越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#77

バングラデシュ・コックスバザール

文と写真・室橋裕和

 バングラデシュ東部とミャンマー西部。そこは人類のひとつの「最前線」だ。コーカソイドとモンゴロイドの境界であり、仏教徒とイスラム教徒とヒンドゥー教徒が混在する。さまざまな人種や文化がぶつかりあい、混じりあい、複雑な色合いを見せる。まさに国境の面白さを凝縮した場所なのだが、それゆえの衝突もまた起きる。ロヒンギャ問題も然り。そして僕の大先輩でもある下川裕治さんは、この地域で長年、ある活動を続けている。
 

 

難民キャンプからのお土産

「ムロハシくん、こんなのいる?」
 珍しく下川さんがそんなことを言ってきた。このタビリスタでも連載をしている、旅行作家の下川裕治さんである。僕も一緒に仕事させていただくことがあり、ときどき顔を合わせるのだ。見れば、なにやら赤い色をした包みだった。
「この前、バングラデシュで買ってさ」
 子供の絵があしらわれた安っぽいイラストの上に、商品名とともに「LEPHET」とか書かれている。
 コレがいったいなんなのか、パンピーが見たってちっともわからないだろう。だが僕も下川さんほどじゃないが、長年アジアに通い詰めたマニアである。ラペットウッといえば発酵させたお茶の葉を使ったサラダ。ズバリそれをアレンジしたスナックでしょう。でもコレ大丈夫なんすか? 発酵食品とはいえ暑さでやばくなりそうなパッケージですけど……。と、そこまで言ってこそ下川さんの後輩というものである。
 しかし考えてみれば、ラペットウッといえばミャンマーの食品だ。下川さんはそれをバングラデシュで買ったのだという。
「そんなのがさ、ばんばんミャンマーから入ってくるんだよ」
 国境線となっているナフ川を越えて、おおぜいの人々がミャンマーからバングラデシュに流れ込んでくるポイントがある。かのロヒンギャ難民だ。彼らはバングラデシュ南西部に巨大なキャンプを築き、いまやその数は60万人に達するといわれている。鳥取県の人口が57万人だから、もうキャンプとは呼べない規模だ。となれば当然、ミャンマーの物資も正規に非正規に入ってくる。バングラデシュにあるロヒンギャ難民キャンプには、ミャンマーの品々があふれかえっているのだという。下川さんはそこを取材してきたのだった。
 正直に告白すれば、くやしい。
 僕はいまだ、その国境を訪れることができていないのだ。御大に遅れを取るのは仕方がないとはいえ、昨今ずいぶん注目されている国境が未踏であるのは情けない限りである。
 ありがたくいただいたラペットウッはどう見たってマズそうなのでちょっと躊躇したが、食べてみるとピリ辛で意外にいけた。

 

01
ラペットウッを唐辛子で和えたお菓子。ビールに合う

 

 

さまざまな色彩が重なり合うエリア

 僕も問題の国境を目指したことがある。
 ロヒンギャ問題だけではなく、いくつもの民族や宗教が混じりあうエリアであることにソソられたのだ。
 例によってグーグルマップを見てみる。ミャンマーから東は、僕たちモンゴロイドが主流で、仏教徒の多い、親しみやすい地域だ。日本人の親戚のようなもんである。
 一方でバングラデシュから西は、濃ゆい顔つきのコーカソイドで、イスラム教やヒンドゥー教が多数派となる。コーカソイドはそのままヨーロッパ・キリスト教世界の主力を占める人々でもある。狭量な僕はこのコーカソイドエリアに足を踏み入れると、なんとなくアウェー感を覚えてしまうのだ。
 そんな人種や宗教は、ここミャンマーとバングラデシュの国境あたりを境い目にしている。
 とはいえ、くっきりと国境線で分かたれているわけではない。仏教寺院ばかりで僕たちと似た顔立ちのミャンマーから西に行くと、少しずつモスクを見るようになり、濃ゆい顔のベンガル・インド系の人が目立つようになり、色合いがにじみながら変わっていくように、人種と文化がグラデーションしていく。国境線をまたいでも、どちらにもさまざまな人が混在する。その単色ではないカラフルさに僕はどうしようもなく惹かれてしまうのだ。色がとりどりになるほど、面白みがさらに増すように思った。
 しかし自らの色が、アイデンティティが、他者の色と混じりあい、侵食されることへの怖さ、反発、抵抗。それもまた出てくる。無理からぬことだろう。だからときどき豊かな色彩の中に、ぱっと真紅や漆黒が飛び散ったりもする。いまはロヒンギャ問題がそれにあたるだろう。
 加えて山岳地帯に住むさまざまな少数民族もいた。彼らは僕たちと同じモンゴロイド系で、アニミズムやキリスト教を信じる。バングラデシュ、ミャンマー、それに北のインドからも弾圧を受け、それでもなお自治を求めて零細ゲリラとして活動していた。#60、#61、#62で訪れたインド東部のモンゴロイドたちと同根の人々だ。
 このややこしさが、そのまま僕にとっては興味となってしまう。どんな現場なのか見てみたい。記者魂とかではぜんぜんなく、単なる物見遊山。複雑な事情を抱える国境地帯をブラタモリしてみたいというだけの話ではある。不謹慎であるようにも思うが、それが僕の国境旅の原動力なのだ。

