越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#78

カンボジア・シェムリアップ~タベン・メンチャイ

文と写真・室橋裕和

 アンコールワットの街シェムリアップを出発し、誰も知らないカンボジアの奥地へ。ネットにもほとんど情報のない、メコン河に沿ったラオス国境の小さな町を目指して、旅が始まる。

 

 

ググっても情報がぜんぜんない町

 多くの人にとってカンボジアのここシェムリアップは、旅の目的地であり、ある種のゴールであろう。誰もがこの街を基点に世界遺産アンコールワットを見物するためにやってくる。国際的観光地である。
 しかし僕にとって、ここは出発地点なのであった。シェムリアップはカンボジア第5の都市、知られざる北部の小さな町や村へのアシは、ここから発着するのだ。
 今回の目的地はカンボジア・ラオス国境である。
 インドシナの母なる大河メコンによって分かたれた国境地帯を目指すわけだが、単にまっすぐ直行するだけでは芸がないではないか。シェムリアップからはるか東、ストゥントレンからメコンに沿って北上すれば国境があるってことはわかっている。ならばその間、できるだけ外国人旅行者が行かないような、かつシブい見どころもありそうな場所に立ち寄りつつ旅を進めたい……そんなことをブツブツ呟きながら七ツ道具のひとつグーグルマップを拡大したり縮小したり、丹念に見ていく。きっとどこかに(外国人)未踏の場所があるはずだ。それもやはり国境近辺がいい。カンボジアとラオス、タイの国境線を重点的にチェックしていく。気分は衛星写真でアフリカの知られざる秘境を探した「のび太の大魔境」である。
 しかしどれだけ見ても、特徴があるとも思えない小さな町が点在するばかり。国境の峰に建つ遺跡カオプラウィハーンやら、かつてのポル・ポト派の牙城アンロンベンあたりはすでに本連載#16#17あたりで制圧済みだ。もうカンボジアに秘境はないのか……諦めかけたそのときである。
 おっ……。
 メコン河沿いに、小さな町を見つけた。河に平行して道が3本、ささやかに広がっている。役所のような記述もある。宿らしき物件もある。そして目の前のメコン河を越えたすぐ先が、ラオスの村なのだ。そちら側はメコンの中州に浮かんだ無数の島のひとつで、その南端部に小さな村落があって、カンボジア側と対峙していた。石を投げたら届きそうな距離だ。ラオスとカンボジアとで、河を挟んで「ツイン・ビレッジ」を形成しているのである。ソソられた。
 ググッてみても、ここを訪れたブログもツイートも、なにもまったく引っかからない。英語でも同様だ。こんなところ、めったにない。インドシナ半島にまだ、外国人の足跡がない場所があったのか……ついに見つけた。ここにしよう。ラオス国境の町、メコンのほとりカンポン・スララウを、僕はこの旅の目的地と定めた。

 

01
この20年、インドシナ半島で最も変貌した街はシェムリアップかもしれない。小さな村がいまでは国際観光都市に

 

 

「バスかなにか、あるはず。たぶんね」

 ホテルで荷物を降ろして、街に飛び出す。さあ、ここからどうやってカンポン・スララウまで行けばいいのか。ググったところで情報は皆無なわけだから、こうして実際にやってきたのだ。
 便利であるのは、この街が「どこもかしこもバスターミナル」であるということだ。そこらじゅうに旅行会社のブースがあって、アンコール遺跡のツアーなどのほかに、プノンペン行きやらバンコク行きなどのバスチケットも扱っているのだ。そしてバスはホテルまでピックアップに来てくれる。
 が、しかし、カンポン・スララウと告げたところで誰もが首を傾げるばかり。スマホで地図とクメール語の表記を見せてもみるのだが、反応は薄い。「シェムリアップからは出てないよ」「知らない」「それラオスじゃないの」何軒当たってもコレといった手がかりがつかめない。カンポン・スララウとはどんだけイナカなんだろうか……。
 フランスパンのサンドイッチを食べて気合を入れなおし、また旅行会社を回ってみる。そういや泊まっているホテルでもチケットを手配してたなと思い出し、聞いてみるが、民族衣装であるサンポットという巻きスカートも鮮やかなフロント女子は困った顔をするばかり。
「あ、でも」
 知り合いの旅行会社なら知ってるかもというので電話してもらうと、近くをバイクで流していたようですぐにホテルまでやってきた。いかにも世話好きのおばちゃんといった感じで、
「いい、とりあえずタベン・メンチャイまで行きなさい。チケットは15ドル、朝7時30分出発ね。このホテルまでピックアップに来るから。で、タベン・メンチャイからは、カンポン・スララウに行くバスかなんかあるはず。なくても誰か、行き方を知ってると思うよ。たぶん」
 なんて言うのだ。わくわくするではないか。途上国だっていまや旅の道筋があらかじめわかってしまう時代にあって、この曖昧で先行きが見えない感じがなんともたまらない。そしてまずはタベン・メンチャイというチェックポイントが見えたのだ。目指そうではないか。
 出発を祝うのは一人鍋である。観光客なんかひとりもいないローカル食堂に乱入して、カンボジア名物の牛肉鍋チュナンダイを注文。アンコールビールで乾杯をして、必勝を祈願した。

