ブーツの国の街角で

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#78

ボマルツォ:冬の怪物庭園散歩

文と写真・田島麻美

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暦の上では大寒の季節だが、暖冬のローマでは小春日和のお天気が続いている。世界中で新型コロナウイルスの蔓延が不安視される中、生来怖がりなローマ人の中には心配を通り越してヒステリー状態に陥っている人もいる。そのせいかどうかは知らないが、外を歩く人も少ないような気がする。せっかくの晴天続きだというのに、街中は疑心暗鬼の空気に包まれ、なんともったいない時間の過ごし方をしているのかと残念で仕方がない。一人で家にいると鬱になりそうな気がしたので、親友を誘って郊外へ散歩に出ることにした。陰鬱な気分を一新するには自然の中を歩くのが一番。誘いに二つ返事でOKしてくれた友と二人、車でボマルツォまで足を伸ばした。
 

 

 

35体の怪物が潜む「聖なる森」

  

 桜が咲きそうなほど暖かな冬の朝、ローマから1時間半のドライブを楽しみながらヴィテルボ近郊のボマルツォに着いた。ボマルツォには後期ルネッサンスの傑作にして今なお多くの謎を残す『怪物庭園』がある。街へ向かう途中にある『Sacro Bosco/サクロ・ボスコ(聖なる森)』の標識に従って右折し、細い道を下っていくと白い平家の建物が見えた。平日の朝とあって人影はなく、恐る恐るドアを押してみるとここが怪物庭園の入場券売り場だった。11ユーロの入場料を払うと、窓口のお姉ちゃんが庭園マップをくれた。チケット売り場の横には謎の多いこの庭園に関する様々な書籍・ガイドブックと一緒に不気味なお土産グッズを並べたショップ、カフェなどもあったが、閑散期のせいか開店休業状態だ。いずれにしろ私たちの目的は散歩にあったので、ショップは横目で眺めるだけにして、早速庭園へと向かった。

 

 

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丘の上の高台にあるボマルツォの村から約1.7kmの郊外にある怪物庭園のビジターセンター(上)。ブックショップで売られているグッズも怪しさいっぱい(中上)。園内に点在する35の彫像と見学ルートが印されたマップは入場券と一緒にもらえる(中下)。ビジターセンターから庭園の入り口まで清々しい森の遊歩道が続いている(下)
 

 

  小鳥たちの賑やかなさえずりを聞きながら緑の遊歩道を抜けると、苔生した石造りの立派な門が現れた。ここが怪物庭園の入り口らしい。門をくぐると2体のスフィンクスが出迎えてくれた。『眉を開き、唇を結んでこの地を行かなければ、世界の七不思議の最も不思議なものを堪能することはできないだろう』。スフィンクスの下に刻まれた文字を読むうちになんだかワクワクしてきた。さて、聖なる森には一体どんな怪物たちが潜んでいるのだろうか? 
 園内の彫刻がある場所はすべてきちんと整備された歩道でつながっていて、お目当ての怪物たちはマップに頼らずとも難なく見つけることができた。最初に出会った怪物はギリシャ神話のプロテウス。大口を開けた怪物は頭上に地球儀と貴族の城をどんと載せていて、なんだかお茶目。  
 この彫像を皮切りに、庭園散策ルートには次々と奇怪でグロテスクな巨像が現れてきた。一体どんな目的でこんな庭園を作ったのだろうと誰でも疑問に思うに違いない。ガイドブックによれば、この庭園が造られたのは1552年、当時のボマルツォの領主ピエールフランチェスコ(別名ヴィッチーノ)・オルシーニが、建築家ピッロ・リゴーリオに依頼して造らせたという。リゴーリオはマニエリズムが盛んになった後期ルネサンス時代を代表する建築家で、噴水で有名なテォヴォリのヴィッラ・デステやサン・ピエトロ寺院なども手掛けた巨匠である。この庭はもともとオルシーニ家の自宅の庭だったもので、領主ヴィッチーノは最愛の妻ジューリア・ファルネーゼを亡くした悲しみを癒すために、この幻想的な庭を造らせたという。16世紀後半に領主が亡くなってから、この庭は約400年もの間放置され、忘れ去られていた。それを1954年に一人のイタリア人が買い取り、丁寧に修復してくれたお陰で怪物庭園は再び命を吹き返すことができたのだそうだ。
 

