越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#79

カンボジア側シーパンドン カンポン・スララウ〈1〉

文と写真・室橋裕和

 僕はアンコールワットの街シェムリアップを経った。目的地は誰も知らないカンボジア=ラオス国境、カンポン・スララウである。バンを乗り継ぎ、どんどんとカンボジアの奥地へと侵入していく。
 

 

泊まるところもなにもない?

 もうもうたる砂嵐の中を、バンは突っ走っていた。アスファルトなんて近代的なものはない、カンボジアの北辺である。クルマやバイクが走れば砂煙が巻き起こるわけだが、こんな僻地でもけっこう交通量はあるようで、視界は常に霞んでいた。道の左右の木々は、もう真っ茶色である。主要な道はだいぶ舗装が進んだとはいえ、地方へ分け入っていけばまだまだこんなところばかりだ。昔ながらのカンボジア・トレイルである。だけど車内に鳴り響くカンボジア演歌は、なかなかに陽気なのだった。
 2時間ほど走ったころだ。
 ゆるゆるとバンはスピードを落とし、小さな集落で停まった。運転手が振り返る。
「カンポン・スララウだよ」
 ここが目的の村なのだろうか。促されて、降りてみる。
 数十年、時をさかのぼったような景色が広がっていた。赤土の道の左右に、木造やトタンの古びた住宅。背の高いヤシ。そこらをつついているニワトリや寝そべっている犬。静かだった。クルマ代わりなのかトラクターに乗ってどこぞへ走っていく人々から、奇異の視線が注がれる。
 反射的に、やばいと思った。発進しようとするバンに駆け寄り、運転席にしがみつく。
「あのあの、ここホテルとか……」
「はあ?」
 通じない。お手々でマクラをつくっておねんねするポーズを決める。
「アア!」
 頷いて、運転手は赤土の道の果てを指し示すのだ。あっち。あっちのほう。そう言っているのだろうとは思う。思うが、そこには小さな家や簡素な店がちらほらと並ぶだけなのだ。これは泊まるところもメシ食うところもないのでは……そんな不安が渦巻くが、バンはさっさと走り出してしまった。ぽつんと村にひとり、取り残される。
 気を取り直すんだ。そうだ僕には現代のガジェットがあるではないか。カンポン・スララウをグーグルマップで見たときに、たしかゲストハウスが記載されていたはずだ。
 スマホを取り出してみる。いちおう電波はある。マップ上に輝く頼もしい宿マークは現在位置のすぐそばだ。ほっとして歩いていってみるが、そこは単なる民家であった。申し訳程度の雑貨屋が併設されている。不審げに出てきたおばちゃんに「ホテル?」と聞くが首を横に振るばかり。待って、ちょっと待って。翻訳アプリを立ち上げて、クメール語でホテルと表示させ、画面を見せる。同じだった。
 お隣には軒先でサカナを干しているおじさんがいた。やはり困った顔をするばかり。おろおろして何人かに聞きまわってみたのだが、この小さな村に泊まる場所は見当たらないのである。血の気が引いた。ではどこかに移動しようにも、きっと僕が乗ってきたあのバンが外界とを結ぶ唯一の公共交通に違いない。あとはトラクターかおんぼろバイクの世界なのである。

 

01
カンポン・スララウの中心部。カンボジアでもとりわけ、きわめつけのイナカであったのだ

 