 

02
カンボジアに来たら必ず食べるチュナンダイ、牛の脂が効いたこってりスープがいいんですよ

 

カンボジア北辺へと切り込んでいく

 何度経験しても、アセるものである。
 翌朝、気合を入れて30分も早くロビーに降りてみるのだが、時間になっても迎えとやらは来ないのであった。30分経ち、1時間が過ぎてもなお、僕は取り残されたままなのだ。昨日の女の子はフロントにはいない。よくわからんクメール語が殴り書きされたチケットらしき紙片を握り締めて、ただ立ち尽くすのみである。ダマされているんじゃないだろうか。本当にカンポン・スララウまで行けるのか。今日はどこで眠ることになるのか。そんなことすらわからない不安感や心細さ。それはネット予約で旅がすいすい進んでしまう現代ではもう珍しくなった、ひと昔前の旅のスパイスだ。
 じりじりと9時過ぎまで待つと、ようやくホテルの前にバンが現れた。この心からほっとする瞬間を演出するために途上国の交通は遅れてやってくるのではないか……そんなことを思いながら乗り込んでみれば、先客はツーリストなんて誰ひとりいないローカルの皆さま。観光地ではない場所に行くのだから、当然だろう。
 バンが動き出したときの高揚感もいい。とりあえずどこぞへと移動することができるのだ。旅がひとつ進む。
 国土を東西に貫く国道6号線を走っていくと、すぐに左折し、北上に移る。車線は細く頼りなくなり、交通量はがくんと減った。高床式の木造住宅や、古びた商店がちらほらと点在し、収穫した稲わらを運ぶトラクターとすれ違う。刈り終えた田のところどころに、背の高いヤシが立つ。カンボジアだなあ、と思う。
 途中で、ベンメリアやコーケーといった世界遺産を通り過ぎる。アンコールワットだけでなく各所に巨大遺跡が散らばるカンボジアだが、僕の目的はあくまで国境なのである。

 

03
街道筋はこんな光景が延々と続く

 

 

旅とは、ひたすらに待つことである

 いつの間にか左右は焼畑が地平線まで続いていた。ところどころで煙がたなびく。放牧されている牛の群れをいくつも追い越し、小さな村が次々と現れては車窓の彼方に流れていく。
 そして昼過ぎにいくらか大きな集落に到着した。タベン・メンチャイだろう。町といっても市場のそばにローカル銀行など3、4階建ての建物がいくつかあるだけで、舗装もない赤土の道に商店や食堂がわずかに立て込む。そんな町で、僕はバンを降ろされた。
 さあて、乗り継ぎだ。辺境でのトランジットは古今東西まず市場をチェックすべし。経験則から人が集まる市場のあたりに行ってみれば、ビンゴ。いくつものミニバンやボロバスが並んでいるのだ。運転手らしきおじさんに聞いてみる。
「カンポン・スララウ?」
 くわえタバコのおじさんは力強く頷く。ようし。そしておじさんは腕時計を指差し、今度をバンを指し示し、座席をばんばん叩いて、山盛り! みたいなポーズをとって笑うのだ。ズバリ「客が集まっていっぱいになったら出発だぜ」であろう。まあ座ってろと、近くから木製のイスを引っ張ってきて勧められる。そこにフランスパンを売るおばちゃんがやってくる。言葉はさっぱりわからないが、「出発までこれでも食べて待ってな」という意味であることは間違いなさそうだ。なんというか、親戚の家に来たかのようなぐだっとした落ち着き感にいきなり迎えられたのだった。
 言うとおりにサンドイッチを食べて、小さく賑わう市場を眺め、ここからどこかに向かうために人が集まってくる様子を見る。バンは運転手のおじさんと、その息子によって運営されているらしい。ふたりの仕事ぶりはなかなかに面白いのだ。どんどんと手ぎわよくバンに物資を積み込んでいく。麻袋に詰められた野菜やコメ、塩。ペットボトルの水や茶のケース。ティッシュの山。食用油にジャックフルーツになぜか消火器やコンプレッサーらしき大きな機械……そんなものをバランスよく積み木のように載せていく。僻地のバンやバスは、同時に貨物トラックでもあるのだ。後部三分の一ほどみっしりと荷で埋まり、アタマがチョロQみたいに浮かないものかと心配になる。
 さあて、あとは乗客だろうか。出発時間はまだ読めない。果たして今日はカンポン・スララウにたどりつけるのだろうか。

 

04

タベン・メンチャイのバスターミナルは舗装もない

 

05
ターミナルにいたパン売りのおばちゃんはやけにノリが良かった

 

(次回に続く)

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発日本語情報誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを務め、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『日本の異国』(晶文社)、『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)。

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