 

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名門貴族オルシーニ家の家紋が入った怪物庭園の門(上)。謎めいた言葉を石碑に刻んだスフィンクス。文言はヴィッチーノ・オルシーニが残した言葉(中)。地球の上にオルシーニの城が載っているのは一族の支配力を表したもの。ちょっと間抜けにも見える石像はギリシャ神話に登場するプロテオ(下)
 

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ギリシャ神話の巨人の戦い「ヘラクレスとカクス」(上)。緑の苔が美しい水辺の石像は「オルカ(シャチ)」(中)。女神を背に乗せた「カメ」の石像(下)
 

 

 
 

入るだけで目眩に襲われる「傾いた家」
  

  暖かな木漏れ日と目に優しい緑、小鳥たちの可愛いさえずりに包まれ、ほんのりと幸せな気分で散歩は続く。石像群はいかにもマニエリズムの時代の作品らしくグロテスクなのだが、庭園内の空気はとても穏やかで、幻想世界の森の中に迷い込んだような気分を味わせてくれる。
  ペガサスや巨人、女神、神話の中の怪物たちがひょこひょこ現れる散策ルートをのんびり歩いていくと、目の前に不思議な角度に傾斜した家が現れた。地図にはその名の通り「傾いた家/ Casa Pendente」とある。階段を登っていくと中に入れるようになっていたので早速室内へ。ところが、一歩足を踏み入れた途端、頭がくらっとするような感覚に襲われた。4畳半ほどの部屋を見て回るうちその感覚はどんどん強くなり、しまいには目眩がしてきた。傾いた家の中は外から見るよりも傾斜が鋭角で、立っているだけでも足を踏ん張らなければならない。私が仁王立ちでシャッターを切っていたその時、同行の友人のスマホから突然「ビー!」という大きなアラーム音が響き渡った。慌てて二人とも戸外へ出て確認してみる。友人のiPhoneが知らせてきたのは、『非常に強い磁場があるため、留まっているとスマホが壊れる』という警告。これにはびっくりした。友人も「こんな激しい警告音を聞いたのは初めてよ」と驚きを隠せない様子。「もしかして、頭がクラクラするのは傾いているからだけじゃなく、家の下に意味不明なエネルギーが流れているせいかも」と言った私に友人も同感し、なんだか得体の知れない家を恐る恐る後にした。
 クラクラする頭を落ち着かせるため、しばし木漏れ日の下で休憩してから再び歩き始める。苔むした巨大石像がまたまた姿を見せ始めた。ドラゴンとライオン、ハンニバルの戦象に続き、この庭園のシンボルともなっている巨大な「オルコ/鬼(別名、「地獄の口」)」の石像が登場。高さ6mもあるという巨大な口の中は石のテーブルが置かれた小部屋になっている。好奇心に駆られて中に入ってみたものの、人喰い鬼の口の中でリラックスできなかった私は早々と退散した。
 

 

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高低差がある3ヘクタールの森は幻想的なファンタジーの世界を体感できる(上)。突如出現した「傾いた家」(中上)。二間続きの小部屋がある家の内部(中下)。水平に見える床だが、実はかなり傾斜があり踏ん張って立っているのがやっと(下)。

 

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ハンニバルの戦像。この周囲にはネプチューンやドラゴンなど庭園を代表する石像が集まっている(上)。高さ6mもある「オルコ」。人喰い鬼の口の中で休憩もできる(中上)。ペルセフォネの石像から高台の神殿を望む。神殿は亡き妻に捧げられたもの(中下)。オルシーニ家のシンボルである「熊」の像。右手奥の高台にはオルシーニ家の城がそびえる(下)。
 

 

 

