台湾の人情食堂

台湾の人情食堂

#77

台湾食堂の二代目、三代目物語

文・光瀬憲子 

 台湾の飲食店を取材しているといつも感じることがある。小さな屋台や食堂が多い台湾では、そのほとんどが家族経営だ。行列のできる人気店は外部の人を雇う場合もあるが、たいていは身内一人か二人、または親戚だけで店を切り盛りしている。

 

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台北の景美夜市で出合った屋台で、お母さんと一緒に真剣に腸詰を焼く少年

 

 台湾で暮らしていた当初からそんな傾向は知っていたが、取材をして歩くようになってあらためて、飲食店の二代目、三代目について考えるようになった。取材先ではたいてい、その店が何年くらい続いているのかを尋ねる。戦前と戦後で政治が大きく変わった台湾では、戦前から続く飲食店はとても少ない。

 だから戦後すぐに創業して50年以上続く店は「老店」と呼ばれる。日本で言う老舗である。そして、老舗の多くは創業者の息子や娘、孫たちなどが二代目、三代目となってのれんを守っている。

 

 

家業の手伝いは「上班」ではなく「工作」

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年末大セールが始まったばかりの台北迪化街。新年に向けて買い出しをする人々で賑わう

 

 1月に雑誌の取材で台北を訪れたが、街は春節前で浮足立っていた。乾物や土産物で有名な迪化街では、通り沿いの店が店頭に屋台を出して特売品を並べる。年末大セールは毎年、通りに買い物客が押し寄せて満員電車のように混み合う。そんななか、各店の特設屋台で呼び込みを行うのは、たいていその店の若い子どもたちや親戚だ。春節で学校が休みになると、帰省して実家が経営する店を手伝うのだと言う。あたりまえのように笑顔でそう話す若者が眩しく映る。

 

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迪化街が一年でもっとも賑わうこの時期、どの店も特設屋台や試食コーナーで、店を経営する家族や親戚の若者が声を張り上げる

 

 いまどき、日本で、実家が経営する飲食店や小売店を喜んで手伝う子どもたちがどれだけいるだろうか? 遊びたい盛りに家族経営の店を手伝えというのは酷な気さえするが、台湾の若者にとってそれは当然の義務のように根付いている。

 台湾に暮らしていた学生時代、通化街夜市(現在の臨江街観光夜市)の蚵仔煎屋台の息子と知り合った。彼の実家は夜市で数十年続く名物屋台を経営していて、当時学生だった彼は、週に何度か鉄板の前でフライ返しを握ったり、屋台の前に並んだテーブルを拭いたりして屋台を手伝っていた。

 当時、北京語を覚えたてだった私はその友人に「幾點上班?(何時から出勤?)」と聞いた。「上班」というのは会社に出勤するという意味の言葉だ。でも彼は「僕の場合はお金が出ないから“上班”じゃなくてただの“工作”だよ」と教えてくれた。給料の出る「上班」と比べ、「工作」は平たく「仕事」という意味で、無償の仕事も含まれる。

 そんな無償の「工作」をする彼は、幼い頃から父親の蚵仔煎屋台を喜んで手伝っていたわけではないという。小学生の頃からテーブル拭きや仕込みを手伝わされていたので、少しでも友人と遊ぼうと、わざと放課後友達の家に寄って、できるだけ帰宅時間を遅らせた。

 周りの友人の父親はパリッとスーツを着た「上班族」つまりサラリーマンなのに、自分の親はいつもTシャツ姿でフライ返しを握っている。そんな見てくれを気にして、屋台を経営する父を恥じたこともあったという。だが、そんな彼も自分が成人し、結婚すると、屋台ひとつで家族を養うことがどれだけ大変なのかを痛感したそうだ。

 

 

