旅とメイハネと音楽と

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#77

ポーランド・ワルシャワの台所ツアー〈3〉

文と写真・サラーム海上

旧共産党時代の建物を改装したレストラン『赤い豚』

 2019年8月30日、ワルシャワ滞在三日目の午前中は通訳の小見アンナさんに連れられ、ヴィスワ川沿いのプロムナードから新市街、旧市街、ゲットー跡地と、ワルシャワ中心部を反時計周りに歩いて回った。

 ポーランドとは「平らな国」という意味だが、その名に偽りなく、ワルシャワの町は真っ平らで、放っておかれたら、いつまでもどこまででも歩いて行けそうなのだ。

 歩いていると、ワルシャワの歴史を思い起こさせる過去の遺物を町の至る所に見ることが出来た。

まず、ヴィスワ川沿いのプロムナードにある子供向けの水遊び場の一角には、遊具の横に第二次世界大戦時の銃弾が削った壁面がそのまま残されていた。観光名所のマルチメディア噴水公園に入ると、キュリー夫人ほか、ワルシャワにゆかりのある偉人たちの等身大ブロンズ像が立ち並んでいた。

 

IMG_9154ヴィスワ川沿いプロムナードに建つワルシャワのシンボル、巨大な人魚像

 

IMG_9166ヴィスワ川沿いの子供の水遊び場。よく見ると魚の種類が淡水魚。手前はチョウザメ、奥はマス?

 

IMG_9172水遊び場の壁に第二次世界大戦の銃弾の跡

 

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マルチメディア噴水公園。夜はレーザー照明でライトアップされる

 

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水道管を見守る紳士の像。調べると、19世紀末にワルシャワの上水道整備を行ったイギリス人技師のW.H.リンドレーとのこと

 

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放射能研究のパイオニア、キュリー夫人はワルシャワ生まれ

 

 ワルシャワ蜂起記念碑も歩いて行ける距離だった。ワルシャワ蜂起は映画『戦場のピアニスト』の終盤でも描かれているが、1944年8月にナチスドイツ占領下のワルシャワで起きた、ポーランド国内軍とレジスタンスによる武装蜂起のこと。ポーランド国内軍はわずかにドイツ軍の兵舎や補給所を占領したものの、すぐに圧倒的な物量装備を持つドイツ軍が優勢を取り戻し、ドイツ軍による国内軍とレジスタンス、そして市民に対する徹底的な弾圧が行われた。

 味方であるはずのソビエト軍はヴィスワ川東岸まで侵攻していたものの、国内軍への支援を行わずに静観していただけだった。その時のドイツ軍の懲罰的攻撃により、ワルシャワの町は徹底的に破壊された。歴史的建造物や文化遺産が失われ、国内軍、レジスタンス、市民を合わせて約22万人が戦死、処刑されたとされる。

『戦場のピアニスト』ではユダヤ人の主人公が、ドイツ軍によって徹底的に破壊され、見渡す限り灰色の瓦礫となった無人の町を呆然としながら歩くシーンがある。 

 ワルシャワ蜂起記念碑は、ヘルメットも正規の軍備品も持たずに血気盛んに攻撃を行う7名の若者たちの像からなる。同時にその手前には闘いに敗れ、下水道に逃げ込む3名の若者と悲しみにくれる神父の像も並んでいた。別の場所にはドイツ軍から盗んだ大人用のヘルメットを被り、ライフルを手にした幼児の像まであった。

 アルファベットの「P」と「W」を上下に組み合わせたシンボルマークを橋桁や建物の壁面など町の数カ所で見かけた。これも元々はワルシャワ蜂起のシンボルマークだった。しかし、現在では一部の右翼的なグループによって本来の意味とは異なる形で乱用され、高齢となったワルシャワ蜂起の生存者たちはこうした動きを危惧しているそうだ。

 

IMG_9169橋の側面に最近になって描かれたワルシャワ蜂起のシンボルマーク

 

IMG_9197ワルシャワ蜂起記念碑の全景

 

IMG_9202よく見ると正規の軍備品も持たずに特攻している……

 

IMG_9207戦い破れ、下水道に逃げ込む若者たち……

 

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ワルシャワ蜂起には多くの子供たちも参加していた……

 

 トラムに乗って今度はワルシャワ・ゲットー跡地へ。ワルシャワ・ゲットーはナチスドイツがワルシャワ市内に設置したユダヤ人隔離地域だ。

 1940年、ワルシャワと近隣から集められた44万人のユダヤ人が面積3.4平方キロしかないゲットーに強制的に移住させられた。一部屋に8人ほどの人口密度。一人当たりの配給食糧は一日約200キロカロリー。一年で10万人が飢餓と疫病で死亡した。そして、生き延びた者の多くは後に絶滅収容所に送られた……。第二次世界大戦前のワルシャワに36万人住んでいたユダヤ人は戦後3万人まで減ってしまった……。