無人の旧市街と煙草屋親父のイチオシ料理


 怪物庭園でファンタジックな散歩をたっぷり楽しんだ後、庭園から見えていたオルシーニ家の城がある旧市街へも立ち寄ってみることにした。道路沿いにある旧市街の入り口に車を止め、折り重なる坂道を登りつめると、細長い旧市街の高台に回らされた城壁の一角にオルシーニ家の家紋がついた門が見えた。トンネルを通り抜けると、そこには中世時代そのままの街並みが残っていた。道には人っ子一人いない。昔の人たちの息遣いが聞こえてきそうなしんと静まり返った旧市街をあてもなく歩く。オルシーニ家の城は見学もできるのだが、時計を見るとちょうどお昼休みの時間で今回は城見学は諦めることにした。お腹も空いてきたことだし、旧市街でどこか美味しいものが食べられるトラットリアに入ろう。そう決めて街角をあちこち探したのだが、店らしきものが見当たらない。誰か美味しい店を教えてくれる住民はいないかと見回してみても、旧市街には猫の姿すら見えない。仕方なく坂道を下って車を止めた道路沿いまで戻った。
 駐車場の近くに一軒だけ開いている煙草屋があったので、駆け込んでレストラン情報を尋ねたところ、お勧めの店を2、3紹介してくれた。「ボマルツォの旧市街の店は、シーズンオフの今はどこも閉まってるよ。ちょっと離れるけど車で1キロちょっと行ったところにバール兼トラットリアがある。そこならきっと開いてるだろう。地元の人達も行く店で、とびっきり美味いタリアータが食べられるよ」。オヤジのお勧めに従い、お墨付きのタリアータを食べに行くことにした。
 目的のバール兼トラットリアは、ランチタイムとあって地元の労働者で混雑していた。誰も彼も山のようなパスタを急いで掻き込んでいる。簡素なテーブルに着くと元気のいいお姉ちゃんが「何食べる?」と聞いていた。旬の料理はポルチーニ茸と手打ちパスタのタリアテッレだというのでそれを一皿と、煙草屋の親父イチオシの牛肉のタリアータを頼んだ。運ばれてきた皿はいかにも大衆食堂の料理らしくボリューム満点。口の中で溶けそうな程柔らかく滑らかなポルチーニ茸のパスタは絶品、親父お勧めのタリアータもシンプルで素材の味が際立つ美味しさだった。
 怪物庭園で幻想的なひと時を楽しみ、素朴で美味しい家庭料理をたっぷり味わって、日常のウサもすっかり晴れた。時間にすればたった半日の逃避行だったが、気分を一新するには最高の場所を見つけたことに満足してローマへの帰路に就いた。 

 

 

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怪物庭園から1.5kmほど離れた高台にあるボマルツォの旧市街(上)。高低差がある細長い街の最も高いところに中世の城壁の門がある(中上)。映画のセットのような古い街並みが残る(中下)。中世時代の鐘楼を持つボマルツォのドゥオーモ(下)。
 

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なんてことない道路沿いのバール兼トラットリアだが、地元民が通う店は間違いがない。今が旬のこの地方の伝統料理「ポルチーニ茸のタリアテッレ」(上)。フレッシュな牛肉の炭火焼「タリアータ」はローズマリーと岩塩だけで味付けした素材重視の一品(下)。
 


 

 

★ MAP ★

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<アクセス>

ローマのテルミニ駅から各駅電車でアッティリアーノ-ボマルツォ/ Attigliano-Bomarzo駅まで約1時間。駅から怪物庭園までは約6kmあり、バスなどは出ていないためタクシーを利用するか徒歩で行くことになる。ヴィテルボやオルヴィエートからもアクセスできるが、いずれもバスは時間がかかる上、時間が読めないのでお勧めできない。レンタカーを使うなど、車で行くのが最も便利。車でローマから高速道路A1/E35経由で1時間半。
団体行動でも問題なければローマ発着のボマルツォ半日ツアーなど現地のOPツアーに申し込むという手もある。
 

<参考サイト>

ボマルツォ怪物庭園・聖なる森 公式サイト(英語あり)

https://www.sacrobosco.it/index.php

 


 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2020年2月27日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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