旅とメイハネと音楽と

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#78

ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル取材記

文と写真・サラーム海上

ワルシャワで開催されるユダヤ文化のフェスへ

 ポーランドではポーランド料理を食べていただけではない。食べ歩きの合間には、しっかり「ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル」の取材も行っていたこともここに記しておこう。

 ポーランド編1回目(連載#73)で紹介したが、ワルシャワ・ジンガー・フェスティバルはワルシャワのシナゴーグがあるグジボフスキ(きのこ)広場で、東ヨーロッパのユダヤ音楽であるクレズマー音楽の公演を中心として2004年にスタートしたユダヤ文化のフェスティバル。年々規模を広げていき、現在では音楽だけでなく、食、演劇、レクチャーなどユダヤ文化の様々な催しが、市内各地の会場で約10日間に渡って行われている。

 

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ジンガー・フェスティバルのメインプログラムはフランク・ロンドンとセイネ劇場のクレズマー楽団。少年少女まで含む総勢22名の大所帯で、クレズマー音楽だけでなく、ロマ音楽やバルカンの民謡まで華やかに演奏した


 8月30日金曜の夕方にはグジボフスキ広場で開催されたユダヤ文化のプログラム「シャバット・シャローム」を訪れた。
 シャバットとはユダヤ教、キリスト教、イスラーム教における安息日を意味し、金曜の日没から土曜の日没までの一日を指す。旧約聖書で経典の神が天地創造するにあたり、7日目に休息をとったことに由来し、ユダヤ教においては「何もしてはいけない日」として週のうちで最も重要な日とされる。
 イスラエルではシャバットの金曜の夕方から土曜の午後いっぱいは官庁や商店が閉まるだけでなく、公共交通手段すら運休になる。外国人旅行者にとってはヨーロッパの日曜日以上に厄介だ。以前、土曜の朝にエルサレムからベン・グリオン国際空港までのタクシーが見つからず、ハラハラした覚えがある。イスラーム教徒やキリスト教徒はシャバットに関係なく働いているので、重い荷物を転がして東エルサレムに行き、パレスチナ人が運転するタクシーを見つけて、なんとか難を逃れた。
 敬虔なユダヤ教徒は期間中に働かないだけでなく、調理も金曜の夕方までに済ませる。そんな不便な面ばかり強調されるシャバットだが、金曜夜の晩餐は普段別々に暮らす家族や友人が集まって、テーブルを囲み、料理を分け合い、楽しい時間を過ごすというソーシャルな面もある。
 僕の友人たちは無宗教に近い世俗派ユダヤ人ばかりだが、それでもシャバットの晩には、毎週とは言わないまでも、両親の家に行き、家族と一緒の時間を過ごしている(連載#23参照)。そんなシャバットがポーランドでは、どのような形で継承されているのだろうか?

 午後5時半、僕は通訳の小見アンナさんに連れられ、開始時間の30分前に広場に到着した。広場まで続く直線の散歩道に長いテーブルが設置され、100人以上の人々が腰をおろし、テーブルに並んだフルーツやサラダやパンを分け合い、会話を楽しんでいた。すでに満席だったので、座るのは諦め、広場に面した主賓席に近い、フェンス脇で立って様子を見ることにした。

 

tabilistapoland18月30日金曜夕方5時半のグジボフスキ広場。ワルシャワ・ジンガー・フェスティバルのユダヤ文化プログラム「シャバット・シャローム」は既に満席!

 

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テーブルの上にはサラダやパンや新鮮なフルーツが山盛り!

 

 6時になると主賓席に陣取っていたユダヤ人劇場の女優や双子の女性歌手、白髪の男性歌手たちが立ち上がって、シャバットの開始を祝う歌を歌い、司会の女性がポーランド語で説明を始めた。僕一人で来ていたら話の内容がわからず、5分で退散していただろうが、今回はアンナさんが常に逐次通訳してくれた。
 以下、彼女から聞いたことの走り書きから。
「シャバットは祈りであり、共同体の楽しみです。その間は労働はもちろん、家の電気を付けたり切ったり、料理を作ったり、作った料理を温めることも出来ません。もちろんスマートフォンを見るのも止めます。それがどれほど難しいことか。でも、スマートフォンを一日見ないことで、どれだけ多くの時間を家族や友人たちのために費やすことが出来るか、大事な時間を作れるかを考えてみて下さい」
 スマートフォンをまる一日遮断する? 何もそこまでしなくとも? と鼻で笑ってはいけない! 2018年のイスラエルと日本の一人当たりのGDPを比べると、イスラエルは41,728ドル、日本は39,304ドルと、イスラエルのほうが6%高い。シャバットで週に一日全ての社会活動を停止してしまうイスラエル人のほうが、24時間戦い、有給休暇も充分には取れない我々日本人よりももはや労働効率も稼ぎもイイ時代なのだ。