 

IMG_9243ゲットー俯瞰図。ワルシャワのごく一部を壁で囲み、ユダヤ人44万人を詰め込んだ……

 

IMG_9240大ゲットーと小ゲットーをつなぐ橋のあったフォドナ通り。橋は『戦場のピアニスト』にも登場している

 

IMG_9239ワルシャワの町とゲットーを隔てた壁の跡

 

 そんな悲しみの歴史を持つ場所を歩いていても、僕はやっぱり腹が減る。

 この日のランチは大ゲットーと小ゲットーをつなぐ橋のあったフォドナ通りに面したレストラン『赤い豚』へ。

『赤い豚』の「赤」とは当然共産党のこと。要は「共産党の豚」! この店はナチスドイツの次にこの国を支配したソビエト共産党への皮肉とオマージュに満ちたポーランド伝統料理レストランらしい。

 旧共産党時代の建物をそのままレストランに改装してあり、使い込まれた木製のインテリアに赤いビロードのカーテン、フロアは広く150人くらいは着席出来そうだ。店の一番奥のテーブルは一段高くなっていて、VIP席だろうか? その壁にはブレジネフや毛沢東やカストロやホーネッカーほか、20世紀の世界の共産主義のリーダーたちがこの店のVIP席で子豚一頭丸ごと使った料理を前に乱痴気騒ぎしている様子を描いた油絵が飾られている。

 

IMG_9246共産党時代をパロディーにした人気レストラン「赤い豚」の看板

 

IMG_9248赤い豚』の広い店内。この他にも2つの部屋がある

 

IMG_9250奥の壁にはかつての共産主義のリーダーたちが乱痴気騒ぎをしている油絵が

 

 メニューは大型の新聞のような体裁で、書かれた料理の説明も「プロレタリアート向き、エリート&ブルジョワジー向き」や「レーニンのラム肉」、「第一書記のポークリブ」、「ティトー(旧ソ連に対抗した旧ユーゴスラビア大統領)の猪」など皮肉や薀蓄だらけで読んでいるだけで楽しい。飲み物欄には「5リットルのビールタワー」なんてのもあるし、馬鹿だなあ~。

 

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新聞を模したメニューには、プロレタリアート向け、エリート&ブルジョワジー向けの料理が併記されている(どちらを選んでも、シベリア流刑か銃殺が君を待ち受けているのだ!)

 

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まずはビールで乾いた喉を潤そう

 

 今日もアンナさんと二人なのでたくさんの料理を味見できる。

 まず最初に運ばれてきたのは「ラード」。その名のとおり、豚の脂にひき肉を混ぜ込んだパテで、豚の旨味が詰まったエッセンスのような味。まさにウォッカのための一品だ。浅漬けのキュウリのピクルスとの相性も良い。

 次は僕の大好物の「タタール、牛のタルタルステーキ」。その場で叩いた牛の生肉をセルクルに詰め、みじん切りの玉ねぎ、同じくみじん切りのキュウリと杏茸のピクルスもセルクルに詰め、更に生肉を詰め、三層にしたものを平皿の中央にカパっと盛り付けてある。周りには卵黄、マスタード、レモンの輪切り、ピクルスが添えられている。それらを好みの割合で混ぜ合わせてから、再び低い円筒型に盛り直す。

 フランスなどでタルタルを頼むと、ウェイターが目の前で混ぜてくれるのはうれしいのだが、その際に何も言わないとウスターソースやタバスコなどで濃い味付けをされてしまうことがある。この店のように自分で味を作れるほうがいい。これも当然ながら美味い!

 

IMG_9261「ラード」。現在のポーランドではオリーブオイルなどの植物性の油の人気が高まっているが、伝統的にはラード! 浅漬けのピクルスとともに黒パンにのせると最高に美味い

 

IMG_9262「タタール」。オレにとってヨーロッパの食事における最大の楽しみの一つ!

 

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タタールに付け合せをお好みの配分で混ぜ合わせ、再び円筒形に盛り付け、フォークの先で崩しながらいただく! ウォッカ飲みたくなった!

 

IMG_9258「平らな国」ポーランドは麦の国でもある。パンも激美味!

