマニアのほぼ中央に位置するトゥルナヴェニに着いたのは翌日の午前3時半。後部座席で時々寝落ちしながら座っていただけの私と相棒がこれだけ疲れたのだから、ハンドルを握っていた夫妻の疲労は相当なものだろう。彼らのファミリーが所有するアパートに到着後、荷物を放り出してすぐにベッドに倒れ込んだ。
 目が覚めてようやく頭がシャッキリした頃、携帯が鳴った。ルーマニア人夫妻のご両親が暮らす農家で日曜の朝のひとときを一緒に過ごすことになり、迎えの車に乗り込んで郊外へと移動した。暖かな日差しに照らされた車窓には、どこまでも果てしなく続く大地が広がっている。
 

 

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街から車で10分も走ると、右も左も見渡す限り広大な畑の風景が広がっている。主にとうもろこしや小麦、葡萄などを栽培しているのだそうだ(上)。葡萄棚があるおじいちゃんの家の庭先。近隣には家族や親戚の家が集まっている(下)
 

 

 トラクターが通ったばかりだという泥だらけの道を歩き、おじいちゃん、おばあちゃんが待つ家に着くと、リビングには早くも兄弟や孫、いとこ達が集まっていた。日曜日はいつもこうして、近所に住む家族や親類がおじいちゃん、おばあちゃんの家に立ち寄って行くのだそうだ。家の裏にある畑や果樹園、鶏の世話を一人で手掛けているというおじいちゃんは、挨拶もそこそこに自慢の手作りワインを差し出した。一方、おばあちゃんは、おじいちゃんが収穫したとうもろこしや野菜、果物を使った手作りの素朴な郷土料理やお菓子を勧めてくる。初対面なのに、会った途端にワインと料理を目の前に差し出された私と相棒は一瞬戸惑ったのだが、それを見ていた家族の一人で、イタリアで働いていた経験を持つ男性がこんなことを教えてくれた。
「気にしないでどんどん食べろ。別に君たちのために特別に作ったわけじゃない。ここでは誰でも好きな時に来て、好きなものを好きなだけ食べて、好きな時に帰っていくのが当たり前なんだ。それがここの日曜日の過ごし方なんだよ」。家族であれご近所であれ、果ては私達のような突然の訪問者であれ、家に来た人は誰でも手作りの料理とワインで歓迎するのがルーマニアの農家のおもてなしであるらしい。実際私たちがいた間にも、息子達や孫達が入れ替わり立ち替わり挨拶に立ち寄っては一皿食べ、ワインを飲み、気がつけばいつの間にか立ち去っていた。飾らない自然体の家族のつながりがそこに見える。賑やかな大家族の笑い声に包まれながら、おじいちゃん、おばあちゃんの愛情がたっぷりこもった味の数々を楽しみつつ、日曜日の朝は過ぎていった。(次回へ続く)
 

 

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トマトソースやワインなど家で消費する食材は全て自分で作っている、と胸を張るおじいちゃん(右)が自慢の工房を見せてくれた(上)。家の裏手に広がる畑と果樹園。ニンニクやトマト、葡萄、りんご、とうもろこしなど、自給自足ができるほどの野菜や果物を栽培している(下)
 

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おばあちゃんが数十年前から愛用しているコンロは今もバリバリ現役(上)。リビングに響き渡る陽気なルーマニアの民族音楽をBGMに家族の団欒は続く(中)。そうめんのような食感の細い手打ちパスタを入れたチキンスープはおばあちゃん自慢の手料理(下)
 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

今回の旅のアクセスルートはMap参照。
ルーマニアの観光拠点は首都ブカレスト。ブカレスト=ブラショフ間は鉄道で約2時間40分。両都市間はバスなど公共交通も発達している。ブラショフから先のトランシルヴァニア地方はローカルバスを乗り継いで行くこともできるが、本数が少なく時間もかかる。効率よく回るには車が不可欠だが、標識などルーマニア語が心配な場合はブラショフ、ブカレスト発の現地ツアーを利用する手もある。主要な観光地のモニュメントや店舗、またそこへ行くための交通手段など、シーズンオフは閉まっていたり、運行していなかったりするので、季節を選んで出かけた方が良い。
 

 

<参考サイト>

ルーマニア観光・商務局公式サイト(日本語)

https://www.romaniatabi.jp/

 


 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年3月12日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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