 会社のため、家族のため、自分のため、社会のために身を粉にして休みなく働くことよりも、週に一日はスマートフォンを遮断するくらいのほうが2020年の世界のあるべき姿なのかもしれない。
 説明が終わると、その隣に座っていた双子の女性歌手が立ち上がり、「ハッラー」と呼ばれる三編み状に編み込まれた大きなパンを身体の前に掲げた。そしてイディッシュ語の歌を歌いだし、ハッラーを一掴みちぎってから、隣のテーブルへと差し出した。他のテーブルでもハッラーやテーブルの上の果物を回し始め、立ち見している観客の間にも食べ物が渡っていった。

 その間に双子の女性歌手、白髪の男性歌手たちがマイクを握り、イディッシュ語の歌を歌い継いでいく。夏の終わりのワルシャワで開かれたユダヤ教シャバットの晩餐。午後7時、日が沈むまではまだまだ時間がある。

 

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午後6時にシャバット・シャロームがスタート。主賓はユダヤ劇場の俳優さんたち。正装の男性が朗々とした歌声でシャバットを祝う歌を歌う

 

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双子の女性歌手が抱えているのがシャバットのための特別な編みパン「ハッラー」。それにしても巨大!

 

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ハッラーやフルーツは着席者だけでなく立ち見の観客にも配られた。僕たちもおすそ分けいただいた

 

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シャバットの楽しい歌が続き、午後7時を回っても盛況

 

ポーリッシュウォッカとは?

 ワルシャワ・ジンガー・フェスティバル、続いては8月31日土曜午後、グジボフスキ広場に面したカフェ、『Charlotte Menora』内で開かれたポーリッシュウォッカ協会会長、アンジェイ・シュモウスキ氏によるレクチャー「コシェルの食卓でのポーリッシュウォッカ」を訪れた。

 

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8月31日土曜正午から、プルジナ通りでのみの市が始まった。並ぶのは手作りのアクセサリーや自家製の蜂蜜、ユダヤ文化に関する古本など

 

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アンナさんはともにユダヤ文化を学ぶお友達を見つけて記念撮影

 

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タタール人の菓子パン屋台には大量の芥子の実をあんこにした巻パンが並んでいた。これはレバノンやイスラエルでも見かけたが、タタールのパンだったのか!

 

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グジボフスキ広場に面したカフェ『Charlotte Menora』内にユダヤ情報センターがある

 

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ユダヤ情報センターではフェスのプログラムとして、ユダヤのイディシュ語の古い流行歌のワークショップも開かれた。 隣に座った老夫婦は1968年のポーランドで起きたユダヤ人追放の直前にカナダに移住したユダヤ人。奥さま曰わく「子供の頃に歌ったきりなのに、歌詞を覚えてるし、イディシュ語も読める。まるで学校の修学旅行に帰ってきた気分よ」

 

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グジボフスキ広場の南側には諸聖人教会

 

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諸聖人教会の入り口にはポーランド初のローマ教皇で、民主化の精神的支柱とされたヨハネ・パウロ二世の銅像

 