 

 

 そしてスープはポーランドに来たら一度は口にしたかったポーランド版のボルシチの「バルシチ」。ロシアやウクライナのボルシチがけんちん汁のように具たっぷりなのに対して、バルシチは漉してあり、澄んだルビー色をしている。唯一の具はウシュカと呼ばれる小さなピエロギだけ。

 美しいルビー色のスープをスプーンで口に運ぶと、これも意外と上品で美味い! ビーツと肉の旨味が透明なスープに詰まっている。そしてウシュカの中身からも肉の味が出てくる。これを日本で再現するにはかなり甘いビーツが必要になるなぁ。

 もう一つのスープはきのこのスープ「グジボヴァ」。このお店のグジボヴァはクリーム色でマイルドな味わい。しかもミキサーで完全にクリーム状にしている。杏茸ではなくマッシュルームを使っているのだろう。

 

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ポーランド版ボルシチの「バルシチ」ここまでスープを透明に仕上げるとは!

 

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具はウシュカのみ

 

IMG_9272きのこのスープ「グジボヴァ」も他の店で出てきたものと見た目からして随分違う!この店のはクリーミー!

 

 スープの後、運ばれてきたお店の名前が付いたメインディッシュ「赤い豚リブ」の量に驚いた。なんと750gの豚スペアリブのオーブン焼きなのだ。

 蜂蜜を使った甘じょっぱいソースでマリネしてからじっくり火を通したスペアリブ、肉はホロホロで柔らかく、骨がスルッと抜け落ちるほど。それでいて焦げることなくジューシーなのも素晴らしい。さすがに二人がかりでも750g全部は食べきれなかったが、余分な脂はしっかり落ちていて、「豚肉の塊=重い」ということはまったくなかった。しかし、今日はここまででノックアウト!

 

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看板メニューである「赤い豚リブ」750gの豚スペアリブBBQ! 甘辛いソースとホロホロの肉! 美味くて止められない!

 

『赤い豚』にはこのほかにも「赤い豚流のポーランド鴨」、「(トリュフを使った)うさぎのラグー」、「魚とエビのシチュー」、「グスターフ・フサーク(改革派から親ソ連派に寝返った旧チェコスロバキア共産党第一書記)のビールのつまみ盛り合わせ」など、気になる料理が山程あるので、次回ワルシャワを訪れたら真っ先に足を運びたい。

 

ポーランドのトンカツ「コトレット・スハボーヴィ」

 さて、今回の料理は前々回に作った副菜のスルフカをフィーチャーして、とびっきりのメインディッシュ「コトレット・スハボーヴィ」、ポーランドのトンカツを作ろう。小麦粉、卵、パン粉をくぐらせた豚ロース肉を油で揚げるのだから、まさにトンカツなのだが、日本のトンカツとの違いは、肉を叩いて薄くしておくこと。ウィンナー・シュニッツェルの豚肉版とも言える。

 

■コトレット・スハボーヴィ

【材料:2人分】

豚ロース肉:2枚

塩:少々

胡椒:少々

小麦粉薄力粉:1/2カップ

セモリナ粉:大さじ2(なければ省略可)

卵:2個

パン粉:200g

ラード:60g

*付け合わせ

キャベツのスルフカ:適宜(なければ省略可)

ビーツのスルフカ:適宜(なければ省略可)

茹でたジャガイモ:適宜(なければ省略可)

イタリアンパセリ:適宜(なければ省略可)

レモン:1/2個

バター:30g(お好みで)

【作り方】

1.調理台の上に幅広のラップを敷き、豚ロース肉を並べ、ラップを上にかぶせる。木槌で上からたたき、肉を10mm以下の厚さまで延ばす。ラップをはがし、両面に塩胡椒しておく。

2.肉のサイズの調理パットを三枚用意し、小麦粉とセモリナ粉、よく溶いた卵、パン粉を入れる。

3.肉を小麦粉とセモリナ粉のパットに入れ、上から軽く叩いて、肉の表面に粉をしっかり付ける。余分な粉を振り落としてから卵液に漬け、更にパン粉のパットに入れる。卵液、パン粉は二度繰り返す。

4.フライパンにラードを入れ、中火にかけ、ラードが溶けたら、3の豚肉を入れ、片面に焼き色が付くまで揚げ、裏返して両面をきつね色まで揚げる。

5.お皿に盛り付け、イタリアンパセリを散らし、キャベツのスルフカ、ビーツのスルフカ、茹でたジャガイモ、串切りにしたレモンを飾る。

 

tabilista warszawa culinary 2コトレット・スハボーヴィの完成!

IMG_0921スルフカと一緒に食べると美味い!

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。最新刊『MEYHANE TABLE More! 人がつながる中東料理』好評発売中。『Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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