ご近所さんは隣国

 これはもはや、宿を探すというよりも、そこらの民家に今夜泊まらせてくださいと頼み込むほうがいいんじゃないか……そう思い始めたときだ。ハタチくらいの女子が話しかけてきたのだ。だがクメール語はわからないのだ。スマホを取り出そうとすると、彼女はなにごとか思いついた様子で、口調を変えた。今度はどうにか、聞き取れる。
「うち、ホテルやってるよ」
 ラオス語であった。僕は少しだがタイ語がわかる。そしてタイ語とラオス語は似た言葉だ。で、ここはカンボジアとラオスの国境地帯であり、どちらの言葉も通じるのであった。
 片言タイ語の日本人と、片言ラオス語のカンボジア人で、なんとか会話が成り立つ国境マジック、おかげで部屋にありつくことができた。パイプベッドがあるだけ、シャワーは水、wifiもエアコンもないが贅沢はいえまい。きれいに掃除されているだけで十分だ。ちなみに料金は5米ドル、パスポートもなんにも要求されることはなかった。
「ふだんは空けてないんだけど、たまにお客が来るから」
 と話す女子の家のひと部屋を貸し出しているようで、カンタンな食堂もあった。助かる。七輪でなにやらトリを焼き、竹だろうか、編みこんだザルでもち米をふかしている。そのくらいの食事はできそうだ。さらに食堂の奥に、靴を脱いで入っていくと、水辺に張り出したテラスのようになっていた。きらきらと水面が輝く。
「メコン河だよ」
 幾筋にも分かれ、複雑な流れを見せるメコンの支流のひとつが、目の前にあった。そしてほんの50メートルほど先の対岸にも、やはり同じような村がある。洗濯物を干しているおばちゃんや、子供を抱いている母親の姿が見える。
「あっちはラオス。あんた、あっちから来たの?」
 ふしぎそうに女子が訊ねてくる。僕はいっきに嬉しくなってきた。河を挟んですぐ目の前に、別の国があるのだ。その生活の様子まで手に取るように見える。叫べばきっと、あのおばちゃんはこちらを向くだろう。ご近所さんなのだ。メコンを挟んでラオスとカンボジアが至近距離で対峙する、まさに「ツイン・ビレッジ」であった。

 

02
手前はカンボジアで、メコン河の支流を挟んで対岸はラオス。日常の中に国境がある

 

03
ラオス側を眺めるカンボジアの子供たち。遊び場は国境のメコンだ

 

04
河を取り込むような緑は、陸ではなくて中州に浮かぶ島々。広大なメコン流域に包まれた場所なのだ

 

カンボジア側シーパンドン

 宿から3分ほど歩くと、視界が大きく開けた。メコン河の一大パノラマが広がる。
 なんと広大な流域かと思う。霞む果てまで水面が続く。ところどころに中州の島があり、わずかな家並みが見える。そのすべては、カンボジアではなくラオス領なのだ。
 隣国の壮大なランドスケープが見晴らせるこの場所は村の中心地でもあるようで、小さな集会所らしき建物があり、木造のささやかな学校があって、放課後の子供たちが興味深げに僕を見つめてくる。国境の河で洗濯をするお母さんたち。国境で水浴びをして釣りをする男たち。国境が生活の場なのだ。
 そしてここは、恐らく外国人がほぼ来ない村であろう。向こう側のラオスにはそれなりに観光客がいるのだ。ラオス語で「シーパンドン(4000の島)」と呼ばれるエリアで、本当にそれだけの数があるかはわからないが、無数に浮かぶ中州の島のいくつかにはゲストハウスが立て込み、欧米人や日本人のバックパッカーたちに人気となっている。島を巡り、カヤックで遊び、滝やら河イルカを見物するのだ。
 しかし、僕がいまいるのは、「カンボジア側シーパンドン」とも言うべき場所であった。こちらは観光開発のカの字もなく、静かで素朴な村があるばかり。それでも、目の前の巨大な流れと島々の景色は同じだ。観光地のすぐ裏に、誰も知らない秘境があったのだ。
 こんなところまで来た外国人は僕だけかもしれない……そう思うと達成感に包まれる。この瞬間が辺境旅の醍醐味であろう、と喜びを噛みしめていたときだ。
「あんた、タイ人だって?」
 唐突な問いかけに振り返る。やはり片言のラオス語であった。小さな村である。僕のことはすでに知れ渡っているのだろう。30歳くらいのアニキだ。
「こんなとこまでなにしに来たの? 向こうに渡りに来たんなら、船を出すけど」
「ええっ! 行っていいの?」
「いいもなにも、みんな行き来してるし。ほれ」
 見れば手漕ぎのボートがラオス側へと向かっている。しかしここはあくまで、地元のカンボジア人とラオス人のみが越境できるポイントのはずである。誤解されているようだが、タイ人も、もちろん日本人も通過NGのローカル国境だと思うのだ。
 しかしアニキは笑顔で「ぼーぺんにゃん(大丈夫)」なんて言うではないか。いいのだろうか。とつぜん、密入国のチャンスが降って湧いてきたのであった。

 

05
村でただひとつの床屋は掘っ立て小屋だった。イケメンのモデル看板がイカす。向こう岸はラオス

 

06
カンポン・スララウはメコン河に沿って素晴らしい景色が続き、飽きることがなかった
 

(次回に続く!)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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