 コシェル、コシェルート、またはカシェルとはユダヤ教における食物の清浄規定のこと。有名なところでは、豚、蹄のない動物、反芻をしない動物、鱗のない魚は食べてはいけない。イスラーム教ではアルコールはタブーだが、ユダヤ教ではタブーではない。しかし、コシェルに基づいたアルコールが求められる。ここでもアンナさんが随時通訳を買って出てくれた。
「私の家は代々ウォッカの製造業者です。子供の頃、『お父さん、僕の家はお酒を飲んでお金が儲かる商売なの?』と尋ねたことがあります(笑)」
 さすがウォッカ協会の会長さんだけあって出だしから話が面白い!
「アルコールが身体に悪いと言う人は聖書を読むべきです。旧約聖書ではノアは酔っ払っているし、新約聖書ではキリストがガリラヤ湖をワインに変えている。アルコールの宗教的役割は文明と同じくらい古いのです。
ウォッカを作る蒸留の技術は中国人が発明し、アラブ人が発展させました。そして、ユダヤ人がポーランドにもたらしました。ウォッカという言葉がポーランドの文献に最初に登場したのは1405年。ウォッカは『小さい水』という意味ですが、当時の言葉では『小さな池』を意味していて、不動産を意味していました。それほど価値があったんです。
 ウォッカを製造するための蒸留や精製の過程は神聖で、人の手を離れた聖なる領域の探求なので、ユダヤ教に受け入れられていました。ユダヤ教徒はシャバットの晩餐のためにワインなどのアルコールが必要ですが、寒冷なポーランドではコシェルのワインを作れませんでした。そこで金持ちのユダヤ人は輸入品のワインを、貧乏なユダヤ人はウォッカを飲みました。
 近世のポーランドでは小作農は王侯貴族の畑を耕しました。小作農への報酬は、領地内のユダヤ人が経営する酒場で飲むウォッカという形で支払われたんです。
 19世紀の終わりに画期的なウォッカ製造機が発明され、蒸留と精製の質も向上しました。そして、1920年代のアメリカの禁酒法時代に、ウォッカの人気が国際的に高まり、お金の代わりにウォッカが使われるまでになりました。『ウォッカの瓶は家の鍵』と呼ばれるほどでした。その頃生まれたキャバレーの歌の半分はウォッカに関係しているはずです。
 第二次世界大戦時のワルシャワ蜂起のときには、戦闘中にウォッカの瓶が掲げられると、戦闘中断のサインとされました。そして、両軍が必要なウォッカとタバコを交換すると再び戦闘が始まったんです。
 共産主義時代、ポーランドは世界最大のウォッカ生産国でした。しかし、現在はロシアが一位です。西欧諸国でウォッカが作られるようになったのは1990年代以降です。
 2013年にEUによってウォッカの定義が勝手に決められてしまいました。ポーランドでは小麦、オート麦、ライ麦、ジャガイモから作られたものだけがウォッカですが、残念ながらEUの規定では、人参でも玉ねぎでもリンゴやナシでもウォッカが作れてしまうんです。
 ポーリッシュウォッカは畑から蒸留、精製、瓶詰めまで全ての行程をポーランド国内で行われたものだけを指します。
 最後にポーランドでのウォッカの社会的役割をことわざで紹介しましょう。まず『二人の喧嘩はウォッカが解決する』と言います。『一緒にウォッカを飲みましょう』とは『お互いに良い関係を作りましょう』という意味です。そして、『まだ貴方とウォッカを飲んでいない』は『お前のことをよく知らない』という意味です。
 ポーランドのウォッカは、ポーランドの冬のように冷たく、友情のように透明で、愛のように強く、暖炉のように心を温めてくれるんです! さあ、ナズドローヴィエ!(乾杯)」

 

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ポーリッシュウォッカ協会会長、アンジェイ・シュモウスキ氏によるレクチャー「コシェルな食卓でのポーランドウォッカ」

 

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「ポーランドのウォッカはポーランドの冬のように冷たく、友情のように透明で、愛のように強く、暖炉のように心を温めてくれる。ナズドロヴィエ!」

 

 こうして一時も笑いが途切れない一時間が終了した。強いアルコールが苦味なので、これまでウォッカは敬遠していたが、シュモウスキ氏の愛あふれるレクチャーを聞いて、ポーランドの冬のように冷たく、友情のように透明で、愛のように強く、暖炉のように心を温めてくれるポーランドのウォッカを飲みたくなった。
アンナさんにウォッカの美味しい飲み方を尋ねた。すると、
「ズブロッカのリンゴジュース割り、シャルロッカはいかが? 英語では「アップルパイ」と言うんです、あまりに日常的すぎてレストランやバーのメニューには掲載されていないんですが、頼めばどこでも作ってくれるはずです」
夕飯に訪れたレストラン「Folk Gospoda(民衆の家)」で頼むと、確かに美味い! ズブロッカの青臭さとりんごの甘い香り、強いアルコールとさっぱりしたりんごジュースの組み合わせが実に美味すぎて、その場でヤミツキになった。
シャルロッカは我が家のパーティーでも既に定番メニューとなっているが、日本に戻ってからたった三ヶ月で何本のズブロッカを消費しただろう……。

 

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Folk Gospoda(民衆の家)でシャルロッカを頼んだら、しっかりズブロッカマークのグラスに入れられてきた!

 

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民衆の家で頼んだ、ジビエのパテはシャルロッカとの相性最高! 手前はビーツとホースラディッシュのスルフカ

 

■シャルロッカ
【材料:一杯分】
ズブロッカ:40ml
アップルジュース:120ml
氷:適宜
【作り方】
グラスに氷を入れ、ズブロッカ:1に対して、アップルジュース:3を注ぎ、よくかき混ぜる。

 

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日本に帰ってズブロッカと美味いりんごジュースを通販で取り寄せてシャルロッカを作る日常。青森県ゴールド農園の「林檎園」が最高!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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