 

02
バングラデシュ首都ダッカはなかなかのカオスシティで楽しい

 

問題の国境にはたどりつけず……

 首都ダッカからチッタゴンを経由し、ベンガル湾を回り込むように南下していく。
 コックスバザールで待っていたのは、難民やゲリラなんて言葉が遠く感じるような、平和な光景だった。ここには水平線と地平線が同時にあったのだ。
 一説によると「世界で最も長大なビーチ」らしい。120キロ以上もあるのだという。かすむ彼方まで砂浜が続き、視界の果てで海と交じり合っていた。
 ちょうど夕暮れ時である。ベンガル湾に沈む夕陽を見に、たくさんの行楽客がビーチを散歩する。家族連れも多いが、目立つのはバングラデシュでは珍しいラブラブなカップルの姿。コックスバザールは新婚旅行で人気の場所なのだ。海辺に出た屋台でスナックやらスイーツを買ってそぞろ歩く。その顔立ちは、きっとほとんどがイスラム教徒のベンガル人だったように思う。ロヒンギャや少数民族は、郊外や山岳部、それにミャンマー国境沿いに集住しているようだった。
 結局このとき、ナフ川を挟んだ対岸にミャンマーを望む国境地点までは行けなかった。衝突かなにかが起きたようで、バスに外国人は乗せてもらえなかったのだ。仕方なく日々ベンガル湾で獲れるサカナのカレーを食べ、干物をかじりながらビーチを散歩し、チッタゴンに敗走したのであった。

 

03
コックスバザールのビーチにて。手のひらに太陽を乗っけているような写真を撮っているのだろう

 

 

現地の学校支援のクラウドファウンディング

 下川さんはそんなコックスバザールで、28年間に渡って、とある学校を支援している。ロヒンギャ難民キャンプからも近い、ラカイン人が多く通う学校だ。
 ラカイン人とはミャンマーとバングラデシュにまたがって住む、このあたりのグラデーションをつくる少数民族のひとつだ。モンゴロイドであり、仏教徒でもある。学校は仏教寺院の境内にあるそうだから、寺子屋的なものだろうか。
 生徒は無償で受け入れている。
 というのも、ラカイン人は貧しい家庭が多い。イスラム教徒のベンガル人が圧倒的多数派のバングラデシュにあって、ラカイン人はまさにマイノリティだ。土地を不法に奪われ、寺院を破壊されるなどの迫害を受けてきた。言葉の違いから、なかなか仕事につけなかったりもする。それでも、そんなバングラデシュ社会で生き抜き成功するには教育が必要だ。
 そのための学校なのだが、運営がきつくなってきている。校舎は老朽化が進み、いまにも崩壊しかねない。教師の給料も満足に出せていない。下川さんたちだけの支援では、もう限界がある。
 そこで、クラウドファウンディングによって学校の環境を改善しようという活動が始まった。
 アジア有数の人種混在地帯の、これがひとつの現実だ。僕も機会を見ていずれこの国境に再チャレンジし、学校にも行ってみたいと思っている。

*今回紹介したクラウドファンディングについては、下記のサイトをご覧ください。
https://a-port.asahi.com/projects/sazanpen/ 

 

04
あまりにも長大なコックスバザールのビーチ。なんだか気が遠くなってくる

 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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