台北駅裏、ワンタン屋台の父子の背中

 台北駅裏にお気に入りのワンタンの店がある。朝から営業しているので出勤前の朝食に寄っていく人も多い。豚モツをスライスし皿に乗せていくのは80に手が届く主人。その傍らには、30代と思しき男性が無言でスープをお椀に注いでいる。言葉少なに作業をするふたりだが、ときおり主人のほうがボソボソと話しかけて、若い男性がうなずいている。

 

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台北駅の裏手で営業するワンタンスープと麺の食堂。慣れた手付きで白黒切(豚モツ)をさばくご主人

 

 料理を運んできた主人に「息子さんですか?」と尋ねると、恥ずかしそうに笑いながら「ああ、せがれだよ」と返す。それ以上は特に何も語らず、店の前に座って煙草をくゆらせ、通りを行き交う人を眺める主人。だが、ときどき心配そうに、息子のほうに視線を向ける。

 

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主人のとなりで料理を用意する二代目。まだ不慣れだが黙々と作業をこなしていた

 

 

高雄の下町、二代目はタトゥーとピアス

 高雄の鹽埕(イェンチェン)という下町を歩いていたとき、『50年杏仁茶』という朝食店に出合った。杏仁茶とは杏仁豆腐のような味のドリンクで、ホットでもアイスでも楽しめる。この店で販売しているオリジナルのポテサラサンドイッチとよく合う。

 店の二代目は腕にびっしりとタトゥーを入れ、耳にピアスをしたスキンヘッドの若者。こわごわ杏仁茶を注文すると、意外にも笑顔で応対してくれた。奥から「いらっしゃい!」と声を張り上げるご主人はいたって普通のおじさんだ。

 

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『50年杏仁茶』のホット杏仁茶とポテサラサンド。アーモンドの香ばしさが朝の元気をくれる

 

 二代目に、なぜそんな風貌で杏仁茶の店をやっているのか聞いてみると、少し前までは暴走族のようなことをやっていたという。「あちこち遊び歩いたけど結局、おやじの店を手伝うことにしたんだ」と照れ笑いを浮かべる彼は、まだ朝食店になじんでいるふうには見えなかったが、父親は満足そうに息子の働きぶりを眺めていた。

 

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ご主人(手前)と腕にタトゥーを入れた二代目(奥)。風貌とは不釣り合いだが、丁寧に杏仁茶やサンドイッチを作っている

 

 

台南、ラム肉少年のプロ意識

 台南でラム肉を専門に扱う『包成羊肉』は早朝から行列ができる人気店だ。その日の朝仕入れた新鮮なラム肉をスライスし、熱々のダシをさらっとかけていただく。まだほんのりピンク色をしたラム肉と上質な白い脂が口の中で溶け合う、絶品スープである。

 

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その日の朝仕入れた新鮮なラム肉を使った羊肉湯。あっさりした白いスープと当期の漢方スープの2種類がある

 

 この店にも早朝から店を手伝う小学生がいた。客が食べた食器を下げたり、テーブルを拭いたり、まだ簡単な手伝いしかできない年齢だが、それでも彼の真剣な眼差しや客への気配りを見ると、そこに責任感が芽生えているのがよくわかる。

 

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早朝から満席になる『包成羊肉』を手伝う小学生。テキパキとした動きに責任感がうかがえる。常連客との世間話も余裕

 

 台湾の小さな食堂は、どんなに人気が出ても跡継ぎがいなければ廃れてしまう。台湾の若者たちはそれをよく理解している。そして何より、自分の店の一品に誇りを持ち、存続させようという気概がある。

 朝は豆乳やお粥から、昼は弁当や食堂、夜は夜市など、1日3食すべてを外食でまかなえてしまう外食大国台湾は、まさにそういった中小食堂で支えられている。スターバックスやマクドナルドが林立しても、台湾の通りから魯肉飯や蚵仔煎屋台が消えることはない。台湾の外食文化を担う二代目、三代目が、今日も朝から厨房に立っている。

 

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/  近況は→https://twitter.com/keyword101

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